「あれがフォノヴォアですか…!?」
迷子の女の子が見上げる先にあるのは船よりも大きなフォノヴォアと、その周りに集まる人集り。体の表面に傷一つ無い物珍しい巨大魚はそこに存在するだけで人を集めるのに充分な迫力ある。
けれども…。
「うーん、人だけはいっぱい居るけど肝心のお母さんらしい人は見つからないわね…ロアはどう?」
「こっちも同じ。…よし、こういうときはわたし達より詳しそうな人に聞こう」
「詳しそうな人って…」
「エルちゃん、行くよっ!!」
「…? はいっ!!」
わたしは素早く船とフォノヴォアの近くを見渡すと一直線にそこへと向かう、そしていのいちばんに声をあげた。
「船長っ!」
「お、ロアか。良いところに戻ってきたな、もう少ししたらフォノヴォアの解体ショーを始めるつもりだぞって…なんだその子ども。
…流石にオレでも拾い猫ならまだしも、子供は勘弁だぞ?」
「ちがう、この子の母親を探してる。船長は見てない?…遠くから来たらしくて、この子と同じ白髪で、真っ白な服装らしいから見てたら解ると思うんだけど…」
船長は身の丈もある大きな包丁を担ぎ、フォノヴォアの周囲で作業する船員を横目にわたしは船長へと問い掛けると、彼は思い出すような少しの時間を要してからこう答えた。
「いや、覚えてる限りじゃ見てねえな。とは言ってもオレもフォノヴォアの解体準備に掛かりっきりだからなあ…」
「そう、ですか…」
「ああっいや!もしかしたら他のやつが見てたかもしんねえな!!ロア、その子連れて行くぞ!」
急いで肩に担いだ巨大な解体包丁を片付ける船長とクジラのぬいぐるみを船にしまってきたらしいソティスと一緒に、今度は大きなフォノヴォアの近くで休憩する船員さんたちの所に向かう。
「おうお前ら、まずはフォノヴォアの準備ご苦労さん。
そんで休憩中のとこ悪いんだが、この子の母親に見覚えは無いか。白い髪と帽子で見ればすぐに分かるらしいが…」
ソティスに詰められて船員同士が顔を見合わせるも、めぼしい目撃情報は出てこない。
肩透かしな流れに落ち込みそうになったところでハッとしてエルちゃんの方を見ると、彼女は予想外にも興味深そうにとある方向を眺めていた。
「…気になるの?」
「え?」
「翼。」
エルちゃんは驚いたようにこっちを見あげて目を丸くした直後、少し気恥そうにこちらを見上げている。
「翼、触っても良いですか?」
「いいけど…」
「えへへ、実はずっと気になっていたんです。
…わ、触って見ると意外と硬いですね? なるほどお…翼と言うからには鳥さんのような羽毛を想像してましたが、穴も空いていて不思議な形状をしていますのね…」
すっかり機嫌を取り戻した迷子の少女がぺたぺたと翼の辺りに触れてくる感触を感じながら、船長たちが帰ってくるのを待つ。
「んー…少しくすぐったい……もう少し手加減してくれると嬉しい、のだけど…」
と、そう言っても好奇心旺盛な手の感触は収まらず。わたしは少し我慢するものの耐えられずに振り返る。
「もう少し優しく触って…って?」
翼の先に居たのは、ネコさん。
いつの間にかわたしの翼を触っていたのは女の子から猫に変わっていたのだ。
「じゃああの子はどこに…!!?」
慌てて辺りを見渡すも既に遅く。
幾ら目立つ髪色と言っても人混みに埋もれてしまえば探すのは難しく、わたしは焦りを覚えながらもまずはソティスに背中の竜笛で知らせることにしようとした…のだけど。
「にゃぐし」
「?」
再び、猫の翼に触れる感触と独特な鳴き声に振り返る。
すると街角の細い路地の近くで猫の集会に混ざる白髪のエルの姿がそこにはあった。
「エルちゃん…」
わたしが歩いてその場に近付くと集合していた猫たちはバラバラの方向に逃げ出す。
たぶん、わたしの翼の擦れる音を嫌ったのだと思った。昔から風唄いの孤島に住んでいる野生の泳ぐ猫もわたしが近付こうとする度、彼らは耳をびくりと揺らしては逃げるのだ。
「ああ…またね猫さん」
「良かった…。…エルちゃん、声を掛けないで離れたら危ないよ?」
「え、ああごめんなさいお姉さん…」
「……。猫となにを話していたの?」
たぶん、こんな感じでなにか興味を引かれた拍子に母親とも離れてしまったのかもしれない。
だからこの子がわたしと話そうとしていればその間は見失うこともないと思い、わたしはソティスを待つ間にそんな疑問を投げかけてみる。
「え?…ああ!そこの猫さんはさっきお姉さんの翼を触りたそうにしてたので交代したのですよ♪」
いや、そうじゃなくて集会していた猫たちとの事を聞こうと…と考えかけて足元を見る。わたしの翼を触っていた猫は他の子とは違って人馴れしてるのか、どうやらわたしの傍から離れることも無くそこに居たのだ。
「空みたいな毛並み…珍しい猫だね? あなたはこの街に住んでるの?」
「ぐにゃ」
返事なのか少し気怠げな声を溢す白と水色の猫にわたしは屈んで触ろうとするも、その手は空を切る。
軽やかに飛んで手のひら躱した空色の猫は少し離れた場所から一瞬だけこちらを見つめた後、空き箱や偶然近くを走る馬の頭を跳ねて器用に屋根へと飛び乗るとそのまま走り去ってしまった。
「…猫は不公平。」
―――ぶおぶおぉぉおん。
「…? 竜笛の音だ」
港に響く低音の音色。その音階が示すのは…船長が呼びかける全員集合の合図だった。