### お引っ越しのお願い
翌日。
よろず屋の店先に。
見慣れない車が止まった。
軍用車両。
ただし、武装はされていない。
そのことを。
ステラは店に来る前、正確にはクルマが基地を出る前から理解していた。
「……へぇ」
工具を置く。
赤い瞳が、窓越しに車両を見る。
「軍のお客さんかな?」
その声に。
ジーミーが振り返った。
「また?」
「たぶんね」
「帰ってもらえば?」
「そういうわけにもいかないだろうさ」
ステラは笑う。
「ちゃんとお金を持ってきてるかもしれないし♪」
ジーミーは呆れた顔をした。
「姉さん……」
「冗談だよ」
そう言って。
ステラは店の外へ出た。
車から降りてきた男を見て。
少しだけ目を細める。
「……あれ?」
男は軍服を着ていた。
そして。
その肩書きは。
ステラなら当然知っている。
「こんにちは」
将軍は敬礼した。
「ヨークシャー将軍だ」
「知ってるよ♪」
ステラは笑った。
「久しぶりだね、将軍さん」
将軍は一瞬だけ黙った。
やはり。
この少女には。
何も隠せない。
「今日は仕事の依頼ですか?」
「いや」
「じゃあ、世間話?」
「それでもない」
「ふふん♪」
ステラは腕を組む。
「じゃあ、何かな?」
将軍は。
ほんの少しだけ息を吸った。
そして。
「引っ越しのお願いに来た」
「……」
ステラが止まった。
ジーミーも。
店の中から顔を出す。
「引っ越し?」
「ああ」
将軍は頷いた。
「今の町から、少し離れた場所へ移ってもらいたい」
ステラは黙って将軍を見る。
数秒。
いや。
人間にとっての数秒。
ステラにとっては。
もっと長い。
彼女は将軍の表情。
声。
姿勢。
車両。
周囲の人間。
装備。
そして。
言葉の選び方まで。
一瞬のうちに確認していた。
「……軍の基地?」
「そうだ」
「私を?」
「そうだ」
「ジーミーも?」
「もちろんだ」
その答えだけは。
早かった。
ステラの目が。
ほんの少しだけ細くなる。
「へぇ」
笑顔は消えていない。
だが。
少しだけ。
温度が下がった。
「私を軍に入れるつもり?」
「違う」
将軍は即答した。
「軍人にするつもりはない」
「じゃあ、監禁?」
「それも違う、出来るはず無かろう!」
「監視?」
「それは――」
将軍は一瞬だけ言葉を止めた。
ステラが笑った。
「ふふん♪」
「……監視はする」
「正直でよろしい」
「ただし」
将軍は続ける。
「今までと大きく変えるつもりはない」
ステラが首を傾げた。
「どういうこと?」
「基地内に居住区がある」
将軍は説明した。
「軍人の家族も暮らしている。商店もある。病院もある。学校もある。工場もある」
「工場?」
ステラの目が少し輝いた。
「整備工場もある」
「へぇ……」
「君がよろず屋を続けたいなら、場所も用意する」
「ほう」
「ロボットを作りたいなら、工房も用意する」
「ほほう」
「ジーミーも自由に生活していいし学校も有る。」
「……」
ここで。
ステラが初めて。
少しだけ真面目な顔をした。
「ジーミーが?」
「ああ」
将軍は頷く。
「彼の安全を確保する」
その言葉に。
ステラの表情が変わった。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが。
将軍には分かった。
これは。
彼女にとって重要な話だ。
「……どうして?」
「今回の事件だ」
「今回?」
「君の弟分が襲われた」
「……」
「そして、我々は理解した」
将軍は言った。
「今の町では、君だけではなく、君の周囲にいる人間も危険になっている」
ステラは黙っている。
「それに」
将軍は続けた。
「君自身も、今の町では有名になりすぎた」
ステラが少し笑った。
「銀行で裸になったから?」
「……それもある」
「ふふん♪」
「だが、それだけではない」
将軍は真剣だった。
「人型戦車」
「銀行強盗」
「巨大ロボット」
「警察の事件への介入」
「今回の事件」
「十年以上、姿の変わらない少女」
