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LC-086-H/arieSta
2045.12.16-Sat 13:20
Location : 中野区 東京都
MoonAge : 7.7
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偽物が出回り始めた——偽造する人間がいるという事実は、ハルにとって天文学的な冒涜であり、同時に人間らしさでもあった。
ハルがタブレットを机に置いたのは、北海道から戻って十日後の夜であり、マルイチの珈琲メーカーが三杯目を落とし終わった直後だった。
「縮尺データ?」とユキが聞いた。
縮尺データとは、恒星間の角度を石版上の物理距離に変換する係数および、その主要星のことだ。
「そう。りゅう座の縮尺データだと称するファイルが、ハンターのネットワークで売買されてる。五件確認した。どれも違う数値だ」
「どれも偽物ってこと?」
「少なくとも四件は確実に偽物だよ。一件は……判断がつかない」とハルは言った。
「正確な縮尺データを持ってる人間が、今の時点でどれだけいるかを考えると、本物が流通してる可能性は低い。でも完全には否定できないけどね」
「確認する」
「一件だけ、数値の精度が他と全然違う。機構から漏れた可能性がある。村上さんに話した方が良い」とダイチが言った。
「うちから連絡するよ。縮尺データの管理、機構との間で方針を決めておかないといけない」
翌日、村上に連絡を入れると、その日のうちに返信が来た。
村上: 把握しています。機構内部の情報管理も見直しています。アリエスタ側で確認できた偽物データの詳細を共有してもらえますか
ユキ: 送ります。一点確認なんですが、縮尺データって今後どう扱いますか
村上: 検討中です。公開すべきという意見と、管理すべきという意見が割れています
ユキ: 公開したら偽物問題は解決するけど、物量作戦が始まりますよね
村上: そこが悩ましいところです
ユキはスマホを置いた。
縮尺データを公開しちゃえば、誰でも紙チェックができるようになる。クリスタル集めが世界中で楽になる。
星座を開ける速さも上がる。良いことだ。
でも同時に、大量のスタークリスタルが市場に出回り始める。希少な星のスタークリスタルを大資本が買い占める可能性もある。
情報って、みんなが持ってると値打ちがなくなるし、モノによっては占有も。そういうものだ。
「難しいね」とユキは呟いた。
その夜、ダイチが珍しいものを持ってきた。
小さなガラス瓶に、何かの破片のようなものが入っている。
「これ。北海道の採石場で拾ったやつ。クリスタルの破片だ」
「砕けてたの?」
「地層の中で自然に割れたやつが
ダイチはクリスタルを一個取り出してライトにかざした。五ミリ程度の薄い欠片。内部構造はほぼ見えない。
「新月以外の夜でも計測機器なら反応が出ることある。昨夜試した。微弱だけど、反応があった」
「どの星?」
「りゅう座の
ユキは破片を受け取った。薄くて、軽くて、心許ない。
「石版のくぼみには置けないよね、これ」
「置けない。というより、
「でも紙チェックの補助には使えるかもしれない。配置して共鳴を確認するだけなら、サイズは関係ない」
「じゃあ砕けても完全には死なないってこと?」
「自然放電で弱くなるだけだ」
「砕けた面から光が漏れる。放電だ。蓄積してた光が少しずつ外に出ていく。意図的に割ったらどうなるかは別だと思うが」
「試したの?」
「してない。もったいない」
ユキは少し笑った。データより感覚が先に出た答えだ。ダイチらしくない、というかダイチらしい。
「意図的に割ったら光がもっと漏れそうだよね。蓄積してた光が一気に出ていく感じで」
「ああ。同じことを考えてた」
「切断面から放出される。手元に残る光の量は急激に減る。石版に使えるレベルじゃなくなると思う」
「じゃあ、人工的な増産はできないってこと?」
「できない。今は星の光が来ないから再蓄積もできない。暗黒星雲が晴れた区域のそばで時間をかければ、いつかは回復するかもしれないが」
「それが実現したら状況が変わるかもしれない」とハルが言った。
「こぐま座の区域が晴れて、北天から星の光が届くようになれば、その区域の星に対応するクリスタルは再蓄積を始めるかもしれない。長い時間がかかるだろうけど」
「どのくらい?」
「元の蓄積量によるし、まだ誰もわからないよ。でも数年単位ではなく、数十年単位になるんじゃないかな」とハルは言った。
「それも含めて、こぐま座を最初に晴らす意味がある。全ての始まりだから」
ダイチが破片を瓶に戻した。砂粒みたいな欠片が、瓶の底に落ちていく。
自然に砕けた石の中に、星の記憶が残っている。
「なんか……。クリスタルって生き物みたいだね」
ダイチが少し考えてから言った。
「石だ」
「わかってるよ」
「でも」と続け、短い間があった。
「わからなくもない」