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LC-491-AI/arieSta
2048.06.11-Thu 21:50
Location : 三鷹市 東京都
MoonAge : 0.0 (New Moon)
Sectors : 3/88 fired, 2/88 open
自動記録 / 照射結果セッション
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六日前の六月五日、午前〇時二十二分――照射開始からちょうど二年の一次チェックでは、りゅう座方向に微弱な光量の上昇が記録されていた。
しかし、梅雨の雨雲で光学データが乱れ、りゅう座区域が開いたと判定するには足りなかった。その後も雨天が続き、再確認できないまま今夜を迎えた。
六月十一日。新月セッション。
三鷹の機構施設に、四人が揃っていた。
今夜確認するのは、開放が進んだかどうかではない。
六月五日の時点で、すでに開放が完了していたのかどうかだった。
屋上では、ハクが気象観測を続けていた。
『りゅう座観測方位、雲なし。光学条件、基準内』
「ここまでハクが見てくれると、俺の出番、なくなりそうだね」とハル。
「対象座標と高度の最終確認は、ハルさんの担当です」とタキ。
「まだ残ってた」
「最初から、なくしていません」
ユキが小さく笑った。
観測室の窓の向こうに、雲のない夜空が広がっていた。
「六月五日のデータにも、同じ座標で光量が上がった記録はある」とダイチ。
「ただ、S/N比が足りなかった」
「S/N比?」とユキ。
「信号とノイズの比率だ。数字が大きいほど、拾ったものが本物だと判断しやすい」
「じゃあ、失敗じゃなかったんだ」
「失敗じゃない。未確定だ。今夜のデータと照らして、あの時点で何が起きていたのか確かめる」
セッションが始まった。
月光によるバックグラウンドはない。検出条件は整っていた。
検出システムが走った。
りゅう座
十秒。
二十秒。
三十秒。
「有意信号」
ダイチの声は平坦だった。
でも、その平坦さの底が少しだけ震えていた。
「S/N比は……。基準を十分に超えてる。二系統一致。ノイズの可能性は低い」
二回目の走査。
結果は同じだった。
りゅう座方向。エルタニンの座標に、壁以前の参照等級と誤差の範囲内で光がある。
走査範囲を広げる。
ラスタバン。トゥバン。
りゅう座区域の基準星が、順に検出された。
「区域全体で透過を確認」とダイチ。
「開口輪郭も確定しました」とタキ。
観測室の空気が止まった。
りゅう座の答えが、届いていた。
「ちゃんと、返ってきてたんだ」とユキ。
「確認まで、二年と六日」とハルが言った。
「六日前のあれも、答えだったんだね」
「可能性は高い。六日前の開放時刻と輪郭は、再解析してからだ」とダイチ。
タキが自分の端末を開いた。
「七十四個目は」
「来てない」とダイチ。
「こぐま座のときは、開いた夜のうちに届いてたよね」とハル。
「四月三日から、同じ方向を見てる。何も来てない」
「記録します。りゅう座区域開放、同日の受信なし」
タキは端末を閉じた。
正式観測を終えると、四人は機構の観測室を出た。
廊下の先が、明るかった。
構内広場には、こぐま座観望会の参加者がまだ大勢残っていた。公開望遠鏡の前には長い列ができ、屋外観測区画も人で埋まっている。
三月にポラリスが戻ってから、新月の夜の三鷹は毎月こうだった。
観測室は、このあと定常監視班へ引き渡すことになっている。今夜の観測結果が一般へ公表されるのは、監視班の追認と記録の承認を終えてからだった。
入口の案内板には、「新月のこぐま座観望会」とだけ表示されていた。
りゅう座の名前はない。
村上は、六日前の一次データも、今夜の再確認も把握している。それでも、正式確定前のりゅう座は一般向けの案内には載せられていなかった。
