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LC-207-H/arieSta
2046.06.18-Mon 20:15
Location : 中野区 東京都
MoonAge : 13.8
Sectors : 2/88 fired
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約二週間が経った。それは天文学的に言えば無に等しい時間であり、人間の感覚では十分に長い時間だった。
りゅう座の照射から十四日。何も変わっていない。当たり前だ。光はまだ片道の二十六分の一しか進んでいない。一光年の距離は、二週間では微動だにしない。
ユキはマルイチのソファに座って、タブレットを膝の上に置いていた。ハルは珈琲の二杯目を淹れながら、ユキの横顔を見ていた。
こぐま座に三回目の光を送ってから三ヶ月余り。光はまだ、一光年の距離の三割にも届いていないはずだった。画面にはケフェウス座の星図が表示されている。
日常に戻っていた。
ユキはバイトに出て、夜にマルイチに来る。
ハルは情報収集と学術論文の読み込み。
ダイチは自宅で計測機器の改良をしている。
タキは平日は機構で通常業務をこなし、夜と週末にアリエスタの作業に合流する。
りゅう座を照射した夜の興奮は、もう遠い。残っているのは、静かな日常と、二年後という数字だけだ。
「ケフェウス座」とハルが言った。壁に貼った北天の星図を指さしながら。
「北極星の近く。カシオペヤ座の隣。こぐま座とりゅう座に囲まれてる」
「場所的には、もう照射した二つの隣だね」
「そう。北天を固めていく戦略だよ。周極星座を先に押さえれば、季節に関係なく動けるし成果が見えるから」
ダイチがテーブルの上にタブレットを置いた。ケフェウス座の主要星リストが表示されている。
「ケフェウス座の主要星。
「ガーネットスター?」ユキが反応した。
「赤色超巨星。ウィリアム・ハーシェルがその赤い色をガーネットに例えた星だよ」とハルが言った。
「ベテルギウスと同じ種類の星で、いつか超新星爆発するかもしれない。可能性は低いらしいけどね」
「ベテルギウスの親戚か……」
「遠い親戚だよ。約五千光年先だから、爆発しても地球への影響はない。ベテルギウスの七百光年とは桁が違う」
ダイチが画面をスクロールした。
「問題は、クリスタルの在庫だ。ケフェウス座は地味な星座で、固有名クリスタルの確定例が世界でも少ない。アルデラミンは二等星だから蓄積エネルギーが高い。あるとすれば、こぐま座やりゅう座より見つけやすいはず。でも報告がない」
「報告がないのは、探してないからじゃない? みんな有名な星座ばっかり先に探すから」
「あ、待って」とユキが続けた。
「ファントム!」
三人が見た。
「あのファントムクリスタル。二層目がケフェウス座に対応してたでしょ。まだ持ってる」
ダイチがタブレットを操作した。
「今年の一月末のセッションのログ……ある。ファントムクリスタル、第一層=こぐま座、第二層=ケフェウス座。第一層はこぐま座照射で使用済み。第二層は未使用だ」
「使えるの?」
「第一層を使った後、第二層が独立した蓄積を保持してるかは確認が必要だ。こぐま座照射の出力で第二層も放電してる可能性がある」
「次の新月セッションで確かめようか」とハル。
「そうだね」
ユキはポーチの底にあるはずの石を思い浮かべた。層を重ねた、あの石。一個の石から二つの星座の光が出た夜のことを覚えてる。一つ目は使った。二つ目がまだ眠ってる。
「ケフェウス座の最初の一個、もう持ってるかもしれないってこと?」
「確認するまではそう言えない」とダイチ。
「でもちょっとワクワクするでしょ」
ダイチは答えなかった。耳が赤くなかったから、本当に冷静だったんだと思う。たぶん。
「それはある」とハルが頷いた。
「オリオン座やさそり座のクリスタルは世界中のハンターが探してる。でもケフェウス座を優先して探す動機がなかった。俺たちが最初になるかもしれない」
「最初に探す人と、最初に晴らす人は違うかもしれないけど」
「どっちもうちらがやる」
ハルが小さく笑った。珈琲カップを持ち上げて、一口飲んだ。
