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LC-356-T/arieSta
2047.09.19-Thu 14:00
Location : 中野区 東京都
MoonAge : 28.8
Sectors : 2/88 fired
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タキがマルイチに来たのは、珍しく昼間だった。
木曜日の午後。四人がマルイチに揃っている。
今夜は新月のセッション。その前に、タキが「共有したいことがあります」と言った。
タキはスーツではなかった。今日は休みを取ったらしく、私服だ。でも表情は仕事の時と同じだった。
「却下者と周期性ノイズの件は既に共有しましたが、この調査について、最後に一つ、決定的なものが出ました」
「聞かせて」とユキ。
「石版(原盤)の黒塗りの件です。黒塗り前の原本のコピーが、手元にあります」
「どうやって」とダイチ。
「機構内の私の旧作業領域です。増幅施設の設計に関わったとき、石版(原盤)の素材データを使いました。当時の作業コピーが、バックアップに残っていました」
「で、何が書いてあった」
「黒塗り前の分析では、石版(原盤)の素材は既知の天然鉱物の組成には当てはまらない、とあります」
三人とも動かなかった。
「既知の天然鉱物に当てはまらないっていうのは」とユキはゆっくり言った。
「地球のものじゃないってこと?」
「そこまでは言えません。地球由来の材料を人工的に配合した可能性もあります。ただ、自然にできた石ではない可能性が高いです」
「だから黒塗りにされたんだ?」
「おそらく。以前に確認した加工痕と合わせると、石版(原盤)を自然物として扱うのは難しくなります」
部屋が静まり返った。
ハルが珈琲の缶を置いた。
「この報告は三回書き直しました」とタキが付け加えた。
「一回目は事実だけ。二回目は推測を入れて、三回目で推測を消しました。事実だけでいい、と思ったので」
ハルは目を閉じていた。何か考えている。
「タキ」とハルが目を開けて言った。
「田中さんからの牽制、最近あった?」
「先週、『最近の業務外のデータアクセスが目立つ』と言われました」
「それでも続けて大丈夫なのか?」
「はい。星が待ってますから」
タキの声は静かだった。
でも加入した頃とは違う重さがあった。「星が待ってますから」は同じ言葉だ。でもその裏に、組織への疑問と、それでも中に残る覚悟が乗っている。
ふと気づいた。タキの手元。報告が終わったのに、タキの指がタブレットの縁を握っている。力が入っている。いつもの冷静な手じゃない。
機構に提出する報告書と、マルイチで話す報告書。タキの中で、それが二つに分かれた瞬間があったはずだ。
その分岐点がいつだったのか、ユキにはわからない。でも、タキが何かを選んだことだけは、今の指先を見ればわかった。
聞かなかった。タキが自分で話す時を待つ。
ユキは立ち上がった。
「整理しよ」
「壁は一方向だけ周期性ノイズが強いから、構造が均一じゃない可能性が高そう。石版(原盤)は、自然にできた石じゃないかもしれない。で、機構の中には、その二つを積極的に外へ出してない人がいるってことだよね?」
「正確に言うと、同じ意図で伏せられたのか、確証がないから出していないだけなのか、そこはわかりません」とタキ。
「正しいけど足りないヤツでしょ。機構は間違ってないかもしれない。確証がないものを出さないのは正しいと思う。でもうちらは、確証がなくても考えることはできるよね」
ハルが小さく笑った。
「ユキ、最近、俺っぽいこと言うね」
「うつった」
四人で少し笑った。でもすぐに空気が元に戻った。
「もう一つ、いいですか」
タキが言った。まだ座ったままだった。
「機構が、二拠点目を検討しています。照射施設です」
「二拠点目?」とユキ。
「一つしかないの、あれ」
「三鷹だけです。国内は」
「こぐまとりゅう。本照射してるの、まだ二区画だけだよね。オリオンは限定照射だけで。まだどこも開いてないのに」
「開いてから始めると、間に合わないそうです」
タキはタブレットを閉じた。
「候補地の選定も、設計も、設備の整備も時間がかかります。こぐま座三回目の結果は来年の春。結果を見てから動いたら、そのぶん丸ごと後ろにずれます」
「誰が言ってるの、それ」
「村上さんです」
ユキは、あの人が門の鍵を持って立っている姿を思い出した。
「私も呼ばれています」とタキが続けた。
「増幅施設の設計をやったことがあるので」
「行くの?」
「四人で来てほしい、と言われました」
「四人?」
「三回目で使った照射システムは、ダイチさんと私が現場で詰めた調整値が多いです。まだ、別拠点へそのまま移せる形に標準化されていません」
ダイチが顔を上げた。
「どこだ」
「鹿児島です。来月」
「今夜は新月のセッションだ」とハル。
「ケフェウス座のセッションに集中しよう。石版と壁の話は、今夜の作業が終わってから改めて考える」
「了解」と三人。
そのあと、四人で今夜の機材と手順を確認した。
マルイチを出る頃には、外はもう暗くなっていた。
タキが私服の上にフィールドジャケットを羽織った。
ダイチが計測機器のケースを持ち上げた。
ユキがポーチを肩にかけ、ハクを抱っこする。
ハルが空き缶を片付けた。
ロクマルに向かう。四人で。九月の夜。月はない。暗い空が、セッションを待っている。
「ねえ」とユキは歩きながら言った。
「こぐま座の不完全照射、十一月九日で二年だよね」
「そう。最初の観測日だ」とハル。
「何も起きなかったとしても、そこから観測は続ける」
「怖いね」
「怖いよ」
「でもさ、もし三回目だけ何か起きたら、それって、ただの自然現象じゃないっていう根拠の一つになるんじゃない? 光だけじゃ駄目で、光と電波を揃えた時だけ変わるなら」
ハルが足を止めた。ユキを見た。
「……そこまで出れば大きい。反応しただけじゃ足りないけど、こっちが送った条件に対応して挙動が変わるなら、偶然では説明しにくくなる」
「なんとなく」
ハルが少し笑って、また歩き出した。
池袋の夜。ネオン。人混み。笑い声。その上に、月のない空が広がっている。
四人は何に向かって歩いているんだろう。
星を取り戻すため?
壁の正体を知るため?
それとも、もっと別の何かのため?
わからない。
でも歩いている。
四人で。
それだけで、今はいい。