『葛城』をやっています。VTuberってなんですか? 作:とくめい
藤沢が文字通り『消えた』のは、結衣たちが三重の山にいた、まさにその日のことだった。
朝一番に出社したマネージャーの木下が、誰もいないオフィスの電気を点けた。
それきりだったという。
社長のデスクには、飲みかけのコーヒーと、開いたままのノートパソコンが残っていた。
財布も、車の鍵も、そこにあった。
ただ、藤沢本人だけがいなかった。
警察には届けを出した。
だが、事件性を疑う明白な証拠がない限り、成人の失踪はただの家出人として書類の山に埋もれていく。誰にも信じられないような本当の恐怖は、ただの「行方不明」として処理された。
ニュースにはならなかった。小さな事務所の社長が一人いなくなったところで、世の中の歯車は何も揺らがない。
結衣は自室のベッドで、携帯の画面を見つめながら、ひどく苦しい息を吐いた。
原因を作ったのは藤沢自身だ。
だが、自分が彼と関係を持ったことで、結果的に傷つく人がいる現実は変わらない。
藤沢が遺した会社と、残された奥さんや小さな子供。
何も知らない彼女たちがこれから背負う理不尽な悲しみを思うと、胸の奥が芯から冷たくなる。
だが、真実を告げて謝罪する権利すら、今の自分にはないのだ。
良い人間だから生き残り、悪い人間だから死ぬわけではない。
怪異は常に理不尽で、善悪など関係なく、巻き込まれた人間の人生を無差別に壊していく。あの山を下りた時、戒が言っていた「ままならない」という言葉の重みが、結衣にはようやくわかった気がした。
◆
オーナー社長の失踪から、一か月が過ぎた。
「……というわけで、会社は今もてんやわんやです」
戒が行きつけにしている、場末の寂れた純喫茶。
磨き込まれた板張りの床は歩くたびに小さく軋み、壁には色褪せた風景画と、いつ止まったのかも分からない振り子時計がかかっている。その一番奥にある古びた赤いベルベットのソファに深く腰掛けながら、結衣はふう、と息をついた。
「会社、大丈夫なのか」
戒が尋ねると、結衣はカフェラテの入ったカップを両手で包んだまま、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「それが、思ってたよりは平気そうなんです。木下さん、実は役員にも名前が入ってたらしくて」
「役員?」
「はい。だから社長がいなくても、会社として動かなきゃいけないことは、全部あの人が決められるんです。……最初の一週間は、本当にみんな真っ青でしたけど」
結衣は少しだけ笑って、指を折って数え始めた。
「配信は普通にできます。広告料も入ってきます。お給料も、ちゃんと出てます。……めるちゃんとシオンちゃんの契約も、そのままです。休んでるだけで、辞めたわけじゃないので」
「そうか」
「だから、明日も来月も、たぶん今までと同じように回ります。社長がいなくても会社って意外と動くんだなって......」
言ってから、結衣は自分の言葉に少しだけ目を伏せた。
戒は何も言わず、それを聞いている。
「……でも、困ったこともあって」
結衣はカップをテーブルに置いた。
「社長の名前で契約したものだけは、どうにもならないんです。事務所の部屋とか、大きいスポンサーさんのところとか。そういうのは全部、社長本人じゃないと動かせなくて」
「本人がいないのにか」
「いないから、です。失踪なので、法律だとまだ生きてることになってるらしくて。だから代わりの人を立てるのに、裁判所を通してどうこう……っていう手続きを、木下さんが今やってます。弁護士さんと一緒に」
結衣は困ったように眉を下げた。
「よく分からないんですけど、何か月もかかるそうです。あと、いずれ社長が正式に亡くなった扱いになったら、会社の株も資産も、全部奥さんと娘さんのものになるって」
「……なるほどな」
「つまり」
結衣は手元に視線を落とした。カップの表面に浮いた水滴が、彼女の指先を濡らしている。
