基地に引っ越してきて。
数日。
ステラは。
もうすっかり基地の生活に馴染んでいた。
……正確には。
基地のほうが、ステラの存在に慣れ始めていた。
そして今日は。
「お兄~さん♪」
「……」
新しく移転してきた廃材屋の前。
店主は。
聞こえなかったことにした。
「お兄~さん♪」
「……」
「お・に・い・さ~ん♪」
「聞こえてるよ」
「ふふん♪」
ステラは満足そうに笑った。
「じゃあ、なんで返事してくれないのさ?」
「返事したら面倒なことになるからだよ」
「ひどいなぁ」
「お前の場合、本当に面倒だからな」
店の中には。
軍から払い下げられた古い電装部品。
旧式通信機。
古い駆動系パーツ。
使い道があるのかないのか分からない機械部品。
そして。
ステラが大好きそうなものが山ほど並んでいた。
「へぇ……」
ステラの目が輝く。
「いいの入ってるじゃないか」
「触るなよ」
「まだ何もしてないよ?」
「その『まだ』が怖いんだよ」
ステラは棚の奥から古い制御基板を取り出した。
「これ」
「売り物だ」
「いくら?」
「普通に値札見ろ」
「……」
ステラが値札を見る。
「高い」
「当たり前だ」
「お兄さん、私たち仲良しだよね?」
「そういう話をする時は、大体値引き交渉だな」
「ふふん♪ さすが、お兄さん。よく分かってる」
「分かりたくなかったよ」
ステラは別の部品を手に取る。
「これは?」
「それも売り物」
「じゃあ、これは?」
「売り物」
「これも?」
「売り物」
「全部売り物じゃないか」
「廃材屋なんだから当たり前だろ!」
「じゃあ、全部ちょうだい」
「金出せ」
「つけで」
「駄目」
「将軍さんに言うよ?」
「何をだよ」
「お兄さんが冷たいって」
「それは俺が困る話じゃない」
「ホントに、じゃあ、ヨークシャー将軍に――」
「分かった。少しなら値引きする」
「交渉成立♪」
店主は深々とため息をついた。
「……お前、本当に商売人だよな」
「よろず屋だからね♪」
「客として来たのか、店を荒らしに来たのか分からん」
「もちろん客だよ」
「その割に商品を勝手に並べ替えてるけどな」
「あ、これこっちの棚のほうが見やすいよ」
「勝手に改装するな!」
店内に。
ステラの笑い声が響いた。
◆
その頃。
基地警察署。
「副署長」
「何だ?」
「本日の巡回表です」
「そこに置いてくれ」
「はい」
書類を受け取った男は。
かつてステラを何度も現場で迎えた男だった。
ライアン警部。
いや。
今は――。
**ライアン副署長。**
基地警察署の副署長に昇進していた。
表向きには。
通常の人事異動。
昇進。
栄転。
そういうことになっている。
だが。
実際には。
ヨークシャー将軍からの強い配慮があった。
危険な現場から離す。
ステラ案件が発生した際には、迅速に対応できる立場に置く。
そして。
何より。
ステラを知っている人間を。
不用意に危険な場所へ出さない。
署長も。
その意図を理解したうえで了承していた。
そのため。
署内では。
密かに。
「特命ステラ担当」
などと呼ばれている。
「副署長」
「何だ?」
「今日、例の件です」
「……例の件?」
「ステラさんが来ています」
「……」
ライアンは頭を抱えた。
「どこにいる?」
「廃材屋です」
「……」
「お兄さんに絡んでます」
「……なら、しばらく放っておけ」
「よろしいんですか?」
「お兄さんなら大丈夫だ」
ライアンはため息をついた。
「むしろ俺が行くと、次は俺に絡んでくる」
「そうですか」
「そうなんだ」
署員は納得した。
「では、特命ステラ担当として――」
「その呼び方はやめろ」
「署長もそう呼んでますが」
「署長までか……」
ライアンは深くため息をついた。
その時。
「担当さ~ん♪」
「…………」
廊下の向こうから。
聞き慣れた声。
ライアンは目を閉じた。
「来たか」
ステラがひょこっと顔を出した。
「やあ♪ 担当さん」
「誰が担当さんだ」
「私の担当さんじゃないか」
「……否定できないのが腹立つな」
「昇進おめでとう♪」
「ありがとう」
「偉くなったねぇ」
「お前に言われると、何とも言えないな」
「副署長だって?」
「ああ」
「じゃあ、もう現場には出ないのかい?」
「基本的にはな」
「へぇ」
ステラは楽しそうに笑った。
「将軍さんの仕業だね?」
「……」
「当たりか」
「まあな」
「私のせい?」
「お前の案件で動きやすくするためでもある」
「ふふん♪」
ステラは満足そうに笑った。
「じゃあ、これからもよろしくね。担当さん♪」
「……その呼び方、定着させるつもりか?」
「もちろん♪」
横でジーミーが苦笑している。
「副署長さん、すみません」
「いや、もう慣れた」
そして。
ステラが振り返った。
「そうだ」
「何だ?」
「今日は挨拶に来たんだよ」
「挨拶?」
「新しい基地に引っ越してきたからね」
