ステラは、張り切っていた。
それはもう、子供らしく。
工兵隊からの依頼を受けて以来、彼女は学校でもその話題を振りまいていた。
「聞いて聞いて! 今度、レディのロボットを動かすんだよ♪」
最初に話を聞いたクラスメートが興味を持ち、その話を別のクラスメートに伝えた。
伝えられた話は、休み時間の話題になり、別のクラスへと広がり、やがて教師たちの耳にも入った。
そして教師たちも、これに乗った。
気がつけば、工兵隊の試験場で行われるはずだった技術試験は、いつの間にか学校行事のような扱いになっていた。
試験当日。
試験場には、見学者が溢れ返っていた。
「……なんで?」
現場に到着したステラは、思わず立ち止まった。
目の前には、ずらりと並ぶ子供たち。その後ろには保護者。さらにその後ろには、何やら腕章をつけた軍関係者までいる。
「いやいやいや。ちょっと待って。レディ、こんなに人が来るなんて聞いてないんだけど?」
さすがのステラも、これには引いた。
どうやら、見学に来た子供の保護者の中に工兵隊の高級将校がいたらしい。そこから話が通り、正式に見学許可が下りたようだった。
軍の基地内で実施する以上、秘密も何もあったものではない。
とはいえ、まさか自分のロボットの試験が、こんな大規模な見世物になるとは思っていなかった。
もっとも――。
「ふふん。まあ、いいさ!」
ステラはすぐに立ち直った。
「レディのロボットの素晴らしさを、全人類に知らしめる絶好の機会だからね♪」
立ち直りが早い。
というより、都合のいい方向にしか物事を考えない。
そのあたりは、実に子供らしかった。
少なくとも、周囲にはそう見えた。
*
今日のために、ステラは特注品を用意していた。
空軍のパイロットスーツ一式。
それも、白色である。
「どう? どうよ! かっこいいでしょ!」
試験場に向かう前、ステラは全身を鏡に映し、満足げに胸を張っていた。
白いパイロットスーツに身を包み、銀色の髪をなびかせる姿は、本人の自己評価では完璧だった。
それを見たジーミーは、しばらく姉の姿を眺めてから、率直な疑問を口にした。
「姉さん。なんで白なの?」
「エースパイロットは白なのさ♪」
即答だった。
「……そうなんだ」
ジーミーは、それ以上何も言わなかった。
言えなかった、と言うべきかもしれない。
実際、見学に来た人々の大半にとって、目の前にいるのは、パイロットスーツを着て得意げに胸を張っている小さな女の子だった。
本人がどれほど真剣であろうと、本人がどれほど格好よく決めているつもりであろうと、周囲から見れば、微笑ましい子供のコスプレである。
「……姉さん」
「なに?」
「いや、なんでもない」
ジーミーは顔を手で覆い、その場にしゃがみ込んだ。
彼だけではない。
ステラをよく知る関係者たちも、なんとも言えない表情で視線をそらしていた。
一方、子供を連れてきた保護者たちは、微笑ましそうに目を細めていた。
「元気な子ねえ」
「ロボットが好きなんだなあ」
「本当に楽しそう」
その言葉を聞けば、ステラはきっと喜んだだろう。
ただし、褒められた理由を知ったら、どう反応したかはわからない。
*
やがて、試験開始の時刻が訪れた。
試験場の中央には、全高十五メートルの二足歩行型ロボットが立っていた。
装甲に覆われた巨体。人間の腕を思わせる二本のマニピュレーター。そして、重量級の機体を支える二本の脚。
一般的な軍用機械化兵器と比較すれば、二足歩行という時点で効率が悪い。
安定性、整備性、運用コスト。どれを取っても、車輪や履帯を備えたケンタウロスタイプのほうが優れている。
それでもステラは、この形にこだわった。
なぜなら、二本の脚で立ち、二本の腕で物をつかむ巨大ロボットこそが、彼女の理想だったからだ。
合理性?
効率?
