エルちゃんのお母さんを探しているときに響いた船長の呼ぶ音。
わたしは分からないままエルちゃんを連れて皆のところに集まると、船長は船員達の前で大きな声をあげた。
「聞けえ!! どうやらウチの新しい英雄サマは困り事にこと欠かないらしい。巨大怪魚フォノヴォア狩りじゃ飽き足らず、今度は異国から来た迷子の母親探しときやがった。
……困ったよなあ、オレらはオレらでこの前の狩りで壊れた船のぶん稼がにゃならん。ここまで言やあ察しの良いヤツは解っただろう。
つまりここにはわざわざフォノヴォアを見に遠くから来たような客だっている。そう聞きゃあ気になるってモンが人の性だろ、ヒマな奴は全員街でフォノヴォアの肉を売り込みつつこの子どもの母親探しをするぞっ!!
些細な情報でも手に入れたらオレんとこに報告だ、場合によっちゃ地図で母親の行き先を割り出せるかもしんねえからな。
最後にもう一度言うぞ、いいか。売り込み!母親探し!!情報共有!!! 母親の特徴は白い髪と帽子だ、覚えたヤツから次の仕事に掛かれッ!!」
船長の言葉に同調するように地鳴りのような声が上がり、瞬く間に飛び去っていく。それでわたしも同じように行こうとすると、船長に呼び止められた。
「ロアとソティスはその子と一緒にここで待機だ」
「…どうして?」
「お嬢、その子の脚見てやれ。もしかしたら捻ってるかもしれん」
「え!?…分かったわ、じゃあ座れる向こうに行きましょう」
「は、はい…」
ソティスがエルちゃんの手を引いてさっきまで船員さん達が休憩していた場所に行ってしまうと、わたしは手持ち無沙汰になる。
それでソティスたちの様子を眺めていると、船長に話しかけられた。
「少し休ませてやれ、足を捻ってないにしても疲れてるみたいだからな。おおかた母親を探してあちこち歩き回ったからだろう」
「……。フォノヴォアの解体が忙しいって言ってたけど…いいの?」
「忙しいのはフォノヴォアの肉を売らなきゃならんからだ、買うヤツが居なきゃ話は始まんねぇ……だがなロア!そのフォノヴォアを今日、オレらはどうやって狩った?」
「?…風唄いの竜笛の振動でこうやって…」
「ああいやそういう理屈の話じゃねえ…コホン。」
船長は咳払いで話を仕切り直すと、少し遠くでフォノヴォアの近くに居るエルちゃんとソティスを眺めながらこう語った。
「オレら風唄いは単独でフォノヴォアを狩れる訳じゃ無い、何人もの竜笛の音を合わせる事でフォノヴォアには初めてダメージを与えられるんだ。
特に今回みたいなサイズだと10人でも足りなかったぐらいだからな。いくらフォノヴォアが大物とはいえ、獲物を狩れなきゃ意味が無いワケだ」
「……つまり?」
「おいおい、そう言うすげえ大物を狩るのがロマンだって話がしたかったんだが…まあいい。
つまりはだ。風唄いの漁師は命に関わる漁をしてるからこそ、お互いに困ってる仲間を見捨てたりしないって事だ。仲間を見捨てるのは容易だが、人数や経験が不足すれば今度は次の漁が成り立たなくなる。
迷子の子どもを見捨てたヤツが次に捨てるのは役たたずか新人、その次は自分に都合の悪いヤツか?…そうじゃねえな、仲間を捨てるソイツを他の奴らが捨てるんだ。
…まあ、アイツら含めてそれをよく知っているんだろう。
そうじゃなきゃ幾ら船長のオレが声を掛けたとこであんな素直に命令を聞いてくれたりなんかしねえ……ってのが一応の理屈なんだがな」
「?」
「オレら漁師ってのはもっと感情的なヤツらなんだよ。今日死ぬかもしれねえ命を預け合うのに反りの合わねえヤツもいるわの船上で理屈がどうとかって言ってられるのは、ルールブックを枕にして寝るバカか、世界全部が数式に見えてる信じられねえ程の理屈屋だ!!」
「………。」
「…要するに迷子を見捨てるのは目覚めが悪りい!少なくともオレは明日死ぬかもしれねえのに『あのとき迷子のガキを見捨てた』なんて走馬灯を見るのは御免だ!!
