# 機械化度
今から五百年以上前、一人の狂った博愛主義者がいた。
彼は、事故や突然の病によって命を落とす人々を救いたいと願っていた。
人は、いつ死ぬか分からない。昨日まで健康だった者が、今日には命を落とすこともある。ならば、どうすれば人々を突然の死から救えるのか。
彼が考えた答えは、至って単純だった。
あらかじめ、医師を常駐させておけばいい。
もちろん、人間の医師ではない。
機械の医師だ。
血液中に医療用マイクロマシンを常駐させ、身体に異常が発生した際には、それらが増殖し、不足したものを補い、損傷した組織を修復すればいい。
マイクロマシンが一般化した現代なら、誰もが一度は考えつきそうな発想である。
だが、誰もが途中で諦める。
……うんうん。分かるよ。
どうして医療用ナノマシンを使用する際、あれほど大掛かりな施設が必要だと思うのかな?
医療用ナノマシンとは、単に患者の体内へ注入すれば済むものではない。
まず、人体を正確にスキャンする。遺伝子検査を行い、患者の身体について、何が不足し、何が過剰で、どこに異常があるのかを把握する。
そのうえでナノマシンを注入し、外部から指示を与え、必要な形状や機能を持たせていく。同時に、患者の容態を監視し、処置が適切に行われているかを管理する。
これら一連の工程を担う複合医療システムがあって、初めて医療用ナノマシンは本来の能力を発揮できるのだ。
ナノマシンそのものは、何にでもなれる。
しかし、何にでもなれるということは、何にもなれないということでもある。
適切な指示も、設計図も、制御する仕組みもなければ、それは単なる物質にすぎない。
だからこそ、人体の中に常駐させ、必要に応じて自律的に増殖し、適切な処置を施すという発想は、誰もが思いつきながら実現できなかった。
少なくとも、人類の技術だけでは。
*
その狂人は、何らかの発想と、何らかの未知の仕組みを結びつけたのだろう。
何をどうしたのかは、今となっては分からない。
彼はその何かを人類全体に配布することに成功している、どうやったかは未だに解ら
ない、ある日突然人類が生息する百近い星系でほぼ同時に確認ができただけだ。
ただ一つ、確かなことがある。
彼が生み出した何かは、五百年以上が経過した現在も、人類の体内に存在し続けている。
そして、いまだに根絶できていない。
それは人間の遺伝子に結びつき、宿主自身の身体によって作り出され、増殖する。
普段は、何もしない。
血液中の赤血球や白血球に取りつき、ただ漂っているだけだ。
だが、身体に異常が発生すると、状況は変わる。
何らかの理由で赤血球や白血球の数が増減すると、それに連動して、体内の何かもまた増減する。
その際に発せられる信号を通じて、身体に異常が起きたことを察知するのだ。
そして、必要と判断すれば動き始める。
例えば、白血球が外敵を攻撃するとき。
体内の何かは白血球の動きに合わせ、攻撃対象に取りつき、その情報を読み取る。そして、自らを犠牲にして自爆する。
その際、得られた情報は周囲へ拡散される。
拡散された情報の濃度が高いほど、それは重大な脅威として認識される。
体内に一定以上の脅威情報が蓄積すると、今度は対抗手段の生成が始まる。
増殖が促され、必要な機能が構築されていく。
そこまでなら、優秀な免疫補助システムと考えてもいい。
実際、既存の免疫機構を補完する仕組みとしては、極めて有効だった。
特に興味深いのは、脅威の判定を、もともと人体に備わっている免疫システムに委ねている点だ。
何を敵と見なし、何に対抗する必要があるのか。
それを新たな仕組みが一から判断するのではない。既存の免疫システムが下した判断を利用することで、無用な誤作動を抑え、人体に適応した仕組みを成立させている。
よく考えられている。
……いや。
よく考えられている、という評価で済ませていいのだろうか。
そもそも、このような仕組みを考えついた者は、過去にも大勢いたはずだ。
免疫システムを利用し、人体を自動的に修復する。
発想自体は、決して突飛なものではない。
だが、実現しようとすれば、誰もが同じ問題に突き当たる。
人体の免疫システムは優秀だが、万能ではない。
傷を治すための仕組みが、必ずしも元どおりの身体を作ってくれるとは限らない。外敵を排除できても、失われた組織や機能を完全に復元できるわけではない。
