ピンポーンとチャイムが鳴った。
「あーん? あぁ、さっすがジッピザだな。もうか」
色褪せてくたびれたソファの上にて、男性向けファッション雑誌を捲っていた美少女が立ち上がる。
高く括って結えたボサボサの金髪。長いもみあげを揺らし、彼女は前髪を掻き上げた。
蒼い瞳は嬉しげに玄関へと注がれて、小鼻がヒクヒクと蠢く。
「ちっと待ってな。今行くぜー」
陽気な声で彼女は応え、お札を二枚持つ。裸足の彼女はウキウキとした足取りで歩き出した。
向かう方向からは香り。
癖の強いスパイスにトマトとチーズの匂い。とってもジャンクでチープな刺激臭。
彼女——タンクトップ一枚の金髪蒼眼ポニーテールな爆乳美少女カインはドアノブを回し、ガチャリと扉を押し開けた。
「いよっ! カインちゃんお待たせ! ……うおっ」
そこにいたのは宅配員。やたらと驚いた宅配員。
安い、早過ぎる、刺激的な旨さが売りという高速ピザデリバリーチェーン店ジッピザの宅配員であった。
「おっちゃん、いつもありがとな。お代、釣りはいらねーぜ」
カインはその片手からピザケースを受け取って。手を握りながらお代を握らせる。
釣りはない。ピッタリだ。
「くうっ、カインちゃん、釣りを受け取ってくんな」
店舗制服姿の普通なおっさんは言いながら、背中のバックパックからエール缶を二つ取り出した。
「いやー、悪いなおぅちゃん。流石、サービス抜群だぜ!」
片目を瞑った仕草を見せて、満面の笑みで受け取るカイン。冷え冷えのエール缶をピザケースに乗せた彼女は実に楽しげだ。
「いやいや、カインちゃんこそ、いつもサービス抜群な事で、おじさんも……」
おっさんの視線は、激しく上下していた。なにせ、でかい。そして下は——。
白いレースのパンティ一枚だった。実に、刺激的である。
「鼻の下、伸ばし過ぎよおじ様」
甘ったるい声。それは、翡翠色に輝く小さな美少女からのもの。
彼女はゴシックなロリータドレスを纏い、眩しく輝く絶対領域を形成している。
「マグダレナちゃん、今日も可愛いね。流石はNo. 1美少女聖女死霊ちゃんだねっ!」
おじさんは、美少女が大好きなのだ。
「ふふん、当然よ」
無い胸を逸らすマグダレナ。おじさんはほっこりとしている。
「くぅっ、名残惜しいが、まいどありー」
だが彼も勤め人。次のお客が待っている。名残惜しげに食い入る様に巨大なお胸と眩しい太ももを目に焼き付けて去って行く。
「また、頼むなー」
無防備美少女であるカインは手を振って、忙しい宅配員を見送った。
昼食であるジッピザのエレガントスパイシースペシャルを二枚、エールを二缶空けたカインは街へと繰り出している。冬の午後は寒くとも、明るかった。
彼女の姿はもう、無防備美少女のものでない。
黒光する編み上げブーツに、ダメージデニムジーンズの青が映える。
厚手の白いコートは聖骸布。
その下には黒いタンクトップを一枚で、惜しげもなく偉大な双丘を見せつけてもいた。臍も当然ながら出している。臍出しは、正しい文化であった。
「あー、やっぱりピザ食ったら元気が出るわー」
ご機嫌に鼻歌を口遊むカイン。
彼女は買い物袋を手にし、冬風に髪を揺らした。ついでに胸も大きく。歩いているのだから仕方がない。
「ピザばっかりじゃなくて、野菜も食べなさいよ。あと、エールばかりじゃなくて、たまにはワインも嗜みなさいって」
対するは、ブリブリとするマグダレナ。
指を立て、メッのポーズを取っている。死霊は風に揺れていない。ついでに胸も揺れはしない。止まっている上に、無いのだから揺れるはずもなかった。
そんな二人の前にやって来た女性。老婆である。
「カインちゃん、マギーちゃん。今日も二人してお買い物かいな?」
親しげに話しかけてくるのは大家さん。現在二人が住んでいる賃貸アパートの家主様であった。
「おっす、お婆ちゃん。そろそろ棺桶作っておくか? 今日はちょっとばかし爆薬を補充したくてな」
「ごきげんよう、お婆様。本日もご壮健で何よりですわ。カインにお野菜を食べさせたくてですね」
