よろず屋ステラ   作:かえるけろけろ

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引っ越し

###  お引っ越しのお願い

 

翌日。

 

よろず屋の店先に。

 

見慣れない車が止まった。

 

軍用車両。

 

ただし、武装はされていない。

 

そのことを。

 

ステラは店に来る前、正確にはクルマが基地を出る前から理解していた。

 

「……へぇ」

 

工具を置く。

 

赤い瞳が、窓越しに車両を見る。

 

「軍のお客さんかな?」

 

その声に。

 

ジーミーが振り返った。

 

「また?」

 

「たぶんね」

 

「帰ってもらえば?」

 

「そういうわけにもいかないだろうさ」

 

ステラは笑う。

 

「ちゃんとお金を持ってきてるかもしれないし♪」

 

ジーミーは呆れた顔をした。

 

「姉さん……」

 

「冗談だよ」

 

そう言って。

 

ステラは店の外へ出た。

 

車から降りてきた男を見て。

 

少しだけ目を細める。

 

「……あれ?」

 

男は軍服を着ていた。

 

そして。

 

その肩書きは。

 

ステラなら当然知っている。

 

「こんにちは」

 

将軍は敬礼した。

 

「ヨークシャー将軍だ」

 

「知ってるよ♪」

 

ステラは笑った。

 

「久しぶりだね、将軍さん」

 

将軍は一瞬だけ黙った。

 

やはり。

 

この少女には。

 

何も隠せない。

 

「今日は仕事の依頼ですか?」

 

「いや」

 

「じゃあ、世間話?」

 

「それでもない」

 

「ふふん♪」

 

ステラは腕を組む。

 

「じゃあ、何かな?」

 

将軍は。

 

ほんの少しだけ息を吸った。

 

そして。

 

「引っ越しのお願いに来た」

 

「……」

 

ステラが止まった。

 

ジーミーも。

 

店の中から顔を出す。

 

「引っ越し?」

 

「ああ」

 

将軍は頷いた。

 

「今の町から、少し離れた場所へ移ってもらいたい」

 

ステラは黙って将軍を見る。

 

数秒。

 

いや。

 

人間にとっての数秒。

 

ステラにとっては。

 

もっと長い。

 

彼女は将軍の表情。

 

声。

 

姿勢。

 

車両。

 

周囲の人間。

 

装備。

 

そして。

 

言葉の選び方まで。

 

一瞬のうちに確認していた。

 

「……軍の基地?」

 

「そうだ」

 

「私を?」

 

「そうだ」

 

「ジーミーも?」

 

「もちろんだ」

 

その答えだけは。

 

早かった。

 

ステラの目が。

 

ほんの少しだけ細くなる。

 

「へぇ」

 

笑顔は消えていない。

 

だが。

 

少しだけ。

 

温度が下がった。

 

「私を軍に入れるつもり?」

 

「違う」

 

将軍は即答した。

 

「軍人にするつもりはない」

 

「じゃあ、監禁?」

 

「それも違う、出来るはず無かろう!」

 

「監視?」

 

「それは――」

 

将軍は一瞬だけ言葉を止めた。

 

ステラが笑った。

 

「ふふん♪」

 

「……監視はする」

 

「正直でよろしい」

 

「ただし」

 

将軍は続ける。

 

「今までと大きく変えるつもりはない」

 

ステラが首を傾げた。

 

「どういうこと?」

 

「基地内に居住区がある」

 

将軍は説明した。

 

「軍人の家族も暮らしている。商店もある。病院もある。学校もある。工場もある」

 

「工場?」

 

ステラの目が少し輝いた。

 

「整備工場もある」

 

「へぇ……」

 

「君がよろず屋を続けたいなら、場所も用意する」

 

「ほう」

 

「ロボットを作りたいなら、工房も用意する」

 

「ほほう」

 

「ジーミーも自由に生活していいし学校も有る。」

 

「……」

 

ここで。

 

ステラが初めて。

 

少しだけ真面目な顔をした。

 

「ジーミーが?」

 

「ああ」

 

将軍は頷く。

 

「彼の安全を確保する」

 

その言葉に。

 

ステラの表情が変わった。

 

ほんの一瞬。

 

それだけだった。

 

だが。

 

