―――目を開けると、一羽の小鳥が沈んでいた。
外の強風に耐えきれずに海に叩き落とされ、そのまま空に上がれないまま沈んでしまった。まだ風唄いの孤島から飛び立ったばかりだろう海鳥。
目を覚ましたわたしは白いクジラの上に寝そべっていた。
わたしはかろうじてまだ自由の効く手を伸ばし、海を揺蕩う小鳥をそっと抱き寄せる。そして荒れ狂う波から護るように両翼で小鳥を包み込み、心のなかでこう呟く。
(もう大丈夫だよ…)
荒れる波に断崖絶壁が砕け、海の水は空へと流れ落ち、星が悲鳴をあげている。
星だけじゃない。空を自由に舞っていた鳥たちが、海で熾烈な戦いを繰り広げていた魚たちが、陸で身を寄せ合うあらゆる生命が。
空からたったひとつの怪物が現れたせいで、色んな誰かの明日が奪われようとしている。
―――…『
世界を暗雲が覆う中、意識の奥深くでわたしは強い光のような輝きを見ていた気がする。
そしてそれがようやく『わたし』であると。太陽よりも強く光る灯火の輝きだと、目を覚ましたときに気付いたんだ…―――
『一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い竜の怪物である。これは弦月を纏ったような翼と日輪よりも強大な生命力を持ち、その天で輝く紫のしるしを冠のようにかぶっていた。』
海が割れ、迫る荒波を退け、風が渦を巻いていた。
わたしと小鳥を包む一対の翼の笛のような六つの空気穴の後端それぞれから、六頭の黒い炎の竜が顔を覗かせる。
『私はまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。
これには十の角と七つの頭があった。竜角はそれぞれが光の王冠を戴き、黒い焔のように揺らめいている。
私が見たこの獣の頭のひとつは羅刹と似ており、翼は風笛のようで、口は獅子のようでもあった。』
わたしが包み込んでいた手のひらをゆっくりとひらく。すると小さく身震いした小鳥のちょこんと立ち上がるところだった。
「もう大丈夫だから。はやく仲間のところへお帰り」
わたしは翼も乾いて今にも飛び立ちそうな小鳥を天へと掲げ、その後ろ姿を見送る。
振り返ったわたしの視線の先には未だ悠々とフォノヴォアを食べ続けている、赤い竜の怪物。
『
…ロア、貴様の竜頭に燦然と輝く十の光輪はこの私からのささやかなプレゼントだ。』
「…誰? 意識を失ってるときに話し掛けて来たのが貴女なのは解るけど。」
『その問いにどれだけの意味がある?…このまま静観すれば世界が滅ぶのはもはや時間の問題。だが貴様は、例えそれが世界の道理だろうと許し難いのだろう?』
そうだ。いまのわたしにはやらなきゃならない事がある、それはあの赤い怪物を止めること。
わたしは目覚めた身体の感触を確かめる為にグッと拳を握り締め、一気に跳躍して両翼を拡げる。
いつものように翼に風を送り込むと、翼の後ろから生えた黒い竜頭が一斉に咆哮をあげ、その口から炎を繰り出した。
「……っ!」
一瞬、あまりの勢いに体勢を崩しかける程の加速。
この暴風を全く無視して一直線に飛行する新たな翼は、明らかに今までとは何かが違っていると判る。
『フフ…世界の救世主とは思えん姿どころか、まるで死した風唄いの無念が集ったような。もはや怨霊の如き姿だな?』
「うるさい、黙ってッ!!!」
ただただ体の中から溢れる怒りの情動を込めた握り拳が巨大な赤い怪物の胴を殴りつけ、僅かにその巨体を揺らす。
少し前とは明らかに違う手応えだった。前の一撃はまるで地面そのものを押そうとしているような無謀な一撃だったけど、今なら山を押し退けるぐらいに思える。
(無謀という事に限りなく変わりは無い、けど…ッ!!)
殴り抜いた反動で身体が弾かれ、黒い影が頭上に迫る。
「…ッ!!」
赤い竜のフォノヴォアより大きな腕がこちらを捉えるよりも疾く、黒炎の逆噴射で加速したわたしの頭突きがあの怪物の下顎を撃ち抜いた…―――