そこに人工的な判断機構を追加しようとしても、人体そのものの複雑さが壁になる。
大抵の研究者は、そこで諦めた。
だが、あの狂人は違った。
彼は、強引な方法でその問題を解決したのだ。
*
体内で何かが発現すると、それは身体の各所に集まり始める。
やがて、そら豆ほどの大きさを持つ、何らかの統括機構が形成される。
それらは体内の情報を集め、必要な指示を出しながら、宿主の遺伝情報をもとにした設計図を作り上げていく。
それには、何年もの時間が必要になる。
その間も、人体の免疫システムは活動を続けている。日々の病気や感染症、外傷などへの対応を通じて、身体に関する情報が蓄積されていく。
それらの情報は、設計図を修正するための材料となる。
宿主が生まれ持った遺伝情報だけではない。
成長の過程で受けた傷や、身体に加わった負荷、さまざまな環境への適応。
そうした経験までもが、何かにとっての修正材料になるらしい。
そして、宿主の生命が危険にさらされたと判断されたとき。
何かは、それまで蓄積してきた情報を利用し、強引に問題を解決しようとする。
その方法は、宿主の遺伝子そのものを書き換えることだった。
ただし、何でも好き勝手に書き換えるわけではない。
あらかじめ組み込まれた方針に従い、宿主の身体を生存に適した形へと変化させる。
その結果は、漫画に出てくるような異形の怪物ではなかった。
何しろ、作った本人は狂っていたとはいえ、人類を愛していたのだ。
彼が望んだのは、人間を別の生物に変えることではない。
人間のまま、より強く、より壊れにくく、より死ににくい存在へと進化させることだった。
だから、その変化は主として人体組織の強化という形で現れる。
例えば、腕を骨折したとする。
何かは、なぜ骨折したのかを調べる。
骨そのものが弱かったのか。筋肉の強度が足りなかったのか。骨格の構造に問題があったのか。それとも、身体全体の負荷に対して、その腕だけが弱かったのか。
そして、必要と判断した部分を強化する。
問題は、その強化がしばしば過剰になることだった。
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左腕を骨折した場合を考えてみよう。
運がよければ、骨折した腕は、治療前と寸分違わない形に修復される。
見た目も変わらず、日常生活にも支障はない。
ただし、その内部は以前よりも強化されている。
骨の強度が増し、筋肉や腱の耐久性が向上し、同じ原因では二度と骨折しないように調整されているかもしれない。
この程度なら、本人にとっては利益しかない。
さらに運がよければ、その強化は腕だけにとどまらず、全身に及ぶ。
骨格、筋肉、神経、反射速度。
身体全体が調整され、常人をはるかに超える能力を獲得する。
超人の誕生である。
だが、運が悪ければどうなるか。
同じ左腕が、他人の腕のように太く、たくましく変化することもある。
必要以上に筋肉が発達し、骨格が強化され、左右の腕で見た目が大きく異なるような結果になるのだ。
もちろん、強化が腕だけで済むとは限らない。
全身の強化が進めば、身体全体が大きく変化することもある。
超人ではなく、ゴリラの誕生だ。
……本人にとって、それが幸運なのか不運なのかは、また別の話だろう。
そして、何より厄介なのは、この仕組みが一度きりで終わらないことだった。
何かの働きは、宿主が死ぬまで続く。
今回、幸運にも理想的な強化が行われたとしても、次も同じ結果になるとは限らない。
身体に新たな異常が発生したとき、何かがどのような判断を下すのか。それは、そのときになってみなければ分からないのだ。
もっとも、不思議なこともある。
内臓は、どれほど強化されても、基本的には元の形と大きさを維持している。
心臓や肝臓が筋肉のように肥大化したり、腎臓が巨大化したりすることはない。
それどころか、強化の度合いそのものも、全身にかかる負荷との釣り合いを保つように調整されているように見える。
身体の一部だけが過剰に強化されることはあっても、生命維持に必要な器官については、何らかの抑制が働いているらしい。
まるで、人体全体を一つの機械として捉え、各部の性能を調整しているかのように。
……誰が、そこまで考えたのだろうか。
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この何かは、かつて人類を苦しめた、がん細胞と同じような問題を抱えていた。