将軍には分かった。

 

これは。

 

彼女にとって重要な話だ。

 

「……どうして?」

 

「今回の事件だ」

 

「今回?」

 

「君の弟分が襲われた」

 

「……」

 

「そして、我々は理解した」

 

将軍は言った。

 

「今の町では、君だけではなく、君の周囲にいる人間も危険になっている」

 

ステラは黙っている。

 

「それに」

 

将軍は続けた。

 

「君自身も、今の町では有名になりすぎた」

 

ステラが少し笑った。

 

「銀行で裸になったから?」

 

「……それもある」

 

「ふふん♪」

 

「だが、それだけではない」

 

将軍は真剣だった。

 

「人型戦車」

 

「銀行強盗」

 

「巨大ロボット」

 

「警察の事件への介入」

 

「今回の事件」

 

「十年以上、姿の変わらない少女」

 

一つ一つ。

 

淡々と並べる。

 

「いつか誰かが、君の正体に気づく」

 

「……そうだね」

 

ステラはあっさり認めた。

 

「私もそう思ってたよ」

 

「ならば」

 

将軍は言った。

 

「ちょうどいい機会だ」

 

ステラは。

 

将軍を見る。

 

「町を変える」

 

「……」

 

「君の生活そのものを奪うのではなく」

 

将軍は言った。

 

「生活する場所を変える」

 

ステラはしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「なるほどね」

 

小さく呟いた。

 

「軍としては、私を安全な場所に置きたい」

 

「そうだ」

 

「ジーミーも守れる」

 

「ああ」

 

「私の身元も守りやすい」

 

「そうだ」

 

「軍は私を監視できる」

 

「……そうだ」

 

ステラが笑った。

 

「正直だねぇ」

 

将軍も苦笑した。

 

「君に嘘をついても意味がないからな」

 

「それは正しい」

 

ステラは店先の椅子に腰を下ろした。

 

「でもさ」

 

「何だ?」

 

「それって」

 

ステラは将軍を見る。

 

「私を囲い込むってことじゃないの?」

 

空気が変わった。

 

ジーミーも黙っている。

 

将軍は。

 

少しだけ考えた。

 

「そう見えるだろうな」

 

「うん」

 

「だから、君に拒否権を渡す」

 

ステラが瞬きをする。

 

「……へぇ」

 

「嫌なら断ってくれ」

 

「断ったら?」

 

「元の町へ戻る」

 

「軍は?」

 

「それ以上は何もしない」

 

「……本当に?」

 

「本当だ」

 

ステラは将軍の顔を見る。

 

その目には。

 

疑いがないわけではない。

 

だが。

 

少なくとも。

 

今の言葉に嘘がないことは分かっていた。

 

「それから」

 

将軍が続ける。

 

「ライアン警部についても、異動を手配する」

 

「……ライアン警部?」

 

「ああ」

 

「軍が?」

 

「君の知り合いだからな」

 

ステラは少しだけ笑った。

 

「そこまでやるんだ」

 

「今回の件で、君の周囲の人間を危険に晒したくない」

 

そして。

 

「もう一人」

 

「誰?」

 

「廃材屋の兄さんだ」

 

「……お兄さん?」

 

ステラの表情が。

 

ぱっと明るくなった。

 

「お兄さんも?」

 

「ああ」

 

「今まで通り?」

 

「今まで通りだ」

 

「軍の使者には?」

 

「しない」

 

「軍の職員にも?」

 

「しない」

 

「ただの廃材屋?」

 

「そうだ」

 

ステラは。

 

にっこり笑った。

 

「それならいいや♪」

 

将軍は少しだけ驚いた。

 

「そこが重要なのか?」

 

「もちろん」

 

ステラは当然のように言った。

 

「お兄さんはお兄さんだよ」

 

「……そうか」

 

「軍の人間にしたら、もう面白くないだろう?」

 

「そうだな」

 

「分かってるじゃないか♪」

 

ステラは楽しそうに笑った。

 

それから。

 

少し考える。

 

「新しい町かぁ」

 

「基地の中だ」

 

「工房は大きい?」

 

「必要なら大きくする」

 

「電力は?」

 

「十分に用意する」

 

「材料は?」

 

「予算を組む」

 