カインとマグダレナ。二人同時に声を出している。
大家さんはウンウンと頷いて、カインへデコピンを放った。弾かれる額。揺れる頭にのけぞる背中。
「マギーちゃんは、良い子だねぇ。それに比べてカインちゃんの糞餓鬼ぶりときたら」
品良く笑う老婆の足元で、カインは膝を突く。ピザではない、膝である。
「クソ婆あ……」
「年寄りを敬えないガキがぁ……」
「お婆様。どうせなら、駄肉を弾き飛ばしちゃえば良かったですのに……」
メンチを切り合う二人だが、マグダレナは当然の様な顔をして、大家サイドにいる。
死霊も聖女も序列には案外うるさいものなのだ。
「ほら、お立ち。今日は特売日だから、さっさと行かないと無くなるよ」
「マジかよ、急がねーと。あんがとお婆ちゃん」
手を差し伸ばし、引き起こす老婆へ礼をするカインであった。口は悪いが、割と礼儀正しい娘だ。
「ちっと、走ぅて行くわ。お婆ちゃんも、腰いわして逝っておけ——あっぶね、殺す気か」
そうでもなく、態度も悪かった。比べてマグダレナは綺麗な淑女の礼をする。
「ご機嫌よう、お婆様。行って参りますわ」
年寄りはカインの腹に蹴りを入れ、若者はそれを腕を交差させる事で受け止めた。老婆の爪先からは、鋭い刃が飛び出ていた。
「はいよ、気をつけて行ってきな。後、夜はギターは禁止だからね。わかったかい」
ニコニコと手を振るお婆ちゃん。とても人の良さそうな、ごく普通のお婆ちゃん。
うるさい、他の住人に迷惑かけるなと、毎日の様にボコボコにされているカインであるが、それは彼女が悪かった。
「いってきまーす」
だが、彼女は悪びれない。了解も謝罪も、ましてや反省もしやしない。
だからこそ、何度も折檻されるのだ。
「よいお返事が、聞こえないねぇ……」
ポキポキと、指関節を鳴らす大家さん。
そんな彼女に見送られ、カインは脱兎の如く逃げ出した。
平日のホームセンターはそこそこに空いていて、そこそこに繁盛している。特売品のチラシの効果有り、といったところだろう。
カインは買い物籠の付いた台車を押し、レジへと並んでいた。すぐに彼女の番が来る。店員の、手際が良かった。
「はーい! 特売品のニュークリアボム、メギドファイアを二十個と、ノドの蒸留水が四ケース、それとそれと……」
テキパキと会計してゆく店員。カインはコートのポケットから数枚の紙幣と小銭を取り出した。彼女は財布を持たない。クリップマネー派であった。
その方が、かっこいいと思っているので。
「……オレイカルコス合金と隕鉄に、砥石セットを含めまして、全てポイント対象商品となりますね。お代は——」
生活用品や消耗品の補充もしたので、結構なお値段となっている。特売という事で、ついというお得感からの浪費であった。
「お嬢さん、釣りはいらねーぜ」
ドヤ顔のカインであるが、釣りはない。ピッタリを支払っている。
「あ、はい。お釣り、ありませんしね」
店員さんの笑顔は無料であった。
「それにしても、売り切れ直前とは恐れ入るわね。主婦の嗅覚は恐るべしと言うものよ」
ウンウンと腕組みしたマグダレナへ、そこら辺で駆け回っていた子供が手を振った。彼女も愛想良く手を振り返す。
子供達の手にはメギドファイア。核爆弾のケースが袋詰めされている。
特売品はお一人様十個まで。厳粛な掟が、ホームセンターには存在している。
「こちらの商品はお包みしますので、少々お待ちくださいね」
カインもマグダレナのおかげでもって、二セットを買えている。他の商品も似たものだった。
「ついつい、散財しちまうなぁ……」
ぼやくカインだが、後悔はない。
「いやー、予備のチェーンソーやっと買えたわ」
「手入れが面倒だもんな。俺も予備のサンダー買っといたわ。特売でもねーと高いしな」
職人らしき男性達だって、満足している。
ホームセンターにはなんだって揃っていて、何だってお手頃価格で買えるのだ。密かな大人のレジャーランドでもあった。
「まぁ、また出たんですわよ。ウチの台所にも」
「ちゃんと、駆除されまして?」
