「…お祭り?」
わたしがそう聞き返したひと言に、船長は豪快な笑い声を海上に響かせた。
「おうよッ!見てみろロア、お前ら二人が仕留めたフォノヴォアは風唄いの竜笛も意に介さねえバケモンだ!!こんなものを見て祭りをしたくならんヤツが何処にいる!?」
船長はいまも複数の舟がロープで繋ぐことでようやく動かせる巨体が海を割く様子を見下ろして意気揚々と語り続ける。
「フォノヴォアの鱗はちょいと加工すりゃ頑丈なナイフや胸当に使えるし、豊富な油は軽くひと冬は寒さに困らない…言わずもがな刺身は美味いし、内蔵も煮込みゃ酒のツマミに最適!
昔からフォノヴォアを狩ると勝手に色んなヤツが集まって、図らずも祭りみてえになってたわけだ…けどな!」
船長はそこで話を切り、数隻がかりのロープで牽引する海面のフォノヴォアを見下ろした。
「フォノヴォアは鱗の1枚だって貴重な戦利品になるからこそ、オレらは音の波動でヤツを狩る。中には爆弾やらでフォノヴォアを仕留めりゃ良いと言うヤツも居るが、そうすると鱗どころか中の身や骨までダメにしちまう。
命懸けだってことさえ目を瞑りゃ、これだけ安上がりで割の良い漁業もないよな?」
「…ロア、船長の話なんかテキトーに流しておきなさいよ。ソイツ、もう少し酒が入ったらまた海の男がとか武勇伝の話をバカみたいに繰り返し始めるわよ」
船長にはいつも冷たいソティスに苦笑しつつも、わたしは彼が酒瓶片手に語る言葉の数々が嫌いでは無かった。なのでわたしは船長の興味を惹かれる話にだけ耳を傾けつつ、空を見上げる。
―――…水滴を垂らした絵の具盤のように橙と藍色の入り交じる、早起きなお星さまが現れ始めた緋空。
風を遮るものの少ない海の上では微かに空気が冷え始め、風唄いにとっては空を飛ぶのが少しだけ億劫に思える。そんな時間に舟が港に着くと船着場には珍しく人だかりができていた。
「フォノヴォアをひと目見に来たんだろう、珍しい話じゃない。なんたって昔は海坊主と間違えられたような怪物なんだ。刺し傷切り傷ばかりの死体じゃ食い気も失せるが、風唄いの獲ったフォノヴォアの見てくれだけは標本かってぐらいキレイなもんだ…解るだろ、皆物珍しさに来てんのさ。
…よしロア、ソティス!こっち来い!!」
不意に船長がわたしたちを呼び、ソティスは首を傾げる。
「お前らはこの後どうする?…オレらはフォノヴォアの解体があるからしばらく舟を離れられねェが、どこからか噂を聞きつけて露店も来てたみたいだからな。遊び歩くつもりなら先に金渡しとくが?」
わたしは船長に近付いて彼の掲げた麻袋を受け取る。
するとその腕が不意に地面に引かれ、驚く。それは小さな麻袋に見合わない重さで腕が持っていかれそうになったからだった。
「いいの…!?」
「ったりめえよ!ハハハッなに驚いた顔してやがる、今回の立役者はお前らなんだぞ? そんな奴に渋ってたら船長の名に傷がついちまう、だから遠慮せずに貰っとけよ!…ほら、ボケッとしてないでソティスもこっち来い」
「……船長、貰えるのは嬉しいけど。わざわざこんな重たい金貨で払わなくたって良いでしょうが…」
「船乗りにはこっちの方が便利なの。金貨は何処行ってもある程度は価値が保証されてるからな、悪いが船に乗ってる限りそこは不便だろうと慣れてくれ」
「そういうモノなの?…まあいいや、ありがとね船長」
「さあ、貰えるモン貰ったらとっとと行った行った!露店がいつまでやってるかなんてオレは知らんぞ!」
「うん、わかった」
船長の船から波止場に降りてソティスを追いかけようとすると、後ろから思い出したような声が。
「あそうだ腹は適度に減らしとけよ!フォノヴォアの用意しとくからな!
