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LC-341-Y/arieSta
2047.09.01-Sun 22:50
Location : 豊島区 東京都
MoonAge : 11.2
Sectors : 2/88 fired
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ダイチが言い出したのは、撤収作業の時だった。
ロクマルでのセッションが終わって、機器を片付けている時。ユキとタキがケースを閉めていて、ハルが屋上の端で空を見ていた。
ハクは足元で待機していた。撤収の間は喋らない。ダイチがそう設定している。
「ユキ」とダイチが低い声で言った。
「なに」
「最近目をこする回数が増えてる」
ユキの手が止まった。
「ダイチも前から気づいてた? うちも気づいてた。いつから?」
「記録してる」
「ハクにも数えさせてる?」
「させてない」とダイチ。
「これは自分が数える」
ダイチがタブレットを見せた。メモ帳のアプリ。日付と数字が並んでいる。
H:珈琲 / 目こすり / 空を見る時間
三つの数字が、セッションのたびに記録されていた。
「珈琲は前に話した。今は一晩で五〜六本のペースで安定してる。増えてはいない。でも減ってもいない」
「目は」
「こっちが増えてる。三月のセッションでは一晩に二回だった。四月は三回。六月は五回。今夜は七回」
ハルの方を見た。ハルは屋上の端に立って、北の空を見ていた。右手で、ゆっくりと目の端をこすった。
八回目。
「病院は行ったの」とユキは聞いた。ダイチに。
「前に聞いた時は『行く』と言ってた。行ったかどうかは確認してない」
「聞いてよ」
「自分が聞くより、ユキが聞いた方がいい」
ユキは少し考えた。そうかもしれない。ダイチが聞くと「仕事の話」になる。ユキが聞くと……何になるんだろう。
タキが横に来た。
ダイチのタブレットを見て、少し顔を曇らせた。
「ハルさんの症状、眼精疲労だけでは説明がつかないかもしれません」
「なんで」
「こする場所が毎回同じなんです。右目の外側。眼精疲労なら両目を均等にこするか、目頭を押さえるのが普通です。片側だけ、しかも外側を繰り返しこすってるのは、視野の端に何かが見えているか、あるいは見えなくなっているか」
「タキ、詳しいね」
「機構の健康管理研修で、作業員の視覚異常のチェック項目を学びました」
三人で顔を見合わせた。
ハルが振り返った。
「何の話?」
三人とも、一瞬止まった。
「撤収の段取り」とダイチが即答した。
ハルは「了解」と言って、空き缶をまとめ始めた。
エレベーターで降りる間、ユキはハルの横に立った。
「ハル」
「ん?」
「病院、行った?」
ハルが少し間を置いた。
「行ったよ。先月」
「何て言われた?」
「眼精疲労。画面の見すぎ。目薬出された」
「それだけ?」
「それだけ」
ハルの目を見た。目の下がいつもより暗い。でも目そのものは、いつもと同じ穏やかな色をしていた。嘘をついている顔には見えない。
でも全部を話している顔にも見えない。
聞きたいことが山ほどある。
急用の本当の内容。
目をこする理由。
珈琲が増えた理由。
夜空を長く見つめている理由。
聞かなかった。
ハルが話す時が来たら話す。それがユキのルールだった。りゅう座の照射の翌朝に決めたルール。
でもルールが正しいかどうか、最近わからなくなってきた。
「おやすみ」とハルが言った。池袋の駅の改札で。
「おやすみ。目、大事にしてね」
「うん」
ハルが改札を通って、人混みに消えた。
ユキはしばらく立っていた。改札の前で。人が横を通り過ぎていく。日曜の夜。池袋は賑やかだ。
ダイチのタブレットに記録された数字。
二回、三回、五回、七回。増えている。
数字は嘘をつかない。ダイチが言っていた。
ユキは改札を通って、電車に乗った。窓の外が暗い。地下鉄。何も見えない。
何も見えないのに、目をこする人がいる。
翌朝、グループチャットにタキからメッセージが来た。
タキ : 壁の周期性ノイズの強度分布を方角ごとに再解析しました。
タキ : 結果、オリオン座の方向だけ、他の方角の二倍から三倍のノイズ強度を示しています。自然現象なら全天で均一になるはず。一方向だけ強いのは、その方角に特別な構造がある証拠です
ユキの手が止まった。
オリオン座。
昨年十一月に照射した星座。
ベテルギウスがあった方角。
壁のノイズが一番強い方角。
そして、おじいちゃんが教えてくれた、一番見たい星座の方角。
「一番見たいものが、一番遠い」
声に出してみた。
重かった。