ロスト・コズミック   作:シグワン

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第42話 ウェイティング・ライト

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LC-408-Y/arieSta

2048.03.08-Sun 02:40

Location : 秋田県 男鹿半島 入道崎

MoonAge : 22.7

Sectors : 2/88 fired

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 深夜、午前二時四十分。

 

 四人と一台は、入道崎(にゅうどうざき)にいた。

 

 海風は冷たい。下弦を過ぎた月が東の空にあった。それでも男鹿(おが)の北天は暗い。二等星のポラリスなら、壁が開けば肉眼で拾える。

 

 ダイチが二系統の計測を走らせた。

 タキは三鷹との回線を確認する。

 ハルは北の座標を合わせる。

 ユキは、その全部が終わる前から空を見ていた。

 

『気温二度。湿度六十パーセント。電波天気、やや不安定。北天、雲量ゼロ』

 

 ハクの声だけが、いつもと同じ速さだった。

 

 三鷹では観測班が待っている。

 輝北(きほく)の望遠鏡も北を向いている。

 北欧では、同じ北極星を別の空から見ている。

 

「電波、悪いの?」

 

 ユキがハクを見た。

 

「少し揺れてるだけだ」とダイチ。

 

「今夜の本命は光学観測。三鷹と輝北も同時に見てる。こっちの一箇所だけじゃない」

 

「そっか。じゃあ、全部が完璧じゃなくてもいいんだ」

 

「観測点を重ねるのは、そのためです」とタキ。

 

 海から吹く風が、岬の草を同じ方向へ倒した。

 ユキは手袋の中で指を握る。

 息が白い。

 波の音は見えない崖の下から、一定の間隔で伝わってきた。

 

 ダイチがポラリスの座標を画面中央へ戻した。

 

「三時前に、基準をもう一回測定する」

 

「基準って?」

 

「何もない方。開いたあとに、最初からあったって言われないように」

 

「疑われる前提なんだ」

 

「再現できない現象ほど、直前のゼロが重要だ」

 

「夢がないねえ」

 

「夢を残すために数字を記録してる」

 

 ハルが小さく笑った。

 

 そのとき、タキの端末が一度震えた。

 

「O.L.A.F.(オーラフ)、北米の共有欄が伸びています」

 

「昼なのに?」

 

 ユキが画面を覗き込んだ。

 

《祖母が、星が消える前は昼間でも望遠鏡で北極星を見たことがあるって言ってた。今、思い出した》

 

 その下に、返信が続いていた。

 

《昼間恒星観測。できる。明るい星なら、位置が分かっていれば望遠鏡とカメラで拾える》

《ポラリスは二等星》

《北米組、試せる人いる?》

《やる》

《こっちも》

 

「え!? 昼でも星、見えるの?」

 

「肉眼じゃなくて、望遠鏡とカメラならね」とハル。

 

「露出を抑えて何枚か撮る。前後の画像を比べればいい。北極星は動きが小さいから、同じ座標を追いやすい」とダイチ。

 

「空が明るいだけで、星そのものが消えるわけじゃないから。位置が分かっている明るい星なら拾えるよ」

 

「星が消えてから二十年近く、試す相手がいなかっただけか」

 

 ダイチが共有欄をスクロールした。

 

「開いたら差分は大きい。何もなかった座標に二等星が出る」

 

 タキが短く書き込んだ。

 

《03:15 JST。ポラリス座標の前後画像を保存してください。成功・不成功どちらだとしてもログをください》

 

「機構から正式に頼まなくて良かったの?」ユキが聞いた。

 

「今から正式依頼を回すより、共有欄で協力を募る方が早いです。観測できたら原データをもらいます」

 

「だね!」

 

 数秒で、親指を立てた反応が増えた。

 

 二年間を「日」で数えてきた。

 今夜だけは「分」で数えた。

 三時。

 三時十分。

 

 誰も喋らなかった。

 

 

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LC-409-Y/arieSta

2048.03.08-Sun 03:15

Location : 秋田県 男鹿半島 入道崎

MoonAge : 22.7

Sectors : 2/88 fired, 0/88 open

――――――――――――

 

 午前三時十五分。

 

 二年前の今、三鷹の塔から光と電波を撃った。

 

 ユキは北を見ていた。

 

 暗い空。

 

