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LC-475-D/arieSta
2048.03.09-Mon 20:30
Location : 秋田県 男鹿半島
MoonAge : 24.4
Sectors : 2/88 fired, 1/88 open
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翌日の夜には、上半分の骨格まで解けていた。
あの信号のグリッドの上半分──数値データ。
「前夜に残した正位置候補を、上半分から逆算して検証した」とダイチ。「短と長の割り当てを逆にした場合も含め、四方向を全部当て直した」
「何が決め手?」とユキ。
「左上。ここだけ、0と1の基準になってる」
ダイチが、左上の小ブロックだけを、前回と同じ記号表示で拡大した。
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「ゼロとイチだけ?」とユキ。
「そう」とダイチ。
「前夜は便宜上そう呼んでただけだった。でも、この並びなら、短が0、長が1でいい」
ハルが珈琲の缶を持ったまま言った。
「本家の模倣だと仮定すると、アレシボは1から10までの数を二進数で並べるところから始まってる。こっちは0と1で始まってるね」
「ああ。二進数として読むと次の10個のブロックは、1、2、6、7、8、12、13、14、26、28だ」とダイチ。
「え、待って。左上が1、3で、次のブロックは……3、5、13、15……じゃないの?」とユキ。
「あー。それね。数値として読む場合、区切りの目印がないと難しいんだよね。空欄が続いたとき、それが桁の途中なのか、次の数字との区切りなのか分からないから」とハル。
「あー。下の一つが目印なんだ? 左上が0、1で、次のブロックが1、2、6、7、8……。なるほどね」
「元素だ」
「元素?」とユキ。
「原子番号。1は水素、2はヘリウム、6は炭素、7は窒素、8は酸素」
「すいへいりーべ、なんちゃらのやつ?」
「そう、それ」
ハルが立ち上がって、ホワイトボードに書き始めた。
「H、He、C、N、O、Mg、Al、Si、Fe、Ni。原子番号の昇順で並んでる」
ダイチが10個のブロックの次の区画を切り出して拡大した。全体では横に長かった図が、部分ごとなら一つずつ読める。
「次のブロック」とダイチ。
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続き。
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「複数行をセットで読むと、原子番号の組み合わせになってる。これも本家アレシボ踏襲なら……」
ハルの手が速くなった。
「CH4、NH3、H2O、HCN、CO、C2H6。天体環境で観測例のある分子が、分子量の昇順で並んでる」
珈琲を置いた。飲まずに。
ホワイトボードの先頭に書いた「H」を見て、ハルが振り返った。
「ハク、受信周波数もう一回」
『受信中心周波数、一四二〇・四〇五メガヘルツ。周辺帯域に同一信号なし』
「やっぱり」
「何が?」とユキ。
「この信号の基準搬送波は1420MHz。水素の21cm線だ。水素の周波数で送ってきて、中身の元素列も水素から始まる。送信手段がメッセージの一部になってる」
「ムズっ。うちもう無理。みんなの頭の中どうなってるの?」
「まあ、それが普通の反応だと思うよ」
ハルがハクの方を見た。
「でも、一つだけ簡単に言うと、この辺りはウォーターホールって呼ばれてる」
「ウォーターホール?」
「水素線とOH線に挟まれた、宇宙では比較的静かな帯域。昔からSETIで、星間通信を探す候補として有名なんだ」
「宇宙人の待ち合わせ場所?」
「そういう呼び方もできるね」
ハルは少し考えてから続けた。
「ただ、この帯域を選ぶところまでは、人間に合わせたとは限らない。向こうにとっても自然な選択。でも、アレシボの並べ方まで重なると、話は別だね」
「ハルさん」タキがタブレットを見ていた。
「その星間分子の右に、もう一つブロックがあります。三つの組み合わせ。SiC、Al2O3、FeNiです」
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ハルの目が動いた。
ホワイトボードと、タキの画面を、交互に見ている。
「並び方が変わった」
「何がですか」
「ここまでは分子だった。SiCは炭化ケイ素、Al2O3はアルミナ、FeNiは鉄ニッケル。分子の一覧じゃない。固体材料の組成に見える」
ダイチが画面の下半分を指した。
「その直後が、壁の構造図とその推移だ」
「うん。なら、この三つは材料表として読むのが自然だね」
「この三つが、壁に使われてるってこと?」とユキ。
「可能性は高い。少なくとも、元素、分子、固体材料、その直後に構造図という順番には意味がありそうだ」とダイチ。
「本家と同じ考え方なら、その順番にも意味がある」とハル。
「本家は、数字から始めて、元素、分子、DNA、人間、太陽系へ進む。読めるものから前提を積み上げて、自分たちを説明してたんだよね」
