### 彼女の殺意
軍の緊急会議室には、重い沈黙が落ちていた。
大型モニターには、今回の事件に関する映像が並んでいる。
破壊された工場。
道路に残されたクレーター。
そして――子供が八つ当たりし、壁と言わず室内に撒き散らかされた赤黒い何か?。
誰も、映像を見て驚いてはいなかった。
むしろ。
全員が、予想していた。
ただし。
ここまで明確な形で確認することになるとは、思っていなかった。
「……死者は?」
研究員が確認する。
「現場にいた者は、全員死亡と思われます、肉体が原形を何一つ留めておらず、まるでミキサーにでもかけてぶち撒けたかの様で、集めても数の確認もままなりません。」
「ジーミーは?」
「生存。重傷ですが、命に別状はありません」
「そうか」
将軍は短く答えた。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、エレナ・ヴァルター博士が資料を閉じる。
「……これは、九年間の観察結果を見直す必要がありますね」
「そうだな」
将軍は頷いた。
だが。
そこに驚きはない。
なぜなら。
**ステラが人を殺せること自体は、軍にとって未知ではなかった。**
むしろ。
それこそが。
長年の研究テーマの一つだった。
「三十年前」
将軍が静かに言った。
「我々が彼女を初めて認識した時点で、すでに通常の兵器体系では説明できなかった」
モニターの映像が切り替わる。
古い記録。
まだ現在ほど鮮明ではない映像。
そこに映るのは、銀色の髪をした少女だった。
当時から。
その姿は変わっていない。
「そして十二年前」
別の映像。
研究施設。
非常事態。
自爆システム。
核爆発。
推定二百キロトン。
研究施設そのものが消滅した。
しかし。
爆心地に。
彼女は立っていた。
無傷で。
「我々は、あの時からずっと考えている」
将軍が言う。
「**どうすれば、彼女を殺せるのか**」
誰も否定しない。
それは軍にとって当然の問題だった。
どれほど友好的でも。
どれほど仕事を請け負ってくれても。
どれほど人間らしく振る舞っていても。
それとは別の問題だ。
国家組織として。
自分たちでは止められない存在を、何もせずに放置することはできない。
だから観察した。
戦わせた。
能力を測った。
耐久力を測った。
反応速度を測った。
電子機器への干渉能力を測った。
そして――
**殺意を引き出そうともした。**
エレナが資料をめくる。
「過去のマフィア事件も、その一環ですね」
「そうだ」
誰かが答える。
「もちろん、全てが軍の仕業というわけではありません」
「だが、意図的に利用した事件はある」
「はい」
マフィア。
犯罪組織。
荒事を生業にする人間。
そうした相手なら。
ステラがどこまで手加減をするのか。
あるいは。
**手加減をしなくなった時、何が起こるのか。**
軍にとっては貴重な観察材料だった。
そしてステラは。
いつも同じだった。
圧倒的な力を持っている。
相手を簡単に殺せる。
それでも。
殺さない。
必要以上に傷つけない。
拘束して終わらせる。
だから軍は考えた。
これは彼女の倫理観なのか。
人間社会への配慮なのか。
それとも。
何か別の制限があるのか。
九年間。
その答えは出なかった。
そして今回。
偶然。
その条件が一つだけ見えた。
「ジーミー」
エレナが呟く。
「彼女の身内ですね」
「ああ」
将軍は頷く。
「そして我々は、既に彼女自身から警告を受けている」
会議室が静かになる。
あの日。
ステラは軍の前で明確に言った。
――身内や知り合いに手を出すな。
――そういうことをしたら、私は容赦しない。
それは脅しではなかった。
少なくとも、ステラ自身にとっては。
ただの事実の提示だった。
「つまり今回の件は」
若い研究員が慎重に言う。
「彼女が以前から提示していた条件に、偶然触れてしまった……」
「そういうことだ」
将軍は答えた。
「有り難いことに軍が仕掛けたわけではない」
誰も口を挟まない。
「だが結果として、我々は確認した」
将軍はモニターを見る。
そこには、事件現場へ向かうステラの記録が映っている。
「彼女には明確な境界がある」
一拍。
「そして、その境界を越えた場合――」
将軍は言葉を止める。
誰もが続きを理解していた。
殺す。
しかも。
今回の彼女には、迷いがなかった。
怒鳴りもしない。
取り乱しもしない。
ただ。
ジーミーが傷つけられたという事実を確認した瞬間。
必要な処理を終えたように。
相手を排除した。
「……今までの事件では、彼女は手加減していた」
エレナが言う。
「そうですね」
「しかし今回は?」
「手加減する理由がなかった」
その言葉に。
会議室が静まり返った。
それは、ある意味では軍が九年間探していた答えだった。
だが。
実際に目の前にすると。
誰も喜べなかった。
なぜなら。
その答えには。
恐ろしいほど単純な条件が付いていたからだ。
**ステラが大切にしている人間を傷つける。**
それだけでいい。
「……ただし」
将軍が口を開く。
「我々が確認したのは、あくまで一つの条件だ」
全員が顔を上げる。
「彼女の殺意そのものを理解したわけではない」
そう。
今回分かったのは。
ジーミーを傷つければ。
ステラは殺す。
それだけだ。
では。
軍が彼女に敵対したら?