「私が『宵月ましろ』として稼いだお金は、会社の利益になって、結果的にあの家族の生活を支えることになります」
「……」
「いっそ、全部奥さんに話しちゃおうかとも思いました。私が社長と関係を持っていて、子供まで堕ろしたって。それで思い切り殴られて、恨まれて……会社もクビになって——」
言葉が、途中で途切れた。
コーヒーの香る空気の中に、結衣の声の震えだけが溶けて消える。
「そうやって罰を受ければ、私の罪も少しは許されるんじゃないかって。……逃げそうになりました」
結衣はきつく唇を噛んだ。
「でも、分かってるんです。真実を告げることが、必ずしも正しいとは限らないって」
戒はテーブルの上の煙草の箱を手に取ると、一本引き抜き、火は点けずに口にくわえた。
急かすでもなく、結衣の言葉を黙って待っている。
「何も知らない奥さんや娘さんに、社長の不倫や中絶の事実を突きつけて地獄に落とすなんて……ただ、私が謝って楽になりたいだけの、最低な自己満足ですよね」
膝の上で、結衣の指が白くなるほど組み合わされていた。
「私が一生背負って、一番に考えなきゃいけないのは、奥さんへの謝罪で自分が楽になることじゃない。あの地下で……私が抱いてやれなかった、あの子のことだから」
戒は、数え切れないほどの理不尽を見てきた、酷薄で、けれど誰よりもまっすぐな瞳で結衣を見た。
「分かっているなら、嘘は突き通せ」
結衣は俯き、ぎゅっと膝の上のスカートを握りしめた。
真実を隠したまま、自分が裏切る形になった家族のために、何も知らない顔をして働き続ける。
それは決して美談ではない。だが、逃げることはもうしない。
「……はい」
結衣は顔を上げた。その瞳には、暗い覚悟と、それ以上の確かな光があった。
「あの子が残してくれた『宵月ましろ』という場所と、残された同期や後輩たちのために。私がどっしり構えて、会社を守ります」
「俺は、そこまでしなくてもいいと思うがな。……まあ、お前がしたいようにしろ」
戒が呆れたように短く息を吐いた。
「それに、警察やマスコミが騒いでないおかげで、ファンのみんなも変な勘繰りをせずに待っててくれてますし。あの異常だった配信も、公式から『ゲリラホラー企画でした』ってアナウンスを出して一週間くらいで復帰したんですけど、みんな大絶賛で信じてくれました」
「うまくやれているのか?」
「はい。完璧に演じ切ってます。……でも、本当に不思議なくらい事件のニュースになりませんね。戒さんのお姉さんが、裏で色々手を回してくれたんですよね?」
「俺とお前が、警察に容疑者として詮索されないためだろうな」
戒は吐き捨てるように言った。
「姉は警察の上の連中とも繋がっている。政治家とも。社長の失踪は早々に事件性なしとして処理させ、あの水子堂のある山一帯は、民間人が立ち入らないよう土砂崩れの名目で封鎖させた。対外的な社長の不在理由は『体調不良による長期療養』で統一させて、お前の休養もそのホラー企画の疲れということにでもしておけば、ネットの連中もそれ以上は騒ぎようがないだろう」
「すごいですね、お姉さん」
「癪だがな。……まあ、結衣が余計な詮索を受けずに、配信を続けられる環境だけは整ったってことだ」
戒がテーブルの上のコーヒーへ手を伸ばしたのを見て、結衣はバッグを手に取った。
立ち上がり、深く頭を下げる。
「戒さん。……本当に、何から何までありがとうございました。戒さんがいなかったら、私、今頃どうなっていたか」
「仕事だ。気にするな」
「あの……これでお別れ、ですか?」
「……」
「その、もしまた、私の周りで変なことが起きたら……連絡、してもいいですか?」
結衣が少しだけ不安そうに上目遣いで尋ねると、戒は小さく息を吐き、内ポケットから黒い無地のカードを一枚取り出してテーブルに滑らせた。
そこには、電話番号だけがシンプルに印字されている。
「え?」