一つ一つ。
淡々と並べる。
「いつか誰かが、君の正体に気づく」
「……そうだね」
ステラはあっさり認めた。
「私もそう思ってたよ」
「ならば」
将軍は言った。
「ちょうどいい機会だ」
ステラは。
将軍を見る。
「町を変える」
「……」
「君の生活そのものを奪うのではなく」
将軍は言った。
「生活する場所を変える」
ステラはしばらく黙っていた。
やがて。
「なるほどね」
小さく呟いた。
「軍としては、私を安全な場所に置きたい」
「そうだ」
「ジーミーも守れる」
「ああ」
「私の身元も守りやすい」
「そうだ」
「軍は私を監視できる」
「……そうだ」
ステラが笑った。
「正直だねぇ」
将軍も苦笑した。
「君に嘘をついても意味がないからな」
「それは正しい」
ステラは店先の椅子に腰を下ろした。
「でもさ」
「何だ?」
「それって」
ステラは将軍を見る。
「私を囲い込むってことじゃないの?」
空気が変わった。
ジーミーも黙っている。
将軍は。
少しだけ考えた。
「そう見えるだろうな」
「うん」
「だから、君に拒否権を渡す」
ステラが瞬きをする。
「……へぇ」
「嫌なら断ってくれ」
「断ったら?」
「元の町へ戻る」
「軍は?」
「それ以上は何もしない」
「……本当に?」
「本当だ」
ステラは将軍の顔を見る。
その目には。
疑いがないわけではない。
だが。
少なくとも。
今の言葉に嘘がないことは分かっていた。
「それから」
将軍が続ける。
「ライアン警部についても、異動を手配する」
「……ライアン警部?」
「ああ」
「軍が?」
「君の知り合いだからな」
ステラは少しだけ笑った。
「そこまでやるんだ」
「今回の件で、君の周囲の人間を危険に晒したくない」
そして。
「もう一人」
「誰?」
「廃材屋の兄さんだ」
「……お兄さん?」
ステラの表情が。
ぱっと明るくなった。
「お兄さんも?」
「ああ」
「今まで通り?」
「今まで通りだ」
「軍の使者には?」
「しない」
「軍の職員にも?」
「しない」
「ただの廃材屋?」
「そうだ」
ステラは。
にっこり笑った。
「それならいいや♪」
将軍は少しだけ驚いた。
「そこが重要なのか?」
「もちろん」
ステラは当然のように言った。
「お兄さんはお兄さんだよ」
「……そうか」
「軍の人間にしたら、もう面白くないだろう?」
「そうだな」
「分かってるじゃないか♪」
ステラは楽しそうに笑った。
それから。
少し考える。
「新しい町かぁ」
「基地の中だ」
「工房は大きい?」
「必要なら大きくする」
「電力は?」
「十分に用意する」
「材料は?」
「予算を組む」
「ロボット作っていい?」
「いい」
「大きいやつ」
「……どの程度だ?」
ステラは。
にやりと笑った。
「十五メートルくらい?」
将軍は。
ほんの少しだけ遠い目をした。
「……その程度なら、基地の設計段階で考慮する」
「ふふん♪」
「ただし」
将軍は念を押す。
「基地の設備を勝手に破壊するのはやめてくれ」
「努力するよ♪」
「その返事は信用できないな」
「失礼だねぇ」
ジーミーが横から口を挟んだ。
「姉さん」
「何だい?」
「基地って、軍の基地なんだよね?」
「ああ」
「……俺、軍人になるの?」
「ならないよ」
将軍が答えた。
「君は君のままでいい」
ジーミーは少し考え。
「じゃあ……いいんじゃない?」
「ジーミー」
ステラが見る。
「本当に?」
「うん」
ジーミーは頷いた。
「姉さんが行くなら」
その一言。
ステラは。
ほんの一瞬。
何も言わなかった。
そして。
「……そっか」
小さく笑った。
「じゃあ」
ステラは立ち上がる。
「お引っ越ししようか♪」
将軍は目を見開いた。
「いいのか?」
「うん」
あまりにもあっさりしていた。
「今の町も嫌いじゃないけどね」
ステラは店を見る。
古びた看板。
「よろずや――金さえもらえば、なんでもやります」
その下にある。
小さな文字。
「(ロボット修理も、します。たぶん)」