だからこそ、品の良い奥様方達だっている。台所の水回りのお悩みや、お庭の手入れにもホームセンターは大活躍だった。
「手作業だから不安だわ。どうせなら専門家にお願いしようかしら」
安息日での繁盛は元より、平日であってもそれなりの賑わいを見せている。噂話にも花が咲き、皆楽しげに日常を送っていた。
「はぁ、嫌よね。アベルは一匹見つけたら、三十匹はいると思えって。本当、嫌よね」
「だから特売が、助かるのよねー」
カインも非常に同感だった。だがあれはG程に甘くも無い。その十倍はいるものなのだ。
だからこそ、駆除業者の看板を掲げたカインは忙しい。そのおかげで、生活も安定しているが。
少しだけ、営業でもしようかと思いかけたカインだが——。
「きゃーっ! 可愛い! 戦車っ! すっごくキュート!」
その目論見はマグダレナの叫び声により、掻き消されていった。
「あー、展示会か。新作ねぇ……。高ぇ……」
ブンブンと手を振るマグダレナ。彼女が夢中になっているポスターを、カインも見やる。
新作、試乗も可能と大書されたカラフルなポスターに。描かれているのは無骨な戦車。
「カイン! 行こ! 乗らせて貰お!」
マグダレナはとっても乙女な表情で、戦車を見ている。陸の王者とも、鉄の城とも呼ばれる兵器。
戦車乗りは、淑女の嗜みともされていた。
「いや、行ってもこんな高ぇ買い物できねーって」
カインとて、一応は乙女である。興味がなくはない。というよりも、彼女は無骨な兵器が好きだった。
やはり、格好良いので。
とはいえ、特売品のメギドファイアとは八桁はお値段が違った。月賦にしてもとても買えたものではないのだ。だからあまり気は進まないのだが——。
「甲斐性なしのカインなんて期待してないもの。試乗だけ、人生経験よ! 戦車ちゃんが私を待ってる!」
マグダレナは結構な我儘娘なのだ。押し切られる形でカインの足は展示場へと運ばれる。
「見せて貰うだけだからな。メイカーの人だって困るんだからな、ちゃんと売れないと」
嗜めながらもカインの足取りは軽い。彼女とて乙女でる。戦車は乙女の嗜みであった。
無人でもない荒野を戦車が走る。
乙女の嗜みである陸の王者、鉄の城。
門の前では観客達が、望遠鏡片手に疾走する戦車を眺め、歓声をあげている。
そして当の戦車の中だが。
「ひやっはー! ここは通さねーぜ!」
ノリノリで操縦桿を握りながらペダルを踏み込むカインと。
「キューティーちゃん、かっわいいー!」
砲手席にて、ウキウキなマグダレナがいた。
二人とも、普段着のままでマフラーとゴーグル、そしてインカムを着けている。なんとなくの気分と、必要の為であった。
「カインさーん! もっといいこと見てみたい!」
インカムからは陽気な声が漏れている。メイカーの営業さんであった。
試乗の誘いで一番に手を挙げたカインへ、宣伝車両を貸し出した責任者でもあった。
「食らえっ! 片輪ドリフトっ!」
強烈な重力加速度を身に受けて、揺れる大きな胸。
「唸れっ! 私達の鉄の城っ!」
まったく影響を受けず、胸を逸らした無乳。
「いいわっ! いいわっ! 戦車ちゃんGOGOGO!」
巧みな営業トークに乗せられて、カインとマグダレナは戦車のデモンストレーションに参加している。
方や生きた兄殺し。方や死した聖なる乙女。
二人はとても、ノリノリとなっていた。
道なき道を直走るは戦車。段差があり、車体が跳ねても問題ない。流石は新型、衝撃も車体だけで吸収されている。性能も上々だった。
当然ながらはしゃぐのは若い二人だけの特権ではない。お姉さんもおばさんも、お婆さんも小さな子供も揃って戦車へ歓声を上げていた。乙女の嗜みなので。そこへ——。
——ピンポンパーン。
公共放送音が鳴り響く。
それは行政が行う突発的な災害、事件、事故などを報せるためのもの。
——ただいま、アベル警報が発令されました。アベルが出現しております。皆さん、お気をつけ下さい。速やかに用意を進め、ご対応下さい。ただいま、アベル警報が発令されております。方位は南南西、距離は八。数はおおよそ千。繰り返します。ただいま——。