「ロボット作っていい?」

 

「いい」

 

「大きいやつ」

 

「……どの程度だ?」

 

ステラは。

 

にやりと笑った。

 

「十五メートルくらい?」

 

将軍は。

 

ほんの少しだけ遠い目をした。

 

「……その程度なら、基地の設計段階で考慮する」

 

「ふふん♪」

 

「ただし」

 

将軍は念を押す。

 

「基地の設備を勝手に破壊するのはやめてくれ」

 

「努力するよ♪」

 

「その返事は信用できないな」

 

「失礼だねぇ」

 

ジーミーが横から口を挟んだ。

 

「姉さん」

 

「何だい?」

 

「基地って、軍の基地なんだよね?」

 

「ああ」

 

「……俺、軍人になるの?」

 

「ならないよ」

 

将軍が答えた。

 

「君は君のままでいい」

 

ジーミーは少し考え。

 

「じゃあ……いいんじゃない?」

 

「ジーミー」

 

ステラが見る。

 

「本当に?」

 

「うん」

 

ジーミーは頷いた。

 

「姉さんが行くなら」

 

その一言。

 

ステラは。

 

ほんの一瞬。

 

何も言わなかった。

 

そして。

 

「……そっか」

 

小さく笑った。

 

「じゃあ」

 

ステラは立ち上がる。

 

「お引っ越ししようか♪」

 

将軍は目を見開いた。

 

「いいのか?」

 

「うん」

 

あまりにもあっさりしていた。

 

「今の町も嫌いじゃないけどね」

 

ステラは店を見る。

 

古びた看板。

 

「よろずや――金さえもらえば、なんでもやります」

 

その下にある。

 

小さな文字。

 

「(ロボット修理も、します。たぶん)」

 

「そろそろ引っ越し頃かなって思ってたんだ」

 

「……」

 

「それに」

 

ステラは将軍を見る。

 

「軍が私の身内を守るって言うなら」

 

赤い瞳が。

 

まっすぐ将軍を見つめる。

 

「その提案、受けてあげるよ」

 

将軍は。

 

深く頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

「ただし」

 

「?」

 

ステラは。

 

いつもの笑顔に戻った。

 

「基地に着いたら、まず工房を見せておくれ」

 

「……分かった」

 

「それと」

 

「何だ?」

 

「軍のお客さんとしてなら、基地でも仕事を受けるよ♪」

 

将軍は苦笑した。

 

「そこは変わらないのだな」

 

「変える必要ある?」

 

「ないな」

 

「ふふん♪」

 

こうして。

 

ステラの引っ越しが決まった。

 

軍が彼女を拘束したわけでもない。

 

警察が彼女を追い出したわけでもない。

 

ただ。

 

人間の社会のほうが。

 

彼女の存在に合わせて。

 

少しだけ場所を変えることになった。

 

そして軍はまだ知らない。

 

新しい基地に。

 

十五メートル級の巨大ロボットが。

 

一体。

 

また一体。

 

増えていくことになるとは。

 

この時点では。

 

誰も知らなかった。

 

 

###  引っ越し準備

 

翌朝。

 

よろず屋は。

 

珍しく。

 

朝から大騒ぎだった。

 

「さて――」

 

ステラは腕を組み。

 

店の中央に立っていた。

 

その前には。

 

段ボール箱。

 

山積み。

 

「引っ越しだね♪」

 

「……」

 

ジーミーは。

 

無言で箱を見る。

 

「姉さん」

 

「何だい?」

 

「これ全部、持っていくの?」

 

「もちろん」

 

ステラは一番近くの箱を開けた。

 

中には。

 

歯車。

 

ボルト。

 

配線。

 

古い制御基板。

 

何に使うのか分からない金属片。

 

そして。

 

「これ、何?」

 

ジーミーが取り出した。

 

「それ?」

 

ステラは少し考える。

 

「……たぶん、いつか使う」

 

「いつ?」

 

「いつか」

 

「いつかっていつ?」

 

「いつかは、いつかさ♪」

 

ジーミーは。

 

箱を閉じた。

 

「全部捨てよう」

 

「待ちなさい」

 

ステラが箱を抱えて取り戻す。

 

「それは貴重な部品だよ!」

 

「何年使ってない?」

 

