カインとアベル。   作:カズあっと

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 新連載です。掴みやすい物語を描きたい。


1話 兄殺しのカイン。

 

 

「お前らを殺す」

 

 カインは言い放ち、槍をしごいた。

 

「ま、待て! 話せばわかる!」

 

 身の丈を超える長槍を振るい、口を開けたアベルの喉奥へ抉る様にして分厚い穂先を突き入れた。

 その言葉は何度も聞いている。何も、わかった事などない。柄から伝わる破れた肉と砕けた骨の手応えは、ただ軽かった。

 

「興味ないね。あばよ兄貴」

 

 軽く、やや高い声。カインは半身を捩る。血飛沫が舞い上がり、飛び散った。

 そのまま槍を引き戻せば、延髄まで貫いた切先は容易に抜ける。

 残心を取ったカインは、たった今刺し貫いたばかりの兄の頭を、つまらなそうに見ていた。

 

「ひでぇ事すんな、カインよ。お兄ちゃん悲しいぞ。お前ってヤツは昔から……」

 

 切なげなアベルの声がして、その唇がニチャリと嗤う。だが、その先は言わせない。

 カインはもう一度槍を突き入れて、臭い息を吐き出す兄貴(化け物)の口を封じた。

 再び噴き出す血煙。カインと比べ遥かに屈強なアベルの腕が槍を取る。取りかける。取らんとしたその瞬間——。

 

「着火」

 

 カインが呟けば、槍の穂先が収縮した。だが一瞬で金属は膨張し、熱を帯びてゆく。

 

「くたばれ」

 

 一言を言い切る前に、化け物の頭が、否、上半身そのものが吹き飛んだ。

 素早く後ろへ跳び退いて、元・槍使いは棒となった得物を構え直す。見事な残心だった。

 

 アベルは倒れない。残された下半身のみで立っている。槍を片手にカインは胸元を弄って、美しい小瓶を取り出した。

 蒼く、透き通った小瓶。口からは導火線、その中には、みっしりと爆薬が詰められている。

 

 ただの爆弾瓶ではなかった。

 爆発を触媒とし、ニュークリアによる破壊を齎す術具、メギドファイア。

 その威力は都市一つさえも瞬時に消し炭とする。

 

「汚らわしい」

 

 カインは瓶を放ると「点化」と呟いた。

 ジリジリと、短くなってゆく導火線。

 

「砕けて散りな」

 

 残されたアベルの下半身は、勃起している。

 カインは背中を向けて厚手のコートを頭から被り直し、核爆発に備えた。その背中は細い。

 伏せた頭。被ったコートから、一房の金髪が覗く。

 刹那、閃光と轟音が広範囲へと響いた。

 

 伏せたカインの背中を爆風が嬲る。熱風と呼ぶには生温い破壊が吹き荒び、周囲を薙ぎ払った。

 この場所は、かつて家のあった場所。人口四万人程の故郷の田舎町。

 カインがかつて両親と、兄「達」と共に過ごした赤い屋根の家、万魔殿。

 

「……チッ。まだ残ってんのかよ」

 

 立ち上がったカインは呟いて、分厚いコートに付着した汚れを叩き落とした。

 見えるのは、柱が一つ。周囲には他に何もない。

 ついさっきまで存在していた街は消失していた。ただ、荒野だけが広がっている。

 カインはコートに口付けた。

 

「……世話になるな、マグダレナ」

 

 このコートは聖骸布。聖女の骸を用い、作り出された術具であった。

 広く望んだ荒野。その地平線へ夕陽が沈んでく。

 かつての街は、もう消えた。

 

 残されたのは一人と、一本の柱。

 紫色に輝いて、美しくも毒々しくもある輝きが、橙色の夕焼けを反射する。

 

「あばよ兄貴。お前もさっさと消えちまいな」

 

 カインはその柱へ掌を当てると、己が身に宿る体内術力を注ぎ込んだ。

 

 

 

 夜は更け、天に星々が輝く。風は冷たかった。

 

「ねーカイン、少し休みなさいよ。疲れてんでしょ」

 

