―――…今ごろソティスはお家についた頃かな、なんて。
フォノヴォアの解体が終わり、祭りに来た人々にフォノヴォア料理が振る舞われる祭りの中、わたしは遊園地からお母さんと一緒に帰ってきたソティスと話をしたことをわたしは屋根上で夜空を見上げながら思い返していた―――
「あ、ソティス」
「ロア…」
「お母さんとは、お話…できた?」
「……、ええ。」
「どう…だった?」
いつもどう話をしていたのか、それが不思議になるぐらいぎこちない会話の始まりだった。それはソティスも同じで、彼女は少しして。意を決したように話し始めたんだ。
「アタシ、風唄いの孤島に帰ることにした」
「学校に行くの?」
「…まだ、決めた訳じゃない。でも船長に聞いたら壊れた船を新しくするから、これから副船長達とどうしようか考えてるらしくて。
だから船を新しくするまでの間だけ、ママと一緒に過ごして見ることにしたの…それで……」
ソティスが言葉を詰まらせるのは珍しい事だった、だってソティスはいつもわたしの手を引いて走り出すようなソティスだったから。
それから彼女が口にしたひと言は、祭りの活気に消え入りそうなほど小さな声量だった。
「…ロア」
「ん?」
「…二度は言わないから。」
「うん?」
「アタシが風唄いの孤島に帰っても。それでもし、アタシが音楽学校に通うって言っても…ロアはアタシと友だちで、居てくれる…?」
「うん、じゃあ今度会うときは今日ぐらい楽しい事しよう。
美味しいもの食べたり、今日は楽しめなかった遊園地にも行ってみたい」
「…!良いけどロア、その言葉だけは絶対に忘れないでよ?…あなたって忘れっぽくて困るし、アタシだけが約束覚えてたりしたら少し恥ずかしいから」
「うん、任せて。…約束。」
ソティスと小指を結んで、しっかり約束する。
そこでわたしは重要な事を思い出したんだ。
「あ…!」
「どうしたの?」
「忘れてた…!フォノヴォアの鱗焼きステーキのこと……!!」
「何それ?」
「ソティスが遊園地から帰ってきたら作るつもりだった、凄く美味しいヤツ…!船長が言ってたんだ、フォノヴォアの硬い鱗と燃える氷を使って焼く魚肉ステーキがいちばん美味しいって…!!」
「まだ食べるつもりなの……?」
「ソティス、こっちーーーー!」
「はいはい、いま行くわよ…―――
―――思い返してみると、今日は大変な1日だったのかもしれない。
朝からフォノヴォア狩りをして、迷子の女の子のお母さんを探して、それからソティスがお母さんと喧嘩してたり、他にもいろいろ。
とても1日とは思えないぐらいに色んな出来事のあった気がする。
「でも明日からは船長と一緒に新しい船を探しに行くんだよね…?」
船長が言うには早くても半年ぐらい掛かるって言ってたよね。でもわたし、よくよく考えてみると船を作る所を見たことって無いかも……。
(島でも小さな船なら作ってる所を見たことがあるけど、船長が乗ってるような大きな船は作り方もきっと違うよね……?
そういえば船長、最新の船は自動三枚おろし機が付いてるって言ってたなあ…副船長はそんなの要らないって言ってたけど……)
―――そんな風に今日や少し未来をふと想像していた時。
「……っ?」
普段なら何気なく繰り返せる呼吸が詰まるほどの困惑。
―――深く澄んだ夜空に、真紫の一閃が走る。
わたしは最初、また流れ星が降ったのかと思った。
けれどその尾を引く閃光は輝きを放ちながらも真紫で、眺め続ける間にもビタリと空の中心で固まっている……けれど次の瞬間にはその全てが意味を為さなかった。
紫の閃光がまるで人の瞼のように開く、ただそれだけだった。
ただそれだけで、わたしの故郷は土塊となった。
故郷だけじゃない。風唄いの孤島も、海鳥も、森も、岩も、海も、船長も、船長の自慢の船も、風唄いの皆も……ソティスさえも。
―――…意味が解らなかった。
意味が解るわけが無い。海が
わたしのいる場所まで信じられない強さの風が穴に向かって吸い込まれている。
潮の満ち干きのように湊町から海の水が消え失せ、黒い泥沼のような砂浜が星空によって微かに照らされる。魚は岩の上で行き場のないまま跳ね続け、鳥達の群れは強風にあおられて散り散りとなり、あらゆる生命が世界の終わりを叫んでいる。
―――…でも、それだけでは終わらなかった。
船やフォノヴォア、わたしの知るあらゆる巨大な物さえ比較にならない大穴、その中から
島よりも巨大な翼、月よりも大きく輝く瞳、一枚一枚が城壁に見紛う鱗、空を覆って有り余るほどの巨体。
その生き物は空から落ちてくると一本一本が三日月のような牙を使い海中に居たフォノヴォアを捕まえ、鱗ごとそのまま丸かじりにして食べていたのだ。
「……!!」
―――…風は絶え間無く空中の大穴へと吹いている、経験したことのない強風だったけどわたしがその風の流れに乗るのは難しくなかった。
風に乗った身体は信じられないほどの速度が出ていたと思う。なのにあの巨大な生物は近付いているのが疑わしくなるほど大きく、近付いても近付いても遠くに思えるほど巨大で。
(ソティス、船長…みんな……!!)
何かが破裂するような暴風の音の中から、風唄いの翼の音色を探そうとする。
けれど聞こえるのは荒れ狂う風と波の音だけ、生きた物の声は何一つ聞こえない。
わたしはどうにか他に人が居ないかと翼で音を奏でようにも翼は縦横無尽に吹き荒ぶ風に押し負け、音と言えるようなものは一切出てこなかった。
(どうして……なんで……ッ!!!)
理不尽だ、と思った。
とても制御のし切れない感情が竜巻のように身体の中で渦巻く。けれどもその中でもひとつだけ、明確な事があった。
「…………、…………………ッ!!!」
自分の叫んだ声が暴風にかき消されるのも気にせず、世界の破滅する中心地で悠々と食事を続けるソレへと一直線に向かう。
「………ッ!!……、…………ッ―――!!!!」
その大きな瞳がぎらりとこちらに気付く頃には既に遅く、振り抜いた血の滲んだ拳が振り向いた黒い鼻先を強打する。
―――…でも、それだけだった。
その気になればわたしや船長は船の甲板を突き破るぐらいは出来ると思う。
なのにそんな全力の拳の命中した筈のその怪物は、まるで意に介さずそのヘビのような真っ直ぐで黒い瞳孔をこちらに向けていた。
「え……?」
一瞬の静寂と、浮遊感。
怪物に向けた力が完全に相殺された身体は暴風によってそのままふわりと浮き上がり、怪物から突き放されそうになる。
「………!!」
わたしがそれに抗おうと翼を拡げて風を受けようとした瞬間には、視界を覆って有り余る怪物のわたしよりも巨大な掌底が迫っていた。
ただそれだけで、死を覚悟するには充分な迫力を伴っていた。
僅かな波音、小石を川辺に投げ込んだような……―――