ビシン、ビシンと音がする。
「えいっ! えいっ! えいっ! くだばれアベル」
そして声もした。
年端もいかない少女が、アベルにローキックをお見舞いしている。連続で。
少女は十歳前後に見え、小さくて華奢だった。
だがローキックはなかなかのしなりをしていて、叩く音もかなり良い。
相当、蹴り慣れている様子であった。
「アハハ、悪い子はお仕置きで、食べちゃうぞー」
「くっ、このっ! アベルのくせにっ!」
とはいえ、アベルは屈強な大男。体重の軽い少女というか幼女の蹴りでは効果がない。
体重差も低く見積もったとして三倍はあるだろう。
激しく罵る幼女の気概とは裏腹に、アベルの巨躯は小揺るぎもしていなかった。
「悪ぃな、お嬢ちゃん。ちょいと邪魔するぜ」
だが、カインにはそんなことなぞ関係ない。
アベルの背中から心臓を刺し貫き、「てこ」の要領で投げ飛ばす。子供の前なので、ちょっとした配慮でもあった。
「カインお姉ちゃん!」
知らない子供だが、向こうはカインを知っている。目立つカインには、そういうことも結構あった。
「おう、ガキんちょ。家に帰れるか?」
ざっと見たところ、この辺に生きたアベルはもういない。転がった屍から、カインはそう推測していた。
「帰れない! 帰ってもアベルがいるし! 私の蹴りじゃ、アベル殺せない! 残念!」
首を振った子供は、元気よくお返事をする。
蹴りに拘りのある子なのだろう。カインはその頭を頑張れよ、と撫でてやる。殺る気のある子は伸びるもので、彼女はそういった子供を嫌いではなかった。
「あら、それなら取り敢えずの目的は決まったわね」
「まー、そういうことになるな」
マグダレナが具現化し、カインの肩に乗る。
聖骸布は何も変わらない。別に死霊聖女であるマグダレナが変身したものではないので、当然だった。
「マグダレナお姉ちゃん!」
少女が嬉しそうに歓声をあげる。マグダレナも人気者であり、特に少女受けが良かった。
ゴシックで可憐なドレススタイルは、女の子の憧れであるらしい。
カインには理解出来ないが。動き難いし、ヒラヒラするのが鬱陶しいので。
「いい子ね、お家へ案内してくれる?」
「うん、あっち!」
幼女に導かれ、カインたちはまた十匹ほどのアベルを殺しておいた。
「ちっと、やり難いな」
道すがら、見掛けたアベルを殺していくのだが、なかなかこれが面倒で、カインは愚痴を吐く。
「まぁ、街を壊すわけにもいかないし、地道な処理が必要だからね」
槍で突いたり、斬ったり、殴ったりして殺しているものの、どうにも地味だった。
銃も携行しているが、弾の問題もあるので、使ってはいない。
割とカインは派手にぶちかましたい方なので、人混みの中からアベルを見つけ出し、死体へ変えてゆく作業にも、飽きが来ていた。
これまでに、何匹殺したか。
それはもう数えていない。アベルは勝手に増えるので、数えても無駄であるのだから。
ちょっとデカくて筋肉質なアベルだが、街中での駆除作業はなかなかに地味だった。
「腹減ったし、飯食いながらにしよーぜ」
「私は減ってないわ」
ツンと澄ましたマグダレナはけんもほろろである。
死霊は食事を必要とせず、聖女であるので食い意地が張っていては恥ずかしい。
マグダレナには昔から、そんなところがあった。
「死霊と違って、オレは減るんだわ。クーポンもあるし、バーガーにすっか。モフだぜモフ」
モフとは、モフモフバーガーのことである。
モフモフした動物たちとの触れ合いを売りにした、飲食店にあるまじきチェーンであった。
ノドでは、特に長毛種を推していた。
「モッサーちゃんに、会いに行こー❤️」
死霊聖女はチョロい。可愛いものが大好きであるからだ。戦車とか、毛羽毛現とかの。
すれ違った大男がドシンと倒れる。顔を見れば、アベルであった。
「もー。カインったら、ちょっと弛んでない?」