一般観望は、村上の上司の一存で決まった。
村上が任されたのは、そのあとの全部だった。
彼女の周りでは、警備員や臨時の案内スタッフが絶えず行き来していた。端末には、入場待ちの人数、公開望遠鏡の空き、構内から退出した人数が次々に送られていた。
「西側の列は、そこで止めてください。次の入場は、退場人数を確認してからにします」
村上はインカムを切り、次の報告へ目を通した。
四人に気づくと、一度だけ顔を上げた。
「お疲れさまでした」
「村上さんも」とユキ。
村上は短く頷いた。
それだけで、別の案内スタッフから声がかかった。村上はすぐにそちらへ向き直り、再びインカムの送信を入れた。
公開望遠鏡の列の脇に、見覚えのある三脚が立っていた。
そのそばにいたのは、二月に「見えなかったのも記録ですか」と聞いた若い男だった。三月八日の時刻を投稿し、三鷹に百人以上が集まるきっかけを作った天文配信者だ。
今夜もスマートフォンに向かって話しながら、ときどき北の空を指している。
配信画面のタイトルは、《新月のこぐま座観望》。
りゅう座の文字はなかった。
目が合うと、男は配信を止めずに小さく手を上げた。
ユキも上げ返した。
ユキがそばまで行くと、男は配信のマイクを切った。
「今日のこと、知ってる?」
「二年前の六月五日の照射記録は見ました。それに、さっきエルタニンの座標にも光が写ったので。皆さんが揃ってるし、たぶん今夜なんだろうなって」
「でも、配信では言ってません」
「なんで?」
「前みたいに、自分から人を増やしたくなかったので」
ユキは構内を埋める人の列を見た。
「それでも、こんなに来てるけどね」
「こぐま座だけで、これです」
男は少し困ったように笑った。
ユキは、りゅう座の文字がないタイトルをもう一度見た。
「ありがと」
男は小さく頷き、配信のマイクを戻した。
ユキは公開望遠鏡を待つ人の列を見た。
「ここでゆっくり見るのは、無理そうだね」
「六月五日の再解析は、マルイチで続ける」とダイチ。
「じゃあ、帰ろっか」とユキ。
ユキは屋上へハクを迎えに行った。
「ハク、帰るよ」
『了解』
マルイチへ戻るあいだ、四人ともほとんど話さなかった。
★★★
マルイチに着くと、ダイチはすぐに端末へ向かった。
「先に、六月五日時点の状態を確定する」
ユキも何も言わず、その隣に座った。
ダイチがセッションログを開いた。
今夜確定した開口輪郭を、六月五日の観測データに重ねた。
ハクの雲量ログも照合し、雲が薄くなった時間帯だけを切り出した。
六月五日、午前〇時二十二分のログ。
りゅう座方向で、最初の光量上昇が始まっていた。
その数分後。雨雲の切れ間に残った短い記録に、開口輪郭が現れた。
今夜確定した輪郭と、誤差の範囲内で重なっている。
エルタニン、二・二等級相当。
S/N比四・七。
二系統で位置一致。
ダイチの手が止まった。
三秒。
データを読み直した。
もう一度。
「六月五日午前〇時二十二分に開放が始まってる。その数分後には、もう今夜と同じ輪郭まで開いてた」とダイチ。
「はい。時刻同期、記録系ともに異常ありません。一次チェックのデータは有効です」とタキが言った。
六日間かけて開いたのではなかった。
六月五日。最初の光量上昇から数分以内に、りゅう座区域は開放を終えていた。
人間が、雲の向こうにある答えを確定できなかっただけだった。
ユキは息を止めた。
「やっぱり、あの夜から」
「正式に確定できたのは今日。でも、開いたのは六月五日だ」
「二年ちょうどだね」とユキ。
「そうだ。確定できなかっただけで、答えは予定どおり来てた」
ハルが頷いた。
「うん。雲の向こうでは、もう開いてた」
ユキは椅子に座ったまま、天井を見た。
マルイチの天井。
何度も見上げた、星のない天井。
開いてた。