ユキはハルの手を見た。今日は震えていなかった。二週間前の朝の一瞬を、まだ覚えている。でもあれ以来、ハルの手は普通だった。やっぱり疲れだったのかもしれない。
でも、珈琲の量は増えた気がする。マルイチのゴミ箱に紙コップが三つ。三つとも今日のだとしたら、多い。
気のせいだと思うことにした。今は。
「クリスタルの探索計画だけど」とハルが話を戻した。
「ケフェウス座の星は北天だから、スカンジナビアのネットワークが強い。オーラフに連絡してみる」
「オーラフ元気?」
「元気だよ。強奪の件があってから警備が厳しくなったけど、採掘は続けてる。あと、新しいハンターが二人増えたらしい」
「世界中で動いてるんだね」
「動いてる。こぐま座とりゅう座の照射が成功すれば、もっと増える。結果が出れば出るほど、次に続く人たちが出て来て一気に加速するだろうね。それが二年後の意味だ」
タキからメッセージが来たのは、その時だった。
ハルのスマホが鳴った。グループチャット。タキからだった。
『ハルさんの件で一つ見つけました。電話できますか?』
三人の目が集まった。ハルが電話をかけた。スピーカーにした。
「タキ、見つかった?」
「機構の電波観測アーカイブを五年分さかのぼりました」タキの声は落ち着いていたが、少しだけ早口だった。
「暗黒星雲を通過する電波に、異常パターンが含まれているという内部報告が、2041年に一度、2043年に一度、上がっています」
「二回」とハルが言った。
「はい。どちらも『統計的有意性なし』という結論で却下されています。ただ」
タキが一拍置いた。
「却下した人物が、両方とも同一人物です」
沈黙。
「え……誰」とユキが聞いた。
「名前は出せません。まだ確認中です。ただ、アーカイブの閲覧権限の高い人物であることは間違いありません」
ハルが窓の外を見た。夜空。のぼったばかりの、ほぼ満ちた月と土星が南東に低く、火星が南西の空に光っていた。
暗黒星雲は見えない。いつも見えない。でもそこにある。
「タキ、無理はしないでくれ。機構の中で調べるのは、リスクがある」
「承知しています。でも、私は機構の人間であると同時にアリエスタです。調べられることは調べます」
電話が切れた後、しばらく三人とも黙っていた。
ダイチが最初に口を開いた。
「二回、握りつぶされてる」
「握りつぶしたかどうかはまだわからない。統計的に有意じゃないなら、却下は正しい判断かもしれない」とハルが言った。
「同一人物が二回?」ユキが呟く。
ハルは答えなかった。
ユキはソファの上で膝を抱えた。
暗黒星雲。
一光年先の幕。
星の光を遮断している。
宇宙線も遮っている。
誰が張ったのかわからない。
そこから信号が来ているかもしれない。
それを調べた報告が、二回、同じ人に却下されている。
パズルのピースが増えていく。でも絵はまだ見えない。
「今夜、セッションある?」とユキは聞いた。
「次の好条件まではまだある。屋上の予約は入れてある」とダイチ。
「じゃあ二週間後。ロクマルで。新月前の好条件に合わせて、ケフェウス座の最初のクリスタルを見つける」
「ロク……?」ダイチは聞き返しかけて、やめた。
ユキは立ち上がった。星図のタブレットを閉じて、バッグに入れた。
「帰ってバイトの準備する。明日朝から」
「バイト何時から」とハル。
「七時。カフェ」
「朝型だね」
「昼間に働いて、夜に星を探す。うちの生活ってそういうもんじゃん」
靴を履いて、ドアを開けた。中野の夜。ビルの隙間から満月が見えた。
「ユキ」とハルが後ろから声をかけた。
振り返った。
「ケフェウス座の
「右腕」
「ケフェウス王の右腕。王を支える星」
ユキは少し考えた。
「……うちが王で、アルデラミンがうちの右腕ってこと?」
「逆だよ。星の方が先にいた。俺たちが後から来ただけ」
「ハルっぽい言い方」
「根拠のある言い方だよ」
ユキは笑って、手を振って、階段を降りた。
中野の路地を歩きながら、空を見上げた。
ほぼ満月。
火星。
土星。
それだけの空。
でも二年後の春には、こぐま座の区域が晴れているかもしれない。
北極星が見えるかもしれない。
「右腕、か」
次に見つけるクリスタルの名前を、もう覚えた。