「……」

 

ステラが考える。

 

「七年くらい?」

 

「いらないだろ」

 

「必要になるかもしれない」

 

「ならない」

 

「なるかもしれない!」

 

「ならない」

 

「なるんだよ!」

 

「姉さん」

 

「何だい?」

 

「これ、前に俺が捨てようとしたやつだよね?」

 

「……」

 

ステラは。

 

箱を抱えたまま。

 

目を逸らした。

 

「……レディには秘密があるのさ」

 

「物置の奥に秘密を増やすなよ」

 

「ふふん♪」

 

結局。

 

その箱は。

 

捨てられなかった。

 

---

 

引っ越し準備は。

 

思った以上に大変だった。

 

いや。

 

正確には。

 

ステラが荷物を増やしすぎていた。

 

よろず屋の商品。

 

工具。

 

機械部品。

 

ロボットの残骸。

 

研究用の装置。

 

古い電子機器。

 

そして。

 

何に使うのか本人しか分からない物体。

 

「これも持っていく」

 

「それは?」

 

「部品」

 

「何の?」

 

「まだ決めてない」

 

「……」

 

ジーミーは。

 

もう何も言わなかった。

 

ただ。

 

黙々と箱に詰めていく。

 

そんな中。

 

ジーミーは。

 

店の奥に置かれた古い箱を見つけた。

 

「……これ」

 

埃をかぶった箱だった。

 

大きさはそれほどでもない。

 

何かの部品を入れていたらしい。

 

ジーミーが蓋を開ける。

 

「……え?」

 

中には。

 

服が入っていた。

 

古い服。

 

まだジーミーが小さかった頃に着ていたものだった。

 

擦り切れたシャツ。

 

少し大きめだった上着。

 

古びたズボン。

 

そして。

 

何度も洗濯された跡のある、小さな服。

 

ジーミーの手が止まった。

 

「……これ」

 

ステラが振り返る。

 

「ああ」

 

「姉さん……これ」

 

「昔の服だね」

 

「なんで……」

 

ジーミーは。

 

一枚を手に取った。

 

「なんで、こんなの取ってあるの?」

 

ステラは。

 

少しだけ黙った。

 

「……捨てる理由がなかったから」

 

「……」

 

「まだ使えるものもあったし」

 

「……」

 

「それに」

 

ステラは。

 

視線を逸らした。

 

「ジーミーが来たばかりの頃のものだから」

 

その一言で。

 

ジーミーの顔が歪んだ。

 

「……姉さん」

 

「ん?」

 

「……俺」

 

声が震えた。

 

「こんなの……覚えてないよ」

 

「そうだろうね」

 

「でも……姉さんは……」

 

ジーミーは。

 

服を胸に抱えた。

 

そして。

 

堪えきれなくなったように。

 

涙をこぼした。

 

「……なんで……」

 

ステラが目を丸くする。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「……姉さん……」

 

「泣くなよ」

 

「だって……」

 

「服だよ?」

 

「……うん」

 

「そんなに大事なものじゃ――」

 

そこまで言って。

 

ステラは。

 

言葉を止めた。

 

自分でも。

 

それが嘘だと分かっていた。

 

大切だった。

 

だから。

 

捨てなかった。

 

だから。

 

わざわざ箱に入れて。

 

ずっと保管していた。

 

ステラの頬が。

 

少しだけ赤くなる。

 

「……まあ」

 

ステラは。

 

ジーミーの頭に手を置いた。

 

そして。

 

ゆっくり撫でる。

 

「昔の弟分の服を取っておくくらい」

 

「……」

 

「別に、変じゃないだろ?」

 

ジーミーは。

 

泣きながら頷いた。

 

「……うん」

 

「だから泣くなって」

 

「……うん……」

 

「新しい町に持っていこう」

 

「……いいの?」

 

「もちろん」

 

ステラは笑った。

 

「それも、ジーミーの荷物だからね」

 

ジーミーは。

 

また泣いた。

 

「……姉さん」

 

「何だい?」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

ステラは。

 

少しだけ困った顔をした。

 

それから。

 

また頭を撫でる。

 

「……ふふん」

 

赤い顔のまま。

 

小さく笑った。

 

「どういたしまして」

 

---

 