 甘ったるい声がする。とても蠱惑的な声。けれども親しみも湧く様な、遠慮のない声が。

 

「こんな所で休んでられるかよ。さっさと街までいかねーと、干上がっちまうよ……おお、寒ぃ」

 

 柄の悪い、乱暴な声もする。白い聖骸布のコートを纏ったカインのものだった。

 穂先のない槍を杖代わりに用い、金の髪、蒼い瞳を空へと向けた若者は、息を吐く。

 その息は白い。

 

「そんな事言ってると、倒れちゃうわよ」

「そんな、ヤワじゃねーよ」

 

 荒野には何もない。街も、家も。木も、草も、水も。あるのは荒涼とした大地に舞う、サラサラとした砂ばかりであった。

 

「もー、可愛くないわねー」

「んーなもん、必要ねーだろ。オレに求めるなよなマグダレナ」

 

 カインの軽口に、声はプンプンとしている。その声はカインの耳元、左肩から聞こえてきていた。

 翡翠色の光。透き通った灯り。

 

「かっわいっくなーい!」

 

 ソレは、美しい少女の形をしていた。カインの肩に乗る大きさの、小さな少女。翡翠色に光り輝くもの。

 

「はーあ、せめて単車が残ってればさ……」

 

 白い息。季節は冬だ。カインはどっと息を吐く。

 

「足元から、寒ぃ……」

 

 そして歩きながらも身を震わせた。その足元を飾るのは、よく磨かれた編み上げの黒い皮ブーツ。

 色褪せて、傷の目立つインディゴブルーのジーンズとは似合いであった。

 それでも似合いであるのと防寒機能に関係はない。

 

「わ、見て見て! 雪!」

 

 甘ったるい、はしゃいだマグダレナの声が響く。

 空から白が降りてくる。

 夜空の星々が堕ちてきた様にも似た、細かな白。

 

「阿保、死の灰だ」

 

 核爆発の、残り香。

 

「風情がないわねぇ。冬の空から降って来るものなんて、雪以外にないじゃない」

 

 カインは聖骸布のコート、そのフードを目深に被った。死の灰を浴びて、気持ち良くはない。

 

「キラキラとして、綺麗よねぇ……」

 

 夢見心地に短いスカートを摘み、クルクルと回り出すマグダレナ。乙女の表情をしていた。

 死霊である彼女に死の灰の影響はない。だがカインは生きている。放射性物質の影響は決して、無視出来るものではなかった。

 

「げ、本当に雪まで降ってきやがった」

 

 足元が、濡れている。荒野は果てしなく、そして冷たく広がっていた。

 

「急がないと、死んじゃうわよ? 弱い生き物」

 

 キャッキャとはしゃぐ甘い声。死を超越した少女の声は、あくまでも可憐で優雅に。

 

「さっきまで、休めとか言ってなかったか? 頭の弱い死に者」

 

 憮然としてカインは槍を仕舞い込む。一度しゃがみ込み、靴紐を結び直した。グッと大地を踏み締める。

 

「お、カインビビってるー!」

 

 ケラケラと、笑うマグダレナ。

 

「ビビってねーよ。で、今日は何人殺せた?」

 

 問い掛けは単純なものだった。

 

「街だし四万人くらい? 犠牲の割には非効率よね。荷物も単車も、無くなっちゃったし」

 

 軽い調子のマグダレナ。彼女は死霊であっても明るく軽く、そして生き生きとしていた。

 

「あとどんだけ、殺せば終わるんだよ……」

「さぁねー。でも早くしないと、とり殺しちゃうからね。頑張っていこー」

 

 生きているカインの方が鬱々としている。何度も何度も繰り返してきているからだ。白いコートはいつの間にか、赤く染まっていた。

 聖骸布、マグダレナの肉体を用いて作られた術具、呪い。

 

「ま、オレもさっさと兄貴達を殺し尽くして、お前みたいに気楽に死にたいよ。——強化」

 

 大地が爆ぜた。カインは文字通りに肉体を強化して駆け出した。街の方向は知っている。核爆発に巻き込まれていない事も。

 

