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LC-231-Y/arieSta
2046.07.24-Tue 06:14
Location : 秋田県 男鹿半島
MoonAge : 19.8
Sectors : 2/88 fired
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朝の五時に起きるのは、バイトの日と遠征の日だけだ。
ユキは
スマホを見た。ハルからメッセージが来ている。昨夜の二十三時。
ハル: 男鹿の採集ポイント、タキからメールで追加情報来た。
六時四十分。あと二十六分。
ユキは布団を蹴飛ばして起き上がった。
着替えて、日焼け止めを塗って、帽子を被って、採集用のリュックを背負った。
中には低温保存ケース、ルーペ、ピンセット、ジップロック、手袋、水、おにぎり二個。昨夜コンビニで買っておいた。
民宿の玄関で靴を履きながら、おばちゃんに「行ってきます」と言った。
「朝早いねえ。釣り?」
「石拾いです」
「石」
「光る石を探してるんです」
おばちゃんは笑った。
「変わった子だねえ。気をつけてね、岩場は滑るから」
外に出ると、七月の朝が涼しかった。東京と全然違う。空気が澄んでいて、潮の匂いがする。空は薄い青で、太陽が低い角度から照らしている。
男鹿半島。
秋田県の日本海側に突き出た半島。地質学的に古い岩盤が露出していて、石英や蛍石の産出がある。ハルが「ケフェウス座のクリスタルが眠っている可能性がある」と言った場所。
前回は
入道崎までは民宿から車で十五分。レンタカーは昨日借りてある。ユキは運転が下手だけど、田舎道なら大丈夫。対向車もほとんどない。
入道崎に着いた。灯台が朝日に白く光っている。観光客はまだいない。ユキは灯台の北側に回り込んで、岩場に降りた。
潮が引いていた。ハルの言った通り、石英が露出している岩盤が見える。白っぽい結晶が朝日に反射して、キラキラ光っていた。
「綺麗」
でも綺麗なだけじゃダメだ。問題はこの石の中に、五千光年先の星の光が眠っているかどうか。
ユキはしゃがんで、岩盤を観察した。石英の結晶が岩の隙間から顔を出している。大きさはまちまちで、親指の爪くらいのものから、拳大のものまで。
一つずつ、手で触った。
冷たい。朝の岩場の温度。七月でも海に近い岩は冷えている。
三つ目の石に触った時、指先がわずかに温かくなった。
……気のせいかもしれない。朝日が当たっただけかもしれない。
でもユキの指は覚えている。湘南の夜に、初めて石が光った時の温かさ。あの感覚と同じかどうか。
同じだった。
「あった」
声が出た。誰もいない岩場で、波の音だけが聞こえる朝の六時半。
ユキはその石を丁寧に岩盤から外した。親指の爪より少し大きい。乳白色の石英。見た目は何の変哲もない。でも持っているとわかる。微かに、確かに、温かい。
計測機器はない。ダイチのフィルターもない。今あるのはユキの手だけだ。
「うちの手が言ってる。これ、当たりだよ」
ジップロックに入れて、低温保存ケースに収めた。今夜確認する。
岩場を三時間歩いた。潮が満ちてきて、靴が濡れた。白いコンバースに海水の染みができた。でも気にしない。採集は七個。うち、「温かかった」のは二個。残り五個は念のため持ち帰る。
民宿に戻ったのは十時過ぎだった。おばちゃんが朝ごはんを取っておいてくれた。ご飯と味噌汁と焼き魚。
「石、見つかった?」
「たぶん。今夜確認します」
「今夜? 暗くなってから?」
「暗い方がいいんです。石が光るかどうか見るから」
おばちゃんはまた笑った。
「本当に変わった子だねえ」
ユキも笑った。変わった子。うん、そうだと思う。
昼間はやることがない。ユキは民宿の縁側に座って、スマホでグループチャットを開いた。
ユキ : 入道崎で7個採集。うち2個が温かかった。今夜チェックする
ハル : 了解。入道崎の北側は予想通りだったか。月齢は20だから条件は微妙
ダイチ: 新フィルターのリモートデータ受信準備しておく。Wi-Fiあるか?