小さなマグダレナの手のひらの上で心臓が脈打っている。出血はなかった。
「手間掛けさせて悪ぃな。バッチいから捨てとけよ」
「そう思うんなら、油断しないでくれるー?」
死霊が心臓を放り投げると、ポッカリと空いたアベルの胸の穴へと収まる。通りすがりに抜き取られた心臓は、あるべき場所に戻った。
アベルの生命が戻ることはないにせよ、元鞘として収まっている。
モフでもアベルたちが並んでいたので、取り敢えずカインたちは殺しておく事にする。
おかげで待ち時間の半減も出来て、一石二鳥であった。
こういった場合、遺骸の処理も店舗が責任を持ってしてくれるので、ポイ捨てともならない。
精神衛生上、悪くないサービスであった。
ピンポンバーン。
「行政よりノド市民の皆様へ、アベル駆除隊が結成されたことをお伝えします。並びに、護衛団にも市内での発砲許可が降りたことをお伝えします。銃弾が飛び交いますので、お気をつけください。繰り返します。行政より——」
広報によれば、お役所も本格的に駆除を始めるつもりらしい。
アベル駆除の基本というものは、主に索敵、殺戮、後処理の三作業に分担されている。
「いやー、参ったね。まるで害虫扱いだ。僕たちが、何か悪いことでもしたんだろうか? アベル君」
「いや、まったく心当たりはないね。ちょっとアベル差別が激しい世の中になってるのを感じるよ。嘆かわしいね」
丁度窓際の席で談笑する二人のアベルのように、アベルたちは高身長かつ筋肉質で目立つ容姿でもあるので、索敵にそう問題はない。
知能はそれなりの高さにあるが、公権力を用いての科学捜査でなくとも問題なく見つけられた。
「そもそも、僕たちは隣人をあ——」
銃声が響き、一人のアベルの頭が爆ぜる。狙撃によるヘッドショットであった。
「おおアベル、死んでしまうとは情けない。天にまします——うぼわらぁ!」
もう片方のアベルが祈ろうとするが、叶わない。その肉体も蜂の巣となっている。
このように、殺戮自体も簡単であって、屈強なだけあり頑丈であるにせよ、火器に耐えるほどでない。
「はいはい、処理班が回収に来ましたよー」
ただ問題は後始末にあって、それこそが最大の難点でもあった。死体放置やポイ捨ての片付けは、行政によるサービスで賄われている。
「モッサーちゃん、かーわぁいい❤️」
マグダレナは毛羽毛現のモッサーちゃんに抱きついてご機嫌であるが、食事中に長い抜け毛が舞うのは勘弁して貰いたい。
路面店の窓。そこから見える路上では、アベルを追い込み狩りする集団の姿が見えた。
——にしてもクソ兄貴、一体街中に何匹増えていやがんだ?
一体一体が大して脅威でなかろうと、アベルの数は多いし増殖も早い。あまり放置しておくと、増殖速度に駆除が間に合わない可能性もあった。
——もし、そうなったら。
ピザバーガーをモフシェイクで飲み下す。
ねっとり濃厚な甘味が喉に引っかかり、爽快感はなかった。モフではエールを販売していない。
カインも手段を選んではいられなかった。
食事を終えたカインは持ち帰りのバーガーを三つ注文すると、グズるマグダレナを掴んで外へ出る。
アベル狩りのため、戦場へ。
「だあっ!」
槍と警棒が高く、響き合う。
槍を振り下ろしたのはカイン。警棒で受けるはアベル。合金製の警棒に、聖槍は止められている。
「そう殺気立たないで欲しいのだが、妹よ」
言いながら、警棒で押してくる。力が強い。
「うるせぇ、クソ野郎」
懐に入られるのを避けるため、カインもまた槍を押し込んだ。鍔迫り合いの形になっている。
「ふふふ、このまま押し倒してしまおうか」
この体勢、彼女にあまり良くはない。
カインは優れた強化の使い手であるが、アベルもまた使えぬ術式ではなかった。強化は身体性能を高めるが、素体に掛かるものとなる。
身長、体重、膂力差。それらは明確であった。