「まったく、可愛くないわねぇ……」

 

 マグダレナが耳元でうるさかった。

 いつもの事ではあるのだが。カインには死霊が憑いている。

 だがそれは、何一つ問題でなかった。

 音を超え、雷を超えた駆け足。

 

「んーなもん、いらねーよ」

 

 カインは原罪を背負っている。それは何も、兄であるアベル「達」を殺したからでなく。

 

「本当、昔は可愛かったのにねぇ。ま、私を殺した責任くらいはとって貰わないといけないけどねー」

 

 幼馴染の少女。マグダレナを殺し、その骸さえをも未だに辱めているからだ。カインは殺人者であった。

 

「当然だ。暫く黙るぞ、舌噛みたくねーからよ」

 

 唇を引き結び、大股で大地を抉った。音の壁を越え、真空波が雪と死の灰さえをも吹き飛ばす。

 

「本当、可愛くないわねー。カインはせっかく綺麗な女の子なのにさ。もったいないよねー。おっぱいだって、すっごく大きいのに、ガサツぅ〜」

 

 ケラケラとした笑い声。死霊に音は関係ない。

 

「うるせぇよ。黙ってろ——いてっ」

 

 舌を噛んだ少女——カインだが、声は置き去りにされていた。

 彼女の視界には、遠く街の灯りが見えている。

 

「キヤッハハ! まぬけ〜」

 

 何も言わず、駆け続けるカイン。そろそろ核爆発の影響範囲からは、脱しようとしていた。

 だが、まだ大丈夫。まだ行ける。

 靴裏が道路を捲りあげ、衝撃波が街路樹を薙ぎ倒すがそんなもの、知った事ではなかった。

 

「そろそろ速度を緩めなさーい。街の皆の迷惑になるでしょーが」

 

 マグダレナは常識霊。翡翠色に輝いて、プンプン怒る姿も可憐な女の子。

 

 ——喉、渇いたな。冷えたエールで一杯やりてぇ。

 

 カインは死霊憑き。ちょっとだけ乱暴で、おっぱいの大きな可愛い女の子。

 

 生者と死者。

 殺した者と殺された者。

 そしてどちらも、お転婆なお嬢様。

 

「わーってるよ」

 

 二人は幼馴染で、相棒だ。

 世界中で増え続けるアベルを殺し尽くす為、今もまだ二人は手を取り合っている。

 

 生きていようが、死んでいようが構わない。

 取り敢えず、やるべき事は一つだけ。

 カインは徐々に速度を落とす。街路樹は、もう倒れなかった。

 

「うお、さみー」

 

 風が吹く。冬の冴えた風が。

 身を震わせたカインは片手を挙げた。

 雪はすっかり止んでいる。そして、死の灰も。

 

 だからこそ、殺すのだ。

 何の変哲もない兄貴(化け物)を。

 

 晴れた冬の星空で、三日月が大きく笑ってる。

 街の灯りは月光よりもなお明るくて。

 門を預かる守衛達が、わらわらと出て来ていた。

 

「よぉ、ご苦労さん」

 

 彼等へ向けてカインは胸を張る。大きい。

 

「よろしく、お願いするわね。守衛さん」

 

 淑女の礼を見せるマグダレナ。小さい。というか、無い。彼女の姿は死した十歳から変わらずにいる。

 

「お嬢さん方、どちら様ですかな? ノドの街には何用でありましょうか?」

 

 守衛達の責任者と思われる年配の男が尋ねた。

 この街の名はノドという。まだアベルに侵食されていない都市だった。

 

「オレは兄殺しのカイン。これから、ちっとばかしこの街で世話になるぜ」

 

 だからこそ、やってきた。侵食を狙うアベルを殺すために。

 

「相棒の死霊、聖女マグダレナですわ」

 

 カインがニカリと微笑めば、マグダレナも頭を下げる。どちらも、とっても美少女だ。

 大きな胸を揺らしたカインは、揺れないマグダレナに負けぬほど、見事な淑女の礼を見せている。

 

 月が出ている。夜の帷が降りた街中へ、生きた者に死んだ者。少女二人が足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 




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