カインとアベル。   作:カズあっと

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7話 決戦、ノド中央広場。

 

「いたぞ! アベルだ! ぶっ殺せっ!」

 

 選りすぐりの精鋭たちがアベルを追い詰める。

 ノドの都市人口はおおよそ五十万。

 その中で超音速戦闘が可能であり、核爆発の直撃に耐え得るものは五千といなかった。

 

「お前らっ! 人の命を何だと思ってんだっ!」

 

 言いながら、駆除隊へ向かい自爆特攻するアベル。

 一部のアベルはまったく生命を大切にしていなかった。

 

「うるせぇ! アベルの癖に生意気だ!」

 

 爆発を受け止めて、精鋭たちがアベルを殺す。

 

「鉛玉を喰らいやがれっ!」

「釘バットあたーっくぅ!」

「今宵のコテツは、血に飢えておる……」

 

 火器で、鈍器で、刃物で。

 

「そうれっ、火の玉よっ!」

「この顎を撃ち抜く感覚が、たまらん」

 

 破壊系術式で、拳で。

 

「俺に構わず先へ行け! ひでぶっ!」

 

 ノドの住民、その精鋭たちが雨後の筍の如く現れるアベルを駆除してゆく。

 護衛団だけでない。普段は白い眼で見られがちな荒くれ荒くれたちだって、生き生きと。

 

「はーい。こちら新商品になりまーす。ほら、この通りに骨までスパスパ切れますよー」

 

 いつものユニフォーム。いつもの営業スマイルで、ホームセンター店員が振るうはチェーソー。

 

「姉ちゃん、そのチェーソー予約するぜ!」

「毎度ありー」

 

 若く陽気な女の子が銃弾を弾きながらアベルの群れの中へと突っ込んだ。

 解体されてゆくアベル。

 

 また別の方向からも。

 

「年寄りたちが通るよ、道開けな」

 

 大家を先頭にして練り歩く老人たちがいる。

 彼らは風雅に舞い踊る。死者と生者の境界が曖昧となってゆく。

 老人たちが足を進め手を触れば、それだけでアベルたちの身体はバラバラとなった。

 

「分が悪いっ、体勢を立て直す!」

 

 武器を放り出し、アベルの一人が叫んだ。

 

「退却、退却ー!」

 

 前線から逃げ出そうとするアベルたち。

 ただのアベルでは、武器を使おうが精鋭たちに抗えない。

 そして、知恵が回るからこその行動を行政は読んでいる。

 

「何処にだ? 糞兄貴」

 

 アベル達の前に、小柄な少女が立ちはだかった。

 

「おお、なんという金髪爆乳妹……」

 

 赤いキャップにサングラス。

 黒の編み上げブーツと、ブルージーンズを履いた女の子。

 ここは街の中央広場、ノド全ての道に続く場所。

 追い込んだアベルを一網打尽とする劇場。

 

「糞アベル。お前らに、逃げ場はねーぜ」

 

 彼女は白いコートをはためかし、巨大化させた聖槍で、兄たちの肉体を叩き潰した。

 

「アベルは徹底駆除よねー❤️」

 

 肩には翡翠の光。死霊聖女のマグダレナ。

 少女二人は不敵に笑う。

 

「おぅら、お前ら! どんどん集めてきやがれっ!」

 

 幼馴染を肩に乗せ、槍を振るうはカイン。

 彼女は兄を殺す者。

 そしておっぱいも大きく、とっても揺れた。

 

「任せろ、カインちゃん!」

 

 士気を高めた精鋭たちが、アベルの群れを追い立てる。死地へと。

 ノドによるアベル掃討作戦は、更なる佳境に入っていった。

 

 

 

 カインはアベルを狩ってゆく。

 

「くっ、殺せ!」

「カインちゃーん、ラービュー!」

 

 手負いのアベルも、元気なアベルも平等に。

 

「俺には、故郷に残した妻子がいるんだっ!」

「いねーだろ」

 

 生き汚いアベルだって、非情に殺す。

 だがここにきて、駆除速度が落ち始めていた。

 

「はぁはぁはぁ、カインの汗の芳しい匂いがぁ……」

「くっ! お兄ちゃん、もう辛抱堪らん!」

 

 疲労が溜まったわけでなく、手傷を負ったわけでもない。勿論、変態アベルの視線に晒されているからでもなかった。

 

