### ソラ・ステラ
反重力バイクを作ってから。
ステラは、しばらくその乗り物を楽しんでいた。
基地内を走り回る。
建物の間を抜ける。
階段を無視する。
道路も必要ない。
「便利だねぇ♪」
ただ。
使っているうちに、一つ問題が出てきた。
「……これ」
ステラは、廃材屋――
もとい、今では基地のすぐ近くに移転してきた「お兄さん」の店を見た。
「買った物を運ぶには、小さいね」
バイクには荷物を積む場所がほとんどない。
ステラが買うものは、普通の人間が持ち帰るには大きすぎることも多い。
ロボットの部品。
機械部品。
金属の塊。
工具。
古い電装品。
そして。
「お兄さんのところで買った物を、毎回トラックで運ぶのも面倒だし」
ステラは少し考えた。
「じゃあ、作ればいいね♪」
また始まった。
---
数日後。
基地の整備区画に。
今度は、見慣れない小型車両が置かれていた。
大きさは小型トラック程度。
荷台があり。
運転席がある。
しかし。
タイヤはない。
「……またですか」
研究者が呟いた。
「まただね♪」
ステラは運転席に座っている。
「今回は荷物を運ぶための車さ」
反重力ユニットによって車体そのものを浮かせる。
バイクよりも大きな車体。
その分、安定性を重視した制御系。
荷台には、かなりの重量物を積める。
そして。
「二人乗りだよ♪」
「二人?」
「うん」
ステラは助手席を指差した。
「ジーミーの席」
「……」
ジーミーが隣から覗き込む。
「俺の?」
「そうさ♪」
「……ありがとう」
「弟を置いていくわけにはいかないからね」
ステラは当然のように言った。
そして。
小型運搬トラックが浮かび上がる。
静かに。
ほとんど揺れもなく。
そのまま前へ進んだ。
「おお……」
研究者たちが見守る。
バイクよりも重い。
それでも。
速度は十分。
しかも。
「止まれ!」
ステラが操作すると。
ぴたり。
その場で停止する。
「右!」
旋回。
「左!」
今度は逆方向へ。
「バック!」
後退。
さらに。
「上♪」
車体が上昇する。
「下♪」
ゆっくり下降する。
「……」
研究者たちは黙って見ていた。
これは単なる荷物運搬車ではない。
道路という制約から解放されている。
段差を無視できる。
狭い場所にも入れる。
建物の間を移動できる。
荷物を積んだまま、必要な場所まで直接移動できる。
そして。
「お兄さんのところで買った物を運ぶのに便利なんだよ♪」
ステラは笑った。
目的は極めて私的だった。
だが。
この車両に目をつけた人物がいた。
「……あれは、いいな」
ライアン副署長だった。
「担当さん?」
ステラが振り向く。
「その車、俺にも一台作れないか?」
「ほう?」
ステラの目が輝く。
「依頼?」
「正式な依頼だ」
「ふふん♪」
ステラはにっこり笑った。
「担当には、これからもお世話になるしねぇ♪」
「……いくらだ?」
「それは仕様を決めてから相談しようか」
「分かった」
こうして。
ライアン副署長の反重力運搬トラックが作られることになった。
---
数日後。
基地の中を。
一台の小型トラックが走っていた。
いや。
飛んでいた。
運転しているのはライアン副署長。
「これは便利だな……」
基地内の道路を使わない。
渋滞しない。
段差を気にしない。
狭い場所にも入れる。
荷物を積んだまま、目的地へ一直線に移動できる。
そして。
何より。
「……速い」
ライアンが呟いた。
「副署長!」
整備兵が駆け寄ってくる。
「その車両、どこで手に入れたんです?」
「ステラに作ってもらった」
「……」
整備兵は車両を見る。
そして。
自分の所属する部署を思い出した。
「これ、うちにも欲しいんですが」
「俺に言うな」
ライアンは苦笑した。
「正式に依頼しろ」
その言葉が。
基地中に広がった。
---
数日後。
ヨークシャー将軍の執務室。
机の上に。
一枚。
また一枚。
さらに一枚。
書類が積み上がっていた。
「……これは何だ」
副官が答える。
「陳情書です」
「何の?」
「反重力運搬トラックを、各部署にも配備してほしいという」
「……」
将軍は一枚目を読む。
整備部。
二枚目。
補給部。
三枚目。
医療部。
さらに。
基地施設管理。
研究施設。
輸送部門。
警備部門。