 その一点が、ふ、と滲んだ。

 

 さっきまで、なかった。

 

「……ハル」

 

「うん」

 

「なんか、ある」

 

 暗闇の中に、小さな光があった。

 

 目を動かしても同じ場所にいる。瞬きをしても消えない。

 

「ダイチ」

 

「見てる」

 

 ダイチの指は止まらない。計測画面と空を交互に見ている。

 

「こぐま座α(アルファ)星ポラリス。一・九五等級。二系統一致」

 

 声が微かに震えた。

 

「始まった」

 

 ユキの目から涙が落ちた。

 

「見える……。星が。北極星が、見えてる」

 

 ハルは何も言わなかった。ただ空を見ていた。手には何も持っていなかった。空を見るのに、珈琲がいらない夜。

 

 タキは片耳のイヤホンを押さえた。

 

「男鹿、肉眼確認。計測二系統一致。ポラリス一・九五等級。時刻、三時十五分です」

 

『三鷹、受信』

 

 村上の声。その後ろで、いくつもの声が重なった。

 

『自動判定、同座標に有意信号』

『輝北、追認に入ります』

 

「広がってる」とダイチ。

 

「何が?」

 

 ユキがダイチの画面を覗いた。

 

「透過域。ポラリスの明るさはほぼ固定。外側へ通る範囲が走ってる」

 

 一分。

 二分。

 

 ハルが空を指した。

 

「ユキ。右」

 

「どれ」

 

「コカブ。こぐま座β(ベータ)星」

 

 もう一つ、光があった。

 

 その少し先に、さらに弱い点。

 

「フェルカド」

 

 点が増えた。

 一つだった光が、数分で小さな柄杓の形になっていく。

 

 教科書で見た。

 プラネタリウムで見た。

 作り物の空でしか知らなかった形。

 

 本物だった。

 

「届いたよ」とユキは言った。

 

 ダイチはいつもの手つきで数値を記録していた。でも、その手が一瞬だけ止まった。

 

「ダイチ」

 

「なに」

 

「泣いてんの?」

 

「海風のせいだ」

 

「へー」

 

「……仕事だから」

 

「嘘つき」

 

 タキも泣いていた。

 

 泣きながら、機構へ数字を読み上げている。

 敬語のまま。

 声だけが震えていた。

 

 ハクは足元で、気温と湿度と、ユキが泣き出した時刻を記録していた。

 

 ユキは空を見上げた。

 

 北極星。その周りに、小さなこぐま座。

 

 おじいちゃんが教えてくれたのはオリオン座だった。

 ハルが北極星を教えてくれた。

 ダイチが測ってくれた。

 タキが機構を繋いでくれた。

 O.L.A.F.が世界中を繋いだ。

 村上が動いてくれた。

 

 輝北も、北欧も、同じ星を見た。

 

 全部が繋がって、今夜ここにある。

 

「ハル」

 

「なに」

 

「根拠は?」

 

 ハルが声を出して笑った。

 

「目の前にある」

 

 数分後。

 

「輪郭停止」とダイチ。

 

「変化なし。こぐま座区域と一致。開門、完了」

 

 タキの端末が鳴った。

 

『輝北、ポラリス確認。測光値一致』

 

 続いて三鷹。

 

『正式判定、確定します』

 

 村上の声が一度止まった。

 

『こぐま座区域、開門確認』

 

 その瞬間、村上の声の後ろで歓声が膨らんだ。観測室だけじゃない。屋外広場と、フェンスの外からも重なって聞こえた。

 

 二月には数えるほどだった三鷹で、百人を超える人が同じ北の空を見ていた。

 

 ユキは一瞬だけ、三脚を肩に掛けた若い男の顔を思い出した。「……ほんとに来たんだ」

 

 その直後、O.L.A.F.の共有画面に北欧チームから写真が上がった。

 

 同じポラリスが、雪の残る北の空にあった。

 

 北欧、東アジア、夜を持っている観測点から追認が増えていく。

 

 その列に、北米の昼側から一件混じった。

 

《DAYLIGHT / POLARIS DETECTED》

 

 青い背景の中央に、白い点が一つだけ写っていた。

 

「あ! 昼のやつだ?」

 

「そうです。北米です。さっきの共有欄」とタキ。

 

 ダイチがそれらの画像を拡大した。

 