「死ね」

「死ね❤️」

 

 一瞬でカインの槍が心臓を貫き、マグダレナの指が首を刎ねる。

 切り裂いて、貫いて、押し潰し、爆ぜさせて。

 それでもアベルは続々とやって来る。

 

「おお、カイン。これが走馬灯か……」

 

 そこにカインがいるのだから。

 

「……気持ち悪いよ。マグダレナ、ぶちかますぜ」

 

 飛び上がったカインが如意槍を伸ばした。

 

「頑張れ、頑張れ、元気になぁーれ❤️」

 

 地鳴りが響く。断末魔は聴こえない。

 マグダレナが巨大化させての質量攻撃。

 単純であるからに、効果は高い。広場の舗装は壊滅的だが、それもまた必要な犠牲であった。

 

「だがまだだ! まだ兄は死なんよっ!」

 

 潰しきれなかったアベルの喉を切り裂いて、カインはまた別のアベルを貫く。

 巨大化させた如意槍だけでは、撃ち漏らすアベルが出ていた。

 

「チッ、厄介な……」

 

 カインの舌打ちが止まらない。

 アベルが成長している。というよりも、徐々に環境へ適応しつつあった。

 

「ああ……。僕に突き立った逞しい槍が……」

 

 心臓を刺し貫いた槍を掴まれて、抜けないでいる。

 四方から迫るアベルのうち、二体はマグダレナが対応している。だが、残りは——。

 

「点火」

 

 槍を掴んだ個体が爆ぜる。

 片手に散弾銃は手にしたカインは、迫り来るアベル達を撃ち殺した。槍の穂先を犠牲にし。

 

 カインは懐に手を入れる。

 そこにあるのは青の小瓶。

 メギドの丘を焼き尽くした裁きの火。

 

「ダメよ、カイン」

 

 マグダレナが冷たく嗜めた。カインは思い直し、棒となってしまった聖槍を再び構える。

 

「ま、当然だよな」

 

 ここはノドの街。五十万の人々の暮らす大都市だ。

 生活があって、様々な人々が楽しく生きていた。

 アベルを真っ二つにしながらマグダレナが笑う。

 

「そ。皆が皆、お婆様たちみたいに丈夫でないの」

 

 アベルの頭を叩き潰し、カインは深く頷いた。

 

「ま、しゃーねーよな」

 

 小さな子供たちがいて、病人たちもいる。

 そうでなくとも放射性物質は身体の丈夫でないものへ、深刻な健康被害を齎した。

 

「でも、それだけじゃねーだろ?」

 

 聖女は周囲を見回して、嬉しそうに囀る。 マグダレナが薄い胸を抱いた。

 

「当然よ。人の尊い営みほど、愛おしいものはないもの」

 

 その姿は、聖女にこそ相応しきもので。

 

「マギーたん、マジ聖女!」

 

 妹の次にマグダレナが大好きなアベルたちが、彼女へと群がった。

 

「マギーに触んじゃねぇ」

 

 冷たい声をして、カインはアベルに銃弾をお見舞いしてやる。

 プロバスケットボールリーグでMVPが取れる巨体が五体、吹き飛んだ。

 

「けっ、気持ち悪ぃこと言う死霊様だな。鳥肌」

「そんな薄着してればねー。チキン肌にもなるわ」

 

 季節は冬だ。核の冬でなく、夜気は冷たく冴えている。その星空の下、ノドは明るく暖かかった。

 

 この街に放送網が敷かれていて、ホームセンターもあればピザ屋もあった。

 街灯や上下水道などの社会基盤がしっかりと整備されていて、誰もが日々の生活を楽しんでもいた。

 

「ま、面倒でもよ。——一匹ずつぶっ殺していくか」

「うん、殺っちゃおー❤️」

 

 マグダレナはともかくとして、カインの疲労はたまっていた。だがそれも、アベル殺しを止める理由にはならない。

 

「殺すって、お前らなぁ……。女の子なら、もう少しお淑やかにだなぁ……」

 

 際限なく増え続けるアベルは世界そのものを食い潰す。悪意がなくとも、存在そのものが害悪なのだ。

 

「あら、お兄様。お転婆なカインは嫌い?」

「はははっ。僕がカインを嫌いになるって? 有り得ないさ、そんなこと」

 

