ロスト・コズミック   作:シグワン

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第27話 ハルの珈琲

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LC-237-D/arieSta

2046.08.02-Thu 21:40

Location : 豊島区 東京都

MoonAge : 0.1

Sectors : 2/88 fired

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 ダイチは数字に敏感だ。

 

 計測機器の出力値が〇・三パーセント変動しても気づく。クリスタルの重量が〇・〇二グラム減っても記録する。

 

 その夜、ロクマルの屋上で、ダイチはハルの手元を見ていた。

 

 男鹿(おが)半島の採集分を含めた新規クリスタルの計測セッション。ユキが持ち帰った七個と、O.L.A.F.(オーラフ)経由でスウェーデンから届いた三個、計十個のスクリーニング。

 今夜は新月。月齢〇・一の、月明かりがほとんどない夜。気温二十六度。湿度六十二パーセント。条件はいい。

 

 ユキがクリスタルを一個ずつかざしている。

 タキが座標を読み上げている。

 ダイチは計測機器のモニターを見ている。

 その合間に、ハルが缶コーヒーを飲んでいた。

 

 四本目だった。

 

 ダイチはそれを数えていた。数えるつもりはなかった。でも、数字に敏感な人間は、数字を勝手に数えてしまう。

 

 ハルがロクマルに来た時、持っていた紙袋にコンビニの缶コーヒーが六本入っていた。ダイチはそれを見た。六本。一晩のセッションに六本は多い。

 

 ハルの足元に空の缶が並んでいた。数えなくてもわかる。多い。

 

 時刻は二十二時十分。ハルが屋上に来てから一時間半。一時間半で四本。

 

「ダイチさん、スペクトル感度の読み取りお願いします」

 

 タキの声で視線を戻した。モニターに目を落とす。

 

「感度正常。ケフェウス座領域にフォーカスしてる」

 

 ユキが六個目の石をかざした。

 男鹿半島で「温かかった」と言っていた石の一つ。

 

 反応あり。

 

「来た」とユキ。

 

 ダイチがデータを読んだ。

 

「北東寄り、高度およそ五十度。ケフェウス座の領域内。座標とスペクトル照合」

 

 タキが電子恒星カタログと突き合わせた。

 

「ケフェウス座…… ε(イプシロン)星。カタログ表記はイプシロン・セファイ。四等星」

 

「ε(イプシロン)星? セファイ……変光星だっけ?」とユキ。

 

「正解です。細かくいうと、たて座δ(デルタ)型変光星です。固有名はありません」

 

 ユキは少し残念そうな顔をした。四等星。暗い星だ。でもクリスタルはクリスタルだ。ケフェウス座の確定五個目。

 

「五個目。あと一個の方も見てくよ」

 

 七個目の石。

 もう一個の「温かかった」石。

 かざした。

 反応なし。

 

 ユキが首を傾げた。

 

「あれ。男鹿では光ったのに」

 

「反応が閾値ぎりぎりなんだ」とハルが言った。

 

 缶コーヒーを置いて。

 

「今夜は新月条件でかなりいい。それでも反応しないなら、角度がずれている可能性が高いよ」

 

「もう一つ可能性がある」とダイチ。

 

「対象の星が、今この時間、地平線の下にいる場合だ。閾値(しきいち)ぎりぎりの石は、対象が空に昇っている時間帯じゃないと指向が定まらないことがある。時間を変えて再計測。駄目なら、保留でその星座の季節を待つ」

 

「じゃあ、条件を変えてもう一回試せば反応するかもしれないんだね」

 

「可能性はある。保留」

 

 ユキが頷いた。スウェーデンからの三個はどれもハズレだった。この十個では、確定が一個。保留が一個。ハズレが八個。

 

「ハズレが多いな」とダイチは言った。

 

「ケフェウス座は地味な星座だからね」とハル。

 