昼。

 

店の外から声がした。

 

「おーい!」

 

「あ」

 

ステラが顔を上げる。

 

「お兄さんだ♪」

 

廃材屋の兄さんが。

 

店の入口に立っていた。

 

「引っ越すって聞いたぞ」

 

「うん」

 

「軍の基地だって?」

 

「そうだよ」

 

「……お前、本当に軍の基地でロボット作る気か?」

 

「もちろん♪」

 

兄さんは。

 

頭を抱えた。

 

「軍も大変だな……」

 

「何言ってるんだい」

 

ステラは胸を張る。

 

「軍だよ?」

 

「?」

 

「材料いっぱい持ってるじゃないか♪」

 

「お前なぁ……」

 

兄さんは呆れた。

 

だが。

 

その顔には。

 

どこか安心したような色もあった。

 

「で?」

 

ステラが尋ねる。

 

「お兄さんはどうするの?」

 

「俺?」

 

「うん」

 

「軍から話は来た」

 

「ほう」

 

「店を移してくれってさ」

 

「へぇ」

 

「基地の近くに、店を出せる場所まで用意するらしい」

 

ステラは。

 

嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、これからもよろしくね♪」

 

「……結局それか」

 

「当たり前だろう?」

 

「まあな」

 

兄さんは。

 

少しだけ笑った。

 

「お前がいなくなったら、せっかくの上客が一人減るからな」

 

「私、上客?」

 

「売り上げだけなら、たぶんな」

 

「ふふん♪」

 

ステラは満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、今度から軍基地前の超優良顧客だね♪」

 

「そこまで軍にたかるなよ」

 

「たかってないよ」

 

ステラは真顔で言った。

 

「正当な商取引さ」

 

「お前が言うと怖いんだよ」

 

---

 

その日の午後。

 

今度は。

 

別の人物がやってきた。

 

「ステラ!」

 

「ライアン警部!」

 

警察車両から降りてきたライアンは。

 

店の前に積み上がった段ボールを見て。

 

ため息をついた。

 

「……本当に引っ越すんだな」

 

「うん♪」

 

「軍から話が来た」

 

「そっちにも?」

 

「ああ」

 

ライアンは封筒を取り出した。

 

「異動命令だ」

 

「へぇ」

 

「基地周辺の警察組織へ」

 

「おめでとう♪」

 

「……めでたいのか?」

 

「たぶん」

 

ライアンは。

 

少しだけ笑った。

 

「まあ、俺としても悪い話じゃない」

 

そして。

 

少し困ったような顔をした。

 

「ただな……」

 

「ん?」

 

「嫁さんへの説得に困ってる」

 

「……奥さん?」

 

ステラが首を傾げる。

 

「そうだ」

 

ライアンは頭を掻いた。

 

「軍から突然、異動だの基地の近くだのって話が来てな」

 

「それは大変だねぇ」

 

「お前が原因なんだけどな」

 

「ふふん♪」

 

「笑うな」

 

ライアンはため息をつく。

 

「どう説明したものか……」

 

ステラは少し考えた。

 

そして。

 

ぱっと笑う。

 

「それなら――」

 

「ん?」

 

「原因として、一度あいさつに行かないとねぇ♪」

 

「……は?」

 

「奥さんに」

 

「待て」

 

「『こんにちは、ライアン警部にはいつもお世話になってます♪ 今回のお引っ越しの原因です♪』って」

 

「やめろ!」

 

ライアンの顔色が変わった。

 

「絶対やめろ!」

 

「なんで?」

 

「余計な誤解を生む!」

 

「誤解?」

 

「いや、そうじゃなくてだな!」

 

ステラは。

 

楽しそうに笑う。

 

「ふふん♪」

 

「笑ってる場合じゃない!」

 

「じゃあ、ちゃんと説明すればいいじゃないか」

 

「それが難しいって言ってるんだ!」

 

「じゃあ私が説明するよ?」

 

「もっと駄目だ!」

 

ジーミーが横から。

 

「……警部さん、大変だね」

 

「他人事みたいに言うな!」

 

「姉さんが悪い」

 

「ジーミー!」

 

「事実でしょ」

 

「弟分のくせに!」

 

ステラは。

 

少しむくれた。

 