ユキ : あるけど遅い。民宿のWi-Fi
タキ: データは戻ってから、ロクマルでまとめて確認でも大丈夫です
ユキ : りょ。とりあえず肉眼で確認する。うちの手と目で。あと紙も。
スマホを置いて、空を見上げた。七月の秋田の空。東京より青い。雲が高い。太陽が強い。
この空の向こうに、ケフェウス座がある。見えないけど。
男鹿半島は北緯四十度。東京より北。夜になれば、北天の星座はもっと高い位置にある。ケフェウス座のクリスタルを探すなら、北の方がいい。ハルがそう言った。星の光は北の大地に多く降り注いできたから。
夕方になった。おばちゃんの晩ご飯(刺身と稲庭うどん)を食べて、八時に外に出た。
七月の秋田。日没は七時過ぎだけど、まだ空が明るい。薄明かりが終わって天文学的に完全に暗くなるのは九時だ。ハルが言ってた。
九時。暗くなった。民宿の裏の空き地。街灯から離れた場所。月齢二十。欠けた月が昇ってくるのは十時前。それまでが勝負だ。条件は良くない。でもゼロじゃない。
ユキはリュックから低温保存ケースを出した。七個の石を並べた。
手袋を外した。素手で。
一個目。北の空に向けてかざした。
反応なし。冷たいまま。
二個目。反応なし。
三個目。朝、一番最初に温かかった石。
かざした。
指先が温かくなった。そして、石の内側に光が見えた。肉眼でギリギリ。月明かりに紛れそうなほど弱い。でも確かに光っている。北の空へ向かって。
「光った」
四個目。反応なし。
五個目。反応なし。
六個目。反応なし。
七個目。もう一個の「温かかった」石。
かざした。
温かくなった。光った。北の方向。
七個中、二個。
ここからが本番だ。かざすだけじゃ、どの星かはわからない。
ユキはリュックから折りたたんだ紙を出して、地面に広げた。ケフェウス座の星図。ダイチが縮尺を合わせて印刷したやつ。石版がなくても、これで共鳴が見られる。
手持ちのケフェウス座の確定クリスタルを、対応する星の位置に置いていく。
四個が紙の上に並んだ。まだ埋まっていない星の位置が、いくつも空いている。
さっき光った石を、空いている位置の一つに置いた。
何も起きない。
隣の位置に移した。
何も起きない。
三つ目の位置に置いた時だった。
石の内側の透明度が、わずかに増した。光ったというより、濁りが引いたような変化。周りの四個も、同じように澄んだ。共鳴している。
ユキは息を止めた。
計測機器がないから、正確な座標はわからない。星の名前も特定できない。でも、この位置。ケフェウス座の、この星。
「うちの手と、紙と、目で。ここまで来た」
もう一個の石も同じように試した。
別の位置で、同じ変化が出た。
ユキは石を低温保存ケースに戻して、空を見上げた。男鹿半島の夜空。東京より暗い。東の低いところに、昇ったばかりの欠けた月。南の空に土星、西寄りの低いところに火星。星座だけが欠けた空。
西の地平線近くに、うっすらと三角形の光が伸びていた。
星がなくても見える光。
鎌倉じゃ光害で見えなかったけど、ここなら見える。壁の時代からずっと、ここにあった光。
でもこの空の向こうで、ケフェウス座の星たちが今もあるかもしれない。あるかもしれないし、もうないかもしれない。開けるまでわからない。
わからないまま、石を拾って、光を確かめて、東京に持って帰る。
ハルにメッセージを送った。
ユキ : 2個光った。北。肉眼確認。計測は後日ロクマルで
ハル : 素手で見つけたのか
ユキ : うちの手が言ってた。当たりだって
もう一通打った。
ユキ : そういえば、オーラフのおじさんて何者なの? 一人で三ヶ国の情報集めてるの無理じゃない?
少し間があった。
ハル : あーそれ言ってなかったっけ
ハル : オーラフは個人名じゃないよ
ハル : O.L.A.F.
ハル : Outside Licensed Astral Finders
ハル : 外部公認の星晶探索者互助会。世界中のフリーハンターが情報共有してるネットワーク
ハル : トップの人がオーラフって呼ばれてて組織名と同じ。紛らわしいけど
ユキ : えっ
ユキ : えっっ
ユキ : うちずっと有能な北欧のおじさんだと思ってた!!
ハル : 有能な北欧のおじさんが立ち上げた世界規模の互助組織
ハル : 機構に落とされたハンターたちの連帯だよ。俺もユキもダイチも会員
ユキ : いつの間に!!
暗い岩場で、一人で笑った。おじさんじゃなくて組織名。ロクマルのセッションで「オーラフのおじさんがさー」と言うたびに、ダイチは何を思っていたんだろう。あの時一瞬何か言いかけて黙ったの、これか。
ユキ : まあいいや。2個当たり出たから許してあげる!
ハル : 根拠は?
ユキ : なんとなく
ハル : よし
ユキは笑った。暗い空の下で。一人で。
明日の朝、もう一回岩場に行く。潮が引く時間をおばちゃんに聞いておこう。
白いコンバースの海水の染みは、たぶん落ちない。
でもいい。遠征の勲章だ。