そんなものは、趣味の前では二の次である。
ステラは機体の胸部に設けられたコクピットへと向かった。
昇降設備を使い、機体へと取りつく。
そして、最後の一歩でわざわざ姿勢を整えた。
見学者たちが見守る中、彼女は颯爽とコクピットへ乗り込む。
ハッチが閉じた。
操縦系統が起動する。
機体の各部に光が走り、重い駆動音が試験場に響いた。
十五メートルの巨人が、ゆっくりと頭を上げる。
その動きを確認したステラは、外部スピーカーのスイッチを入れた。
そして、満を持して叫んだ。
「ステラ、行きます!」
――それは、ある種の男子学生にとって、あまりにも強烈な一言だった。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「うおおおおおおっ!」
「かっけええええ!」
「ステラ! ステラ!」
男子学生たちの間で、何かが弾けた。
彼らの琴線に、見事なまでに触れてしまったのである。
巨大ロボット。
白いパイロットスーツ。
そして、コクピットから響く決め台詞。
刺さる者には、これ以上なく刺さる組み合わせだった。
「おおっ!? なになに!? みんな、レディのこと応援してくれてるの!?」
操縦席のステラが、ぱっと顔を輝かせる。
「ありがとー! それじゃあ、張り切っていくよーっ♪」
テンションが振り切れた。
*
機体が走り出した。
十五メートルの巨体が、地面を蹴る。
一歩、二歩。
重々しい駆動音とは裏腹に、その動きは滑らかだった。
巨人が走る。
それだけでも十分に迫力がある。
だが、ステラはそこで止まらなかった。
機体が跳躍する。
空中で姿勢を変え、着地。
そのまま駆け抜け、今度は大きく身をひねった。
「おおおおっ!」
見学者たちから歓声が上がる。
機体が走り、跳び、方向を変える。
さらに――。
「えっ、あれをやるの!?」
工兵隊の技術者が思わず声を上げた。
巨人が両腕を地面につき、脚を振り上げる。
倒立。
そして、そこから身体を回転させる。
前転。
いや、倒立前転だ。
全高十五メートルの機械が、体操選手のような動きをしていた。
「うそだろ……」
「なんでできるんだ……?」
「二足歩行って、あんなに動けるものなのか!?」
工兵隊の技術者たちが、呆然と機体を見つめる。
彼らが見たかったのは、重機としての実用性だった。
走行性能、姿勢制御、作業時の安定性。人間の手に近いマニピュレーターが、どれほど細かな作業をこなせるのか。
それらを確かめるための試験だった。
ところが、目の前で行われているのは、巨大ロボットによる大迫力の体操演技だった。
しかも、ただ派手なだけではない。
動作の一つひとつが、異様なほど自然だった。
走る。跳ぶ。着地する。姿勢を立て直す。
機体は巨大な重量物であるはずなのに、その動きには人間の身体を思わせる連続性があった。
いや、人間以上かもしれない。
人間ならば身体を痛めかねない着地でも、機体は平然と次の動作へ移る。
脚部が衝撃を吸収し、姿勢制御が瞬時に次の動きを組み立てる。
技術者たちの目が、少しずつ変わっていった。
これは、単なる趣味のロボットではない。
少なくとも、二足歩行機械としての運動性能は、彼らの想定を大きく超えていた。
そして、一般の見学者たちにとっては、もっと単純な話だった。
すごい。
大きい。
格好いい。
それだけで十分だった。
「ステラ! ステラ!」
「もう一回跳んでくれー!」
「かっこいいぞーっ!」
歓声が試験場を満たす。
操縦席のステラは、笑いが止まらなかった。
「ふふふふふっ! そうでしょう、そうでしょう! これがレディのロボットなのさーっ♪」
彼女は、自分が何のためにここへ来たのかを、ほとんど忘れていた。
工兵隊の依頼?
試験項目?
作業機械としての実用性?