「持っておけ。……お前はあの地下で、一度あれに母胎として選ばれた。本人がどう思っていようと、一度でもあちら側の通り道になった人間は、ひどく波長が合いやすくなる」
「波長って……」
「要するに、今後も厄介なものを引き寄せる『磁石』になってしまった可能性がある」
恐ろしい事実を淡々と告げられ、結衣は息を呑んで黒いカードを握りしめた。
だが、その怯えを打ち消すように、戒は静かなトーンで言葉を続ける。
「……だから、何かあったら連絡しろ」
結衣は黒いカードを両手で大切に包み込むように握り、ふと、俯いたまま静かに口を開いた。
「……戒さんは」
「ん?」
「今の仕事……辞めたいって思ったことは、ないんですか?」
思いがけない問いに、戒は少しだけ目を細めた。
結衣は顔を上げ、まっすぐに戒の目を見つめ返している。
「車の中でも言っただろ。俺にはこの世界しか分からない」
「でも……」
戒はただ、火の点いていない煙草を指先で弄ぶ。
カウンターの奥でマスターが豆を挽く音だけが、低く響いていた。
数秒の沈黙の後、戒は、どこか遠くを見るような声で口を開いた。
「……俺には姉と妹がいる。だが厳密には違う。俺たちに血の繋がりはないんだ」
結衣は目を丸くした。
「俺たちを繋いでいるのは、血じゃない。『呪い』だ」
「呪い……」
「詳しい話は省く。だが、葛城の祖先は理不尽な怪異を祓うために、口にするのもためらうような外法を積み重ねて力を得た。魔を以て魔を制するなんて、そんな正義の味方みたいな生易しいものじゃない」
戒は自身の右腕——衣服の下に朱と黒の刺青が這う腕を、自嘲するように見下ろした。
「人の姿をして同じ言葉を喋ってはいるが、中身は化け物さ」
普通なら、怯えて言葉を失うだろう。
だが、結衣は逃げなかった。
それどころか、まっすぐに戒を見つめ返して言う。
「……でも、戒さんは助けてくれました。化け物なんかじゃないです」
「……」
「それに、私みたいなどうしようもない人間でも、助けようとしてくれました。だから……」
結衣は少しだけ柔らかく微笑んだ。
「私、これでもうちの稼ぎ頭なんで。パトロンくらいにはなれますよ」
戒は不意を突かれ、手元の煙草から視線を上げた。
結衣は悪戯っぽく、ふふっと笑う。
「……」
呆気にとられる戒を見て、結衣は立ち上がり、パンッと自分のスカートの埃を払った。
そして深く頭を下げる。
「それじゃあ。……また」
結衣は踵を返し、店の出口へ向かおうとした。
だが、その背中に向けて、不意に声が飛ぶ。
「結衣」
普段のぶっきらぼうなトーンとは違う、どこか静かな響きだった。
結衣は驚いて振り返る。
「はい?」
戒はソファから立ち上がりもしなかった。口にくわえていた火の点いていない煙草を外し、じっと結衣の目を見る。
「……生きてさえいれば、なんとかなる」
「あっ……」
結衣は小さく息を呑んだ。
張り詰めていた心が、そのたった一言でふっと軽くなるのを感じて、視界が滲みそうになる。
「いいな?」
「……はいっ」
戒はそれ以上何も言わず、結衣から視線を外してテーブルの上の灰皿に目を落とした。
結衣がまだ立ち止まってこちらを見つめていることに気づくと、鬱陶しそうに、しっしっと追い払うように手をひらひらと振る。
結衣は今度こそ心底おかしそうに笑って、深々と一礼した。
「ふふっ。連絡、待ってますからね。戒さん」
「……ん」
心底うんざりしたような戒の声に、結衣はもう一度笑って、店を出た。
カラン、とドアベルが鳴り、静かに扉が閉まる。
ガラス越しに彼女の背中が見えなくなるのを見届けてから、戒は小さく息を吐いた。
結衣の再訪はそう遠くない未来に必ずやってくるだろうと、戒は密かに確信していた。
罪は消えない。
彼女が一生背負うと決めたその業と、一度あちら側と繋がってしまった体質の変化が、いつか必ず、怪異を引き寄せる引力になってしまう。
縁は、切れていないのだ。
怪異は、常に理不尽だ。
善人も悪人も関係なく、ある日なんの前触れもなく人の命を奪う。
