ロスト・コズミック   作:シグワン

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第39話 何も起きない

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LC-380-H/arieSta

2047.12.10-Tue 02:05

Location : 三鷹市 東京都

MoonAge : 22.2

Sectors : 2/88 fired

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 缶コーヒーを開けた。三本目。

 

 機構との共同研究枠を正式に離れたハルは、この冬から都内の大学で非常勤講師を務め、学生の帰った研究室の一角で自分の研究を続けていた。

 

 机の上には三つのものがある。

 天文学会の査読論文。

 ダイチが送ってきた星蛍光(せいけいこう)スペクトルの生データ。

 ハルが書いたシミュレーションコード。

 

 三つのどれを見ても、答えは同じ方向を向いていた。

 

 こちらから放った光が壁へ届くまで、約一年。

 

 壁の状態が変われば、そこを通った恒星光が地球へ届くまで、さらに約一年。

 

 合わせて約二年。

 

「はず」を取りたかった。

 

 科学は仮説と検証で成り立つ。

 仮説は「こうなるはずだ」で、

 検証は「こうなった」。

 

 その間に二年ある。どれだけ計算しても、最後の一行だけは時間にしか書けない。

 

 データはある。理論もある。でも、見たいのは理論じゃない。証明は、あの暗い空の中にある。

 

 スマホには昼のユキからのメッセージが残っていた。

 

「ハル先生、今日の講義、学生に星の話してた?」

 

「してた」

 

 返信した。

 

 続けて「春には見せられる」と打って、消した。

 

 まだ言えない。

 

 屋上へ出ると、冬の風が顔を叩いた。月と惑星はある。恒星だけがない。

 

 来年の春には、ここにポラリスがある。

 

 そう思っている。

 

 知っている、と言いたい。

 

 でもまだ証明がない。

 

 証明は光速でしか届かない。

 

★★★

 

――――――――――――

LC-389-D/arieSta

2048.01.20-Mon 14:30

Location : 中野区 東京都

MoonAge : 4.7

Sectors : 2/88 fired

――――――――――――

 

 年が変わった。二〇四八年。

 

 何も起きていなかった。

 

 三鷹では、十一月から週次の定例観測が続いている。共有されたこぐま座方向の高感度データは、ロクマルでも毎回洗い直した。

 

 十一月。十二月。一月。

 

 結果はすべて「検出なし」。

 

 ダイチはマルイチの机で、十一月から積み上がった観測結果を並べていた。

 

 机の端には、定期整備中のハクが伏せている。

 

『自己診断、完了。異常なし』

 

「そうか」ハクの背中に指先で二度触れた。

 

「ダイチさん」タキがオンラインの画面から声をかけた。

 

「ノイズの中に周期的なパターンはありませんか」

 

「見てる。ない」

 

「壁の周期性ノイズとの相関は」

 

「それもない」

 

『周期性、該当なし』

 

 ハクまで同じ答えを返した。

 

「一回目の不完全照射では足りなかった、という結論になりますか」

 

「少なくとも、あの条件では開かなかった。そこまでは言える。でも次がある」

 

「二月六日ですね」

 

 ダイチが頷いた。

 

 二年前の二月六日。

 

 こぐま座の七星を全部揃え、光だけで二度目の照射を行った夜。最初の照射と違って、欠けた星は一つもない。

 

「七つ揃った光だけで開くなら、次に出る」

 

「出なければ、そこまでの仮説が一つ消える」

 

 タキが少し間を置いた。

 

「それと、ハルさんの件ですが」

 

 ダイチの手が止まった。

 

「先日のセッションで、珈琲は七本。目をこする回数は十二回でした」

 

 ダイチは自分のメモを開いた。

 

H:珈琲 7本/夜(前回7、前々回6)

H:目こすり 12回(前回9、前々回8)

 

「タキも数えてたのか」

 

「ダイチさんが数えてるのを知ってからは、私も」

 

 二人の技術者が、同じ数字を追っている。仕事ということにして。

 

「ユキさんに言うべきですか」

 

「ユキは気づいてる。気づいてて、聞かないでいる」

 

「それは正しい判断ですか」

 

 ダイチは少し考えた。

 

「わからない」

 

 わからないことが増えていく。

 壁。

 ハル。

 不完全照射。

 

 何も起きていないことまで、数字にして残すしかない。

 

 机の上には、ほぼ完成したケフェウス座の石版設計図もあった。

 

 待っている間にも、手は動かせる。

 

 次に全員で見る夜は、二月六日だった。

 

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