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LC-102-H/arieSta
2046.02.06-Tue 10:20
Location : 中野区 東京都
MoonAge : 0.1
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フェルカドのクリスタルを三鷹に持ち込んだのは、秋田から帰ったその日であり、三等星の光を蓄えた石英が東京に届くまでの距離は、たとえ地球の裏側からであっても、光年に比べれば塵のようなものだった。
石版の前に六人が揃った。機構の村上、田中、橋田、そしてアリエスタの三人(ユキ、ハル、ダイチ)。
「交換前の最終確認です」と村上が言った。
ユキは石版の前に来た。
七つのクリスタルが並んだ黒い板から、出力の弱かった
新しいこぐま座
こぐま座の柄杓の形は変わらない。でも、七つ全部の出力が基準を越えた。
誰も何も言わなかった。
しばらくの間、全員がその石版を見ていた。
「照射はいつ?」とユキが静かに聞いた。
「今夜です」と田中が答えた。
マルイチに戻ってから、ハルが珈琲を持ったまま、珍しく深刻な顔でタブレットを広げた。珈琲の湯気が画面に薄い曇りを作っていたが、画面に映る数値の方がよほど曇っていた。
「ちょっと良くない話がある」とハルが言った。
「どうしたの?」とユキが言った。
「固有名クリスタルの出力が減ってる」
ダイチが手を止めた。
「データは?」
「スウェーデンのハンターから。ベガに対応するクリスタルを三個確保してたんだが、一個が反応しなくなったって。石自体は同じ石なのに」
「自然放電か」とダイチが言った。
「そう思う。暗黒星雲に包まれてからもうすぐ十八年だ。高エネルギーの光を蓄積したクリスタルほど、不安定で放電が早い。名前付きの明るい星のクリスタルは、時間とともに減り続けてる」
ユキは腕を組んだ。
「どのくらいのペースで?」
「わからない。データが少なすぎる。でも確実に言えることがある」
ハルはタブレットの画面を向けた。スウェーデン、ノルウェー、日本、各地のハンターから集まった報告が並んでいた。
「世界中で同じことが起きてる。シリウス、ベガ、アルタイル、カノープス。固有名を持つ一等星クラスのクリスタルが、少しずつ反応を失っている。考えてみれば当然なんだ。明るい星ほど蓄積エネルギーが大きく、大きいほど不安定になる。物理法則は平等だよ」
「じゃあ急がないと」とユキは言った。
「そう急がないと」とハルは繰り返した。
「こぐま座が開放されれば、ポラリス周辺の星の光が届くようになる。その区域のクリスタルは役目を終えてるけど再蓄積を始めるはず。でも開放が追いつかない区域は、再蓄積ができないからクリスタルが消えていくだけだ」
「問題は、固有名クリスタルを欲しがる人間が出てくることだ。希少で、価値があって、意味がある。欲しがる気持ちはわかる。でもそれだと、照射の順番が来た時に困る」
「固有名クリスタルは管理、保存が必要、ってこと?」とユキが言った。
「そのルールを今から決めておかないといけないと思う。機構とも話し合って置きたい」とハルは言った。
ユキはしばらく考えた。
「でも今は使う。こぐま座の照射に間に合うなら、フェルカドも含めて全部使う。その話はその後だね」
「同意」とダイチが言った。
「わかった」とハルも頷いた。
低温保存(五度)が放電速度を三割遅らせると、ダイチの実験データが示していた。冷蔵庫で管理できるレベル。
今後の固有名クリスタルは低温保存を標準にすることが決まった。
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LC-104-Y/arieSta
2046.02.06-Tue 22:30
Location : 三鷹市 東京都
MoonAge : 0.6
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その夜、三人は三鷹にいた。二度目の照射。今度は、主要星七つ全部が揃っている。
保存庫から出したクリスタルを、一つずつ石版に戻した。最後のフェルカドを置くと石版全体が共鳴を始めた。
照射が始まった。
石版のクリスタルが光り、塔の頂点から細い光の柱が北の空へ伸びた。