そして、日常のすぐ隣に息を潜めている。
戒は、自分の腕に刻まれた朱と黒の刺青を、服の上からそっと撫でた。
「……ままならない、か」
独り言は、コーヒーの香りが漂う店内の空気に溶けて消えた。
◆
東京の郊外に建つ、巨大なコンクリートの塊のような昭和のマンモス団地。
そのひび割れたアスファルトの駐車場で、戒は火を点けていない煙草を口にくわえながら、そびえ立つ無機質な集合住宅を見上げていた。
規則正しく並んだ窓の大半は、もう明かりが落ちている。
夜のこの時間に人の気配がないというだけで、建物は巨大な墓標のように見えた。
「……四年ごと、ですか」
「ええ。もう、これで三度目になります」
戒の隣で、疲労困憊といった様子の初老の大家が、ハンカチで額の汗を拭いながら答えた。
見上げれば、整然と並ぶ無数の窓のうち、八階の端にある一室だけが黒く沈み込んでいるように見えた。
「最初は十二年前。次が八年前。そして先週、あの八階の部屋の住人が、またいなくなりました」
いなくなった、と大家は言った。
死体が見つかったわけではない。
部屋は内側から鍵がかかったままで、財布も、スマートフォンも、靴すらも玄関に残されたまま、住人だけが煙のように姿を消したのだという。
「警察は事件性なしと判断したそうですがね。大人が自分の意思でいなくなったのなら、捜索願いの紙切れ一枚で終わりだ。……無理もない」
戒は煙草を指に挟み直し、じっと大家を見た。
「消えた三人に、何か共通点は? 年齢や性別、職業などで」
「それが、まったくバラバラでしてね。最初の人は高齢の男性、次が若いフリーター、今回は三十代の女性の会社員の肩でした。ただ……実はいなくなる数日前に、彼ら全員から『同じこと』を訊かれていたんです」
「同じこと?」
「はい。……『夜中に女の子たちの話し声や笑い声がうるさい』って」
戒の眉が微かに動いた。
「この団地はもう年寄りばかりでしてね。夜中に若い女の子たちが集まって騒ぐような場所なんて、どこにもない。でも、消えた住人たちは皆、酷く青ざめた顔でこう言ったんです。声は『換気扇の奥』や『お風呂場の排水口の底』から聞こえてくるんだと」
どこにも繋がっていないはずの暗いパイプの奥から、何人もの若い女たちが、クスクスと楽しそうに笑っている声が聞こえる。
「他に何か、変わったことは?」
「そういえば……いつも、失踪したと分かって警察が来た時や、その騒ぎが少し落ち着いた後にですね。必ず、誰かがこの道路から、あの八階の部屋をじっと見上げているんです」
「野次馬ですか。……男ですか?」
「それが……わからんのです」
「わからない?」
「人間の首って……あんな風には曲がらないはずでしょう」
そこまで言って、大家は自分の言葉に驚いたように口をつぐんだ。
汗を拭う手が、止まらなくなっている。
「……おかしいな。今まで、そんなことは一度も思い出さなかったんです。あの日のことは、ただ野次馬がいたな、くらいにしか」
大家は、まるで自分の記憶そのものを恐れるように、両腕を強くさすった。
「背中に後頭部がくっつくくらい、首が真後ろにぽっきりと折れ曲がったように、真上にあるあの部屋をじっと……。なんで今になって、こんなにはっきり思い出せるんでしょうか。思い出すだけで、吐き気がするんです」
戒は視線を外し、再び八階の暗い窓を見上げた。
東京には、人が集まりすぎている。
人の思いや歴史がミルフィーユのように重なり合い、時に下の層からおぞましいものが這い出してくる。
あるいは、それが『新しい形』をとって、現代の空間に現れたのだとしたら。
「案内してください」
戒が歩き出そうとした背中に、大家が戸惑ったような声をかけた。
「あ、あの……警察の方じゃないですよね? そういえば、まだお名前も伺っていなくて……」
戒は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「申し遅れました」