ステラはジーミーを見る。
「ライアン警部……じゃない、副署長さんのお家に行こうって」
「……うちに?」
「うん」
「妻に?」
「そう」
ライアンの顔が引きつった。
「……ちょっと待て」
「何だい?」
「お前、妻に何をするつもりだ?」
「挨拶だよ?」
「前にも聞いた気がするな、その言葉」
「ふふん♪」
「その笑い方をする時のお前は信用できない」
「失礼だなぁ」
ジーミーが横から口を挟む。
「姉さん、普通に挨拶するだけだろ」
「もちろんさ」
「ならいいけど」
ライアンは二人を見る。
「……まあ、いいか」
そして。
この判断が。
後に少しだけ面倒なことになる。
◆
ライアンの家。
「ただいま」
「おかえりなさい」
妻が玄関まで出てくる。
「今日は――」
そこまで言って。
彼女は。
ステラを見た。
そして。
ジーミーを見る。
もう一度。
ステラを見る。
「……あら?」
ステラはにこっと笑った。
「こんにちは♪」
「こんにちは」
妻は首を傾げる。
「もしかして……」
ジーミーを見る。
「この子が、噂の?」
「はい」
「じゃあ……」
視線がステラへ。
「妹さん?」
「…………」
ジーミーが固まった。
そして。
ゆっくり。
ものすごく誇らしそうな顔になった。
「……はい」
ライアンが即座に振り返る。
「おい」
だが。
もう遅かった。
「妹です」最高の笑顔で答えるステラ
ジーミーは堂々言い直した。
「僕の姉さんです」
「妹さんよね?」
「……はい」もう一度ニコリとステラ
にっこりと、さらにもう一度
「妹です♪」
ライアンが頭を抱えた。
「お前まで乗るな!」
「だって面白いじゃないか♪」
妻は嬉しそうに笑った。
「まあ……!」
「どうしたんです?」
「本当に兄妹みたいね」
ジーミーの顔が。
さらに誇らしげになる。
「そうなんです」
「ジーミー!」
「姉さんですから」
「……」
ステラは。
そんなジーミーを見て。
少しだけ目を細めた。
そして。
「そうだよ♪」
優しく笑った。
「私の弟さ」
ジーミーは。
少し照れながらも。
嬉しそうに笑った。
妻は二人を見て。
「まあ……本当に仲がいいのね」
「はい」
「うん♪」
「姉さんが、僕を拾ってくれたんです」
「……」
ステラが少しだけ目を逸らす。
「まあ、そんなところさ」
「だから僕にとっては、本当の姉さんみたいなものです」
ステラの頬が。
ほんの少し赤くなる。
「……そういうこと、本人の前で言うかい?」
「本当のことだから」
「ふふ……」
ステラは小さく笑った。
「仕方ない弟だねぇ」
妻が微笑む。
「ステラちゃんも、ジーミーくんのことが大好きなのね」
「もちろんさ」
即答だった。
「大事な弟だからね」
ライアンは。
その二人を少し離れたところから見ていた。
いつものステラとは。
少し違って見える。
軍を相手にしても。
研究者を相手にしても。
警察を相手にしても。
いつも何か一枚、別の顔を持っているように見える少女。
だが。
今は。
ただの姉と弟に見えた。
「……まあ」
ライアンが呟く。
「そういうところだけ見れば、普通なんだけどな」
「何か言ったかい?」
ステラが振り返る。
「いや、何でもない」
「ふふん♪」
そして。
その後。
妻が台所からお茶を持ってきた。
「ステラちゃんもどうぞ」
「ありがとう♪」
「ジーミーくんも」
「ありがとうございます」
「それにしても……」
妻はステラを見る。
「本当に妹さんみたいね」
「そうだろう?」
今度は。
ステラが胸を張った。
「自慢の弟さ♪」
「姉さん……」
ジーミーが照れる。
その横で。
ライアンだけが頭を抱えていた。
「……なんで俺の家でまで、この二人の姉弟劇を見せられてるんだ」
「いいじゃないですか」
妻が笑う。
「あなたも嬉しそうよ」
「俺は……」
ライアンは言葉に詰まった。
そして。
小さく笑った。
「……まあな」
◆
帰り道。
基地の住宅地区を。
三人で歩く。
「姉さん」
「何だい?」
「今日はありがとう」
「何が?」
「妹のふりしてくれて」
「ふり?」
ステラが首を傾げる。
「違うだろ」
「……」
「僕にとって姉さんは、本当に姉さんだから」
ステラは。
一瞬だけ黙った。
そして。
「……そうかい」
少しだけ顔を赤くして。
前を向く。
「じゃあ、これからもそういうことにしておこうか♪」
「うん」
「ふふん♪」
その少し後ろを歩くライアンは。
二人を見ながら。
「……あいつら、本当に兄妹みたいだな」
そう呟いた。
そして。
基地のどこかでは。
新しい噂が生まれていた。
――ステラには弟がいる。
――その弟をものすごく大切にしている。
――ステラは、弟に関する話をすると少しだけ機嫌が良くなる。
そして。
その噂だけは。
ステラ自身が。
否定しなかった。
むしろ。
「それ、もっと広めておくれ♪」
などと。
笑っていたという。