黒髪笛属性ドラゴンは重ければ重いほど良いとされている。 作:卵化けごパン
―――…よし、やれるっ!…戦えるッ!」
赤く巨大な竜の下顎に全力の頭突きを喰らわせ、竜の口に咥えていたフォノヴォアが大きな水柱を立てて海へと落下する。
敵はフォノヴォアよりも更に大きく強大、それでも諦める理由にはならない。諦めればあの怪物を野放しにしてしまうから。
(速さではこっちの方が上ッ!!でもパワー以前に重すぎ……ノロマで信じられないデブッ!!!!)
『肥満だとかの問題では無いだろう。そもそもお前の知る船長でも押し返すのがやっとなのがフォノヴォアであり、それよりも大きいのだから。』
(あなたはホントにさっきからうるさい!!この怪物を倒した次はあなただからっ!!)
『それにはまずコイツを殺さねばならん。
だが貴様はいま、初めて空の蒼を知った雛鳥に大差無い存在と識れ。…ならばお前が貪欲に望み続ける限り、まだまだ両翼を上手く扱える筈だろう』
(………!!)
身体の中から聴こえる声に意識を割いた瞬間に、またあの怪物の腕が迫り来る。完全に意識の裏を突いた一撃は、今までの自分なら避けられないと予感した。
―――…ゴゴウと、暴風の竜巻を引き裂いて空気が唸りをあげる。
寸前まで居た場所を赤い腕が振り払う。
「違う…こうじゃない……!!」
速い、けれどもそれは不完全な加速だった。
ふわりと急加速の反動で浮き上がるわたしに、赤い竜の反対の腕が迫る。
「もっと…っ!!」
勢いのまま振りかざした赤い腕を再びの急加速で飛び躱すも束の間。目の前に竜の尾が迫る、そこでようやく誘い込まれたと理解した。
(………!)
竜のしなる尾は空を切り裂き、わたしは
(まだまだ上手くやれる…っ!ソティスはもっと、風と一体化するように飛んでいた!!)
一撃、二撃、三撃と巨大な腕や尻尾を躱して攻撃を喰らわせ続けた。
けれどもあの巨体の腕はただ振りかぶるだけでも周囲の風向きを変え、空気を押し出して尋常では無い圧力をこっちに掛けてくる。
いくら速くても、たったひとつのミスがわたしを死に至らせる。その事実が酷い緊張感と重圧としてのしかかる。
そしてわたしが再び怪物の腕を避けて顎に一撃を喰らわせようとした、そのときだった。
―――攻撃を食らわせた反動で全身に走る衝撃が、来ない。
(っ避けられた!?…あの巨体で!!)
わたしはその瞬間、たしかに聞いた。目の前の巨大な怪物が喉をゴクリと鳴らす、地ならしのような音を。
(…全部、
あの怪物はわたしをただ、フォノヴォアの肉を咀嚼するのを邪魔する存在としか考えて無かったんだ。
わたしは赤い竜の腹や顎を殴り付け、それで戦えていると思い込んでいた。けれどこの怪物はそのエサを海に落としたことで、ようやくこちらを『敵』と認識したに過ぎなかったんだ。
(……っ!!)
頭を真横に動かした赤い怪物が鋭くこちらを見据える。
状況を把握しようと急停止した視界に映る怪物が大きく口を開いた光景は、鋭い三日月が幾つも並んだ赤い空が迫っているようだった。
(…不味い、急いで逃げ…っ)
一瞬遅れて反射的に翼を展開し、竜頭同士が睨み合う。わたしが距離をつき離したと殆ど同時、視界の奥で何か星のようなものが光る。
―――…天を切り裂く、真っ赤な閃光。
わたしが運良く身を捩ってソレを避けられたのは、間違いなく星のように一瞬だけ光った光線の予兆を捉えていたからだった。
黒い炎は一瞬で赤い竜の光線にかき消され、光線は真っ直ぐにどこかも分からない夜空へと飛び去っていた。
(わたしの炎とは違う…炎なんて、そんな物じゃない……)
揺らめく炎とは違った、明確な殺意を伴った得体の知れないもの。それが何なのかを理解するよりも先に、海面から飛び上がった巨大な怪物が『目の前』に居た。
「は……っ」
―――…速い!
体の芯を貫くような恐怖に竦むわたしを、空を覆う怪物が見下ろす。追い詰めた巨大フォノヴォアが動き出した時だって、こんな感情にはならなかった。
わたしは、死……
『チィ…ッ呆けるな!!!』
舌打ちのような音と共に、赤い竜とわたしの間に小さな光のリングが割り込むと周囲を光で埋め尽くす。わたしはなんとか距離を離し、目眩しから立ち直る怪物を遠くから注視した。
わたしはようやくほっとひと息…
『…巫山戯るな、巫山戯るなよッ!!』
着きかけたところに、またあの謎の声が。それも今度は今までにない感情を含んだ怒りの声だった。
『予めてささやかなプレゼントだと言ったのに、なのに貴様の意志が生半可なせいでこんなに早くそのひとつを無駄に使うことになるとは!!
…ええい言っておくがな、お前の竜角にある輪っかはただのオシャレアイテムじゃないからなっ!それどころか相当な貴重品なのだからなッ!!』
「……。」
『む…どうした、もしや何かに気付いたか?』
今までとはうって変わった様子で話しかけて来る声に、わたしは思い切って返事を返してみることにする。
「うんとね……」
『なんだと言うのだ、先に言うが時間は無いぞ』
「うん。あなたって味方? それとも敵?…そもそも誰?」
『お前なぁ……、その質問は今じゃなきゃ駄目か!?』
その問い掛けに少しだけ懐かしい気持ちになりつつも、わたしはしっかりと自分で考えて答えた。
「うん、駄目。だってあなたは世界がどうとか意味の分からない事を言ったり、かと思えば翼の使い方を教えてくれたり…わたしの味方なら味方でもっと素直に協力して欲しいし、名前も知らないまま協力してくれるのもちょっと変だから」
謎の声は少しのあいだ考えるような唸り、それから声高らかに喋りだした。
『良いだろう、三度は名乗ってやらん。
…我はかの空喰らいの竜とは絶対の敵対者であり、世界崩壊の淵に現れし反逆の救世主、エルであるとッ!』