基地での生活にも、少しずつ変化が出てきた。
商店街。
警察署。
廃材屋。
研究施設。
そして――学校。
そんな日々の中。
ステラには、一つだけ不満があった。
「……お金、欲しいなぁ」
よろず屋なのだから、仕事をしてお金を稼ぎたい。
ところが。
最近、基地の研究者たちは、ステラに仕事を頼もうとしない。
理由は単純だった。
ステラに頼めば、問題は解決する。
それは研究者たちにとって非常に魅力的なことだった。
だが同時に。
あまりにも簡単に解決してしまう。
何年も研究してきた問題を、ステラは数分で理解してしまう。
設計思想も。
理論上の問題点も。
自分たちがまだ気づいていない欠陥まで。
だから研究者たちは、ステラに依頼することそのものを慎重に考えるようになっていた。
自分たちで研究するべき問題まで、彼女に投げてしまえばいいのではないか。
そんな誘惑が生まれる。
そして一度頼れば、
「では、次もステラさんに」
となってしまう。
研究者として、それは少し怖かった。
結果として。
「今日は何か仕事ないかい?」
「ありません」
「本当に?」
「ありません」
「何か困ってることとか」
「……ありません」
「知りたいこととか」
「ありません」
「作ってほしいものとか」
「ありません」
ステラは研究室の前で腕を組んだ。
研究者たちは目を合わせない。
「……」
「……」
「……」
「ふむ」
ステラは小さく唸った。
そして。
「じゃあ、帰るよ」
「はい」
素直に去っていく。
だが。
廊下を曲がったところで。
「……」
ステラは立ち止まった。
「仕事がないなら」
少し考える。
「仕事を作ればいいじゃないか♪」
その顔に。
いたずらを思いついた子供のような笑みが浮かんだ。
数日後。
基地の整備区画。
その日も、兵士や整備士たちが行き交っていた。
ふと。
一人の兵士が、何かに気づいて足を止めた。
「……ん?」
遠くの建物。
その屋上の向こうから、何かが姿を現した。
最初は小さな影だった。
だが、それは明らかにこちらへ近づいている。
しかも――
飛んでいる。
「……何だ、あれ?」
隣にいた兵士も足を止める。
影はみるみる大きくなっていく。
航空機ではない。
翼がない。
ヘリでもない。
ローターもない。
ドローンにしては大きく、そして何より――
「……バイク?」
誰かが呟いた。
その言葉通りだった。
二つの車輪。
ハンドル。
シート。
どう見てもバイクだ。
ただし。
タイヤは、どこにも接していない。
バイクは道路を走るのではなく、基地の建物より少し高い位置を、まるで空中に見えない道でもあるかのように滑っていた。
「うわっ!」
近づいてきたバイクが、突然こちらへ向きを変えた。
兵士たちが慌てて身を引く。
バイクは彼らの頭上を通り過ぎ――
そのまま広場の上へ出た。
そこで初めて、高度を下げる。
ふわり。
地面から数十センチ。
タイヤが地面に触れることなく、その場で静止した。
乗っていた人物が、ひょいと降りる。
銀色の長い髪。
赤い瞳。
そして。
「ふふん♪」
見慣れた笑顔。
「どうだい?」
ステラだった。
「……ステラさん!?」
兵士たちが呆然とする。
ステラは自分の乗り物を見回して、満足そうに頷いた。
「うん。いいね、これ♪」
その日。
基地の人間は初めて――
**空飛ぶバイクに乗ったステラ**
を見た。
「いいね、これ♪」
ステラは楽しそうに笑う。
バイクが速度を落とす。
そのまま直角に近い軌道で方向を変えた。
道路なら到底できない動きだった。
さらに高度を上げる。
建物を回り込み。
別の建物の上を越える。
そして、広場の中央へ降りてくる。
正確には――
地面から数十センチのところまで高度を下げた。
ふわり。
ほとんど衝撃もなく停止する。
「……」
周囲の兵士たちは言葉を失っていた。
ステラはバイクから降りる。
「便利だね、これ♪」
そのバイクは。
新しいロボットを作った際に余った部品から作られていた。
中核になっているのは、高効率の反重力ユニット。
本来ならロボットのために用意されたものだった。
だが。
ロボット一機を組み上げる過程では、どうしても余る部品が出る。
ステラは、それを捨てなかった。
「これ、バイクに使えるじゃないか」
それだけだった。
反重力で車体を浮かせる。
推進方向を制御する。
