ロスト・コズミック   作:シグワン

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第34話 目をこする人

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LC-341-Y/arieSta

2047.09.01-Sun 22:50

Location : 豊島区 東京都

MoonAge : 11.2

Sectors : 2/88 fired

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 ダイチが言い出したのは、撤収作業の時だった。

 

 ロクマルでのセッションが終わって、機器を片付けている時。ユキとタキがケースを閉めていて、ハルが屋上の端で空を見ていた。

 

 ハクは足元で待機していた。撤収の間は喋らない。ダイチがそう設定している。

 

「ユキ」とダイチが低い声で言った。

 

「なに」

 

「最近目をこする回数が増えてる」

 

 ユキの手が止まった。

 

「ダイチも前から気づいてた? うちも気づいてた。いつから?」

 

「記録してる」

 

「ハクにも数えさせてる?」

 

「させてない」とダイチ。

 

「これは自分が数える」

 

 ダイチがタブレットを見せた。メモ帳のアプリ。日付と数字が並んでいる。

 

H:珈琲 / 目こすり / 空を見る時間

 

 三つの数字が、セッションのたびに記録されていた。

 

「珈琲は前に話した。今は一晩で五〜六本のペースで安定してる。増えてはいない。でも減ってもいない」

 

「目は」

 

「こっちが増えてる。三月のセッションでは一晩に二回だった。四月は三回。六月は五回。今夜は七回」

 

 ハルの方を見た。ハルは屋上の端に立って、北の空を見ていた。右手で、ゆっくりと目の端をこすった。

 

 八回目。

 

「病院は行ったの」とユキは聞いた。ダイチに。

 

「前に聞いた時は『行く』と言ってた。行ったかどうかは確認してない」

 

「聞いてよ」

 

「自分が聞くより、ユキが聞いた方がいい」

 

 ユキは少し考えた。そうかもしれない。ダイチが聞くと「仕事の話」になる。ユキが聞くと……何になるんだろう。

 

 タキが横に来た。

 

 ダイチのタブレットを見て、少し顔を曇らせた。

 

「ハルさんの症状、眼精疲労だけでは説明がつかないかもしれません」

 

「なんで」

 

「こする場所が毎回同じなんです。右目の外側。眼精疲労なら両目を均等にこするか、目頭を押さえるのが普通です。片側だけ、しかも外側を繰り返しこすってるのは、視野の端に何かが見えているか、あるいは見えなくなっているか」

 

「タキ、詳しいね」

 

「機構の健康管理研修で、作業員の視覚異常のチェック項目を学びました」

 

 三人で顔を見合わせた。

 

 ハルが振り返った。

 

「何の話?」

 

 三人とも、一瞬止まった。

 

「撤収の段取り」とダイチが即答した。

 

 ハルは「了解」と言って、空き缶をまとめ始めた。

 

 エレベーターで降りる間、ユキはハルの横に立った。

 

「ハル」

 

「ん?」

 

「病院、行った?」

 

 ハルが少し間を置いた。

 

「行ったよ。先月」

 

「何て言われた?」

 

「眼精疲労。画面の見すぎ。目薬出された」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

 ハルの目を見た。目の下がいつもより暗い。でも目そのものは、いつもと同じ穏やかな色をしていた。嘘をついている顔には見えない。

 

 でも全部を話している顔にも見えない。

 

 聞きたいことが山ほどある。

 急用の本当の内容。

 目をこする理由。

 珈琲が増えた理由。

 夜空を長く見つめている理由。

 

 聞かなかった。

 

 ハルが話す時が来たら話す。それがユキのルールだった。りゅう座の照射の翌朝に決めたルール。

 

 でもルールが正しいかどうか、最近わからなくなってきた。

 

「おやすみ」とハルが言った。池袋の駅の改札で。

 

「おやすみ。目、大事にしてね」

 

「うん」

 

 ハルが改札を通って、人混みに消えた。

 

 ユキはしばらく立っていた。改札の前で。人が横を通り過ぎていく。日曜の夜。池袋は賑やかだ。

 

 ダイチのタブレットに記録された数字。

 二回、三回、五回、七回。増えている。

 

 数字は嘘をつかない。ダイチが言っていた。

 

 ユキは改札を通って、電車に乗った。窓の外が暗い。地下鉄。何も見えない。

 

 何も見えないのに、目をこする人がいる。

 

 翌朝、グループチャットにタキからメッセージが来た。

 

タキ : 壁の周期性ノイズの強度分布を方角ごとに再解析しました。

タキ : 結果、オリオン座の方向だけ、他の方角の二倍から三倍のノイズ強度を示しています。自然現象なら全天で均一になるはず。一方向だけ強いのは、その方角に特別な構造がある証拠です

 

 ユキの手が止まった。

 

 オリオン座。

 

 昨年十一月に照射した星座。

 

 ベテルギウスがあった方角。

 

 壁のノイズが一番強い方角。

 

 そして、おじいちゃんが教えてくれた、一番見たい星座の方角。

 

「一番見たいものが、一番遠い」

 

 声に出してみた。

 

 重かった。

 

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