「お前らを殺す」
カインは言い放ち、槍をしごいた。
「ま、待て! 話せばわかる!」
身の丈を超える長槍を振るい、口を開けたアベルの喉奥へ抉る様にして分厚い穂先を突き入れた。
その言葉は何度も聞いている。何も、わかった事などない。柄から伝わる破れた肉と砕けた骨の手応えは、ただ軽かった。
「興味ないね。あばよ兄貴」
軽く、やや高い声。カインは半身を捩る。血飛沫が舞い上がり、飛び散った。
そのまま槍を引き戻せば、延髄まで貫いた切先は容易に抜ける。
残心を取ったカインは、たった今刺し貫いたばかりの兄の頭を、つまらなそうに見ていた。
「ひでぇ事すんな、カインよ。お兄ちゃん悲しいぞ。お前ってヤツは昔から……」
切なげなアベルの声がして、その唇がニチャリと嗤う。だが、その先は言わせない。
カインはもう一度槍を突き入れて、臭い息を吐き出す
再び噴き出す血煙。カインと比べ遥かに屈強なアベルの腕が槍を取る。取りかける。取らんとしたその瞬間——。
「着火」
カインが呟けば、槍の穂先が収縮した。だが一瞬で金属は膨張し、熱を帯びてゆく。
「くたばれ」
一言を言い切る前に、化け物の頭が、否、上半身そのものが吹き飛んだ。
素早く後ろへ跳び退いて、元・槍使いは棒となった得物を構え直す。見事な残心だった。
アベルは倒れない。残された下半身のみで立っている。槍を片手にカインは胸元を弄って、美しい小瓶を取り出した。
蒼く、透き通った小瓶。口からは導火線、その中には、みっしりと爆薬が詰められている。
ただの爆弾瓶ではなかった。
爆発を触媒とし、ニュークリアによる破壊を齎す術具、メギドファイア。
その威力は都市一つさえも瞬時に消し炭とする。
「汚らわしい」
カインは瓶を放ると「点化」と呟いた。
ジリジリと、短くなってゆく導火線。
「砕けて散りな」
残されたアベルの下半身は、勃起している。
カインは背中を向けて厚手のコートを頭から被り直し、核爆発に備えた。その背中は細い。
伏せた頭。被ったコートから、一房の金髪が覗く。
刹那、閃光と轟音が広範囲へと響いた。
伏せたカインの背中を爆風が嬲る。熱風と呼ぶには生温い破壊が吹き荒び、周囲を薙ぎ払った。
この場所は、かつて家のあった場所。人口四万人程の故郷の田舎町。
カインがかつて両親と、兄「達」と共に過ごした赤い屋根の家、万魔殿。
「……チッ。まだ残ってんのかよ」
立ち上がったカインは呟いて、分厚いコートに付着した汚れを叩き落とした。
見えるのは、柱が一つ。周囲には他に何もない。
ついさっきまで存在していた街は消失していた。ただ、荒野だけが広がっている。
カインはコートに口付けた。
「……世話になるな、マグダレナ」
このコートは聖骸布。聖女の骸を用い、作り出された術具であった。
広く望んだ荒野。その地平線へ夕陽が沈んでく。
かつての街は、もう消えた。
残されたのは一人と、一本の柱。
紫色に輝いて、美しくも毒々しくもある輝きが、橙色の夕焼けを反射する。
「あばよ兄貴。お前もさっさと消えちまいな」
カインはその柱へ掌を当てると、己が身に宿る体内術力を注ぎ込んだ。
夜は更け、天に星々が輝く。風は冷たかった。
「ねーカイン、少し休みなさいよ。疲れてんでしょ」
甘ったるい声がする。とても蠱惑的な声。けれども親しみも湧く様な、遠慮のない声が。
「こんな所で休んでられるかよ。さっさと街までいかねーと、干上がっちまうよ……おお、寒ぃ」
柄の悪い、乱暴な声もする。白い聖骸布のコートを纏ったカインのものだった。
穂先のない槍を杖代わりに用い、金の髪、蒼い瞳を空へと向けた若者は、息を吐く。
その息は白い。
「そんな事言ってると、倒れちゃうわよ」
「そんな、ヤワじゃねーよ」
荒野には何もない。街も、家も。木も、草も、水も。あるのは荒涼とした大地に舞う、サラサラとした砂ばかりであった。
「もー、可愛くないわねー」
「んーなもん、必要ねーだろ。オレに求めるなよなマグダレナ」
カインの軽口に、声はプンプンとしている。その声はカインの耳元、左肩から聞こえてきていた。
翡翠色の光。透き通った灯り。
「かっわいっくなーい!」
ソレは、美しい少女の形をしていた。カインの肩に乗る大きさの、小さな少女。翡翠色に光り輝くもの。
「はーあ、せめて単車が残ってればさ……」
白い息。季節は冬だ。カインはどっと息を吐く。
「足元から、寒ぃ……」
そして歩きながらも身を震わせた。その足元を飾るのは、よく磨かれた編み上げの黒い皮ブーツ。
色褪せて、傷の目立つインディゴブルーのジーンズとは似合いであった。
それでも似合いであるのと防寒機能に関係はない。
「わ、見て見て! 雪!」
甘ったるい、はしゃいだマグダレナの声が響く。
空から白が降りてくる。
夜空の星々が堕ちてきた様にも似た、細かな白。
「阿保、死の灰だ」
核爆発の、残り香。
「風情がないわねぇ。冬の空から降って来るものなんて、雪以外にないじゃない」
カインは聖骸布のコート、そのフードを目深に被った。死の灰を浴びて、気持ち良くはない。
「キラキラとして、綺麗よねぇ……」