そんなものは、今のステラにとって些細な問題だった。
見てくれ。
この素晴らしいロボットを。
そして称賛してくれ。
この素晴らしいレディを。
それが今、彼女にとって最も重要なことだった。
*
演技の最後は、見事な停止動作だった。
機体は試験場の中央で姿勢を整え、胸を張るように上体を起こす。
そして、ゆっくりと片腕を掲げた。
「本日のご見学、ありがとうございましたーっ!」
外部スピーカーから、ステラの元気な声が響いた。
「レディと、レディのロボットを、これからもよろしくねーっ♪」
歓声。
拍手。
口笛。
そのすべてを浴びながら、ステラは満足げにコクピットを降りた。
顔には、これ以上ないほどのドヤ顔が浮かんでいた。
このときの表情は、後にポスターとなる。
そしてステラ本人が、人生を振り返ったときに思い出したくない出来事の一つに数えられることになる。
ただし、本人がそれを認めるまでには、少しばかり時間が必要だった。
*
工兵隊の初日の工程は、予定とは大きく異なっていた。
本来ならば、技術者たちがデータを取り、作業機械としての性能を確認し、今後の試験計画を立てるはずだった。
それが、いつの間にか大規模なロボットショーになっていたのである。
しかし、結果だけを見れば、悪い話ではなかった。
基地内では、工兵隊への関心が目に見えて高まっていた。
「工兵隊って、あんな機械を扱えるんだ!」
「自分もあのロボットの整備に関わりたい!」
「工兵隊、ちょっと面白そうじゃないか?」
見学者の中から、工兵隊への支持者や志願希望者まで現れた。
基地内限定とはいえ、広報効果は上々だった。
それどころか、実際に試験を担当した隊員たちの士気にも、少なからぬ影響があった。
自分たちの仕事に興味を持ってくれる人がいる。
自分たちの部隊が、誰かの憧れになる。
それは、日々地道な作業を続ける隊員たちにとって、決して小さくないことだった。
「……まあ、これはこれで成功なのでは?」
誰かがそう言った。
反対する者はいなかった。
こうしてステラは、本人の意図とは無関係に、工兵隊のマスコットという地位を獲得した。
工兵隊の中には、初日の成果はこれだけでも十分だと言い切る者までいた。
そして、話はそこで終わらなかった。
基地内に、ステラのファンクラブが誕生したのである。
公式のものと、非公式のもの。
どちらが先だったのかは、もはや誰にもわからない。
*
「……ファンクラブ?」
報告を受けたステラは、固まった。
完全に。
瞬きすら忘れたように、ぴたりと動きを止めていた。
「ええ。工兵隊の隊員や、見学に来た学生たちが中心になっているようです」
報告した職員は、笑いをこらえながら説明した。
「あなたのロボットに感銘を受けた人たちが、応援するために立ち上げたそうですよ」
「……」
ステラは無言だった。
その顔から、表情が抜け落ちていた。
普段なら、こういう話を聞けば大喜びするはずだった。
自分のロボットが褒められたのだ。
自分自身にもファンができたのだ。
喜ばない理由など、どこにもない。
――普通ならば。
しかし、ステラは喜ばなかった。
なぜなら、彼女にとっては、ロボットを褒められることと、自分自身をアイドルのように扱われることは、まったく別の問題だったからだ。
彼女が欲しかったのは、ロボットへの称賛である。
自分の写真を掲げて応援されることではない。
「……そ、そう」
ステラは、なんとかそれだけ答えた。
そして、その様子を見た者たちの頭に、ひとつの考えが浮かんだ。
――あれ?
――もしかして、ステラって、こういうのが苦手なのでは?
その場にいた者の一人が、悪魔のようなひらめきを得た。
「そういえば、吸血姫のほうのファンクラブも作れるんじゃないか?」
「……は?」
ステラが顔を上げた。
遅かった。
「ほら、基地内でも『吸血姫』って呼ばれているでしょう?」
「……」
「ステラ本人のファンクラブとは別に、吸血姫のファンクラブを――」
ステラの表情が消えた。
先ほどまでの硬直とは違う。
今度は、顔から一切の感情が抜け落ちたのである。
「……やめて」
小さな声だった。
しかし、その声には、普段の陽気な調子がまったくなかった。
それを聞いた瞬間、周囲の人々は確信した。
これは、効く。
ものすごく効く。
*
最初に笑い出したのは、研究班の一人だった。
それにつられて、別の者が吹き出した。
さらに別の者が机を叩き、最後にはその場にいた関係者一同が大爆笑した。
普段、ステラに振り回されている人間たちである。
彼女の突拍子もない行動。
説明不能な能力。
こちらの常識をあっさり踏み越える判断。
そして、時折見せる、こちらの心臓に悪い笑顔。
そうしたものに日々さらされている研究班にとって、これは久々の朗報だった。
ステラが、困っている。
ステラが、動揺している。
ステラが、嫌がっている。