国家そのものを敵と認識したら?
町を破壊すると判断したら?
軍人を殺す必要があると判断したら?
その場合。
彼女がどこまで行くのか。
それは。
まだ誰にも分からない。
研究者の一人がポツリと、もしジーミーが死んで入れば彼女はどうしたでしょう?
ジーミーが生きていたからあの反応だったのでは無いでしょうか?
ジーミー生存=今後の可能性=教訓=分かりやすく、広まりやすいビジュアル的にも凄惨な方法で行ったのでは無いか。
もし彼が死んで入れば、彼女は殺さなかったかも知れません。
その方が彼女がこの世界で今迄通りの関係を続けるなら簡単だったはずです。
つまりは今回の件は自分にとってジーミーとの間柄は、今までの世間との関係を壊しても良い存在と思わせようとしている。
それ程大事と思わせようと?、
その方が人間らしいと思わせようとしたのかも知れません?。
つまりは人間性の証明の為に起こしたのかも知れません?。
何が言いたいかと言いますと、あの存在は、我々に何事でも確信を抱かせない、ひたすら全てに置いて恐ろしい存在であると言うことです。
「だからこそ」
将軍は資料を閉じた。
「今後、彼女の周囲にいる人間を利用する実験は中止する」
一人の研究員が驚く。
「……完全に?」
「完全にだ」
「ですが、殺意の条件をさらに――」
「十分だ」
将軍の声は低かった。
「我々は、彼女からすでに警告を受けている」
そして。
少しだけ間を置く。
「それを試すために、誰かを犠牲にする必要はない」
エレナは黙って頷いた。
だが。
もう一つ。
将軍には気になっていることがあった。
「……廃材屋は?」
その名前が出た瞬間。
会議室の空気が変わった。
「今まで通りです」
担当者が答える。
「軍との正式な接触窓口にはしません。本人にも、余計な役割を与えません」
「そうだ」
将軍は頷く。
「あの男は今まで通り、ただの廃材屋でいろ」
「ステラにとっては、それが重要だと?」
「おそらくな」
彼女は。
あの男を「お兄さん」と呼んでいる。
軍の使者としてではない。
軍人としてでもない。
ましてや。
実験装置としてでもない。
ただ。
町にある廃材屋の兄さんとして。
その関係が続いている。
ならば。
軍は、それを壊してはいけない。
「余計な肩書きを与えるな」
将軍は念を押した。
「余計な仕事もさせるな」
「了解」
「これまで通り、廃材屋でいさせろ」
それが。
今の軍にできる、数少ない安全策の一つだった。
そして。
会議室のモニターには。
事件の直後、何事もなかったような顔で警察署へ連れて行かれるステラの姿が映った。
銀色の髪。
赤い瞳。
いつもの少女の姿。
いつもの表情。
いつもの――
「ふふん♪」
そんな声が。
映像の向こうから聞こえてくるような気がした。
誰も笑わなかった。
三十年前。
軍は彼女を発見した。
十二年前。
彼女を殺す方法を探す理由が決定的になった。
十一年前。
彼女は町に現れた。
そして九年間。
軍は彼女を観察し続けた。
その間。
軍は少しずつ理解してきた。
彼女が何をできるのか。
どこまで強いのか。
何を知っているのか。
そして今回。
ようやく一つだけ。
彼女が**何を守るのか**を知った。
だが。
それは。
知ってはいけない答えでもあった。
### 彼女を、どこへ置くのか
「……では」
会議室の奥から、別の声がした。
「警察は、どうする?」
誰もすぐには答えなかった。
答えなど、最初から決まっている。
「無理です」
ライアン警部の所属する警察組織から上がってきた報告書。
そこには、極めて簡潔な結論が記されていた。
**現状、対象を警察組織で管理することは不可能。**
理由はいくつもある。
通常の拘束手段が通用しない。
武装解除という概念そのものが成立しない。
警察施設の設備では、彼女の能力を制限できない。
そして何より――
彼女自身が敵対した場合。
警察には、彼女を止める手段がない。
「……ライアン警部個人の問題でもない」
エレナが言った。
「警察組織そのものの能力を超えています」