あと人も多いからぶつかって転んだり迷子にならないように気をつけろよ!もし迷子になったら迷わず竜笛を鳴らせ!それとだなあ…」
「ロアー!!」
「え…?」
わたしはなぜかソティスの声が遠くから聞こえたような気がして、思わず振り返る。すると彼女は既に波止場のずっと遠く、手を振っていなければすぐには見つけられそうにも無いぐらいの場所に立っていた。
「さっさと来ないと置いていくわよー!?」
「…なんだ、アイツは相変わらず忙しないな。じゃ、楽しんでこいよっ!」
「…うん、行ってくる」
わたしは船長に小さく手を振ってから、急いでソティスの方に駆け寄る。すると彼女は楽しげに笑ってから喋り始めた。
「船長相変わらず話が長いんだから。ロアは知らないでしょうからアタシが教えてあげるけど、今日はこの街の外れに遊園地が来てるのよっ!」
「遊園地……!?」
「そうよ!だからこんな所で油を売ってるヒマなんか無いの、いい? 時間は限られてるんだから楽しまなきゃ!!」
「うわっ!?」
こちらがなにか返事をするよりも早くソティスは手を引いて走り出してしまい、わたしは遅れてソティスに着いてゆく。
相変わらずソティスは動き出したら止まらない、港の路地には人混みが押し寄せているにも関わらず人の間をスルスルと抜けて街中を進んでいた。
「…!まってソティス…!」
「? どうしたのロア…って。」
わたしが足を止めたのは、見慣れない香りのするひとつの屋台だった。
そこに立っているのは黒いエプロンを身に付けたフワフワモフモフの茶色い耳と尻尾を持った人で、わたしが足を止めたことに気付くと彼女はにっこりと笑う。
「お、珍しいお客さんだね。食べてくかい?砂漠の民特製の香辛肉巻ッ!!」
炭火で焼かれた肉が赤い野菜のようなものに巻かれて串焼きになっている。野菜の種類は見慣れないけれど、少し離れた場所からでも香辛料らしき刺激のある香りがしていた。
「ロア、後でフォノヴォアを食べるんでしょ?」
「でも……。」
「…、解ったわよ。美味しそうだし、好きに買ったら良いんじゃない?」
「…!うん、そうする…!」
わたしが串焼きを買って戻ると、ソティスは何故か別のものを持って待っていた。
「あれ、ソティスいつの間にそれ買ってきたの…?」
「アンタねえ……その両手に持った物をもう一度見てみてから言いなさいよ」
「………」
ソティスに言われて自分の両手を眺める、そこにはさっきの露店で買った香辛肉巻きの串が六本。それぞれ人差し指から小指までの間に挟んでちょうど両手が埋まる本数だ。
わたしは翼を広げて近くの屋根の上に登るとソティスが敷いてくれたハンカチの上に腰掛け、串焼きのお肉にかぶりつく。
「……!」
見慣れない野菜は何本かがお肉に束ねられたことでシャキシャキという食感が際立っている。なるほど、この料理は肉を薄く巻くことで焼き時間を減らし、野菜の水分を保つことで食感との両立をしているんだ…!
鼻に抜ける香辛料特有の香りも相まったこの料理の主役はお肉ではなく、むしろ野菜の方……!!
けれどお肉の存在感が無いかと問われればそうではなく、高温の炭火を活かすことで肉汁を上手く閉じ込めている。炭火の炎でここまでの焼き加減を両立しているのは、決して素材の良さだけでは無い。
「ふむぅ……!!」
シンプルだけど、奥深い。
わたしは串焼きの一本目を食べ切った時点で、自然と感嘆の舌鼓を打っていた。
―――…美味しい。
「アンタはなんでも美味しそうに食べるわよね」
「うんっ、だいたいなんでも美味しい……!!」
「まあ…アンタはそうでしょうね。そうだ、今のうちにどんな露店があるかここから見ておくとしましょうか…」
あっという間に手の中から無くなった串焼き。隣で屋根の上から街を眺めるソティスに話し掛けると、何故か不思議そうな目でこっちを見ていた。
「…?」
「ロア、竹串は?」
「竹の子より少し硬かった。」
「食べたの!?…冗談でしょ!?」
串焼きを食べ終えた後は波止場町の様々なものを見て回った。
例えばハンマーゲームの露店。ハンマーでシーソーを叩いて重りを飛ばし、ゴングを鳴らすゲーム…なのだけど。
「あーもうっ!なんでゴングが鳴らないのよっ!?」
「負けず嫌いだねえ嬢ちゃん!!…でもここは港町だから力持ちの船乗りなんかが挑戦するのも考えてるんだよ、お嬢ちゃんも中々思い切りの良い一撃だったけど、惜しかったねえ!!」
「ソティス…」
「な、なによロア…」
「ううん、ソティスがやってるのを見てたらわたしも1回やってみたくなったから。…店主さん、わたしも挑戦していい?」
「ん? もちろん、けど他のお客さんも並んでいるから特別に1回だけで構わないかな?」
「ロア?」
「…任せて。」
わたしはソティスからハンマーを受け取り、一気に飛び上がると翼から噴出する空気を利用してその場で三回転。
「おお…っ!?」
見物していた見物客達から歓声が上がるもつかの間、脚を畳んでくるりと回っていた姿勢から一気に脚を伸ばして叩き付けたハンマーが重りを跳ね上げる。
―――ガギィイイイイインっ!!!
