銀行強盗事件を解決後、しばらくはニュースの取材やらユーチューバーやらの突撃等で騒がしかったがようやく沈静化し、落ち着きを取り戻したころ。
工房には、入ったお金で次に何を作ろうかと考えるステラと、相変わらず彼女を観察しているジーミーの日常が戻っていた。
――そんな、ある日のことだった。
「……さて」
ジーミーは財布の中身を確認した。
今日は少しだけ遠出をする。
繁華街まで行って、買い物をするつもりだった。
「これなら、なんとか買えるかな」
買うものは決めてある。
ステラへの誕生日プレゼント。
問題は。
「姉さん、誕生日いつなんだよ……」
本人に聞いたことはある。
何度も。
だが。
「レディの秘密さ♪」
いつもこれだった。
仕方がないので。
ジーミーは、自分がステラに拾われた日を、自分の誕生日としている。
ならば。
同じ日にステラの誕生日も祝えばいい。
本人が教えてくれないのなら。
自分で決めてしまえばいい。
「……喜んでくれるかな」
そんなことを考えながら。
ジーミーは繁華街を歩いていた。
人が多い。
店も多い。
普段、町はずれにいるジーミーにとっては、少し落ち着かない場所だった。
それでも。
姉の顔を思い浮かべると、自然と足取りが軽くなる。
その時だった。
「……おい」
後ろから声がした。
ジーミーが振り返る。
知らない男だった。
男はジーミーの顔を見た。
その瞬間。
表情が変わった。
「……お前」
「え?」
次の瞬間。
男の拳が飛んできた。
「っ!」
ジーミーは反射的に身を引いた。
拳は直撃しなかった。
だが。
――掠めただけで十分だった。
衝撃に身体が吹き飛び。
ジーミーはその場に尻もちをついた。
「ぐっ……!」
何が起きたのか理解できない。
男は、そんなジーミーを見下ろしていた。
「お前のところの化け物のせいでなぁ……!」
男の声が、怒りで震える。
「うちの組織は滅茶苦茶になったんだよ!」
ジーミーの顔から血の気が引いた。
「……ステラの?」
「そうだよ!」
男は笑った。
「借りを返さねえとなぁ!」
周囲の人間が、何事かと振り返る。
男は舌打ちした。
「ここじゃ人が多すぎる」
そして。
「いいところに連れていってやるよ」
男はジーミーを軽々と担ぎ上げた。
「ちょっ……!」
ジーミーが暴れる。
だが。
力が違いすぎる。
男はそのまま、人混みを抜けて走り出した。
向かう先は。
町の一角にある、スラム街だった。
――その頃。
町はずれの工場では。
ステラが新しいロボットの装甲を取り付けていた。
「ここは……」
手にした装甲を眺める。
「もう少し角度を変えたほうが、カッコいいかな?」
楽しそうに笑っていた。
いつもの顔だった。
その時。
ステラの動きが止まった。
ぴたりと。
笑顔も消える。
「…………」
数秒。
いや。
人間から見れば、それは一瞬だった。
ステラの手の中で。
金属製の装甲が。
ぐしゃり。
紙のように潰れた。
「…………ジーミー」
声に感情はなかった。
次の瞬間。
――轟音。
工場の一角が吹き飛んだ。
完成したばかりのロボットが横倒しになる。
壁が崩れる。
床が砕ける。
ステラの姿が消えた。
彼女が立っていた場所だけが。
放射状にひび割れていた。
中央には。
浅いクレーターが残っていた。
そして。
スラム街。
男はジーミーを担いだまま、古びた建物へ駆け込んだ。
「連れてきたぞ!」
そこには四人の男がいた。
酒を飲んでいる者。
煙草を吸っている者。
壁にもたれている者。
その中で、一番奥に座っていた男が顔を上げた。
「なんだよ、それ」
「このガキか?」
「そうだ」
ジーミーを担いできた男が笑う。
「あの化け物の弟だ」
「……何?」
男たちの空気が変わった。
「あの化け物って……」
「ステラだよ」
「マジかよ!」
「たまたま見かけたんでな」
男はジーミーを見下ろす。
「お礼をしようと思って連れてきた」
「おいおい……」
男たちが立ち上がる。
「そりゃ面白え」
リーダーらしき男が笑った。
「とりあえず――」
「挨拶しようぜ」
ジーミーが床へ放り出される。
「ぐっ……!」
コンクリートの床に身体を打ちつけた。
「へえ」
リーダーが近づく。
「お前が、あの化け物の弟か」
ジーミーは顔を上げた。
「……姉さんは……」
その名前を聞いた瞬間。
男が笑った。
「おう」
そして。
「こいつを痛めつければ、少しは気が済むかもな」
腹に蹴りが入る。
「ぐっ……!」
「おいおい、まだ終わりじゃねえぞ」
周囲の男たちが笑う。
一人が近づく。
そして。
足を振り上げた。
――その瞬間。
爆発音が響いた。
轟音とともに。
アジトの入口が吹き飛んだ。
男たちが振り返る。
粉塵の向こう。
誰かが立っていた。
銀色の髪。
赤い瞳。
そして。
人形の顔。
「…………」
ステラだった。
誰も動けなかった。
ステラの視線が、室内を走る。
男。
男。
男。
そして――
ジーミー。
床に倒れている。
腹部を押さえている。
呼吸が乱れている。
顔には打撲。
そして。
ステラの視線が止まった。
ほんの一瞬。
「…………」
何も言わない。
表情も変わらない。
ただ。
その瞬間。
ステラの中で。
何かが決まった。
ジーミーの状態。
周囲の人数。
武器の有無。
逃走経路。
建物の構造。
警察の到着予測。
すべてが。
人間には認識できない速度で処理される。
原因。
――目の前の人間。