将軍も頷く。
「分かっている」
では。
どうするのか。
それが。
今回の緊急会議の本題だった。
「町へ戻す」
一人が言った。
「それは無理でしょう」
即座に別の研究員が否定する。
「今回の事件で、すでに彼女の正体に気づく人間が増えています」
「警察内部にも?」
「当然です」
資料がめくられる。
監視映像。
通報記録。
目撃証言。
工場の破壊状況。
道路に残ったクレーター。
そして。
ステラ自身の行動。
「今の町では、もう長く隠し通せません」
誰かが呟いた。
それは軍も以前から認識していた。
ステラは十年以上。
ほとんど同じ姿で町にいる。
見た目は少女のまま。
身体能力は人間の範囲を遥かに超えている。
警察の依頼を受ければ、一人で戦車を壊す。
軍が何年も追ってきた旧式技術を一目で理解する。
二百キロトン級の爆発を生き延びる。
そして今回。
身内を傷つけられれば、躊躇なく人を殺した。
これほどの異常を。
永遠に隠しておけるはずがない。
「だったら」
将軍が言った。
「移動させる」
全員の視線が集まった。
「どこへ?」
この日のために作り上げたこの「軍事基地」にだ
会議室が静かになる。
「……軍に入れる、ということですか?」
「違う」
将軍は首を横に振った。
「軍人にするわけではない」
「では?」
「預かる」
短い言葉だった。
「彼女を、軍の管理下に置く」
「それは本人が嫌うのでは?」
「嫌うだろうな」
将軍は即答した。
「だから、軍人として扱わない」
一枚の資料がモニターに表示される。
都市部から離れた辺境の軍事基地。
広大な敷地。
基地の一角には、居住区。
商業施設。
医療施設。
学校。
整備工場。
研究施設。
そして。
全員が軍関係者とその家族が生活するための町に近い環境。
「ここなら、彼女に今と同じ生活をさせられる」
研究員が資料を見る。
「……基地の中で?」
「そうだ」
「よろず屋も?」
「本人がやりたいなら」
「ロボット製作も?」
「本人がやりたいなら」
「ジーミーも?」
「当然だ」
将軍は即答した。
「むしろ、それが条件だ」
一人の研究員が顔を上げる。
「条件?」
「彼女を連れていくなら、ジーミーも一緒だ」
当然だった。
今回の事件で。
それは明確になった。
ステラにとって。
ジーミーは。
ただの同居人ではない。
そして軍は。
それをもう無視できない。
「基地内なら、ジーミーの安全も今より確保しやすい」
エレナが言う。
「外部からの接触も管理できます」
「ステラ本人の身元も?」
「軍事基地内なら、少なくとも今の町よりはるかに容易です」
「そして」
別の研究員が続ける。
「ステラが町中で有名になりすぎている問題も解決できます」
将軍は頷いた。
「そういうことだ」
今の町では。
彼女はもう有名になりすぎた。
よろず屋の少女。
吸血姫。
人型戦車を一人で止めた少女。
銀行強盗を裸で解決した少女。
巨大ロボットを作る変人。
そして。
今回の事件。
これ以上、事件が積み重なれば。
いずれ誰かが気づく。
十年以上姿が変わらない少女。
警察にも軍にも通用する異常な能力。
普通の人間ではない。
その事実に。
「ならば」
将軍が言った。
「ちょうどいい」
「……ちょうどいい?」
「今回の事件を理由に、移動してもらう」
誰かが少し考え。
そして頷いた。
「確かに……」
これは拘束ではない。
少なくとも。
表向きは。
「今の町から離れてもらうだけなら、彼女にとっても大きな不利益ではない」
「新しい町で生活できる」
「仕事もできる」
「ロボットも作れる」
「ジーミーも安全」
「そして軍は、彼女を監視できる」
最後の言葉だけ。
誰も口に出さなかった。
だが。
全員が考えている。
ステラにとっては。
今までと変わらない生活。
軍にとっては。
今までより遥かに安全な環境。
そして何より。
彼女自身が、町の人間に正体を知られる危険も減る。
悪い話ではない。
少なくとも。
**軍から見れば。**
「ただし」
エレナが言った。
「本人が納得する必要があります」
「当然だ」