「こっちも、0と1の数字、元素、分子、材料、壁」とダイチ。
「そして、下半分には太陽系と、穴の空いた壁の構造図と、こぐま座らしい七つの並びですね」とタキが続けた。
「待って。本家は人にまつわるものだったんでしょ? なら、こっちもそうじゃない? 機械じゃない?」
「うん。その説はありそうだね」
四人の視線が壁の星図に集まった。
ユキが画面に戻った。
グリッドの中段。壁の図と星座の図の間に、横帯に挟まれた数列がある。壁の左端の上と、地球を示す位置の上には、同じ縦三マスの印が置かれていた。
その二点の間を示すように数列が走っている。左側には階段状の短い棒も並んでいた。そっちの用途はまだわからない。
「この縦三マス、ここにもあるじゃん」
ユキが壁の左端と、地球の上を順に指した。
「この二つの間ってことじゃない? 壁から地球までの距離」
ダイチが数列を見た。
「十進数で……、6,662,486,248だな」
「距離だとしても、単位がありません」とタキ。
「右にもう一つある」とハルが指した。
「1,420。送信周波数と同じ数字だ」
ダイチの指が止まった。それからキーを叩いた。
「6,662,486,248、掛ける1,420。9,460,730,472,160か……」
ハルが顔を上げた。
「一光年……」
「ほぼな」とダイチ。
「一光年との差は四百キロちょっと。壁まで約一光年っていう測距とも合う」
「じゃあ、1,420が距離の単位?」とユキ。
「メガヘルツをキロに変換してるわけじゃない」とダイチ。
「ただ、変だな。掛けた結果が一光年になるのは、こっちがキロメートルで読んだ場合だ」
ハルが画面を見たまま言った。
「本家のアレシボなら、送信波長そのものを長さの基準にしてた。でもこれは違う。もし、この読み方で合っているなら──。向こうは、こっちの単位を知ってる?」
「その可能性が出るな」
「コレで距離のところは読めた」とダイチ。
「残り、サイコロの五に見える所は、今の所は保留だな」
「名刺じゃん」
「……名刺?」
「0と1から始めて、元素、分子、材料だっけ? で、壁の絵と太陽系とこぐま座でしょ。全部合わせたら自己紹介じゃん。壁の向こう側の名刺」
ハルが笑った。
「名刺、か」とハル。
ユキは星図を見上げたまま、少し黙っていた。それから言った。
「ねえ。これって、うちらのやり方が合ってたってことじゃないの」
「やり方?」とハル。
「こぐま座。七つ揃えて光だけで撃った二回目は開かなかった。でも三回目は、スタークリスタルの光と、原盤の石版が組んだ電波を一緒に送った。そしたら開いた」
ユキは指を一本立てた。
「で、その夜、壁の外から信号まで来た。しかも、うちらが送った電波のコピーじゃない。人間が昔作ったアレシボの作法で、読めるように並べてきた。──間違ったことしてる相手に、わざわざ名刺なんか渡す?」
ダイチが画面を見たまま言った。
「……いや、待て」
「何」
「昨日は、敵意のあるデータには見えないって言った。でも、地球の位置と壁までの距離まで入ってるなら、少し話が変わる。自己紹介だけじゃない。『こっちは、お前たちがどこにいて、何を開けたか知ってる』って通知にも読めるな」
ユキの顔から、少しだけ笑いが消えた。
「え……監視してるってこと?」
「そこまでは言わない」とダイチ。
「逆も同じだ。敵意があるとも、ないとも、このデータだけじゃ出せない」
ハルが珈琲の缶を持ち直した。
「人間に読ませる形式を選んだのは強い。でも、自己紹介と警告は両立する。『自分はこれを知っている』って知らせるだけでも意味はある」
タキがタブレットから顔を上げた。
「私は、監視・誘導の可能性を残します。こちらの複合信号と壁の開放に対応した返信である可能性は高いですが、送信者が壁の建造者なのか、こちらの開放を望んでいるのかは別です」
「タキは、敵だと思ってるの?」
「敵だとは言っていません。敵ではないと決めるには早い、と言っています」
ハルは少し考えた。
「俺は今のところ、協調より観測者寄りかな。こっちを見ていて、変化に応答した。そこから先は保留」
「うちは名刺だと思う」とユキ。
「自分はどれにも置かない」とダイチ。
「入力に対する状態返信として扱う。意図は測れない」
「私は最悪ケースを消さない」とタキ。
「それが仕事です」
同じ信号を見て、四人の答えは初めて四方向に分かれた。
ハルが言った。
「で、ケフェウスはどうする」
「予定どおり」とダイチ。
「信号が来る前から決めていた独立試験だ。条件は変えない。相手の意図を根拠にはしない」
「賛成です」とタキ。
「『許されたから続ける』にはしません」
「俺も」とハル。
「分からないまま、決めていた検証だけを続ける」
ユキは少しだけ不満そうに口を尖らせ、それでも頷いた。
「……いいよ。でも、うちは名刺って呼ぶからね」
「記録する」とダイチ。
「全ビット。全変換。それぞれの解釈も分けて記録する」
「解析結果は機構のサイトに載せます」とタキ。
「協調・観測・誘導、どの解釈も伏せません」
ユキが頷いた。
壁を開ける技術を世界に託したように、この信号の解読結果も世界に託す。
自分たちだけで抱え込まない。
それがアリエスタだ。
ケフェウス座の照射予定は、五日後だった。