「前画像には何もない空。座標一致。測光値も問題ない」

 

 数十秒後、別の北米観測点から二件目が上がった。

 

《SECOND DAYLIGHT CONFIRMATION》

 

「ほんとに昼でも見えたんだー」

 

「昼は空が明るいだけだからね」とハル。

 

「戻った星は、向こうにもある」

 

 ユキは夜空のポラリスと、画面の青空の点を交互に見た。

 

 同じ星が、地球の夜と昼に同時に戻っていた。

 

★★★

 

 それから一時間、回線は地獄だった。

 

 三鷹は公開用データの整形。

 輝北は独立観測の再計測。

 O.L.A.F.は各地の確認ログを集約。

 タキの端末には通知が積み上がり続けた。

 

「タキ、もしかして戻った方がいい?」

 

 ユキが聞くと、タキは一瞬だけ迷った。

 

 その声を、開いたままの回線で村上が拾った。

 

『こちらはこちらでやります』

 

「部長」

 

『橋田さんは、そちらを見ていてください。今夜くらいは』

 

 タキは画面を見た。

 

「……ありがとうございます」

 

 通知を切った。

 

 ダイチも自動記録を確認して、端末を伏せた。

 

 計測は終わっていた。

 

 報告も終わった。

 

 もうセッションではなかった。

 

 四人は、ただ空を見ていた。

 

 回線を切ると、波の音が急に大きくなった。世界中の声が消えただけなのに、岬そのものが静かになったみたいだった。

 

「星がある空って、こんなに広く見えるんだね」

 

「さっきまでと夜空の大きさは同じだ」とダイチ。

 

「そういう話してない」

 

「分かってる」

 

 ハルが笑った。

 

 ユキはもう一度、北を見た。

 

「北極星って、ほんとに北にいるんだね」

 

「そこから?」

 

「本物で確認したの、今日が初めてなんだから仕方ないでしょ」

 

 今度はタキまで笑った。

 

 男鹿の暗い空に、こぐま座があった。

 

 二年前、「二年後」と言った。

 

 長いと思った。

 実際に長かった。

 何も起きない日が七百回以上あった。

 

 その全部が、今夜の数分になった。

 

「Waiting Light」とハルが言った。

 

「何それ」

 

「待ってる光。ずっと、そんな感じだった」

 

 タキがポラリスを見た。

 

「今は、待っていた光ですね」

 

「それ」とユキ。

 

「今聞くと、ちょっとグッとくる」

 

 四人で笑った。

 

「照射してないの、あと八十六区域」とユキ。

 

「長いね」とハル。

 

「りゅう座の答えは六月。ケフェウスは来週照射予定」とダイチ。

 

 タキが小さく息を吐いた。

 

「また待つんですね」

 

「待つ。でも次からは、空に星を見ながら待てるね」

 

 ユキはポラリスを見上げた。

 

 暗闇の中で待つのと、一つでも光がある中で待つのは、全然違う。

 

 ハルが隣で言った。

 

「ユキ」

 

「なに」

 

「止まらないんだろ」

 

「うん」

 

「根拠は?」

 

 ユキは少し笑った。

 

「なんとなく」

 

 二年前の「なんとなく」と同じ言葉だ。でも中身が違った。

 

 今は、事実が目の前にある。

 

 空に向かって小さく手を振った。

 

「見えてるよ」

 

 北極星に向かって。

 おじいちゃんに向かって。

 湘南の砂浜で石が光ったあの夜の自分に向かって。

 

 見えてるよ。

 

 光が、ある。

 

 その夜、

 世界各地の電波望遠鏡が、

 太陽系外縁方向から同一の信号を受信した。

 

 

――――――――――――

記録終了 / Summary

LC-409-Y/arieSta

2048.03.08-Sun

MoonAge : 22.7

Sectors : 2/88 fired, 1/88 open

第二章記録終了

試験照射:1 (オリオン座区域)

照射済み : 2 / 88

開放確認 : 1 / 88

肉眼可視 : こぐま座区域(ポラリスほか)

結果待ち : りゅう座(2048年6月)

照射準備 : ケフェウス座(2048年3月14日予定)

受信信号 : 1件 / 未解析

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第二章「ウェイティング・ライト」── 了

 

第三章「オープン・プロトコル」へつづく

 

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