「そろそろ引っ越し頃かなって思ってたんだ」
「……」
「それに」
ステラは将軍を見る。
「軍が私の身内を守るって言うなら」
赤い瞳が。
まっすぐ将軍を見つめる。
「その提案、受けてあげるよ」
将軍は。
深く頭を下げた。
「ありがとう」
「ただし」
「?」
ステラは。
いつもの笑顔に戻った。
「基地に着いたら、まず工房を見せておくれ」
「……分かった」
「それと」
「何だ?」
「軍のお客さんとしてなら、基地でも仕事を受けるよ♪」
将軍は苦笑した。
「そこは変わらないのだな」
「変える必要ある?」
「ないな」
「ふふん♪」
こうして。
ステラの引っ越しが決まった。
軍が彼女を拘束したわけでもない。
警察が彼女を追い出したわけでもない。
ただ。
人間の社会のほうが。
彼女の存在に合わせて。
少しだけ場所を変えることになった。
そして軍はまだ知らない。
新しい基地に。
十五メートル級の巨大ロボットが。
一体。
また一体。
増えていくことになるとは。
この時点では。
誰も知らなかった。
### 引っ越し準備
翌朝。
よろず屋は。
珍しく。
朝から大騒ぎだった。
「さて――」
ステラは腕を組み。
店の中央に立っていた。
その前には。
段ボール箱。
山積み。
「引っ越しだね♪」
「……」
ジーミーは。
無言で箱を見る。
「姉さん」
「何だい?」
「これ全部、持っていくの?」
「もちろん」
ステラは一番近くの箱を開けた。
中には。
歯車。
ボルト。
配線。
古い制御基板。
何に使うのか分からない金属片。
そして。
「これ、何?」
ジーミーが取り出した。
「それ?」
ステラは少し考える。
「……たぶん、いつか使う」
「いつ?」
「いつか」
「いつかっていつ?」
「いつかは、いつかさ♪」
ジーミーは。
箱を閉じた。
「全部捨てよう」
「待ちなさい」
ステラが箱を抱えて取り戻す。
「それは貴重な部品だよ!」
「何年使ってない?」
「……」
ステラが考える。
「七年くらい?」
「いらないだろ」
「必要になるかもしれない」
「ならない」
「なるかもしれない!」
「ならない」
「なるんだよ!」
「姉さん」
「何だい?」
「これ、前に俺が捨てようとしたやつだよね?」
「……」
ステラは。
箱を抱えたまま。
目を逸らした。
「……レディには秘密があるのさ」
「物置の奥に秘密を増やすなよ」
「ふふん♪」
結局。
その箱は。
捨てられなかった。
---
引っ越し準備は。
思った以上に大変だった。
いや。
正確には。
ステラが荷物を増やしすぎていた。
よろず屋の商品。
工具。
機械部品。
ロボットの残骸。
研究用の装置。
古い電子機器。
そして。
何に使うのか本人しか分からない物体。
「これも持っていく」
「それは?」
「部品」
「何の?」
「まだ決めてない」
「……」
ジーミーは。
もう何も言わなかった。
ただ。
黙々と箱に詰めていく。
そんな中。
ジーミーは。
店の奥に置かれた古い箱を見つけた。
「……これ」
埃をかぶった箱だった。
大きさはそれほどでもない。
何かの部品を入れていたらしい。
ジーミーが蓋を開ける。
「……え?」
中には。
服が入っていた。
古い服。
まだジーミーが小さかった頃に着ていたものだった。
擦り切れたシャツ。
少し大きめだった上着。
古びたズボン。
そして。
何度も洗濯された跡のある、小さな服。
ジーミーの手が止まった。
「……これ」
ステラが振り返る。
「ああ」
「姉さん……これ」
「昔の服だね」
「なんで……」
ジーミーは。
一枚を手に取った。
「なんで、こんなの取ってあるの?」
ステラは。
少しだけ黙った。
「……捨てる理由がなかったから」
「……」
「まだ使えるものもあったし」
「……」
「それに」
ステラは。
視線を逸らした。
「ジーミーが来たばかりの頃のものだから」
その一言で。
ジーミーの顔が歪んだ。
「……姉さん」
「ん?」
「……俺」
声が震えた。
「こんなの……覚えてないよ」