「こぐま座やりゅう座は比較的明るい星が多かったけど、ケフェウスは暗い星が多い。クリスタルの蓄積エネルギーが低くて、反応の閾値を超えにくい」

 

 ハルが缶コーヒーに手を伸ばした。五本目。

 

 ダイチは黙ってモニターを見た。

 

 撤収を始めた。ユキとタキが機器を片付けている。ダイチはデータを保存した。

 

 今夜の計測数、十。確定一、保留一、ハズレ八。

 

 ハルがゴミ箱の近くで空き缶を片付けていた。五本分の空き缶を袋にまとめている。

 

 ダイチはハルの横に立った。

 

「ハルさん」

 

「ん?」

 

「最近の体調は?」

 

 ハルが少し笑った。

 

「数えてたの」

 

「自分は数字に敏感だから」

 

「五本は、多い」

 

 ハルが空き缶の袋を縛った。手が動いている。震えてはいない。今は。

 

「うん。多いよね」

 

「照射の頃より増えている気がする」

 

「覚えてるんだ」

 

「数字は」

 

 ハルが少し黙った。

 

 屋上の風が吹いて、空き缶の袋がカサカサ鳴った。

 

「最近、頭がぼんやりすることがあるんだよ。珈琲で追い払ってる。カフェインが切れると集中力が落ちる感じがして」

 

「いつから」

 

「……春くらいかな。りゅう座の照射の後くらいから」

 

 急用の後だ、とダイチは思った。ハルが五日間消えて戻ってきた後から。でもそれは言わなかった。

 

「病院は」

 

「行ってない」

 

「行った方が」

 

「そうだね」

 

 ハルの声は穏やかだった。データとしては不足だった。でもこれ以上は聞けない。

 

「自分が言えることじゃないが、ハルさんが倒れたら、アリエスタは動けなくなります」

 

 ハルが振り向いた。ダイチの顔を見た。

 

「……それ、心配してくれてるの?」

 

「仕事として」

 

 ハルが笑った。少しだけ。

 

「わかった。病院行くよ。来週」

 

「了解」

 

 ダイチはそれ以上何も言わなかった。タブレットに視線を戻して、保存したデータのバックアップを始めた。

 

「ダイチ」

 

「うん」

 

「ありがとう」

 

「何がですか」

 

「仕事として言ってくれて」

 

 ダイチは何も答えなかった。耳は赤くなかった。たぶん。暗くて見えなかっただけかもしれない。

 

 エレベーターで降りる時、ユキが「今日の成果」とまとめた。

 

「ε(イプシロン)星確定で、ケフェウス座五個目。保留一個。スウェーデンからの三個はどれもハズレ。男鹿の石は角度を変えてもう一回試そ」

 

「了解」と三人。

 

「あとね」とユキが言った。「オーラフから連絡来てた。ノルウェーの白夜がもうすぐ明ける。八月末からアルデラミンの候補を試せるって」

 

「やっと」とハル。

 

「九月のセッションに合わせて、向こうで確認してもらう。確定したら輸送の手配。オーラフが仕切ってくれる」

 

「オーラフ、有能」とダイチ。

 

 ユキが笑った。

 

「おじさんじゃなくて組織だけどね」

 

「わかってる」

 

 池袋の駅に向かって歩いた。

 四人並んで。

 夏の夜。

 湿気が高い。

 ネオンが暑苦しい。

 

 ダイチはハルの後ろ姿を見ていた。歩き方は普通だった。背筋は伸びている。足取りも確か。目をこする仕草もない。今夜は大丈夫そうだ。

 

 でも、五本。

 

 増えている。確実に。数字がそう言っている。

 

 ダイチは記録する人間だ。計測データを保存する人間だ。感情は記録しない。

 

 でも今夜、タブレットのメモ帳に一行だけ書いた。

 

「H:珈琲 5本/夜 (前回4、前々回3)」

 

 誰にも見せないメモ。

 

 ダイチの中だけのデータ。

 

 仕事として。

 

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