「私は親切で言ってるんだよ?」

 

「その親切が怖いんだ!」

 

ライアンは。

 

しばらく頭を抱えた。

 

「……頼むから、嫁には普通に接してくれ」

 

「分かったよ」

 

ステラは素直に頷く。

 

ライアンは。

 

少し安心した。

 

「本当だな?」

 

「うん」

 

「絶対だぞ?」

 

「うんうん」

 

ステラは。

 

にっこり笑った。

 

その笑顔を見て。

 

ライアンは。

 

なぜか嫌な予感がした。

 

「……本当に?」

 

「ふふん♪」

 

「その笑い方やめろ」

 

---

 

夕方。

 

荷物はほとんど運び出された。

 

店内は。

 

すっかり広くなっていた。

 

ジーミーは。

 

先ほどの古い服を。

 

新しい箱に丁寧にしまっている。

 

「それ、俺が持つよ」

 

「いいよ」

 

ステラが横から箱を取る。

 

「大切なものだろ?」

 

「……うん」

 

「じゃあ、私が運ぶ」

 

「姉さん」

 

「何だい?」

 

「……ありがとう」

 

ステラは。

 

少しだけ目を逸らした。

 

「何度言うんだい」

 

「何度でも」

 

「……」

 

ステラの頬が。

 

また赤くなる。

 

「……まったく」

 

そして。

 

ジーミーの頭を。

 

ぽん。

 

と撫でた。

 

「ほら、引っ越しするよ」

 

「うん」

 

「新しい町では」

 

「うん?」

 

「ちゃんと自分の部屋を作りな」

 

「姉さんは?」

 

「私は工房の隣かな」

 

「……やっぱり」

 

「何だい?」

 

「姉さんらしい」

 

「ふふん♪」

 

---

 

夜。

 

最後の荷物が。

 

軍の輸送車に積み込まれる。

 

ステラは。

 

店の中を見回した。

 

古い棚。

 

空になった作業台。

 

何度も修理した椅子。

 

そして。

 

壁に残った傷。

 

「……」

 

ジーミーが隣に立つ。

 

「姉さん?」

 

「うん?」

 

「寂しい?」

 

ステラは。

 

少し考えた。

 

「……ちょっとだけ」

 

正直な答えだった。

 

「でも」

 

ステラは笑う。

 

「ジーミーもいるし」

 

「うん」

 

「お兄さんも近くに来る」

 

「うん」

 

「ライアン警部もいる」

 

「そうだね」

 

「それに」

 

ステラは。

 

荷物の山を見る。

 

「新しい工房もある」

 

ジーミーは笑った。

 

「……結局そこ?」

 

「もちろん♪」

 

それから。

 

ステラは。

 

古い店の看板を見る。

 

「これも持っていくよ」

 

「うん」

 

看板には。

 

こう書かれていた。

 

**よろずや――金さえもらえば、なんでもやります。**

 

その下に。

 

小さな文字。

 

**(ロボット修理も、します。たぶん)**

 

ステラは。

 

それを外した。

 

「じゃあ」

 

最後に。

 

店の扉を閉める。

 

鍵をかける。

 

「行こうか」

 

ジーミーが頷く。

 

「うん」

 

二人は。

 

輸送車へ向かって歩き出した。

 

その背中を。

 

ライアンと廃材屋の兄さんが見送る。

 

「……本当に行っちまうんだな」

 

兄さんが呟く。

 

ライアンは。

 

小さく息を吐いた。

 

「新しい町でも、きっと変わらんさ」

 

「だろうな」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして。

 

同時に言った。

 

「……軍が気の毒だ」

 

遠くで。

 

ステラの声が聞こえた。

 

「聞こえてるよー♪」

 

「……」

 

「……」

 

二人は。

 

黙った。

 

そして。

 

ステラは。

 

楽しそうに笑った。

 

「新しい町、楽しみだね♪」

 

ジーミーが答える。

 

「うん」

 

軍の輸送車列が。

 

ゆっくりと動き出す。

 

十年以上暮らした町を。

 

よろず屋の看板と。

 

古い部品と。

 

大切にしまわれた小さな服と。

 

これまで築いてきた人間関係を乗せて。

 

ステラは。

 

新しい町へ向かった。

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