正式確認を待ってる間に。
六月五日になったばかりの夜に。
泣かなかった。
二回目だから。
でも――なんか、こっちの方がいい気がした。
派手な検出の瞬間じゃなくて、静かな確認の夜に、ダイチの声で「もう開いてた」が混じっていた。
ポラリスの時は、ユキもタキも泣いた。
ダイチは海風だと言い張り、ハルは何も言わなかった。
りゅう座は、ダイチの静かな一言で知った。
それでいい、と思った。
全部が同じ感動じゃなくていい。
ダイチが解析メモの見出しに、「りゅう座 開門時刻」と入力した。
「ねえ、開門って、なんか固くない?」とユキ。
「また名前の話か」とダイチ。
画面から目を上げない。
「開放とか。晴らすとかでもよくない?」
「正式な呼び方が決まっているわけではありません」とタキ。
「意味が通るなら、好きに呼んでも良いと思います」
「自分は、区域が開く現象を『開門』って呼んでるだけだ」とダイチ。
ハルが少し笑った。
「俺は『開く』でいいかな」
「バラバラじゃん」
ダイチはそれには答えず、ログへ視線を戻した。
「じゃあ、今夜は『開いてた』だね」とハル。
六十三年間フィンマルクで眠っていた石の光と、石版が組み立てた電波が、壁を開けた。
その向こうから、エルタニンの本物の光が届いている。
二つ目の穴が開いた。
こぐま座とりゅう座。
北天に二つの穴。
二つの星座区域から、恒星光が戻ってきている。
ユキはマルイチの窓の外を見た。
ガラスには室内灯と、四人の姿が映っていた。
「屋上、行ってみる?」とハル。
「見えるの?」
「エルタニンなら。竜の形全部は、東京の空だと難しいかもしれないけどね」
ハクも連れて、四人で屋上へ上がった。
六月の湿った空気が、頬に触れた。
明かりを背にして、目が暗さに慣れるのを待つ。
北の空では、ポラリスがすぐに見つかった。
ハルが北東の高い空を指した。
「あれ」
ユキは目を凝らした。
都市光に白く霞んだ空に、一つだけ、ポラリスより少し弱い光があった。
すぐには分からなかった。
でも、一度見つけると、その光は消えなかった。
「いた」
「あれがエルタニン」
竜の長い形を結ぶ星のすべては見えなかった。
「全部は見えないね」
「東京の光に埋もれてるだけ。データ上では、りゅう座はもう開き切ってる。こぐま座も同じ。暗い場所なら、竜の形も、ポラリスの周りの星も辿れるよ」
「おじいちゃんが言ってた。秋は星が綺麗に見える季節だって」
「じゃあ、秋になったら、暗いところへ見に行こうか」
ユキは笑った。
「その頃には、次の答えも来るね。オリオン座」
おじいちゃんが「三つ並んでるのが目印だよ」と教えてくれた星座だった。
「オリオンも、晴らせるかな」
「今だから言える。可能性は高い」とダイチが言った。
「主要星二十二個は、機構から借りて全部揃えた。電波も、光と同期させて送った」
「限定したのは照射範囲だけだからね。石版と送信の条件は、こぐま座を開けた三回目と同じだよ」とハル。
「ただ、あの石版自体には、開放実績がない」とダイチ。
「それでも、あの時よりは、信じて待てるね」とユキ。
「うん。根拠は二つ増えてる」とハルが言った。
「こぐま座で、光と電波を重ねる方法が当たった。こぐま座の原盤を元に作ったりゅう座の石版でも、今夜、開放を確認できた」
「予定どおりなら、十一月二十八日。あと半年近く先だよ」
「また待つんだね」
「待つ。でも今は、空の星を見ながら待てる」
それだけで全然違う。
暗闇の中で待つのと、一つでも光がある中で待つのは、全然違う。
新月の夜が更けていた。
六月の確認は、静かに終わっていく。
「アリエスタ」とタキが静かに言った。
「
四人と一台で、空を見た。
ハクは星を見分けない。それでも、ユキの足元で同じ方角を向いていた。
見える星は、まだ少ない。
それでも、エルタニンはそこにいた。
見えない星も、データの中にある。