### 第一話 ロボットを使いたい
ステラは上機嫌だった。
何しろ、自分の作ったロボットを実際に使ってみたいという依頼が舞い込んできたのだ。
依頼主は、工兵隊。
話の始まりは、基地内で行われたロボットの起動試験だった。
試験を見学していた工兵隊の田中大尉は、目の前で動く二足歩行ロボットを見て、考え込んでいた。
二足歩行。
一般的な作業用機械として考えれば、わざわざ不安定な二本足を採用する理由は少ない。走行用の車輪や履帯を備えた機体のほうが、安定性も積載量も優れている。
しかし、目の前のロボットは違った。
歩く。止まる。方向を変える。腰を落とし、上体を傾け、足場の悪い場所でも姿勢を崩さずに進む。
その動きは、二足歩行という方式の欠点を、まるで感じさせなかった。
「……あれだけ自由自在に動けるのなら、二足歩行でも十分に実用性があるんじゃないか?」
田中大尉は、思わずつぶやいた。
しかも、ロボットには器用な手がある。
土砂をつかむ。資材を持ち上げる。障害物をどかす。工具を扱う。
専用の機械を何種類も用意しなくても、一台で多くの作業をこなせる可能性がある。
汎用土木機械として考えれば、かなり使えるのではないか。
もちろん、実際に運用するとなれば、耐久性や整備性、作業効率など、検証すべき項目はいくらでもある。
それでも、試してみる価値は十分にあった。
田中大尉は、さっそく上司に報告した。
報告を受けた上司も、この提案に興味を示した。
工兵隊としては、実際の作業環境で二足歩行ロボットがどこまで役に立つのか、一度試してみたい。
そこで、ステラ研究班に相談が持ち込まれた。
話は、驚くほど順調に進んだ。
前回のロボット製作に関わった、ステラ研究班のロボット解析班チーフ、吉田がアドバイザーとして参加することになった。
工兵隊が依頼の主体となり、研究班は技術的な助言を行う。
試験期間は二か月。
ステラの学校があるため、平日の作業は放課後から。休日は朝から参加する。
そして、話がまとまるころには、当のステラ自身もすっかり乗り気になっていた。
「いいねぇ! 実際に使ってもらえるなんて、最高じゃないか!」
新しいロボットの運用試験。
しかも、依頼料まで出る。
ステラにとって、これほど楽しい仕事もなかった。
ただし、一つだけ気に入らない条件があった。
学校である。
### 第二話 学生の本分
「学校なんかどうでもいいよ!」
依頼内容を聞いたステラは、机を叩かんばかりの勢いで主張した。
「朝から晩までロボットに乗せてくれればいいじゃないか! 二か月もあるんだよ? 学校なんか行ってる場合じゃないって!」
その様子は、実に子供らしかった。
……少なくとも、表面上は。
心理学の専門家たちは、ここで判断に困ることになった。
ステラは、学校に通い始めてから、同年代の子供らしい反応を見せることが増えている。
好きなことには夢中になる。
嫌なことには不満を言う。
自分の希望が通らなければ、あからさまに機嫌を悪くする。
その変化は、学校生活の効果なのだろうか。
それとも、ステラは周囲の人間がどういう反応を期待しているか理解したうえで、意識的に子供らしく振る舞っているのだろうか。
彼女の行動だけを見ていると、どちらとも判断できなかった。
何しろ、ステラである。
彼女が本当に不満を感じているのか。それとも、人間らしい不満の表現を選んでいるのか。
考え始めると、何も分からなくなる。
ただ一つ確かなのは、ステラがロボットに乗りたがっていることだった。
そして、その願いを却下した人間がいた。
「駄目だ」
ライアン警部だった。
「えーっ!」
ステラが抗議の声を上げる。
ライアンは、まったく動じなかった。
「学生の本分は勉強です!」
「ロボットの勉強なら、ロボットに乗ってするのが一番じゃないか!」
「そういう問題じゃない!」
ライアンは、きっぱりと言い切った。
「学校で勉強することは、単に教科書の内容を覚えることだけじゃありません。クラスメートと一緒に過ごすことも、他人と関わることも、学習の一部なんです」
「でもさぁ……」
「それに、お前は今回の依頼を引き受けて、報酬をもらうんだろう?」
「そうだけど?」
「なら、契約だ。学校がある日は放課後から、休日は朝から。最初に決めた条件を守りなさい」
正論だった。
あまりにも正論だった。
ステラは口を開きかけ、閉じた。
もう一度、反論を考える。
しかし、何を言ってもライアンの主張を崩せそうになかった。
学校には通う必要がある。
クラスメートと過ごすことも学習である。
そして、依頼を引き受けた以上、合意した条件を守る必要がある。
どこにも、つけ入る隙がなかった。
ステラは、しばらくライアンを見つめたあと、真顔でつぶやいた。
「……ライアンの評価を、上方修正しなくっちゃ」
「何の評価だ!」
「ううん、こっちの話♪」
ステラは、にっこりと笑った。
ライアンは、嫌な予感がした。
しかし、その場では、まだ何も起きなかった。
研究班の人間たちは、このときのやり取りを見て、ある結論に達した。
――ライアン警部は、ステラに常識を教えられる数少ない人間である。
そして同時に、彼はステラにとって、無視できない存在になりつつあった。
### 第三話 保護者という立場
そもそも、なぜライアンがステラの学校生活に口を出せるのか。
理由は、さほど複雑ではない。
成り行きだった。
ステラとジーミーが学校へ通うことになった際、行政上の手続きや学校との連絡など、未成年者として生活するための調整が必要になった。
すでに公的な身分関係の手続きは済んでいたが、それで日々の生活に関する問題がすべて解決したわけではない。
