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LC-083-H/arieSta
2045.12.09-Sat 14:30
Location : 中野区 東京都
MoonAge : 0.7
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東京に戻ってから三日後、北海道で採集したスタークリスタルのデータ整理がようやく一段落した頃。
同時に、数百年分の星の光が小さな石の中に圧縮されているという事実にハルがまだ慣れていない頃。
ハルが珍しい顔をしてマルイチに入ってきた。
両手で抱えた木箱を、机の上にそっと置く。木箱の重さは石の重さであり、石の重さは星の記憶の重さだった。
「これ、さっき連絡があってね。スカンジナビアのネットワークから。北海道のセッションのお礼だって」
「何が入ってんの」
「開けてみて」
ユキは木箱の蓋を外した。緩衝材の中に、クリスタルが一個、布に包まれて収められていた。
取り出して、ライトにかざす。
無色透明の六角柱。でも内部に、薄い膜のようなものが何層も重なっていた。ちょうど幻影みたいに、外側の形より一回り小さな形が内部に浮かんでいる。さらにその内側にもう一層、さらに内側にもう一層。入れ子構造の、淡い痕跡。
「ファントムクリスタルだ」とダイチが言った。
机から顔を上げて、珍しくすぐに立ち上がってきた。
「本物か? 触っていい?」
「どうぞ」
ダイチは受け取って、ゆっくりと回転させた。内部の層が光の角度で浮かび上がる。
「成長が止まっては再開して、を繰り返した痕跡だね」
ハルは珈琲を一口飲んでから続けた。
「水晶が育つ途中で、外からの不純物が膜状に付着する。そこでいったん成長が止まって、また始まる。何百年、場合によっては何千年もかけて、こういう層が積み重なっていくんだよ。人間の文明より古い時間が、この石の内側に閉じ込められてる」
「中の層がスタークリスタルになれるってこと?」とユキが聞いた。
「ファントムクリスタルは、透明な層の部分だけが光を蛍光できる。不純物の膜は内部からの邪魔をするから。スタークリスタルになれるかは透明部分の厚みと質次第だと思う。でもなれた場合は」とハルは少し声のトーンを落とした。
「面白いことが起きる可能性がある」
「面白いこと?」
「層ごとに、違う時代の星の光を蓄積してるかもしれない。一番外の透明層は暗黒星雲に包まれる直前の光。内側の層はもっと昔の、百年前、千年前の星の光。もしそうなら、このクリスタルは複数の時代の星の記憶を持ってることになる」
ユキはダイチの手の中のクリスタルを見た。
透明の中に何層も重なっている。それぞれが別の時代の星の光を抱えているかもしれない。
「次の新月セッションで本格的に試すしかないな」とダイチが言った。
手の中でもう一度ゆっくりとクリスタルを回してから、慎重にユキに戻した。
「大事にしなよ」
「わかってる」
その夜、ダイチがマルイチの机に一枚の紙を広げた。
A4サイズのプリントアウト。りゅう座の星図だ。星の位置が正確な縮尺で印刷されている。
「石版、まだ機構と設計中だから」とダイチは言った。
「でも縮尺がわかれば紙でも確認できる。クリスタルを置いてみる」
「共鳴チェックを紙でやるの?」
「試す価値はある」
ダイチは北海道のセッションで確定したりゅう座のクリスタルを一個ずつ取り出して、印刷された星図の上の対応する位置に置いていった。
何も起きなかった。昼間だから当然だ。
「夜にやる。新月じゃなくても、夜の屋外なら弱い反応は出るはずだ。共鳴の確認だけなら光量が小さくても判断できる」
「頭いいね」
「いや、普通の発想だ」
「普通じゃないよ。石版作るまで確認できないって思い込んでたじゃん、みんな」
ダイチは何も言わなかった。でも少し、紙の上のクリスタルを整えるのに余計な時間をかけていた。