だから母親探しにも付き合う…分かったか?」
「うん、わかった」
たぶん、船長は最初にわたしが理屈で答えようとした言葉に合わせて、迷子の子どもを船員と同じように見捨てないのだと理屈から説明してくれてたんだと思った。
そんな紆余曲折した船長の答えに納得してわたしは頷くと、彼は大きく笑ってから最後にこう語った。
「まあ、高い酒でたらふく借金こさえたあげく船を質屋に売り払ってトンズラここうとしたヤツと比べりゃあ、お前の困り事なんぞ可愛いもんだってコトだ。
…どうせロアが無理言ってソティスも巻き込んだんだろ? オレらも行くぞ」
「うんっ」
船長に続いてソティスのところに行く、そこではエルちゃんがフォノヴォアを興味深そうに眺めている最中だった。わたしはフォノヴォアを観察するエルちゃんの様子を見守りながらソティスに話し掛ける。
「ソティス、脚はどうだった?」
「特にケガとかは無いわね、船長の杞憂じゃないかしら」
ソティスそうやって話しているあいだも、エルちゃんは木箱に座って自分の体の数十倍でも済まなさそうなフォノヴォアを見上げている。
「なるほど…」
「……もしかしてエルちゃんもお腹空いてるのかな」
「そんな訳無いでしょ、全員が全員アンタみたいに味でモノを考えてる訳じゃないのよ…というかエルちゃん『も』って言ったわね?」
「なんだロア、せっかく色んな屋台があったのに食べたい物がなかったのか?」
「食べてたわ、それもきっと船長が想像する何倍もね」
「フォノヴォアを食べるって考えてたら、なんだかお腹が空いてきてた…!!」
「はははっそうか!」
豪快に笑う船長の声が港の埠頭に響く中、エルちゃんがちょこちょこと歩いてフォノヴォアの近くから戻ってくる。
「…もういいの?」
「はいっ、フォノヴォアをあんなに近くで見ることなんて中々ないので…お陰様でやってみたかった事がひとつ叶いました♪あとは…」
エルちゃんが顎に人さし指を当てて空を見上げるように考え込んだ後、にっこりと笑う。
「ソティスお姉ちゃんと同じように幸運の白いクジラさん、もし見つけられたら良いですねっ?」
「…そうね、見つかったら嬉しいけれど……」
ソティスのどこか言葉を呑み込んだような間が気になったけど、わたしがそれを彼女に問い掛けることは無かった。それがなぜかと言えば…。
「白いクジラだ!!」
雑多な会話や物音に溢れる港の中でも聴こえた誰かの驚愕の声。図ったような言葉に誰もが意識を海へと向けた、その瞬間だった。
「あっ!ママっ!!」
そんな子どもの声に咄嗟に後ろを振り返ったのはわたしだけじゃない、ソティスも、船長も。
その子の母親を探すために本気で協力してくれたからこそ反射的に幸運のクジラが居るだろう海とは全くの反対側に振り向いたのだ。
……しかし。
わたしやソティスの振り返った先に彼女の母親らしき人物は居ない。
それどころか、少し前まで確かにそこに居たはずの子どもさえ雲隠れのように消えてしまっていた。
「え……?」
まるで化かされたような光景に思わず周囲を見回し、それからソティスや船長と顔を合わせる。今まで夢でも見ていたのかもしれない、そうでなければこの場に居た全員の視界に一切映ることなく少女は居なくなった事になるのだから。
母親に会えた…のかな、何だったんだろう。
船員からは結局少女の母親を発見した報告も無いまま、最後に聞こえた嬉しそうな少女の声に希望的な感情を抱く他無いわたしの胸中には不思議な感覚だけが残されていた―――