港町の埠頭で不思議な迷子の女の子の母親探しを終えたあと、わたしは船長たちのフォノヴォア解体が始まるのを待っている時にその大声は響いた。
「ソティスッ!!!」
わたしはその名前を叫ぶような声が耳に届くと同時に、頭のなかに『あ』という言葉が浮かぶ。
「ふざけないで!いっつもアタシの言う事なんか聴きもしないくせにもうウンザリなのよっ!!」
「いい加減にしなさい!貴女はいつまで子供で居るつもりなのよ!?」
振り返った先に居たのは名前を呼ばれたソティスと、豪勢なドレスに身を包んだソティスのお姉さんといった風貌をした…彼女の母親。
わたしが声がどこから聞こえてくるのか気付いたときには、母親の掴む手を強引に振り切って港からどこかへと飛んで行くソティスだけが見えていた。
「………」
「ロアどこか行くつもりなのか。集客のために今からウチの島の有名な風唄いの音楽隊の演奏が始まるんだが…」
「わたしはいい、先にやってて」
「おいおい嘘だろ、演奏が終わったらいよいよ解体が始まるんだぞ!?」
「ソティスを探してくる」
「ああ? ソティスどこか行ったのか?」
彼女の母親は一年に一度見るかぐらいだけれどもその姿をわたしが忘れることが無いのは、やっぱりソティスと顔立ちに似ていることと、風唄いの孤島では見慣れない服のお洒落な所が気になるからなのかな。
「うーん…ソティスは向こうに飛んで行ったからたぶん、遊園地の方かな……」
わたしは揺れる船の縁から立ち上がると、ソティスを追って夜の港町へと繰り出す。目指すは遊園地の方角、わたしが空から見下ろすと街のはずれで様々な色のライトが光っている。
その円を描くようにぐるぐる回る光がライトアップされた観覧車だと解ると、暗闇の中の光を目印に降り立つ。
「ソティス…どこだろう……?」
風唄いは背中から翼が生えてるから見失っても見つけやすいはずだけど、さすがにあたりが暗いと視界を頼りに空から探すのも一苦労。
チープな機械音楽に交じって様々な音楽が周囲に響き渡る中、わたしはソティスを見つけた。
「…せっかく遊園地きたのに観覧車、乗らないの?」
「え…、ロア…?」
「それは、もしかしてソティスが泣いてたから?」
「っ、泣いて無い、わよ…」
観覧車近くのベンチでライトが微かに照らすソティスの目元は赤く腫れ、彼女がわたしが来る直前まで泣いていたことを示していた。
「…ソティスのお母さんとケンカしたの?」
「何よ…っ。最初から見てたなら、そう言えば良いじゃない…」
「ううん、貴方のお母さんが叫んだ声で偶然ソティスも見つけただけ。だからわたしはどうしてソティスが泣いてるか解らないの。泣いてるソティスが落ち着いたら、教えてくれる?」
「だからっ、アタシは、泣いてない…」
ソティスはどうしても泣いてないという事にしたいらしく、声がくしゃくしゃなのにそれを抑えようとして、少しのあいだ無言の時間が過ぎてから彼女は話し始めた。
「………アタシのママ、風唄いの孤島の外でも有名な音楽家なの。知ってる?」
「うん、ソティスじゃない風唄いの孤島の人でもたまに凄いってお話してるくらいだから」
「…そう。アタシね、じつは前から風唄いの孤島を出て、有名な音楽学校に進学しろってママに言われてるの」
「え…?」
でもとわたしが疑問に思った言葉のその先は、ほかでもないソティスの口から出てきた。
「でもアタシは音楽家よりロアみたいに船で色んな場所を見たり巨大な魚を倒したりがやりたいのっ!」
「……。お母さんみたいな音楽家にはならないの?」
「ならないわ。どうしてアタシが言うこと聞かなきゃならないのよ?」
「だって…」
「だって、何よ?」
わたしはすこしだけ頭のなかで必要な言葉を考えて、それからもう一度口を開いた。
「だって、ソティスは音楽が好きだと思ってたから」
「は?…どうしてそうなるのよ。」