 お淑やかに言ってやったカインへ、鼻息も荒くアベルたちか腕を伸ばす。

 その下半身は勃起している。どのアベルも変わらずに、妹へ欲情していた。

 その指が、カインの胸へと伸びる。

 

「そ。なら、お死にあそばせ。お兄様」

 

 彼女は横薙ぎにした聖槍の柄で、アベルたちの頭を吹き飛ばした。

 

「カイン!」

「あ?」

 

 マグダレナに叫ばれる。何のことだがわからぬものの、何故か良くない予感がしてまう。

 

「おっばい! おっぱい!」

 

 マグダレナが腕を振り、そんなバカを叫んだ。

 

「おっぱい! おっぱい! カインのおっぱい!」

 

 アベルたちも腕を振り、同じ言葉と余計な言葉を叫ぶ。目がとても、ニヤけていた。

 

 カインは視線を下へ、己が胸へと落とす。

 そこには、見慣れた肌色と桃色が。

 

「……え? え? うそ? え? まっ……」

 

 黒いタンクトップが破れていた。

 胸を覆う衣服は切り裂かれ、ツンと上向く双丘が作り出す、深い谷間を見せている。

 その登頂部には、ピンクの突起があった。

 

「いやっ! 見ちゃダメーっ!」

 

 カインは胸元を抑え、しゃがみ込んでしまう。可愛らしい悲鳴をあげて。

 

「カ、カイン、お兄ちゃんたちはもう……」

 

 そんな妹の姿に、目を血走らせるのがアベルであった。彼等は固唾を飲んで、しゃがみ込み、震えるカインを見つめている、

 その感情は色欲。七つの悪徳と数えられる大罪。

 

「見るなと、求められたわね? ——カイン、前襟を合わせなさい」

 

 そんなアベルたちの首を落としながら、マクマダレナが言った。それは教えで戒律だ。前襟を合わせれば寒くもないし、お胸も隠せる。

 

「うん、ごめん。お姉ちゃん」

 

 言われた通りにし、カインは立ち上がる。その様子は少し萎らしく、おかしくて——。

 

「ふぉ、ふぉう、フォウッ!」

 

 だがそんなモノすらも、アベルが吹き飛ばす。腰を激しく振っていた。その場に立ちながら。

 

「お、お兄ちゃんたちが、カインを護るよっ!」

 

 その様子もおかしい。一体のアベルが震えながらも両手を広げていた。

 

「みんなっ! 僕に元気を分けてくれっ!」

 

 そのアベルが叫ぶと共に、周囲のアベルたちが、追われてきたアベルたちが、地面から生えて出てきたアベルたちが、その個体へと飛び込んでゆく。

 

「み、な、ぎ、る、ぞーっ!」

 

 次々と、一箇所に飛び込んでゆくアベルたち。

 そこには謎の光が溢れ、照らし出される影が大きくなってゆく。

 その全容は、カインからは見えない。

 謎の光は、虹色をしていた。

 

「少し、マズイかもね」

 

 顎へ指を当てたマグダレナが呟く。

 

「お、おい。なんだ、アレ……」

 

 まだ、謎の光は晴れない。だがカインはその巨影に対し、戦いてしまう。

 その大きさは巨人よりも、巨獣よりも、どのノドの建物よりも、デカイ。

 そして、その聳え立つモノは——。

 

「巨根合体、グレートアベル。ここに爆誕。妹よ、お兄ちゃんの聖槍一振りで、昇天させてやるからな」

 

 声は、太く、重く。音圧ですらも凶器となった。

 

「名乗りの通りじゃなくて?」

「おかしーだろ、どう考えても」

 

 フフンと自信満々なマグダレナへ、呆気に取られたままカインはぼやいた。

 

「ふふふ、カインちゃーん。お兄ちゃんの聖槍で、可愛がってあげるからなー。期待、しておけよ」

 

 だが、アベルは最悪だ。まず裸であった。

 あろうことかデカくなったアベルは、己が聖槍と呼ぶモノを上下に扱き上げる。

 

「僕たち一万アベルによる、お仕置きの時間だっ!」

 

 アベルが踏み込んだだけで地が揺れた。

 巨大化アベルの身長はノド一番の高層建築とそう変わらない。

 地上十三階建て、五階までが商業区域であり、上が分譲住宅となっている。

 中央広場に隣接して建つノドビルと、ほぼ同じ高さであった。

 

「はあっ? アベルのクソ兄貴、そんなに増えてたのかよっ!?」

 