光の柱を見上げていた時、ダイチが変な動きをした。
「静かにして」
ダイチが石版に顔を近づけた。耳を寄せるというより、全身を計測器にするような姿勢だった。それから自分のバッグから小さな装置を取り出した。基板がむき出しで、コイルと鉱石の検波部が針金で組んである。あの鉱石ラジオの、親戚みたいな検出器。増幅回路がない。生の電波しか拾わない。
装置を石版にかざした。針が、振れた。
「電波が出てる」とダイチが言った。
「微弱。ノイズじゃない。周期がある」
「石版からですか?」と橋田が聞き返した。
「照射が始まってから、光と一緒に、何かを出してる」
照射が終わった。
光の柱が消えた。
ダイチの装置の針がゆっくり落ちて、それでも完全にはゼロにならなかった。
「クリスタルが揃ってる間は、弱く出続けてる。照射中は強くなる」ダイチは針を見たまま言った。
「くぼみの配置と七つのスペクトルから、石版が自身が信号を組み立ててるのかもしれない」
「何のために?」とユキは聞いた。
「わからない。ただ、設計者が意味のない機能を仕込むはずがない」
ダイチが顔を上げて、夜空を見た。
光の柱が消えた後の、暗い北の空を。
「今の照射、光は飛んだ。でも電波は飛んでない。今回の照射には送信系がなかったから」
「……つまり?」
「光だけじゃ足りない」
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LC-115-Y/arieSta
2046.02.23-Fri 21:33
Location : 豊島区 東京都
MoonAge : 17.6
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機構から正式な文書が届いた。「こぐま座区域・完全照射セッションの実施について」六ページにわたる文書。
「照射の判断権は機構側にある、という条項が気になる。アリエスタは意見を述べる権利はある。でも最終判断は機構だ」とダイチが言った。
「村上さんに話して、この条項、共同判断に変えてもらうね」
「フェルカドのクリスタルを持ってるのはうちらだから」
「交渉材料はある」
村上との打ち合わせは翌日だった。会議室に橋田も同席していた。
ユキが文書の該当箇所を開いて、テーブルに置いた。
「この条項、共同判断に変えてほしいです」
「理由を聞かせてもらえますか」と村上が言った。
「フェルカドのクリスタルが自然放電で弱くなる前に照射したい。延期の判断を機構だけに委ねると、アリエスタ側の事情が反映されない可能性がある」
「技術的には」と橋田が口を開いた。
「固有名クリスタルの放電速度を考えると、アリエスタの懸念は正当です。照射のタイミングはクリスタルの状態に依存する部分が大きい。現場でクリスタルを管理してるアリエスタの判断を無視するのはリスクがある」
村上が橋田を見た。それからユキを見た。
「わかりました。共同判断に変えます。ただし、安全上の理由による中止は機構の単独判断を維持させてください。施設の機器トラブルや気象上の危険がある場合に限ります」
「それは構いません」とユキは言った。
「あと照射後のデータ、リアルタイムで共有してほしいです。解析が終わってから、じゃなくて」
村上は少し考えた。
「構いません。ただし外部への公開は機構との合意後にしてください」
「わかりました」
握手はしなかったけど、それに近い空気があった。
その夜のサンシャイン60での状態確認セッションで、橋田が私的参加してきた。フィールドウェアで、自分の計測機器を持っている。
「機構の仕事は手続きが多くて、こういう時間が取れないから」と橋田は言った。
「久しぶりに本気でデータを取れた気がします」
ダイチと橋田が並んで作業していた。
石版の電波の再現性テストだ。揃えると出る。外すと止まる。二人はもう二十回以上それを繰り返して、二十回以上、同じ結果を記録している。
ハルがその様子を見ながらユキに小声で言った。
「あの二人、初めて会った気がしないな」
「同じ言語で話してるからじゃないの?」
「あー、それかも」
フェルカドのクリスタルを確かめた。反応あり。まだ強い。弱くなってはきてるけど、新月には間に合う、とダイチが言った。
ハルがユキに言った。
「悔しかったから今がある。落とされなかったら、俺たちのチームは組めなかった。アリエスタはなかった」