「どうしてって、フォノヴォアを倒すときも音で合図してくれたでしょ?…空から海の水の中まで鮮明な音色を出せるのって、あの船だとソティス以外に居ないと思う」
「……」
「ソティスは船長の船に乗って、どんな事がしたいの?」
「さっき言ったでしょ、だから…」
「そうじゃなくて…んーと……。…例えばさ、それは明日がもし世界最後の日でも、同じ?」
「……は?」
わたしは目を丸くするソティスに向かって、しっかりと言葉を選んで続けた。
「船長はね、明日が最後になるかもしれないからこそ迷子の女の子を見捨てるのは嫌だって、そう言ってた。
実際に今日のわたしも、ソティスが手伝ってくれてなかったら今ごろフォノヴォアのお腹の中に居たかも」
「…ア、アンタねえ…冗談にしたって笑えないわよ、ソレ。」
「ふふ、ごめんね? でも…ソティスはお母さんの反対を押し切ってでも、明日が最後になるかもしれなくても、船に乗るべきだと思う?」
「……そう言うロアはどうなのよ」
「………。」
わたしはソティスにそう言われて、少し迷った。ソティスに話すことが無い訳じゃない、むしろ話すべき事は決まりきっていた。
でも、それをどう言えば正しく伝えられるのかがうまく解らなかったんだ。
「…お父さんに会ってみたい、かな?」
「お父さん?…アンタのお父さん、生きてるの?」
「わかんない」
「何よそれ、どういう意味?」
「お母さんが昔、お父さんはすごく遠い場所に行ったって言ってたから。だから会って確かめてみたい」
「それって……」
「ソティスのお母さんと同じだね?」
「いやそうじゃなくて……」
ソティスにそう言われてようやく元の話から逸れそうになっていた事を思い出し、わたしは話題を戻そうとした…そのときだった。
「ソティス…!!」
「っ!?」
わたしとソティスの耳に入った怒声のような呼び掛けに振り返る、そこに立っていたのは彼女のお母さんだった。
ソティスのお母さんはこっちに目もくれずソティスの方に歩きながらその手を伸ばそうとしたところで、間に割って入る。
「…なんですか?」
「まだ、ソティスとの話が終わってないから。
…ソティスを連れてくつもりなら、こっちの話が終わってからでも遅くない」
「そんなの関係無い…」
「関係あるっ!」
わたしは強引に手を伸ばそうとするソティスのお母さんの言葉を制止する。
「どうしてあなたはソティスを探しに来たの?」
「そんなの決まってるでしょう、それは…」
「ほかの風唄いはもうパレードを始めてるのに?」
「えっ…?」
わたしの指摘に動揺の声をあげたのはソティスの母親ではなく、ソティス自身だった。そして同時にやっぱりソティスは気付いて無かったんだと思う。
遊園地の音に紛れて遠くから微かに響く、風唄いだからこその音色が。
「いつもソティスを独りにしてるのに、どうして今はパレードよりも彼女を優先したの?」
「……」
「わたしには解らない。あなたがどうしてソティスを探しに来たのか、ソティスに音楽学校に行けって言うのか……でもそれはソティスだって同じだと思う。
だってもし、あなたがパレードを抜けてでもソティスを探しに来るって分かってたら……ソティスはきっと泣いたりしなかっただろうから」
「……?」
彼女の母親が不思議そうにこちらを見る姿に、わたしは本当に解らないのならと口を開く。
「ソティスはね、いつも誰かと一緒に居るんだよ。
わたしが迷子の子供の母親探しをするって言ったときも、面倒なら他に行く場所なんていくらでもあったはずなのにわざわざ一緒に探すって言ってくれた……そうだよね、ソティス?」
「………。」
「本当のソティスは誰かと一緒に居たいって思ってる…違う?」
ベンチに座ったまま顔だけを向けてこっちを見たソティスは何かを言おうと口元を動かすものの、誰も喋らない時間だけが過ぎて行く。