 カインは罵り、跳んだ。

 舗装路が波打ち、飛礫となっている。

 筋肉質なアベルの体重は彼女の三倍はあった。仮にそれが一万匹も合わされば——。

 

「撃てー! 怪物に、好き勝手させんなっ!」

 

 質量だけでさえ、災害級であった。

 巨大化したアベルへ、ノドの精鋭たちが銃撃、砲撃を行うも、かすり傷にもすらならないでいる。

 

「あっはっは! 痒い、痒い! ——ぐっ、おう」

 

 だけでなく、腕自慢の猛者の攻撃さえ通らない。

 

「……って、小指は反則だろうがっ! 指は止めろ、痛いじゃすまん! ゆ、許さんぞ悪党共がぁっ!」

 

 わけでなく、通りはした。ダメージは与えている。

 角に小指をぶつけたときの痛みは、筆舌に尽くしがたいものなのだ。だがそれは、致命傷でない。

 

「畜生、デカすぎるっ! せめて、足止めを!」

 

 戦士たちの渾身の一撃も、術師たちによる破壊的攻撃も通らない。

 アベルの動きを止めるには至らない。

 神話の英雄でさえ弱点となったアキレス腱への攻撃であっても、壊した先から再生していた。

 

「せめて、脳か脊椎。急所に届けば」

 

 巨大であることは、急所にも遠いということだ。

 ホームセンター店員の武器も、老人たちが培ったきた技さえも、地上からでは届かなかった。

 カインとマグダレナにも、同じことをが言えた。

 戦況は、膠着してゆく。

 

「ええいっ! 儂が行く! 皆の衆、儂の屍を超えてゆけ!」

 

 そんな中、なんとか状況を打破しようとする老人がいた。

 彼は飛び上がり、アベルの身体を駆け上がらんとする。頭が禿げ上がり、長い白髭を蓄えた老爺はアベルの膝まで駆け上がり——。

 

「シャッ! ——しまっ、腰が!?」

「ええぃ、鬱陶しい」

 

 かけたところで腰を痛め、アベルの手により払い落とされる。そこへ駆けたのは老婆、大家であった。

 

「ばっ! バカっ! ババアっ!」

 

 大家が爺さんを受け止める。

 

「——ぐっ!?」

 

 その瞬間の叫び声。

 彼女もまた、腰をやってしまう。年寄りの冷や水というもので、急制動には無理があった。

 

「後方で治療をっ!」

 

 誰が叫んだか、

 腰をやって蹲る老人たちの元へ、老いも若きも、男も女も駆け寄ってゆく。

 

 アベルの足元へ。

 

「ええぃ、鬱陶しい」

 

 アベルが片足を上げた。

 その足裏は天上の如く高く、広い。

 もしも、巨大化したアベルの質量がアベル一万匹の総和に比肩するのなら——。

 

「逃げてっ! みんなっ!」

 

 マグダレナが叫ぶ。

 

「ババアっ! 避けろっ!」

 

 カインも同じく叫んでいた。

 だが、その声が届くよりも早く。

 アベルの足裏は降りてきて——。

 

 地が再び大きく揺れる。捲り上がる石床、沈み込む大地。

 

「ふう。害虫駆除くらいにはなったか?」

 

 腕で額を拭い、アベルが呟いた。

 そろそろと足を上げてゆく。

 靴裏からは大量の赤い滴。

 

 浮き上がったその下には深い闇がある。

 質量により押し潰されて、陥没した大地が見えた。

 

「……」

 

 やけに静かであった。

 

「……」

 

 マグダレナがフヨフヨと翔んでゆく。靴裏を手指で拭うアベルの頭へと向かって。

 

「ぶっ殺す」

 

 それは、カインの声ではなかった。

 ホームセンターの店員が、懐から青い小瓶を取り出している。カインは強化の出力を高めた。

 

「は、離してっ! アイツぶっ殺す!」

 

 彼女が手にしたのはメギドファイア、核爆弾だ。

 

「街を、消し飛ばす気か?」

「アイツ、アイツ。みんなを……」

 

 確かに、これを使えばアベル一万体規模でも殺せることだろう。カインもよく知っている。

 だが、その代償は。

 

「オレに任せておけ」

 

 店員の手からニュークリアボムをもぎ取って、カインは上を向く。

 夜空の前に、兄と幼馴染の姿が見えた。

 