結果。
――ジーミーへの危害。
必要な処置。
――排除。
そこまで。
一瞬だった。
そして。
もう一つ。
今までステラが、無意識に続けていたもの。
人間社会に合わせること。
殺さないこと。
相手が逃げれば追わないこと。
必要以上の力を使わないこと。
そういうものが。
この瞬間だけ。
必要なくなった。
「……そう」
ステラが呟いた。
声は。
驚くほど静かだった。
「君たちが」
男たちを見る。
「ジーミーを傷つけたんだね」
誰も答えない。
リーダーらしき男が、一歩下がった。
「ま、待て……」
ステラは。
男の言葉を最後まで聞かなかった。
いや。
聞く必要がなかった。
すでに答えは出ている。
「……じゃあ」
赤い瞳が細くなる。
「もう、いいや」
その声には。
怒鳴り声もなかった。
憎悪もなかった。
ただ。
決定だけがあった。
次の瞬間。
ステラが消えた。
男たちには。
何が起きたのか分からなかった。
一人目。
二人目。
三人目。
四人目。
すべて。
同じだった。
悲鳴を上げる時間すらない。
逃げようとする者。
武器を取ろうとする者。
膝から崩れる者。
誰も。
ステラの動きを見ることができなかった。
そして。
最後の一人が倒れた。
静寂。
ステラは。
誰もいなくなった室内に立っていた。
それから。
ゆっくりとジーミーのところへ歩く。
「ジーミー」
返事はない。
「……」
ステラはしゃがみ込む。
そっと身体を抱き起こす。
呼吸。
脈拍。
骨格。
内臓。
神経。
損傷状態。
確認。
問題なし。
致命傷ではない。
その結論を得た瞬間。
ステラの表情が。
ほんの少しだけ緩んだ。
「……よかった」
小さな声だった。
そして。
ジーミーを安全な場所へ移す。
壁際にそっと寝かせる。
「ここで待ってて」
聞こえているかどうかも分からない。
それでも。
いつものように。
優しく言った。
「お姉ちゃんが、ちゃんと片付けてくるからね」
それから。
ステラは立ち上がった。
床に転がる男たちを見る。
もう。
生きている者はいない。
ステラは何も言わなかった。
ただ。
その場に立っていた。
まるで。
最初から。
そうなることが決まっていたかのように。
――しばらくして。
警察車両がスラム街へ入ってきた。
先頭から降りたのは。
ライアン警部だった。
「……ジーミーが誘拐されたって?」
連絡を受けた時。
ライアンはすぐに現場へ向かった。
ステラの弟。
その言葉を聞いた瞬間。
嫌な予感がした。
そして。
現場を見た。
「…………」
ライアンの足が止まる。
アジトの入口は吹き飛んでいた。
内部は。
戦闘があったという言葉では足りない。
何か巨大な力が。
建物そのものを蹂躙したようだった。
そして。
その中央に。
ステラがいた、人形の様に見えた。
全身に。
血を浴びていた。
いや。
まるで。
頭から血をかぶったような姿だった。
表情はない。
ただ。
何かを。
両手の手の中でこねている。
ライアンは。
それが何なのか確認しようとして。
やめた。
見ないほうがいい。
そう、本能が告げていた。
「……警部」
後ろにいた警官が震えた声を出す。
ライアンは振り返らず。
低い声で言った。
「武器に手をかけるな」
「ですが……」
「絶対にだ」
ライアンは一歩。
また一歩。
慎重に近づく。
その途中。
入口近くに倒れているジーミーが見えた。
「……!」
すぐに確認する。
呼吸はある。
意識もある。
大きな外傷は見えるが、生きている。
ライアンは。
ほんの少しだけ息を吐いた。
そして。
ステラを見る。
「……ステラ」
反応がない。
「ステラ」
もう一度。
その声に。
突然。
ステラの表情が生まれた。
まるで。
電源を入れたかのように。
ぱっと笑顔になる。
「ライアン警部!」
いつもの声だった。
いつものステラだった。
「どうしたんだい?」
ライアンは。
一瞬。
言葉を失った。
「……何があった?」
「ん?」
ステラは首を傾げた。
そして。
まるで何でもないことのように言った。
「ジーミーに危害を加えようとしたバカがいたからね」
にこり。
「懲らしめてやったよ♪」
ライアンは。
ステラの背後を見る。
そして。
もう一度。
ジーミーを見る。
生きている。
それだけを確認して。
「……そうか」
声が震えないようにするのが精一杯だった。
だが。
ライアンには分かっていた。
これは。
今までのステラとは違う。
これまでの彼女は。
どんな相手にも。
どれほど危険な相手にも。
最後の一線だけは越えなかった。
殺さなかった。
それは。
彼女の能力ではなく。
彼女が選んでいたことだった。
だが。
今回は違った。
ジーミーが傷ついた瞬間。
その選択肢そのものが。
消えた。
ライアンは。
その事実に。
初めて。
心の底から恐怖した。
そして。
その恐怖を悟られないように。
ステラへ言った。
「……ジーミーを病院へ運ぶ」
「うん」
「お前も署まで来てくれ」
「いいよ♪」
ステラは。
いつもの笑顔で答えた。
その笑顔を見ながら。
ライアンは思った。
――違う。
今まで自分たちが見ていたものは。
怪物が人間の真似をしていただけなのかもしれない。
そして。
今日。
その怪物が。
初めて。
人間のためにではなく。
自分の大切なもののために。
牙を剥いた。
「……行こう」
ライアンはステラを連れて。
静かに現場を後にした。