誰が学校からの連絡を受けるのか。
何かあった場合、誰が対応するのか。
そうした現実的な問題が残っていた。
そこで、ステラたちと以前から関わりがあり、警察との連絡も取りやすいライアンが、連絡先や保護者に関する手続きを引き受けることになったのである。
ライアン本人としては、その程度の認識だった。
学校から連絡があれば対応する。
何か問題が起きたら、必要に応じて間に入る。
それくらいなら、別に構わない。
ステラたちに少しでも普通の生活を送らせるための、事務的な役割のつもりだった。
まさか、その立場が、ここまで厄介な意味を持つことになるとは思っていなかった。
研究班の人間たちは、違った。
今回の一件を目撃した彼らは、心の中で静かに確信していた。
ライアン警部。
この人物は、ステラに対して、ただ命令するのでも、ただ機嫌を取るのでもなく、彼女の言い分を聞いたうえで、必要なことは必要だと言い切ることができる。
しかも、ステラはそれに従う。
これは貴重な関係だった。
ステラに常識を押しつけるのではなく、彼女が理解できる形で、人間社会のルールを示せる人間。
研究班からすれば、ぜひとも維持したい存在だった。
こうして、研究班内部では、ライアンの保護者としての立場が、事実上、確定した。
……もちろん、本人への確認はなかった。
### 第四話 お父さん
後日。
ライアンは、研究班の人間たちが妙に自分を頼りにしてくることに気づいた。
何かあるたびに、ステラの学校生活について相談される。
何か問題が起きそうになると、真っ先に自分へ連絡が来る。
それだけではない。
いつの間にか、ステラに関する話題の中で、自分の名前が当然のように出てくるようになっていた。
「……おい。何かおかしくないか?」
ライアンが尋ねると、研究員たちは、そろって微妙な顔をした。
「いえ、特に問題はありませんが」
「いや、あるだろう。俺は学校からの連絡先を引き受けただけだぞ?」
「ですが、先日の件でも、ステラさんを説得できたのはライアン警部でしたし……」
「だからって、何でも俺に回すな!」
ライアンは頭を抱えた。
「俺は、あいつに少しでも常識を知る機会を与えようと思って言っただけだ。保護者だって、学校からの連絡先くらいのつもりで引き受けたんだぞ!」
その言葉に、研究員たちは何とも言えない表情を浮かべた。
誰かが口を開きかけた、そのときだった。
「お父さーん♪」
どこからともなく、ステラが現れた。
そして、ライアンに抱きついた。
「うわっ!?」
ライアンの身体が固まった。
ステラは、彼の腰にしっかりと腕を回し、満面の笑みを浮かべている。
「いつもありがとね、お父さん♪」
「お、おい! 誰がお父さんだ!」
「えー? 学校のことも気にしてくれるし、ちゃんと叱ってくれるし、立派なお父さんじゃないか♪」
「そういう意味じゃない!」
「ふふん♪」
ステラは、いかにも嬉しそうだった。
その笑顔を見た瞬間、研究班に所属する心理学者の一人は、すべてを理解した。
――仕返しだ。
先ほどの「評価を上方修正する」という発言。
学校へ行くように正論で押し切られたこと。
そして、今回の「お父さん」。
すべてが、一本の線でつながった。
ステラは、ライアンに正面から反論できなかった。
だからといって、納得したわけでもない。
彼女は、別の方法で反撃することにしたのだ。
しかも、相手が最も困る形で。
心理学者は、そっと目を閉じた。
ライアン警部。
どうか、あなたの今後に幸多からんことを。
……いや。
この場合、冥福を祈るべきなのだろうか。
### 第五話 公式決定
「おい、誰か助けろ!」
ライアンが叫んだ。
しかし、誰も助けなかった。
いや、助けられなかったというべきか。
ヨークシャ将軍は、すでに肩を震わせていた。
研究班の人間たちも、こらえきれずに笑い始めている。
「お父さん、今度ロボットの試験があるんだよ♪ 見に来てくれる?」
「だから、誰がお父さんだ!」
「えー、来てくれないの?」
ステラが、わざとらしく首を傾げる。
「せっかく頑張るのに?」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……!」
「じゃあ、来てくれるんだね♪」
「話を聞け!」
ライアンの抗議は、まるで届いていなかった。
ステラは、彼に抱きついたまま、満足そうに笑っていた。
その顔は、無邪気な子供そのものだった。
少なくとも、周囲の人間には、そう見えた。
ただ一人、心理学者だけは知っていた。
これは、明確な意図を持った行動である。
ステラは、相手が困ると分かっていて、あえてこの振る舞いを選んでいる。
しかし、それが人間と同じ意味での悪戯心なのか、それとも、人間の反応を理解したうえで最適な仕返しを選択しただけなのか。
そこまでは、判断できなかった。
結局、ライアンは最後まで抵抗したものの、状況を覆すことはできなかった。
ヨークシャ将軍以下、研究班の人間たちが爆笑する中、ライアンは、事実上、ステラの保護者として認められることになった。
公式にも。
非公式にも。
そして何より、ステラ本人の中では、すでに決定事項だった。
「よろしくね、お父さん♪」
「……誰か、こいつを何とかしてくれ」
ライアンの悲痛な声が、研究班の施設に響いた。
しかし、誰も助けなかった。
むしろ、彼らは心の底から安堵していた。
これで、ステラに常識を教えられる人間が一人増えたのだ。
たとえ、その人間が本人の意思に反して「お父さん」に任命されたのだとしても。
……ライアン警部の今後については、誰も責任を持てなかった。