 空では、マグダレナがアベルの眼を全身を用いて抉り出そうとしている。

 だがそれは、致命傷とは言い難かった。

 

「こらっ! やめろ! マグダレナっ! シッシッ」

 

 アベルが小蝿を払うようにして手を振っている。

 それも意味はなく、アベルでは死霊でもある優しき聖女に触れられない。

 だが彼女の小さな身体一つでは、巨大アベルの眼球一つでさえも、抜き取れはしなかった。

 

「マグダレナっ!」

 

 叫ぶカイン。マグダレナは応えない。

 

「君は昔から……。カインの教育にも悪いだろっ!」

 

 アベルに敵意はない。そういうヤツだ。

 それをカインは知っている。

 頭が回り、真面目であり、優しさも、社会性だってあった。

 

 だがそれは、アベルという存在が害悪でないこととは繋がらなかった。

 

「いい加減にしろっ! マグダレナっ!」

 

 アベルに悪意はない。それも知っていた。

 だが、増え続けるアベルは他の全てを殺す。

 だからこそ、カインはアベルを殺し続ける。

 

「そうだぞ。カイン、もっと言ってやってくれ!」

 

 カインは責任として、無神経な怪物を根絶やしにしなくてはならなかった。

 殺すのは、彼女自身の望み。

 

「マグダレナっ! 『怪我人』の治療を頼むっ!」

 

 その動きが止まる。反転し、小さな聖女は穴の中へと飛び込んだ。

 そう、それで良いとカインは息を吐く。

 聖女様には、優しいままでいて欲しかった。

 

「クソ兄貴、食べさせてあげてーもんがあんだわ」

 

 大きくもないカインの呟きに、アベルがにやけた。

 

「なんだいカイン? 僕は大切な妹からのプレゼントなら、なんだって嬉しいよ」

 

 この変態は妹の声だけは、決して逃さない。

 とても気持ちの悪い男であった。

 

「そっか。『お兄ちゃん、カインとっても嬉しい』」

 

 棒読みながらも、妹からのおねだり。

 

「おおっ! 愛する妹よ!」

 

 兄であるアベルが聖槍と呼ぶモノは、硬く隆起していた。

 カインは槍を手に、走り出す。

 

 ——タタタ。

 

 足音は小気味よく、助走をつけた。

 

 ——ダンッ。

 

 彼女は聖槍改め伸縮自在の如意棒を地へと突き立てて。

 

「伸びろ、如意槍。我が意のままに」

 

 棒高跳びの要領で、カインの身体が跳び上がる。

 地上十三階を越える高さまで。

 

「すごい、すごいよカイン! ああ、カインが僕の目の前に!」

 

 歓喜するアベル。その頭上から、槍を携行サイズへ戻したカインが降りてくる。

 

「よぉ、『お兄ちゃん』。あーんしてやるから口開けな。ま、言うまでもないか」

 

 彼女は兄の舌上に着地した。伸びる槍。

 

「あが、あがががぁあ、あいんふぁ、ほふほははひ」

 

 アベルは口を閉じられない。喋れない。如意槍は、聖槍は決して壊れない。

 巨大化した口の中で、つっかえ棒となっている。

 

「……はひん? はひひへふひょ」

 

 間抜けな妄言を聞き流し、カインが取り出したるは青き小瓶。

 裁きの火、メギドの丘を焼き尽くした主の怒り。

 

「点火。世話になるぜ、マグダレナ」

 

 呟いて、喉奥へありったけの小瓶を投げ入れて。

 彼女はコートの襟へ、キスをする。

 顔を上げたカインは、微笑みを浮かべた。

 

「味わってね、アタシからのプレゼント❤️」

 

 夜空は重い曇り空。それなのに、地上は灯火が輝いて。

 如意槍を手に、アベルの口内から抜け出たカインが落ちてゆく。

 

 つっかえ棒の取れたアベルが溜まった唾液を飲み込んだ。メギドファイヤごと。

 

「最高だよカイン、妹の味がするっ!」

 

 妄言も相変わらずであった。

 

「マジでバカでよかったぜ。くたばれ、クソ兄貴」

 

 土煙を上げ、地に降り立ったカインの背中では、一瞬だけ最後の光が輝く。

 

 兄殺しのカインはその仕事を終え、相棒たちのいる陥没地に視線を送った。

 

 




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