ハルが珈琲を持ってきて、星図を覗き込んだ。
「これ、印刷して持ち歩けるのが良いよな。野外でその場でチェックできる。今まで持ち帰って計測機器に通してたのが、現地で判断できるようになるかもしれない」
「精度は落ちる」とダイチが言った。
「でも一次スクリーニングには使える。光ったら持ち帰り、光らなかったらその場で判断、という振り分けができる」
「採集の効率が上がる」
「そういうこと。でも、その星座内の確定クリスタルがゼロだと組み合わせが膨大すぎて現実的じゃないけどな」
ユキは印刷された星図を見ていた。A4の紙の上に、りゅう座の形が広がっている。主要な星が点で示されていて、それぞれの点の横に小さな文字で星の名前と等級が書かれていた。
こぐま座の
「りゅう座の
「次の新月で出てくるといいが」
「スカンジナビアから追加で来るかもしれないよ」とハルが言った。
「あっちのネットワーク、周極星座、りゅう座とかに強い人達がいるって話だった。ファントムクリスタルを送ってきたのも同じだし、信頼できると思う」
「名前は?」
「名前はオーラフ。元地質学者で、機構の採用試験に落ちた組だ」
ユキは少し笑った。
「仲間じゃん」
「世界中にいるんだよ、落とされた組が。機構の審査は厳しすぎる。学歴と論文実績だけで判断するから、実際にフィールドで成果出してる人が弾かれる。おかげで俺たちみたいな民間チームに優秀な人が集まってる」
「機構の損失だよね」
「そうだよ。でも機構もそれに気づき始めてると思う。村上さんが動いたのも、現場力の差を認めたからじゃないかな」
夜になってから、三人で屋上に出た。
中野のビルの屋上は開けていて、東京の夜空が見渡せた。都市の光でそれなりに明るい空だ。新月セッションには向かないが、今夜の目的は違う。
ダイチが星図のプリントを平らに広げて、クリスタルを配置した。
暗い屋上に、七個のクリスタルが並んでいる。
しばらく待った。
一個が、微かに色を変えた。光というより、内側の透明度が増したような変化だ。肉眼ではギリギリ判断できるかどうかのレベル。
「反応してる」とダイチが計測機器の数値を読んだ。
「弱いけど、確かに
「いけた」
ユキは残りのクリスタルを一個ずつ試していった。三個が弱い反応を示した。二個は無反応。一個は判断がつかない微妙な数値だった。
「この判断がつかないやつ、新月の時に改めて試す価値ある?」
「ある」とダイチが言った。
「境界線上にあるクリスタルが新月の夜に反応することがある。
「じゃあ保留だね」
「保留」
ハルが空を見上げていた。木星が白く浮かんでいる。
今夜も惑星だけの空だ。でもさっきより、ユキにはその空が以前と違って見えた。
見えないりゅう座の輪郭が、頭の中にある。
クリスタルがその方向を指している。見えない星の地図が、少しずつ体に馴染んでいく感覚があった。
「ファントムクリスタル。新月の夜、楽しみだね」
「層ごとに違う星に反応したら面白い」とハルが言った。
「理論上は起こり得る。一個のクリスタルが複数の星座のくぼみに使えるなら、採集の効率が全然変わってくる」
「そんなことある?」
「わからない。でも、ある可能性は否定できない」
ダイチが星図の紙を丸めながら言った。
「次の新月まで、あと四週間近い」
四週間。
その間にオーラフからの追加情報を待ちながら、確定クリスタルのデータを機構と共有して、りゅう座の石版設計を進める。
やることは相変わらず山ほどあった。
「帰ろっか」
木星が少しだけ西へ傾いていた。地球が自転している。星のない空が、静かに動いていた。
ユキがふと言った。
「ねえ、昔の人って宇宙に向けて電波飛ばしてたんでしょ。あれ、まだやってるのかな」
「アレシボメッセージのこと?」とハルが言った。
「かな?」
「それなら、一九七四年に一回だけ送ったきりだよ。返事は来てない。イタズラの返信はあったけどね。まあ、二万五千年くらい先に届く場所に向けて送ったから……」
「二万五千年か。気長だね」
「気長だよ」