将軍は答えた。
「命令はしない」
「しかし、彼女が拒否した場合は?」
「……」
将軍は少しだけ黙った。
それから。
静かに言った。
「その場合は、そのままだ」
「本当に?」
「我々に、それを強制する力があると思うか?」
誰も答えなかった。
軍は。
ステラを恐れている。
だが同時に。
彼女との関係を壊すことも恐れている。
無理やり連れていけば。
それは彼女にとって。
「仕事の依頼」ではなく。
「拘束」になる。
そうなれば。
これまで築いてきた奇妙な関係が、一瞬で崩れる。
「だから」
将軍が立ち上がった。
「私が行く」
「将軍自ら?」
「ああ」
「危険です」
「知っている」
「彼女が何をするか――」
「知っている」
将軍は答えた。
その顔に。
恐怖はあった。
だが。
逃げるつもりもなかった。
「九年間、我々は彼女を観察してきた」
将軍は言う。
「試したこともある」
「……」
「利用したこともある」
「……」
「そして、彼女から警告まで受けた」
将軍は一度、目を閉じた。
「それなのに、今回だけ誰かを代理に立てて話をするのは、誠意がない」
誰も反論できなかった。
「私が直接説明する」
「軍に入れたいわけではない」
「拘束するわけでもない」
「ただ、今の町ではもう危険だ」
「だから――」
将軍は資料に目を落とす。
そこには新しい居住区の設計図があった。
「別の町で、今と同じように暮らしてもらう」
そして。
小さく笑った。
「基地の中でな」
エレナが尋ねる。
「ステラが怒ったら?」
将軍は少し考え。
答えた。
「その時は、怒らせた理由を聞く」
「……」
「それしかないだろう」
会議室に。
小さな苦笑が広がった。
軍事組織としては。
あまりにも頼りない答えだった。
だが。
相手は。
通常の軍事理論では測れない存在だ。
だからこそ。
最後に必要なのは。
武力ではなく。
誠意なのかもしれない。
「それから」
将軍が思い出したように言った。
「ライアン警部と、廃材屋の兄さんについても手配しておけ」
「二人とも?」
「二人ともだ」
「ライアン警部まで基地へ?」
「ああ」
将軍は頷く。
「ステラが信頼している人間を、今の町に残す理由がない」
「しかし、警察官を軍が――」
「権限はこちらで調整する」
将軍は即答した。
「ライアン警部には、基地の軍属の警察組織へ異動してもらう」
そして。
「廃材屋の兄さんには?」
「適当な理由をつけて、基地近くへ店を移してもらう」
「軍が?」
「必要な金と権限は使え」
将軍は言った。
「ただし、本人には余計なことを言うな」
「ステラにも?」
「もちろんだ」
それが。
今の関係を守るために必要だった。
廃材屋の兄さんは。
今は軍の人間ではない。
軍の使者でもない。
ただ。
ステラにとっての。
**お兄さんだ。**
それでいい。
それ以上にしてはいけない。
「これで」
将軍は資料を閉じた。
「ステラの身内と、知り合いの安全は今より確保できる」
そして。
最後に。
静かに付け加えた。
「少なくとも、我々が彼女に約束したことは守れる」
会議室の誰もが。
その意味を理解した。
――身内や知り合いには手を出すな。
ステラはそう言った。
軍は。
その警告を。
今度こそ正面から受け取る。
「では」
将軍は椅子を離れた。
「行ってくる」
「将軍」
「なんだ?」
「……本当に、彼女のところへ一人で?」
将軍は少しだけ笑った。
「それが彼女に対しての信頼の証になる」
「?」
「誠意を持って話をしに行く」
それだけ言うと。
将軍は会議室を出ていった。
残された研究員たちは。
しばらく黙って、その背中を見送っていた。
誰かが小さく呟く。
「……軍が、化け物に引っ越しのお願いをしに行くのか」
エレナは資料を閉じながら答えた。
「違います」
「?」
「彼女にとっては」
少しだけ考えて。
こう続けた。
「たぶん、仕事の依頼と同じですよ」
その言葉に。
誰も笑わなかった。
ただ。
少しだけ。
この異常な関係が。
これまでとは違う形に変わり始めていることを。
全員が感じていた。