「……」
ヨークシャーは目を閉じた。
嫌な予感がする。
「何台必要だ」
「まだ集計中です」
「……」
将軍は深く息を吐いた。
そして。
「ステラを呼べ」
---
「何だい?」
ステラは楽しそうにやって来た。
将軍の机の上に積まれた書類を見る。
「おお」
「君の車だ」
「うん♪」
「各部署から欲しいという声が出ている」
「へぇ」
ステラは嬉しそうに笑った。
「売れるね♪」
「……」
将軍は頭を抱えた。
結局。
軍が必要としている以上。
ステラ一人に作らせ続けるわけにもいかない。
かといって。
彼女の技術を勝手に量産することもできない。
そこで。
「ライセンス契約を結ぶ」
「ほう?」
「設計と製造について、軍側が一定の範囲で利用する」
「その代わり?」
「君に使用料を支払う」
「ふふん♪」
ステラの顔が、とても嬉しそうになった。
「いいよ♪」
こうして。
軍とステラの間で。
反重力運搬トラックのライセンス契約が結ばれることになった。
――ところが。
契約書を作る段階になって。
別の問題が発生した。
「……ステラ」
「何だい?」
「君の身分証明書は?」
「ないよ?」
「……」
「住民票は?」
「ないね」
「戸籍は?」
「ないよ」
「国籍は?」
「知らない」
「……」
執務室が静まり返った。
ヨークシャーはゆっくりと顔を上げた。
研究者たちも。
軍人たちも。
誰も何も言わない。
今まで。
なぜ問題にならなかったのか。
簡単だった。
ステラは金を受け取る。
店を経営する。
町に住む。
基地に住む。
軍から仕事を受ける。
それで全部、なんとなく成立していた。
しかし。
正式な契約を結ぼうとした瞬間。
書類の上では。
**ステラという人物が存在していなかった。**
「……ジーミーは?」
「俺もない」
隣にいたジーミーが答えた。
「……」
ヨークシャーは頭を抱えた。
研究班も頭を抱えた。
「ジーミーだけなら……」
研究者の一人が呟く。
「養子縁組など、方法はあります」
「そうだな」
将軍も頷く。
「しかし」
全員の視線がステラへ向く。
「彼女は……」
言葉が続かない。
年齢。
出自。
出生記録。
身体的特徴。
過去の記録。
何一つ、通常の制度に当てはまらない。
しかも。
軍が過去に把握している記録をそのまま公的記録に使えば。
別の問題が大量に発生する。
「……どうするんだ」
誰かが呟いた。
その場にいた全員が沈黙した。
そして。
数日後。
政府との協議が始まった。
軍だけでは処理できない。
しかし。
このままというわけにもいかない。
基地に住んでいる。
店を持っている。
仕事をしている。
人間社会の中で生活している。
ならば。
人間社会の側から、彼女に正式な立場を与える必要がある。
最終的に。
政府と軍の協議によって。
ステラとジーミーには、新たな身分が与えられることになった。
移民としての登録。
国籍。
住民としての記録。
そして。
もう一つ。
名前だった。
「……名前?」
ステラが首を傾げる。
「君には姓が必要なんだ」
「ステラじゃ駄目なの?」
「公的な登録では姓が必要になる」
「ふーん……」
ステラは少し考えた。
長く考える必要もなかった。
「じゃあ」
彼女は言った。
「ソラ」
「……ソラ?」
「うん」
ステラは何でもないことのように頷いた。
「空って、いいじゃないか♪」
それだけだった。
こうして。
正式な登録名が決まった。
**ソラ・ステラ。**
そして。
ジーミーも。
「俺も?」
「もちろん」
「じゃあ……」
少し考えて。
「ソラ・ジーミー」
こうして。
二人は初めて。
公的な名前を持った。
ソラ・ステラ。
ソラ・ジーミー。
書類の上にも。
社会の上にも。
二人は、正式に存在することになった。
その書類を眺めながら。
ステラは小さく笑った。
「ふふん♪」
そして。
「これで正式に、よろず屋だね♪」
隣でジーミーが苦笑する。
「そこ?」
「そこだよ♪」
ヨークシャーは、その様子を見ながら思った。
軍が長年追い続けた謎の存在。
正体不明の少女。
パンドラ。
その彼女が。
今では。
一人の弟と一緒に。
正式な住民として。
基地の中で暮らしている。
そして。
そのきっかけを作ったのは――
たった一台の。
空飛ぶ運搬トラックだった。