そして長い時間をかけてソティスの口から出てきたのは、こんな言葉だった。
「…それは、アンタが勝手に思ってるだけでしょ」
「……そうかな?」
わたしはソティスが船長の船に乗りたがったのも、大きなぬいぐるみが好きなのも本当は同じ理由なんじゃって思ったけど…。
「でも…もしソティスが本当にそう思うなら。ソティスはもっと素直になるべきだと思う…ううん、ソティスだけじゃなくて、ソティスのお母さんも。
わたしね、もしお父さんが生きてるなら会ってみたいって思うけど、実はどうしてそう思うのか分かんない。だからこそ、分からないなら分かることができるように、一緒に居るべきだと思う。
ソティスにはそれが出来るはずだし、そうすれば今度はちゃんとお話ができるでしょ?」
わたしはそう問い掛けるけど、答えてくれる声は返ってこない。ソティスは顔を俯かせて喋らず、彼女の母親も何か声を掛けるでもなく時間だけが過ぎていく。
遊園地の音楽だけが楽しさを演出する中、それでも辛抱強くソティスの言葉を待ち続ける。
すると先に口を開いたのはソティスじゃなくて、彼女のお母さんの方だった。
「……ソティスに危ない事はして欲しくなかった。でもそれはあなたの為じゃなくて、あなたが産まれる前にあなたの父親と兄を喪った私の我儘だった。
船旅のせいかあなたのお兄ちゃんは体調も崩しがちだったこと、よく覚えてるわ…」
「……」
「島の外に仕事で行くことも仕方ないと思ってた。あなたは昔から料理や音楽も上達するのが早くて、だから一人でも大丈夫だってずっと思ってたから…」
「…っ!だいじょうぶな訳、無いでしょ…っ!?」
わたしはソティスがまた声を荒げたことを心配して振り返るけど、そこに居たのは溢れそうなくらい涙を目尻に貯めたソティスの初めて見る姿だった。
「音楽はママが教えてくれるから頑張ったし、料理は家に居てくれる時間が少ないから覚えたのっ!!
でもわたしはっ!ママが仕事する為に頑張ったんじゃない!!わたしを独りにするような音楽を選んで学校に行きたくなんかないッ!!!」
「ソティス…」
ソティスは服の裾を握りしめて怒る姿はひどく幼く見えた…と、言うよりも。
いつもしっかり者なソティスの中にはずっと、子どものままの小さなソティスが居たんだと思う。寂しがり屋で、頑張り屋で、音楽の好きなお母さんのことが大好きなソティスが。
「……私、お兄ちゃんがいた事も知らなかった。
それにいつもママが言うような大きな会場でのコンサートだって、二回しか観たことない……」
「ごめんなさいソティス…っよく頑張ったね、寂しい思いさせたよね、無理ばっかりさせたね…」
ソティスはいつの間にかお母さんに抱き締められていて。途中からソティスよりもお母さんの方が上擦った声で泣いていることに気付くと、困惑したソティスが泣き止まないお母さんのことを慰めていた。
二人を少し離れた場所から眺めてると、後ろから声が。
「良いのか、ロア?」
「え?…船長、なんでここに居るの?」
「なんでってお前、解体の直前にふらっと勝手に居なくなったから探しに来たんだろ」
「そっか」
「それよりお前の急用の方はもう良いのか?」
船長にそう聞かれてわたしはソティスの方を見やって、それから船長の顔を見あげた。
「うん、もうきっと大丈夫。だけど…」
「ん?」
「走ったり飛んだりしたら、お腹が空くと思わない?」
船長はどこか意表を突かれたような顔で一瞬こっちを見た後、豪快に笑い始める。
「ああ、それは当然の道理ってヤツだな!よしッ、ソティス達が帰ってくる前に準備を終わらせちまうぞ!!」
「うんっ」
「っ!?おいロア、なにも走ることは…」
わたしは急いでフォノヴォアの準備を手伝わなきゃと走り出す、ソティス達が帰ってくる前には美味しい料理の準備が終わってなきゃだから。