「そうだろうね」
「でも……姉さんは……」
ジーミーは。
服を胸に抱えた。
そして。
堪えきれなくなったように。
涙をこぼした。
「……なんで……」
ステラが目を丸くする。
「ちょ、ちょっと」
「……姉さん……」
「泣くなよ」
「だって……」
「服だよ?」
「……うん」
「そんなに大事なものじゃ――」
そこまで言って。
ステラは。
言葉を止めた。
自分でも。
それが嘘だと分かっていた。
大切だった。
だから。
捨てなかった。
だから。
わざわざ箱に入れて。
ずっと保管していた。
ステラの頬が。
少しだけ赤くなる。
「……まあ」
ステラは。
ジーミーの頭に手を置いた。
そして。
ゆっくり撫でる。
「昔の弟分の服を取っておくくらい」
「……」
「別に、変じゃないだろ?」
ジーミーは。
泣きながら頷いた。
「……うん」
「だから泣くなって」
「……うん……」
「新しい町に持っていこう」
「……いいの?」
「もちろん」
ステラは笑った。
「それも、ジーミーの荷物だからね」
ジーミーは。
また泣いた。
「……姉さん」
「何だい?」
「ありがとう」
「……」
ステラは。
少しだけ困った顔をした。
それから。
また頭を撫でる。
「……ふふん」
赤い顔のまま。
小さく笑った。
「どういたしまして」
---
昼。
店の外から声がした。
「おーい!」
「あ」
ステラが顔を上げる。
「お兄さんだ♪」
廃材屋の兄さんが。
店の入口に立っていた。
「引っ越すって聞いたぞ」
「うん」
「軍の基地だって?」
「そうだよ」
「……お前、本当に軍の基地でロボット作る気か?」
「もちろん♪」
兄さんは。
頭を抱えた。
「軍も大変だな……」
「何言ってるんだい」
ステラは胸を張る。
「軍だよ?」
「?」
「材料いっぱい持ってるじゃないか♪」
「お前なぁ……」
兄さんは呆れた。
だが。
その顔には。
どこか安心したような色もあった。
「で?」
ステラが尋ねる。
「お兄さんはどうするの?」
「俺?」
「うん」
「軍から話は来た」
「ほう」
「店を移してくれってさ」
「へぇ」
「基地の近くに、店を出せる場所まで用意するらしい」
ステラは。
嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これからもよろしくね♪」
「……結局それか」
「当たり前だろう?」
「まあな」
兄さんは。
少しだけ笑った。
「お前がいなくなったら、せっかくの上客が一人減るからな」
「私、上客?」
「売り上げだけなら、たぶんな」
「ふふん♪」
ステラは満足そうに頷いた。
「じゃあ、今度から軍基地前の超優良顧客だね♪」
「そこまで軍にたかるなよ」
「たかってないよ」
ステラは真顔で言った。
「正当な商取引さ」
「お前が言うと怖いんだよ」
---
その日の午後。
今度は。
別の人物がやってきた。
「ステラ!」
「ライアン警部!」
警察車両から降りてきたライアンは。
店の前に積み上がった段ボールを見て。
ため息をついた。
「……本当に引っ越すんだな」
「うん♪」
「軍から話が来た」
「そっちにも?」
「ああ」
ライアンは封筒を取り出した。
「異動命令だ」
「へぇ」
「基地周辺の警察組織へ」
「おめでとう♪」
「……めでたいのか?」
「たぶん」
ライアンは。
少しだけ笑った。
「まあ、俺としても悪い話じゃない」
そして。
少し困ったような顔をした。
「ただな……」
「ん?」
「嫁さんへの説得に困ってる」
「……奥さん?」
ステラが首を傾げる。
「そうだ」
ライアンは頭を掻いた。
「軍から突然、異動だの基地の近くだのって話が来てな」
「それは大変だねぇ」
「お前が原因なんだけどな」
「ふふん♪」
「笑うな」
ライアンはため息をつく。
「どう説明したものか……」
ステラは少し考えた。
そして。
ぱっと笑う。
「それなら――」
「ん?」
「原因として、一度あいさつに行かないとねぇ♪」
「……は?」