「チッ……」
舌打ちをするも、押し込まれるカイン。
上段からの圧力を支えきれず、腰が、膝が落ちかけた。アベルが鼻息も荒く、笑った。
「たっぶり可愛がってあげるからね、妹よ」
言うと共に力任せに押し込んで来る兄に合わせて槍を引く。
「あら、随分と情熱的なキモさじゃない? カイン、殺っちゃいなさいな」
死霊の誘惑へは答えずに。
カインの足は一歩前へと踏み込んで。
「まっぴらごめんだね」
どちらかへなど、言うまでもなかった。
前傾した男の腰に背中を合わせ、下から身体を跳ねさせる。
——腰車。
前転してゆくアベルの巨体。
それが地に着くよりも先に、カインは石突にて頭部を砕いていた。
「マグダレナっ!」
また別々のアベルたちの頭部を握り潰した相棒の名を呼んで、拳銃を構える。
「ええ、よくってよ」
淑やかな返事が返り、少女の身体は翡翠の光へと変わった。銃声が響いた。
銃を構えていたアベルの身体は挽肉となっていた。
そして周囲を見回したカインが息を吐くと、マグダレナは彼女の肩へ乗る。
「取り敢えず、ここらは大体OK?」
定位置の相棒へ一言。
「それなりにOKね。次、行きましょ」
「ああ、急ぐぞ」
カインはアベルの死体から拳銃をもぎ取って、再び駆け出した。
そんなこんなでアベルを狩ってゆく二人だが、段々と陽も落ち始めてきている。
アベルたちを殺してゆく。警棒を、刺股を、槍を手にしたアベルたちを殺していった。
複数の発砲音。
「ちょっとカイン、気を付けなさいよ」
銃弾がカインへ届くことはない。その程度の大きさならば、マグダレナの矮躯でさえも止められる。
彼女は槍を突き入れて、拳銃を手にしたアベルの身体を刺し貫いた。
「おう、悪いな。しかし、参ったな」
アベルが発砲したもので、狙われたのはカインである。あまり良い状況とは言えなかった。
「いたぞ! アベルだ! 殺せ!」
「ここは通さないぜぇ」
アベル駆除隊、街の有志と護衛団、そして市職員により構成された討伐隊の声がする。
「ま、待て! 話せばわかる!」
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ!」
狼狽するアベルの声も。
そして幾つもの銃声、怒声が響き渡る。ボゥという激しい音がして、漂って来るのは焦げた臭い。
アベルの肉が焼ける臭いであった。だがそれは、駆除の進捗を意味しない。
「ふぅわーっはっは! 僕たちだって、やられっ放しじゃいられんよ! ファイエル!」
アベルの笑い事と共に、聴こえてくるのは銃声。だけではなく。
「ぐおっ! やられた! 交代だ! 一旦、退けい、退けーいっ!」
などと、焦りの浮かぶノド市民の声も聞こえてきている。
「マズイな」
アベルはバカだが、知性がない訳ではなかった。
人並み以上に頭は回る。研究も出来れば、道具の扱いや集団戦術の心得もあった。
危機意識なども非常に高い。
「街の人たちにも被害が出ているわ。急ぎましょう」
マグダレナにも、その脅威がわかるのだろう。アベルは単にデカイだけの、筋肉達磨ではなかった。
その雄叫びが聴こえてきている。
「ヒャッハー! 逃がさねぇぜ!」
そう言った後に、砲を放った轟音が響いた。
「チッ! 行くぞっ! マグダレナ、『治癒』の用意をしておけっ!」
舌打ちを止められないカイン。マグダレナへ指示を出し、彼女は武器を得て、危険度を増したアベルの元へと走った。
「任せて、誰も死なせやしないわっ!」
マグダレナの治癒ならば、瀕死であっても蘇る。アベルはもう、狩られるだけの駆除対象ではなかった。
——間に合えよ。
敵対者との戦闘経験を経て、武器を鹵獲し使いこなす無限の集団となっている。
アベルは戦闘を好まず穏やかな気質であるも、生命を脅かされるなら話は別だ。正当な防衛として、殺戮を躊躇うような魂ではなかった。