姿勢を安定させる。
あとは、ステラが余った部品を組み合わせただけ。
従来の乗り物なら必要だった。
道路。
タイヤ。
サスペンション。
大きなエンジン。
その多くを必要としない。
しかも。
狭い場所でも自由に方向を変えられる。
段差を越える必要すらない。
階段も道路も関係ない。
基地内の移動という用途だけを考えれば。
あまりにも便利だった。
そして。
その光景を見ていた研究者たちが、黙っていられるはずもなかった。
「ステラさん!」
「ん?」
「そのバイク!」
「これ?」
「反重力ユニットを使っていますよね!?」
「うん♪」
「その制御方式は!?」
「教えてほしい?」
「ぜひ!」
「じゃあ依頼しておくれ♪」
「……」
研究者が固まった。
ステラは満面の笑みを浮かべる。
「ずっと言ってたじゃないか」
「……」
「仕事が欲しいって」
「……はい」
「でも、みんな頼んでくれなかった」
「それは……」
「だから、自分で作ったんだよ♪」
ステラはバイクを軽く叩いた。
「欲しくなる物をね」
研究者たちは黙った。
目の前にあるのは。
軍事研究にも転用できる可能性がある、高効率反重力技術。
しかも。
ステラが、
「余った部品で作った」
と言っている。
「……作り方を教えてください」
「依頼してくれたらね♪」
「原理も?」
「もちろん」
「反重力ユニットの効率化についても?」
「それも依頼内容に入れるなら」
研究者の一人が頭を抱えた。
「……完全に罠ですよ」
「罠じゃないよ」
ステラは楽しそうに笑った。
「営業さ♪」
「営業……」
「私はよろず屋だからね」
ステラは胸を張る。
「欲しい物を作って、欲しくなった人に売る」
そして。
少しだけ意地悪そうに笑った。
「仕事をくれなかったお返しだよ♪」
研究者たちは何も言い返せなかった。
欲しい。
ものすごく欲しい。
だが。
これは明らかな意趣返しでもある。
自分たちが仕事を頼まなかった。
だからステラは、自分たちが欲しくなるものを作った。
そして今。
その目の前で、
「欲しいなら依頼しておくれ」
と笑っている。
そこへ。
「――何をしている」
低い声が響いた。
全員が振り返る。
ヨークシャー将軍だった。
将軍は空飛ぶバイクを見る。
次に研究者を見る。
最後にステラを見る。
「これは?」
「新しい乗り物♪」
「なぜ作った」
「お金が欲しいから」
あまりにも率直だった。
ヨークシャーは黙った。
「研究者たちが依頼してくれないから、自分で欲しくなる物を作ったのか?」
「そうだよ♪」
「そして今、依頼を要求している?」
「要求はしてないよ」
ステラは笑った。
「欲しいなら、依頼しておくれって言ってるだけさ♪」
ヨークシャーは研究者たちを見る。
全員が黙っている。
しかし。
その視線は、空飛ぶバイクから離れない。
将軍は小さく息を吐いた。
「……ステラ」
「何だい?」
「毎月一回」
「?」
「最低限、一件は正式な依頼を出そう」
研究者たちが一斉に将軍を見る。
「将軍!?」
「研究上必要な内容をこちらで選ぶ」
ヨークシャーは続ける。
「もちろん、依頼を受けるかどうかは君が決めればいい」
ステラは少し考えた。
「毎月一回?」
「最低一件だ」
「ちゃんと報酬は?」
「当然だ」
「前払い?」
「……それは依頼ごとに相談しよう」
「ふふん♪」
ステラは満足そうに笑った。
「それならいいよ♪」
こうして。
基地研究部とステラの間に。
新しい取り決めができた。
**毎月一回、最低一件の依頼。**
研究者たちは依頼する。
ステラは受けるかどうかを決める。
そして。
ステラは満足した。
「これで、少しはお金が入るね♪」
彼女にとって。
研究者たちが自分をどう評価するか。
基地の人間が自分をどう見るか。
そんなことは、本質的にはどうでもいい。
必要なら。
裸で歩く。
必要なら。
一晩で服装を学習する。
必要なら。
研究者が欲しがる物だって作る。
そこに羞恥も、ためらいもない。
ただ。
「必要だから、そうする」
それだけだった。
「さて♪」
ステラはバイクにまたがる。
「次は何を作ろうかな」
反重力バイクが、静かに浮かび上がる。
そして。
基地の空を自由に飛び回っていった。
その姿を見上げながら。
研究者の一人が呟いた。
「……本当に、よろず屋なんだな」
誰も否定できなかった。