繰り返されるそれは、特級災害情報を告げるもの。鳴り響く事務的な放送が、ノドの街全体へと響き渡った。そして、それは戦車内にいる少女達にも。
「……」
マグダレナが照準器を回した。
この新型戦車、通称キューティーちゃんに備わる戦車砲は三百六十度。つまりは全方位へと照準を合わせる事が可能であった。
「発見。方位良し、距離良し」
冷たく響くマグダレナの言葉。先程までノリノリではしゃいでいたお子様とは思えない姿。
「目標、アベル。ファイア」
そしてカチリとボタンを押した。砲弾の発射ボタンである。
随分と離れた位置で、キノコ雲が上がった。
「バカっ! マグダレナ! 試乗中だぞ!」
思わず叫んだカインである。営業さんには砲撃はお控え下さいと言われていた。実弾は三十発しか装備されておらず、試乗者の負担となっている。
契約書にも、そう書かれていた。
「次弾装填良し。発射」
だが非常にも、マグダレナの淡々とした声は変わらない。次々と砲撃が繰り返されてゆく。
「おのれ! アベル、許さん!」
カインは兄へ怒りとついでに殺意を燃やした。
マグダレナは死霊であり、物理的に拘束し止める事など出来ないからだ。
オプションである砲弾であるが、実のところ結構お高い。砲の口径へ合わせ作られているからだった。
「次弾、用意。省略、ファイア」
これでもう、十発目となっている。
砲弾の設定価格は一回二枚、一日三食換算での年間ピザ予算を超えていた。しかもエレガントスペシャルにトッピングを付けた価格設定でのものだ。
「絶対に、絶対に許さんぞアベル!」
血涙を流しながら叫んだカイン。もう既にマグダレナの手によって、十二発目が放たれていた。
故に戦車に乗ったカインは駆ける。一刻も早くアベルを殺さんと。
そして戦車、飛び上がったキューティーちゃんは着地する。大量のアベル達の前へ。
「いい加減に目を覚ませマグダレナっ!」
カインは叫ぶが無情にも、とうとう三十発目、数えて最後の砲弾が発射されていた。
着弾音、爆破音、そしてキノコ雲。目の前の光景に、ますますアベルへ怒りと殺意を燃やしたカイン。
「オホホ、ごめん遊ばせ。ちょっとしたうっかりで、少しだけ熱が入ってしまったようですわ」
そして、わざとらしく笑うマグダレナ。うっかりで三十年分のピザ代を使われては堪らない。
「降りるぞ、相棒」
戦車の目の前には兄がいる。ならば、やる事など一つしかなかった。
「やーよ。このまま踏み潰しちゃいましょうよ、私のキューティーちゃんで」
だが我儘を言い出すマグダレナがいる。どうやら彼女はキューティーちゃんを、大層お気に召しているらしい。だが、浅い。所詮は十歳児だとカインは笑う。
「バカダレナ。キューティーちゃんは試乗車で、まだオレのもんじゃねー。それに、踏み潰してたらキャタピラが大変な事になるぞ」
当たり前の話であり、陸の王者の限界だった。
戦車の継戦能力は、そう高いものではなかった。
というよりも、アベルの数が異常であるのだが。
「し、仕方がないわね。既に私のキューティーちゃんを、薄汚いアベルの血で汚す訳にはいかないわ」
説得が功を奏したようであり、マグダレナは素直に頷いた。だがカインはそんな彼女へ素直に頷く事は出来ない。
「アベルの血は汚くねーって。オレのと一緒だぞ」
流石に、それに関しては物申したくもなる。
「やーい、やーい、汚れた血。カインのアベルの妹」
酷い侮辱であった。カインは怒りを一度飲み込んで兄へと向ける。
「で、どーすんだ? 殺るか?」
手に槍を持っている。マフラーとゴーグル、そしてインカムはそのままだ。何故なら、格好が良いから。
「うん、殺っちゃおー❤️」
マグダレナも同じくマフラーとゴーグル、そしてインカムを付けたまま、可愛らしく嗤った。
これより、殺戮の嵐が吹き荒れる。
そんな予感を観客達に抱かせて、カインは戦車——可愛いキューティーちゃんから飛び出した。
お読みいただきありがとうございます。