小さく息を吐き、静かに名乗る。
「葛城です。葛城戒」
戒は煙草をケースにしまい、古びた団地の薄暗いエントランスを見据えた。
身体に刻まれた朱と黒の刺青が、『何か』に反応するように、微かな熱を帯びている。
「『葛城』をやっています」
◆
深夜一時。
都内の高級マンションの一室で、大手企業グループに所属するそのトップVTuberは、モニターの光を浴びながらゲーム実況の枠を取っていた。
『あははっ! だからそれ違うってば! 今のは完全にラグのせいだから!』
彼女がマイク越しに明るい声を上げるたび、画面の右側では、数万人規模の視聴者から寄せられるコメントが滝のような速度でスクロールしていく。
誰もが彼女のプレイに笑い、ツッコミを入れ、平和で熱気のある時間が流れていた。
だが、ふと。
本人の視線は、ゲーム画面の端で流れるコメント欄の「一点」に吸い寄せられていた。
ユーザー名『x_q929』:【 35.689511, 139.691722 】
一瞬で他のコメントに押し流された、意味不明な数字の羅列。
荒らしというわけでもない。暴言でもない。
ただ、数字がポンと投げ込まれただけだ。
何万というリスナーの中で、その異物に気づいたのは配信者である彼女本人だけだった。
『……』
笑顔のまま、彼女の心臓がトクン、と嫌な音を立てた。
今日も来た。
こんな膨大なコメントの流れの中で、それに気がついたのは一体いつからだっただろうか。
毎回、必ず配信の途中で書き込まれる。
ユーザー名は毎回違う。
作られたばかりの捨てアカウントなのかどうかもわからない。
それが、ただ一度だけ数字を書き捨てて消えていく。
最初は、何かの悪戯だと思っていた。
だが、毎回わずかに変わる数字がどうしても気になって、数日前にその文字列をネットの検索窓に打ち込んでみた時——彼女の背筋に、氷を当てられたような悪寒が走った。
検索結果のトップに表示されたのは、地図アプリだった。
カンマで区切られた数字の羅列が、GPSの『緯度と経度』を示す座標だということを、彼女はその時初めて知った。
恐る恐る、2週間前の書き込みにあった数字を地図に入力してみると、赤いピンは『最寄り駅』を示した。
そして三日前の数字は、このマンションが建つ交差点。
昨日の数字は、近所のコンビニ。
小数点以下の数字がわずかに変わるごとに、数メートル、十数メートル単位で。
得体の知れない何かが、這い寄るように確実に近づいてきている。
そして今日書き込まれたのが、【 35.689514, 139.691719 】。
『あー、ごめんみんな。ちょっと飲み物取ってくるね』
彼女は努めて明るい声を作り、マイクを一時的にミュートにした。
薄暗い防音室の中で、かすかに息を呑む。
そして、ゲーム画面の横にあるサブモニターのブラウザを開き、たった今書き込まれたばかりの数字を震える手で打ち込んだ。
地図アプリを航空写真モードに切り替え、限界まで画面を拡大する。
通常、建物を検索すればピンは屋根の中央に落ちるはずだ。
だが、その数字が示した『赤いピン』は――――――
——怪談話が好きで、自分で見聞きしては集めていると、全く別々の場所、年代でで起きたはずの話に対して、ふと思うことがある。
——あれ? これって、あの会談、事件と似ているな、と。
ミュートにしたマイクの前。
彼女は震える手でマウスを握りしめ、赤いピンが刺さったサブモニターを呆然と見つめていた。
——怪談なんてどれも似たような内容だから、最初は気にしない。
——けれど、調べれば調べるほど、面白いように色んな怪談話と繋がっていって……気が付くと、一つの怪談に辿り着くことがある。
ガチャリ、と重い金属音を響かせて。
戒は、団地八階にある問題の一室のドアを開けた。
むわりと、甘い化粧水と、古いヘドロが混ざったような生臭い風が吹き抜けた。
——辿っていけば、根は同じ。
そういう怪談はきっと、知ってはいけないものだ。
<第1章・完>