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LC-133-AI/arieSta
2046.03.08-Thu 03:15
Location : 三鷹市 東京都
MoonAge : 0.0 (New Moon)
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こぐま座完全照射。
三度目の照射の夜。三鷹の施設に八人が集まった。
アリエスタの三人に加えて、村上、田中、橋田、それから記録担当の研究員が二人いた。
放電を抑えるために保存庫に移していたクリスタルを、一つずつ石版に戻していく。ユキが最後の
七個が揃った。七つの星の形に、クリスタルが並んでいる。七つのうち一つは、一月末の追加解析でこぐま座のくぼみに対応すると確定したファントムクリスタルだった。第一層の光を、この照射に使う。
セッション開始まであと四十分。待機時間に、ハルが珈琲の缶を開けた。
「今夜、ほんとの新月なんだよ」
「ほんとの?」
「月が太陽にいちばん近い方向にいる夜。月の明るい面が、こっちから見えない」
「月がないのに、月のこと考えてるの変なの」
照射前の最終確認をユキが行った。
「確認しました。問題ありません」
「アリエスタから照射の承認をいただきました」と村上が言った。
「機構としても承認します。準備が整い次第、照射を開始します」
部屋が静かになり、
照射が始まった。
石版のクリスタルが光り始めた。塔の頂点から、細い光の柱が夜空に伸びた。柱は一定の周期で明滅している。
「光学系、安定」とダイチが言った。
「電波生成、同期しています」と橋田が続けた。
その瞬間、石版の奥で、二つの近い音が押し合うような細いうなりが生まれた。机に触れていたユキの指先へ、かすかな振動が伝わってくる。
うなりは数秒でほどけ、一つの澄んだ音に収束した。
「……前と違う」ユキは音に耳を澄ませた。
「これが、正解なんじゃない?」
「そうかもしれないな。でも、正解だったか分かるのは二年後——」
「壁まで一年、星の光が帰ってくるのに一年。合計二年でしょ。何回その話したと思ってるの」
ハルが一瞬、口を閉じた。
「……覚えてたんだ」
「さすがに覚えるわ」
一光年の先で拡散し、太陽の光と混ざっても、明滅のパターンは埋もれない。その光に、石版が生成した微弱な電波信号を重ね、アンテナが同じ方向へ送っている。
「二つとも、同じ場所に向かってる?」とユキが聞いた。
「角度差、検出限界以下」とダイチ。
「少なくとも、前の二回とは違う。音も波形も安定してる」
二月六日、二度目の照射のさなかにダイチが見つけ、二十回の検証を重ねた仮説——鍵は光だけではないのかもしれない——
北の空へ。
北極星のある方向へ。
一光年先へ。
「記録開始」とダイチが言った。
「記録開始」とハルが繰り返した。
照射が終わった後、ハルとユキが施設の外に出た。
春本番の夜みたいに温かくはない。でも二月の秋田とは違う寒さだった。春が来ようとしている手前の、少し緩んだ冷たさ。
塔を見上げた。光の柱はもうない。でもさっきまであそこから光と電波が出ていた。
「届くといいな」とユキは言った。
「根拠は?」とハルが聞いた。
「さっきの音。前の二回にはなかった。それだけ。でも届くと思う。なんとなく」
「二年後の今夜、また集まろう」
「うん。絶対」
ユキは塔を見上げた。
「覚えとく。絶対、忘れない」
夜明けになっても、ダイチと橋田は施設にいた。
ユキとハルが仮眠から起きて戻ってきた時、二人はコンビニのコーヒーを飲みながらタブレットを見ていた。
「帰ってなかったの?」
「帰る必要がなかった」とダイチが言った。
「何してたの」
「りゅう座の増幅施設の設計」と橋田が言った。
少し目が充血している。
「今夜のデータを使って、出力の最適化を計算し直してた」とダイチ。
「一晩で?」
「ああ。大体できた」
橋田が小さく笑った。
「私も久しぶりに本気で設計した気がします」
「またやろう」とダイチが言った。
橋田が少し驚いた顔をしてから、「ぜひ」と言った。
窓の外から、夜明けの空が見えた。東の空が薄く明るくなり始めていた。
「帰って寝よう。りゅう座は明日から考えようよ」
「今日の夜から」
「……わかった、今日の夜から」
★★★
幕間 押せなかった送信ボタン
二〇四六年一月二十八日、日曜の夜。
四十七項目のパラメータをアリエスタが確認した前日。
送信ボタンは、青かった。
青いボタンは、だいたい人を安心させるために青い。赤いと危険に見える。灰色だと未確定に見える。青は、処理が正しいふりをする。
件名は、『未承認照射準備行為に関する報告』
本文は短い。
アリエスタと称する民間グループが、機構の許可を得ず、こぐま座石版の再構成および照射準備を進めている疑いがある。
関係者は下記の人物。
外部協力員選考不採用者の
元機構研究員の
民間技術者の
事実だけを書いた。
感情は入れていない。報告書とはそういうものだ。
ただ、添付資料が多すぎた。
ユキが送ってきた採石場・所持クリスタルリスト。
ハルの星座境界および主要星メモ。
ダイチのデータと追尾補正案。
それから、
照射ログ候補の端に残っていた、短い一文。
『うちらがやります。星が戻るまで、何回でも』
タキはその文を、もう一度読んだ。
宣言だった。手続きではなかった。
責任は、世界を雑に壊さないためにある。誰かが名前を出す。誰かが記録に残る。誰かが、後で説明する。
この一文には、そのどれもなかった。
責任、という言葉は嫌いではなかった。
だから、書かれていないことが気になった。
星が戻るかどうかを、ひとりの人間が背負えるはずがない。世界中の空の問題を、金髪の少女ひとりが引き受けられるはずがない。
だから、間違っている。
タキはそう判断した。
判断したのに、送信ボタンを押せなかった。
理由は、観測ログだった。
ハルの計算は粗くない。むしろ、機構内の暫定モデルよりも誠実だった。ダイチの装置案は危ういが、危うさを隠していない。ユキの言葉は感情的だが、少なくとも逃げてはいない。
そして、機構の公式判断はどうか。
有効な回復手段は確認されていない。その文は正しかった。正しいが、何もしないための文でもあった。
タキは椅子にもたれた。
窓の外に星はなかった。東京の空は、壁ができる前から星が少なかったと皆が言う。けれど少ないことと、ないことは違う。
違う、と思ってしまった。
その時点で、もう中立ではないのかもしれない。
カーソルはまだ青いボタンの上にあった。
送信すれば、処理は進む。
アリエスタは止められる。少なくとも遅れる。機構内での立場は守れる。規定違反を見逃さなかった記録が残る。
送信しなければ、記録は残らない。
いや、違う。残す記録を変えるだけだ。
タキは件名を消した。
『未承認照射準備行為に関する報告』
代わりに、こう打った。
『民間観測ログに関する追加確認』
本文も消した。
そして一行だけ入れた。
当該ログについては、現時点で違反報告ではなく、追加確認事項として保留する。
保留。
便利な言葉だった。
進めもしない。止めもしない。ただ、時間を作る。
ユキたちが欲しがっているのは、たぶん時間だった。
タキは送信した。
青いボタンは、何事もなかったように沈んだ。
その夜、タキは初めて、仕事を規則を守ることだけだと思えなくなった。規則を、何のために守るのか。
その問いを開いたまま、画面を閉じた。