しかも、こちらには彼女を傷つける意図も、危険な兵器も必要ない。
必要なのは、紙とインク。
そして、少々の悪意だけだった。
「……やるか」
誰かがつぶやいた。
「何をです?」
「ポスターだ」
その瞬間、研究班の中で何かが決まった。
ステラのポスターを作ろう。
大量に。
それも、本人が見たら悶絶するような、あのドヤ顔の写真で。
研究班は、日頃の鬱憤を晴らすべく、前代未聞の作戦を立案した。
作戦名は――特になかった。
つける必要もなかった。
彼らにとって、これは戦争ではない。
これは報復である。
*
ただし、相手はステラだった。
普通にポスターを作れば、すぐに気づかれる。
電子機器を使えば、何らかの形で干渉される可能性がある。
印刷データをネットワークに流せば、途中で書き換えられるかもしれない。
そもそも、ステラがその気になれば、作戦そのものを台無しにされる恐れがある。
研究班は、真剣に考えた。
そして、軍の諜報部隊へ協力を要請した。
諜報部隊は協力した。
なぜか宇宙軍も、間接的に協力した。
作戦の相談と原版の制作は、周囲に何もない荒野に停められた、複数の特注トラックの中で行われた。
トラックには、対電子戦用のコンテナが搭載されていた。
その内部では、外部からの電波干渉を防ぐための対策が徹底され、通信経路も厳重に管理された。
使用するプリンターも、ステラから遠隔制御されないよう、あえて高度な制御中枢を持たない機種が選ばれた。
つまり、軍の諜報部隊と宇宙軍まで巻き込んで、電子戦対策を施した秘密の移動印刷所が作られたのである。
目的は。
ステラのドヤ顔ポスターを刷ることだった。
「……我々は、いったい何と戦っているんだ?」
作業に参加した軍人の一人が、真顔で尋ねた。
「ステラです」
研究班の職員が、即答した。
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
「ステラです」
「……そうか」
軍人は、それ以上考えるのをやめた。
考えたところで、答えが出るとは思えなかった。
*
もちろん、ステラも何かが起きていることには気づいていた。
研究班の様子がおかしい。
軍の諜報部隊が妙に忙しい。
宇宙軍まで、なぜか妙な動きを見せている。
普段ならば、真っ先に警戒する状況だった。
しかし、ステラは判断を誤った。
まさか、自分への嫌がらせのためだけに、軍の諜報部隊と宇宙軍まで巻き込む人間がいるとは思わなかったのである。
彼女にとって、軍の諜報部隊とは、もっと重要な仕事をする組織だった。
宇宙軍にしても同様だ。
それらが総力を挙げて、自分の恥ずかしい写真を印刷しようとしている。
そんな発想は、彼女の想定から完全に外れていた。
そのわずかな認識のずれが、初動の遅れにつながった。
そして、彼女が異変の正体に気づいたときには、すでに手遅れだった。
*
作戦は、一気に実行された。
印刷されたポスターは、軍と警察の協力のもと、猛烈な勢いで配布された。
貼られた。
配られた。
掲示された。
基地内の食堂。
廊下。
休憩室。
会議室。
工兵隊の施設。
研究班の建物。
警察関係者が出入りする場所。
人の目につく場所には、必ず一枚。
いや、一枚どころではない。
壁一面に貼られている場所すらあった。
白いパイロットスーツを着て、得意げに胸を張る小さな少女。
その下には、妙に立派な文字で、彼女の名前が記されている。
ステラ。
工兵隊のマスコット。
そして、吸血姫。
ポスターの種類は複数用意されていた。
機体と並んでいるもの。
コクピットから身を乗り出しているもの。
そして、最も人気が高かったのが、試験終了時の、あのドヤ顔だった。
研究班は、印刷枚数を惜しまなかった。
むしろ、惜しむ理由がなかった。
これまで散々、彼女に振り回されてきたのである。
ここで遠慮してどうする。
そして、作戦の対象は、基地内にとどまらなかった。
ステラの家も例外ではなかった。
*
その日、ステラが帰宅すると。
玄関を開けた先に、自分がいた。
正確には、自分のポスターがあった。
壁に貼られた、巨大な自分の顔。
白いパイロットスーツ。
胸を張った姿勢。
そして、あの、どうしようもなく自信満々なドヤ顔。
「…………」
ステラは、黙ってポスターを見つめた。
数秒。
十数秒。
そして。
「――~~~~っ!?」
声にならない悲鳴が漏れた。
次の瞬間、彼女は床を転げ回っていた。
「やめてぇぇぇぇぇっ! なにこれぇぇぇぇっ!?」
じたばたと手足を動かし、身をよじり、床を転がる。
普段なら、どれほどの攻撃を受けても平然としている少女が、紙一枚を前にして悶絶していた。
「なんで!? なんで家にまであるの!?」
答える者はいない。
いや、答える必要もなかった。
ポスターが、すべてを語っていた。
そこへ帰宅したジーミーが、玄関先の惨状を目にした。