「奥さんに」
「待て」
「『こんにちは、ライアン警部にはいつもお世話になってます♪ 今回のお引っ越しの原因です♪』って」
「やめろ!」
ライアンの顔色が変わった。
「絶対やめろ!」
「なんで?」
「余計な誤解を生む!」
「誤解?」
「いや、そうじゃなくてだな!」
ステラは。
楽しそうに笑う。
「ふふん♪」
「笑ってる場合じゃない!」
「じゃあ、ちゃんと説明すればいいじゃないか」
「それが難しいって言ってるんだ!」
「じゃあ私が説明するよ?」
「もっと駄目だ!」
ジーミーが横から。
「……警部さん、大変だね」
「他人事みたいに言うな!」
「姉さんが悪い」
「ジーミー!」
「事実でしょ」
「弟分のくせに!」
ステラは。
少しむくれた。
「私は親切で言ってるんだよ?」
「その親切が怖いんだ!」
ライアンは。
しばらく頭を抱えた。
「……頼むから、嫁には普通に接してくれ」
「分かったよ」
ステラは素直に頷く。
ライアンは。
少し安心した。
「本当だな?」
「うん」
「絶対だぞ?」
「うんうん」
ステラは。
にっこり笑った。
その笑顔を見て。
ライアンは。
なぜか嫌な予感がした。
「……本当に?」
「ふふん♪」
「その笑い方やめろ」
---
夕方。
荷物はほとんど運び出された。
店内は。
すっかり広くなっていた。
ジーミーは。
先ほどの古い服を。
新しい箱に丁寧にしまっている。
「それ、俺が持つよ」
「いいよ」
ステラが横から箱を取る。
「大切なものだろ?」
「……うん」
「じゃあ、私が運ぶ」
「姉さん」
「何だい?」
「……ありがとう」
ステラは。
少しだけ目を逸らした。
「何度言うんだい」
「何度でも」
「……」
ステラの頬が。
また赤くなる。
「……まったく」
そして。
ジーミーの頭を。
ぽん。
と撫でた。
「ほら、引っ越しするよ」
「うん」
「新しい町では」
「うん?」
「ちゃんと自分の部屋を作りな」
「姉さんは?」
「私は工房の隣かな」
「……やっぱり」
「何だい?」
「姉さんらしい」
「ふふん♪」
---
夜。
最後の荷物が。
軍の輸送車に積み込まれる。
ステラは。
店の中を見回した。
古い棚。
空になった作業台。
何度も修理した椅子。
そして。
壁に残った傷。
「……」
ジーミーが隣に立つ。
「姉さん?」
「うん?」
「寂しい?」
ステラは。
少し考えた。
「……ちょっとだけ」
正直な答えだった。
「でも」
ステラは笑う。
「ジーミーもいるし」
「うん」
「お兄さんも近くに来る」
「うん」
「ライアン警部もいる」
「そうだね」
「それに」
ステラは。
荷物の山を見る。
「新しい工房もある」
ジーミーは笑った。
「……結局そこ?」
「もちろん♪」
それから。
ステラは。
古い店の看板を見る。
「これも持っていくよ」
「うん」
看板には。
こう書かれていた。
**よろずや――金さえもらえば、なんでもやります。**
その下に。
小さな文字。
**(ロボット修理も、します。たぶん)**
ステラは。
それを外した。
「じゃあ」
最後に。
店の扉を閉める。
鍵をかける。
「行こうか」
ジーミーが頷く。
「うん」
二人は。
輸送車へ向かって歩き出した。
その背中を。
ライアンと廃材屋の兄さんが見送る。
「……本当に行っちまうんだな」
兄さんが呟く。
ライアンは。
小さく息を吐いた。
「新しい町でも、きっと変わらんさ」
「だろうな」
二人は顔を見合わせる。
そして。
同時に言った。
「……軍が気の毒だ」
遠くで。
ステラの声が聞こえた。
「聞こえてるよー♪」
「……」
「……」
二人は。
黙った。
そして。
ステラは。
楽しそうに笑った。
「新しい町、楽しみだね♪」
ジーミーが答える。
「うん」
軍の輸送車列が。
ゆっくりと動き出す。
十年以上暮らした町を。
よろず屋の看板と。
古い部品と。
大切にしまわれた小さな服と。
これまで築いてきた人間関係を乗せて。
ステラは。
新しい町へ向かった。