「お、カインじゃないか。悪い人たちに、イジメられてはいやしないかい? お兄ちゃん、悪い奴らからカインを守るよ」
大通りに出たカインは砲を抱えるアベルを見た。
戦車砲である。その砲口は、近場の建物へと向いている。
「——伸びろ、如意槍」
「うぼらはぁっ!」
だがそれ以上言わせずに、カインの槍がアベルを貫く。もう時間は、長く残されてはいなかった。
別のアベルたちが弾幕を張った。
「カ、カイン、何をするっ! いくらお兄ちゃんでもあまりお転婆は——」
それも言わせない。
拳銃の引き金を絞り。ヘッドショットをお見舞いしてやった。
既にアベルは駆除されるだけの獲物ではない。
確かな意思を持ち、生存へ向けて必要なことをするようになっている。
そして数の力。共有、あるいは集合知によって、その性質は最適化し続けていた。
「カインちゃん!」
「お前らっ、戻るか戦力を整え直せっ!」
ノドの人々による呼びかけに、カインは怒鳴る。
マグダレナは負傷者の治癒へと回っていた。見る限り、既に五名ほどの死者が出ている。
「邪魔になる」
「け、けど俺たちだって……」
気持ちはわからなくもない。だからこそ、彼らが前線に出ることは不合理だった。
街の軟弱な大人では戦車砲にさえ耐え切れるはずもなく、武装をしていればアベルの武器となる。
本人のみならず、身につけていた物まで増殖させるのがアベルであった。
一発の銃弾は、無限の弾薬となった。それに——。
ピンポンパンボーン。
「行政よりのご連絡です。有志の皆様、大変ご苦労様でした。ご協力、ありがとうございます」
もう聞き飽きた、行政による公共放送であった。
「行政よりのご連絡です。アベルへの警戒レベルが、四となりました。繰り返します、四となりました」
警戒レベル四。それが意味するものとは——。
「生身での常時超音速戦闘、及び核融合反応への無傷で対応可能な市民以外へは、避難命令が発令されております。繰り返します。警戒レベルは四。避難命令が、発令されました。速やかに——」
淡々とした声が耳を打つ。悔しがる者、頭を抱え込む者、それぞれがいる。
「ですってよ。私たちを信じて、待っていなさいな」
マグダレナはスカートの裾を掴み、優雅な淑女の礼を見せた。
「討伐隊の再編を行います。我こそは、条件を満たすと仰る方々は行政府へとお越しください。報酬は、生死を問わずでございます。繰り返します——」
淡々とした放送は、酷なもの。
「……すまん。任せた」
悔しくないはずもない。
彼等は皆、街を守りたく、隣人を守りたくて外に出た。その意気を感じぬカインではなかった。
だから、サービスの一つだってやってやる。
「任せとけ。ま、安心して待ってろよ」
サングラスをクイッと上げて、胸を叩いた。
任せとけのポーズであった。
ボヨンと音がして、脂肪が大きく揺れるも恥ずかしいことなんてない。
「オレは、オレたちは、兄殺しのカインだぜっ!」
そうしてカインは身を翻す。
向かうはノド行政府。組織的な駆除を行う司令室。
「ああ、任せた。よろしくな」
この警報が意味するものは、場合により市中での大量破壊兵器、核兵器の行使を辞さないという意味だった。だからこそ、避難が推奨されている。
それだけ、状況はよくないということだろう。
「アベルは無様に、逝って良しだわぁ❤️」
マグダレナも殺る気満々であった。
そう。そんなことでは死霊聖女を、兄殺しのカインを止める理由とはならない。
むしろ、闘志が湧くものだ。
「今夜の祝勝会には、熱々のピザとキンキンに冷えたエールを頼んだぜ」
もう時間はない。強化したカインは、音速の五十倍を超える速度で行政府へと向かう。
建物は無事である。そんな柔な建造物など、この世界では手抜き物件であった。
お読みいただきありがとうございます。