夢見心地に短いスカートを摘み、クルクルと回り出すマグダレナ。乙女の表情をしていた。
死霊である彼女に死の灰の影響はない。だがカインは生きている。放射性物質の影響は決して、無視出来るものではなかった。
「げ、本当に雪まで降ってきやがった」
足元が、濡れている。荒野は果てしなく、そして冷たく広がっていた。
「急がないと、死んじゃうわよ? 弱い生き物」
キャッキャとはしゃぐ甘い声。死を超越した少女の声は、あくまでも可憐で優雅に。
「さっきまで、休めとか言ってなかったか? 頭の弱い死に者」
憮然としてカインは槍を仕舞い込む。一度しゃがみ込み、靴紐を結び直した。グッと大地を踏み締める。
「お、カインビビってるー!」
ケラケラと、笑うマグダレナ。
「ビビってねーよ。で、今日は何人殺せた?」
問い掛けは単純なものだった。
「街だし四万人くらい? 犠牲の割には非効率よね。荷物も単車も、無くなっちゃったし」
軽い調子のマグダレナ。彼女は死霊であっても明るく軽く、そして生き生きとしていた。
「あとどんだけ、殺せば終わるんだよ……」
「さぁねー。でも早くしないと、とり殺しちゃうからね。頑張っていこー」
生きているカインの方が鬱々としている。何度も何度も繰り返してきているからだ。白いコートはいつの間にか、赤く染まっていた。
聖骸布、マグダレナの肉体を用いて作られた術具、呪い。
「ま、オレもさっさと兄貴達を殺し尽くして、お前みたいに気楽に死にたいよ。——強化」
大地が爆ぜた。カインは文字通りに肉体を強化して駆け出した。街の方向は知っている。核爆発に巻き込まれていない事も。
「まったく、可愛くないわねぇ……」
マグダレナが耳元でうるさかった。
いつもの事ではあるのだが。カインには死霊が憑いている。
だがそれは、何一つ問題でなかった。
音を超え、雷を超えた駆け足。
「んーなもん、いらねーよ」
カインは原罪を背負っている。それは何も、兄であるアベル「達」を殺したからでなく。
「本当、昔は可愛かったのにねぇ。ま、私を殺した責任くらいはとって貰わないといけないけどねー」
幼馴染の少女。マグダレナを殺し、その骸さえをも未だに辱めているからだ。カインは殺人者であった。
「当然だ。暫く黙るぞ、舌噛みたくねーからよ」
唇を引き結び、大股で大地を抉った。音の壁を越え、真空波が雪と死の灰さえをも吹き飛ばす。
「本当、可愛くないわねー。カインはせっかく綺麗な女の子なのにさ。もったいないよねー。おっぱいだって、すっごく大きいのに、ガサツぅ〜」
ケラケラとした笑い声。死霊に音は関係ない。
「うるせぇよ。黙ってろ——いてっ」
舌を噛んだ少女——カインだが、声は置き去りにされていた。
彼女の視界には、遠く街の灯りが見えている。
「キヤッハハ! まぬけ〜」
何も言わず、駆け続けるカイン。そろそろ核爆発の影響範囲からは、脱しようとしていた。
だが、まだ大丈夫。まだ行ける。
靴裏が道路を捲りあげ、衝撃波が街路樹を薙ぎ倒すがそんなもの、知った事ではなかった。
「そろそろ速度を緩めなさーい。街の皆の迷惑になるでしょーが」
マグダレナは常識霊。翡翠色に輝いて、プンプン怒る姿も可憐な女の子。
——喉、渇いたな。冷えたエールで一杯やりてぇ。
カインは死霊憑き。ちょっとだけ乱暴で、おっぱいの大きな可愛い女の子。
生者と死者。
殺した者と殺された者。
そしてどちらも、お転婆なお嬢様。
「わーってるよ」
二人は幼馴染で、相棒だ。
世界中で増え続けるアベルを殺し尽くす為、今もまだ二人は手を取り合っている。
生きていようが、死んでいようが構わない。
取り敢えず、やるべき事は一つだけ。
カインは徐々に速度を落とす。街路樹は、もう倒れなかった。
「うお、さみー」
風が吹く。冬の冴えた風が。
身を震わせたカインは片手を挙げた。
雪はすっかり止んでいる。そして、死の灰も。
だからこそ、殺すのだ。
何の変哲もない
晴れた冬の星空で、三日月が大きく笑ってる。
街の灯りは月光よりもなお明るくて。
門を預かる守衛達が、わらわらと出て来ていた。
「よぉ、ご苦労さん」
彼等へ向けてカインは胸を張る。大きい。
「よろしく、お願いするわね。守衛さん」
淑女の礼を見せるマグダレナ。小さい。というか、無い。彼女の姿は死した十歳から変わらずにいる。
「お嬢さん方、どちら様ですかな? ノドの街には何用でありましょうか?」
守衛達の責任者と思われる年配の男が尋ねた。
この街の名はノドという。まだアベルに侵食されていない都市だった。
「オレは兄殺しのカイン。これから、ちっとばかしこの街で世話になるぜ」
だからこそ、やってきた。侵食を狙うアベルを殺すために。
「相棒の死霊、聖女マグダレナですわ」
カインがニカリと微笑めば、マグダレナも頭を下げる。どちらも、とっても美少女だ。
大きな胸を揺らしたカインは、揺れないマグダレナに負けぬほど、見事な淑女の礼を見せている。
月が出ている。夜の帷が降りた街中へ、生きた者に死んだ者。少女二人が足を踏み入れた。
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