ロスト・コズミック   作:シグワン

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第6話 黄道光と、暗い星座

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LC-079-Y/arieSta

2045.12.04-Mon 09:15

Location : 北海道 旭川市

MoonAge : 25.1

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 北海道に着いたのは十二月の初めだった。空港の自動ドアを出た瞬間、鼻の奥がつんとした。

 

 旭川の空港を出た瞬間、冷気が肺に刺さった。東京より十度は低い。ユキはジャケットのジッパーを顎まで上げて、白い息を吐いた。

 

「さむ」

 

「北海道の十二月はこんなもんだよ」とハルが言った。

 

 ユキはショルダーバッグを抱え直しながら、レンタカーの方向へ歩く。

 

「でも空気が澄んでるから、新月セッションの条件はいい」

 

「新月まであと四日だね」

 

「その間に採石場を二箇所回る。あとスカンジナビアのネットワーク経由でここの情報屋と会う約束もあるよ」

 

 ダイチは無言でトランクに機材ケースを積み込んでいた。慣れた手つきだ。何も言わなくても、彼が機材一式を把握していることはわかっている。

 

 旭川から車で一時間。山の裾野にある採石場に着いた頃には、夕方になっていた。

 

 採石場のオーナーは六十代の男性で、クリスタルハンターの来訪には慣れている様子だった。「今年で何組目だろうな」と笑いながら案内してくれた。

 

「みんな石英を探しに来る。新月の前後は特に多い」

 

「この辺の石英、質はどうですか」とユキが聞いた。

 

「悪くない。透明度が高いのが多い。ただ最近は掘りやすいところは大体掘られちまってるから、奥まで行かないと出ないかもしれない」

 

「行きます」

 

「だと思った」と彼は笑った。

 

 採石場の奥は薄暗かった。

 

 ヘッドライトを点けて、岩肌を慎重に進んでいく。ハルが地質図を見ながら「この層が石英脈(せきえいみゃく)だ」と指さした。白く光る鉱脈が岩盤を走っている。

 

「すべてスタークリスタルになってるわけじゃないよね」

 

「ならない方が多い。暗黒星雲に包まれる前に、長期間その星の光を受け続けた石だけだから。同じ石英でも、光を受けてた角度や期間で変わってくると思うよ」

 

「どれがそうかって、掘る前にわかったりする?」

 

「わからない。掘って、夜に試す。それだけだ」と横からダイチが言った。

 

 地道な作業だ。それはよく知っていた。

 

 黙々と岩肌を調べながら、有望そうなクリスタルを慎重に採取していく。一個、二個。欠けないように、でも迷わずに。ハルは記録を取り、ダイチは採取した石を一つずつナンバリングして保管する。

 

 三人の息が合っている。

 

 採石場を出た時、空は完全に暗くなっていた。

 

 月はまだ出ていない。新月前の細い月は、夜明け前にしか昇らない。その前の、純粋な暗闇の時間帯だ。

 

「見て」とハルが西の空を指さした。

 

 地平線の少し上、夕暮れの名残が消えた後の西の空に、ぼんやりとした光の三角形があった。淡い。でも確かにそこにある。底辺を地平線に向けて、頂点を天頂方向に伸ばす、柔らかい光の帯。

 

「なに、あれ」とユキが訊く。

 

黄道光(こうどうこう)だよ」とハルが言った。少し嬉しそうに。

 

「星じゃないの?」

 

「星じゃない。塵だよ」

 

「塵? ゴミってこと?」

 

「ゴミじゃない。太陽系の粒子だ。太陽の光を散乱してる」とダイチが言った。

 

「じゃあ壁の向こうの光じゃなくて、こっち側?」

 

「そう。壁の内側の光だ。昔は星が多すぎて見えにくかったらしいけど、今は空が暗いから、かえって目立つ」

 

 ユキはしばらく黄道光を見ていた。

 

 淡い三角形。星じゃない光。太陽系が、自分の存在を主張している。

 

「昔は、空ってもうちょっと明るかったの? 星があった頃」

 

「そうだね。昔は暗い夜空でも、星明かりがあった。無数の星が集まって、空全体をうっすら明るくしてたんだ。天の川もそうだし、もっと暗い銀河の光まで積み重なって。今はその光がない」

 

「だから惑星が目立つんだ?」

 

「孤立して見えるよね。木星も金星も、昔は周りに星がたくさんあって、その中の一つだった。今は暗闇の中にぽつんとある」

 

「木星、今夜は明るい」ダイチが南西の空を見上げながら言った。

 

 南南西の空に、白く大きな光点があった。確かに明るい。暗い空に浮かぶ惑星は、背景が暗い分だけより際立って見えた。昔より孤独に、昔より鮮明に。

 

 月の出前の暗い夜のセッションは、採石場の近くの開けた丘の上でやった。

 

 今夜のクリスタルは採石場で掘り出した三十二個に加えて、スカンジナビアのハンターから郵送で届いた十一個。合わせて四十三個を今夜試す。

 

 月のない完全な闇が丘を包んだ瞬間、三人の息が止まった。

 

 光った。

 

 今回は最初から、複数同時に反応した。星のない真闇の中で、クリスタルが静かに、でも確かに光を漏らした。ダイチの計測機器が次々と座標を記録する。

 

「方向確定、りゅう座γ(ガンマ)星、りゅう座ζ(ゼータ)星。……あ」

 

「何」

 

「りゅう座θ(シータ)星も出た。三つ同時だ」

 

「やった」

 

「まだある」とダイチが続けた。

 

 機器の画面を見ながら、珍しく目が大きくなっている。

 

「こぐま座。β(ベータ)星。原盤に入ってる個体より反応が強いかもしれない」

 

 ユキはダイチを見た。ダイチは画面を見ていた。

 

「機構に連絡する?」とハルが言った。

 

「する」とユキは即答した。

 

「約束だから。でも今夜は記録を取りきってから。田中さんへの連絡は明朝でいいかな」

 

「了解」

 

 真夜中の数時間、三人は黙々と作業を続けた。丘の上の風が冷たかった。ユキの指先がかじかんだ。でも止める気にならなかった。

 

 クリスタルが一個光るたびに、宇宙の地図が少しずつ埋まっていく感覚があった。見えない星に向かって、見えない糸を張っていく作業。

 

 答えは二年後にしかわからない。でも今夜やらなければ、二年後は来ない。

 

 日付が変わる頃、ユキは空を見上げた。

 

 木星も金星も地平線の向こうへ既に沈んでいた。月のない空。星座はなくても、光は手の中にある。

 

「今夜のスコア。りゅう座七。こぐま座の反応二。うち一つは既知星の別個体、β(ベータ)星は石版条件内。原盤の充填数は七のまま。りゅう座は累計九」

 

「北海道に来た甲斐あったね」

 

「ある」とダイチが短く言って、そして少し間を置いてから「来てよかった」と付け加えた。

 

 ハルがダイチを見た。ユキも見た。

 

「どうした、熱でも?」とハルが聞いた。

 

「ない」

 

「珍しいこと言うからさ」

 

「寒いと素直になる……忘れろ」

 

 ユキは笑いをこらえながら、低温保存ケースのクリスタルを見た。暗い夜に、孤独に、でも確かに光を抱えている。

 

 星座がなくても、ここに光はある。三人が証明した。

 

「帰ったら次の計画立てて、りゅう座の石版、機構と一緒に作り始めよう」

 

 二人が頷いた。

 

 丘の上の風が、北から吹いていた。

 

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