床を転がる姉。
壁に貼られた姉のポスター。
そして、ポスターの前で完全に正気を失っている姉。
ジーミーは、しばらくその光景を見つめていた。
やがて、心底疲れた声で尋ねた。
「……姉さん」
「な、なに……?」
ステラは床に伏せたまま答えた。
「姉さん、どれだけ恨みを買ってんの?」
「……訊かないでおくれ」
ステラは、力なく答えるのが精一杯だった。
*
なお、この一連の様子は、対ステラ用に開発された特殊カメラによって撮影されていた。
ステラの異常な反応を記録するために用意されたカメラである。
今回ばかりは、研究班の目的にこれ以上ないほど適していた。
映像は関係各所へ配布された。
結果は、言うまでもない。
笑いが起きた。
何度も再生された。
コピーが作られた。
さらにコピーが作られた。
映像は量産され、上映され、関係者の間で共有された。
普段からステラに泣かされていた者たちの溜飲は、大いに下がった。
「もう一回、あの最後の転がり方を見せてくれ」
「ここ、最高だな」
「いや、玄関を開けた瞬間の顔だろう」
「どっちもだ」
誰もが晴れやかな笑顔だった。
ジーミーだけは、別の意味で頭を抱えていた。
「姉さん……本当に何をやったら、ここまでされるんだよ……」
「だから、訊かないでおくれってば……」
ステラの声には、いつもの勢いがなかった。
*
これほどの速度で、これほど徹底的に広まってしまっては、さすがのステラも対処を諦めざるを得なかった。
ポスターを剥がしても、次のポスターが貼られる。
映像を消しても、別の場所にコピーがある。
配布経路を調べようにも、関係している組織が多すぎる。
そして何より、彼女は今回の作戦を甘く見ていた。
人間たちが、自分を困らせるためだけに、これほどの手間と資金と組織力を投入するとは考えていなかったのである。
結果として、ステラに残された選択肢はひとつしかなかった。
いつものように、相手に絡むこと。
「ねえねえ、そこの人。ちょっと聞いてよぉ」
「はい、ステラさん。どうされました?」
「このポスター、誰が作ったのかなぁ?」
「素晴らしい出来ですよね。私も一枚いただきました」
「……そう」
「家にも貼りました」
「……そうなんだ」
「いやあ、あの表情が実にいいですね!」
「…………」
ステラは、じっと相手の顔を見た。
相手は、晴れやかな笑顔を返した。
普段ならば、彼女のウザ絡みに困り果てるはずの人間たちが、今回は違った。
誰もが笑顔で応対する。
誰もが楽しそうに話を聞く。
誰もが、あのポスターを褒める。
ステラが何を言っても、何をしても、誰も困ってくれない。
いや、むしろ彼女が絡めば絡むほど、相手の機嫌がよくなっていく。
ステラは悟った。
これは、もう駄目だ。
勝てない。
何に勝てないのかは、本人にもよくわからなかったが、とにかく勝てなかった。
*
研究班の会議室。
そこには、作戦に関わった者たちが集まっていた。
机の上には飲み物と料理が並び、壁には祝勝会の案内が掲げられている。
発案者の一人が、誇らしげに宣言した。
「作戦成功です!」
拍手が起こった。
「ステラ研究班、初勝利!」
「初勝利!」
「いやあ、長かった……!」
誰かが感慨深げにつぶやいた。
「これまで、どれだけ振り回されてきたことか……」
「まったくだ」
「今回は、我々が一矢報いた!」
「一矢どころか、かなり効いていましたよ」
笑いが起きた。
そこへ、ヨークシャー将軍から連絡が入った。
祝勝会の費用は、将軍の名義で出されるという。
どうやら、将軍自身もこの結果を大いに喜んでいるらしい。
研究班は遠慮なく、その厚意を受け取った。
そして、大いに祝った。
――なぜか。
その祝勝会には、ステラも混ざっていた。
「……なんでレディまで参加してるんだ?」
誰かが尋ねた。
「だって、レディも工兵隊のマスコットなんでしょ?」
ステラは、にこにこと笑っていた。
「それに、レディのポスターが売れたら、印刷代くらい回収できるかもしれないしね♪」
「売る気なのかよ!」
ジーミーのツッコミが飛んだ。
研究班は、また笑った。
ステラも笑った。
彼女が本当にこの騒動を水に流したのか、それとも別の形で報復する機会を探しているのか。
その場にいた誰にも、判断はつかなかった。
ただひとつ確かなのは――。
その日、ステラ研究班は初めて、ステラを相手に勝利を収めたということだった。
もっとも。
祝勝会の翌日、研究班の机の上に、見覚えのない設計図が置かれていた。
表紙には、可愛らしい文字でこう書かれていた。
『研究班のみんなへの、レディからのプレゼント♪』
その中身を確認した職員たちは、しばらく黙り込んだ。
そして、誰からともなくつぶやいた。
「……勝利って、なんだっけ?」
その設計図が何を意味するのか。
それを知るのは、もう少し先の話である。