「…ッ!!?」
「ゴングを鳴らせば景品…でしょ?」
ハンマーから伝わる手の痺れをやせ我慢しつつ、店主さんに問い掛ける。
店主さんが笑顔を引きつらせ額に汗を浮かべながらも渡して来た景品を受け取ると、そのまま白いくじらのぬいぐるみをソティスに手渡した。
「はいっ、ソティス」
「え、これ景品だけどいいの?」
「うん、わたしはソティスが挑戦してるのを見てやりたくなっただけだから」
景品を渡したわたしは振り返り、今度は店主さんへと話し掛ける。
「おじさん、良い商売してるね?…わたしも本気でやったつもりだけど、結構ギリギリじゃなかった?」
「…やだなぁ嬢ちゃん、あんまり野暮なことを言われると祭りで冷や水を掛けられたような気分になっちまう。
代わりにって言う程でも無いが、その白いクジラは実はこの街ではちょっとした名物なんだよ」
「そうなの?」
「いわゆる幸運の白いくじらってヤツさ。ま、何処まで信じて良いもんかはソイツ次第…現にこっちは嬢ちゃんの活躍で商売上がったりだがね。
それでも幸運かもしれない縁起物だ、大事にして損は無いだろうよ」
店主さんはそれだけ言うと、今度は自らゲーム用のハンマーを担いで見物客へと声を上げた。
「さあさ寄った寄った、ハンマーゲームは如何かね!!ここからは俺とハンマーゲームの力比べに勝った奴さんに景品をプレゼント!!
俺が疲れるのを待つのも良いが、残る幸運の白いクジラはあとひとつ。無いものは渡せん、早い者勝ちだっ!!」
ハンマーゲームのイカサマを暴かれても柔軟に戦術を変えて商売を続ける商売魂に感心しつつも、改めてソティスと港町の祭りの喧騒の中に歩いて行く。
「ソティス、1度船に戻る?…そのぬいぐるみ、結構大きくて邪魔そうだけど」
「ロア、だとすればあなたの目は節穴よ。この大きさが良いんだから」
「そ、そうなんだ…」
「まあ、それでも流石に遊園地でまでこれを持ち歩くのは大変よね。何処かで少し休みながら考えましょ…って、あら?」
ぬいぐるみを抱き抱えたままキョロキョロと休める場所を探していたソティスの視線が止まる。わたしがその視線の先を追ってみると、そこにはソティスと同じようにきょろきょろと視線を行き交いさせる子どもが立っていた。
「もしかして、だけれど……」
ソティスと同じようと言ってもその背丈は彼女よりも大分小柄で、どこか不安な様子を隠せずに辺りを見回す様子をひと言で表すなら…まるで迷子のようだった。
いや、確信が無いだけで十中八九がそうだと言えそうな『悪目立ち』をしていたのだ。
(肩まで届く白い髪、日焼けして無さそうな白い肌に、見慣れない洋服…どこから来た人だろう?)
しかし、その思考は唐突に打ち切られることとなる。
わたしとソティスが視線を向けていた女の子の手を不意に現れた男が掴んだのだ。最初は少女が父親を探していたのかと思ったけど、すぐに違うと解った。少女が男の腕に噛み付いたからだ。
「痛えッ!? 何しやがる…!!」
「…助けてッ!!」
掴まれた男の腕に噛み付いた女の子は男の手を振り切ると周囲に視線を走らせ、偶然視線の合ったこちらへと走り出す。怒声を背に走る少女を中心に大通りに密集していた人混みが、怒る男をを避けるように開けていく。
少女はおあつらえ向きとばかりにわたし達の翼の後ろに隠れてしまったため、怒声を奏でる男の怒りは当然の如くわたし達に向けられた。
「ソティス、その子どもお願いッ!」
「任せなさい!」