一度、人体に発現すると、完全に根絶することが難しいのだ。
現在に至るまで、確実な除去方法は外科手術しか見つかっていない。
そして、何かが発現した人間には、通常のナノマシン治療を適用できなくなる。
体内に存在する何かが、外部から注入されたナノマシンの働きに干渉するためだと考えられているが、詳しい仕組みは分かっていない。
その一方で、発現した人間の身体には、もう一つの特徴が現れる。
人体に含まれる各種金属の割合が、通常の人間とは異なってくるのだ。
体内の金属含有率が上昇する現象は、何かが人体の一部を置き換えたり、組織を強化したりした結果ではないかと考えられている。
その置き換わった割合が、いつしか人体の機械化率と混同されるようになった。
そして現在では、人工的に身体を機械化した割合と、何かの発現に伴う変化を合わせて、機械化度と呼ぶようになっている。
厳密には、両者はまったく別の現象である。
だが、外見や検査数値だけで区別することは難しく、社会制度上も同じ尺度で扱われてきた。
なお、何かの発現率は、全人口のおよそ一割とされている。
決して珍しい現象ではない。
しかし、その発現の仕組みも、強化の基準も、いまだに解明されていない。
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もっとも、何かの発現には、メリットとデメリットがある。
デメリットとしては、通常のナノマシン治療が受けられなくなること。そして、生命の危機に際して、本人の意思とは無関係に身体が変化する可能性があることだ。
一方、メリットは大きい。
発現した人間は、ほとんどの病気にかかりにくくなる。小さな傷なら短時間で修復され、身体の異常にも迅速に対応できる。
もちろん、完全な不死身になるわけではない。
それでも、通常の人間と比較すれば、生命を脅かす要因は大幅に減少する。
だからこそ、発現が確認されても、何かを外科手術で取り除こうとする者は少ない。
下手に除去しようとすれば、これまで身体を守ってきた機能を失うことになる。しかも、除去手術そのものにも危険が伴う。
何より、本人にとっては、現状で十分な利益があるのだ。
わざわざ危険を冒してまで取り除く理由がない。
ただし、最も恐ろしいのは、何かが宿主の生命を危険と判断したときだった。
何かは、宿主を救うために身体を変える。
その結果、どのような姿になろうとも。
本人が望んでいようと、望んでいまいと。
それこそが、狂った博愛主義者が人類に残した、最大の問題だった。
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現在、アマテラス政府は、何かの発現や進行状況を把握するため、全国民に年一回の定期診断を推奨している。
発現の有無だけでなく、身体の変化や機械化度の推移を記録し、異常が確認された場合には経過を観察する。
もっとも、診断によって分かるのは、あくまで現時点での状態だ。
何かが次にどのような変化を引き起こすのか。それを正確に予測することは、今もできない。
そして、ステラ。
彼女は、この何かに対する最適応例と見なされていた。
常人を超える身体能力。
見た目に反して、年を取る気配のない身体。
それらを考慮すれば、彼女の機械化度は八十以上に達しているのではないか、と推測する者もいた。
ただし、その数字が何を意味しているのかは、誰にも分からない。
人工的な機械化によるものなのか。それとも、体内の何かによる変化なのか。
あるいは、その両方なのか。
そもそも、彼女の身体が、一般的な人間と同じ仕組みで成り立っているのかさえ、確かなことは言えなかった。
不思議なのは、そこまで高い適応性を持つ存在であれば、政府や研究機関が何らかの形で接触していてもおかしくないということだ。
だが、少なくとも公に確認できる範囲では、そのような動きは見られなかった。
彼女を管理しようとする組織も、研究対象として囲い込もうとする機関も、表立っては現れない。
そのことが、かえって人々の憶測を広める原因になっていた。
ステラは何者なのか。
なぜ、あれほどの能力を持っているのか。
そして、彼女の機械化度は、本当に八十程度なのか。
……そもそも。
人類が定めた尺度で、彼女を測ること自体が正しいのだろうか。