## 一 奇跡のロボット
当初、アマテラス星系軍で巨大ロボットの開発が進められているという情報は、各国の軍部や学会ではガセネタ、あるいは欺瞞情報として扱われていた。
その評価が変わったのは、ステラの二号機が試験運用されている映像が、現地調査員から送られてきてからだった。
巨大ロボット。
それは、誰もが一度は可能性を考え、そして実現性がないとして捨ててきた夢だった。
最大の問題は、操縦者にかかる振動と反動である。
人間の身体は、巨大な機械が発生させる振動や加速度に耐えられない。ならば無人機として運用すればいいと思われるかもしれないが、それにも大きな問題があった。
十五メートル級の機体を、自在に動かすこと自体が難しいのだ。
人間サイズのアンドロイドとは訳が違う。巨大な機体で人間のような動きを再現し、さらに戦闘時には高度な戦術判断と複雑な機動を同時に行わせる。そのためには、通常の電脳では処理能力が足りない。
駆逐艦に搭載される主電脳に匹敵する規模のものを積むか、複数の電脳を搭載して役割を分担させるか。
どちらも研究されたが、前者は費用が、後者は費用に加えて設置スペースが問題となり、実用化には至らなかった。
遠隔操作に至っては、軍用としては論外とされていた。
電子妨害が吹き荒れる戦場で、遠隔操作など成立するはずがない。
そして、宇宙空間ならともかく、地上での運用にも大きな障害があった。
接地圧である。
十五メートルもの巨体を二本の脚で支えれば、地面にかかる圧力は途方もないものになる。まともに動かせる場所は、軍用に強化された滑走路など、ごく限られた場所にしかない。
実際、ステラの五号機は反重力装置を取り付けるまで、動くたびに地面を掘り返していた。
いや、正確には、地面を掘り返しながらも動けていた、というべきだろう。
ステラのロボットは、異常なまでの強度と出力を備えていた。そのおかげで、足首まで地面に埋まりながらも歩行できたのだ。
普通のロボットなら、そもそも動けない。無理に動かせば脚部が破損するだろう。
では、反重力装置を搭載すれば解決するのか。
そう簡単な話でもなかった。
反重力装置だけでは、操縦者にかかる振動の問題は解決しない。ならば、慣性中和装置も搭載すればいい。
しかし、この二つの装置は、単純に組み合わせられるものではなかった。
それぞれが発生させる力のモーメントが干渉し、互いの効果を打ち消してしまうのである。
結果として、装置を二つ搭載しても、まともに機能させられなければ、ただの高価なデッドウェイトになる。
これを防ぐには、両装置の働きを精密に制御する、高価で高度な制御システムが必要だった。
両装置を併用する利点そのものは、以前から理解されていた。
しかし、装置は大きく、重く、そして高価である。
そのため、反重力装置と慣性中和装置を併用できるのは、基本的に駆逐艦以上の規模を持つ艦船に限られていた。搭載する機体が大きく重くなれば、必要な装置もまた大型化し、価格も跳ね上がるからだ。
あくまでも思考実験上の試算ではあったが、まともに動く巨大ロボットを製造するには、駆逐艦並みの大きさと、重巡洋艦を建造するのに匹敵する費用が必要になるとされていた。
費用対効果など、考えるまでもない。
それが常識だった。
ところが、送られてきた映像の中では、その常識を嘲笑うかのように、実用的な大きさの巨大ロボットが自在に動き回っていた。
何かのトリックではないのか。
あるいは、現地調査員が買収されたのではないか。
各国の分析部門は疑い、映像を徹底的に検証した。
その結果、映像は本物と断定された。
各国は現地の情報網を強化し、調査員を増員した。
その調査によって、いくつもの事実が判明していった。
アマテラス星系軍が、この計画に相当な予算を投じていること。
計画全体の符牒が『パンドラ』であること。
そのために、広大な軍事基地が整備されたこと。
そして、巨大ロボットの開発責任者が『ソラ・ステラ』という人物であること。
後になって判明したのは、これらすべてが、ほかならぬソラ・ステラのために用意されたものだったという事実である。
しかし、この段階では、まだ誰も本当の意味を理解していなかった。
そして、次の情報が届く。
戦艦と艦載機群、さらには戦車を中心とした部隊が、『ソラ・ステラ』によって全滅させられたというのだ。
詳細は不明だった。
ただ、報告された部隊編成が、巨大ロボットのテスト用としか思えないものだったこと。そして、そこに開発者の名前が記されていたことから、各国の情報部門は一つの結論を導き出した。
開発者自身がロボットに搭乗し、試験中に部隊を全滅させたのだろう。
実際、ロボットのテスト映像には、開発者であるステラが操縦席に乗り込み、試験後に機体から降りてくる場面が映っていた。
誤解が生じるのも無理はなかった。
このとき、各国はまだ、巨大ロボットという兵器の評価に囚われていたのである。
彼らの目には、開発者ソラ・ステラは、常識外れの技術を持つ天才に見えていた。
それ以上の何者かである可能性など、真剣には考えられていなかった。
## 二 巨大ロボットの欠点がない
次に詳しい情報が入ったのは、工兵隊向けの汎用工作機として、巨大ロボットがお披露目されたときだった。
隠す気がないのか。
基地内の中学校の生徒まで招待され、試験は大々的に公開された。
参加した諜報員の報告によれば、各国の現地調査員が勢ぞろいしていたらしい。
まったく、平和ボケにもほどがある。
軍事機密に関わる新型兵器の公開試験に、敵国の諜報員まで招待しているようなものではないか。
……いや、実際には招待されていないのだろうが、結果は大差なかった。
そこで各国は、これまでよりも詳細なデータを取得することに成功した。
そして、科学界に激震が走った。
巨大人型ロボットの欠点が、見当たらなかったのである。
もちろん、人型である以上、構造的な制約はある。狭い場所での作業や人間用の道具を扱えるという利点の一方で、形状ゆえの不得手も存在する。
しかし、それらは巨大人型ロボットそのものを否定するような欠点ではなかった。
従来、実用化を阻んできた振動、加速度、接地圧、制御性能、電子妨害への耐性。
そのすべてが、信じられないほど高い水準で解決されていた。
しかも、単に歩けるというだけではない。
走り、跳び、身をかがめ、狭い場所で作業し、両手で工具を扱う。
十五メートルの巨体が、まるで人間の延長であるかのように動いていた。
我が国が誇る科学界の重鎮たちは、軒並み頭を抱えて悩むことになった。
中には、ソラ・ステラ本人に教えを請おうと、アマテラス星系行きの航宙チケットを予約しようとする者まで現れたほどである。
さらに、工兵隊のロボット試験中に撮影されたステラの映像と、その後に配布されたポスターが、思わぬ余波をもたらした。
そこに映っていたのは、銀色の長い髪と赤い瞳を持つ、小柄で愛らしい少女だった。
ロボットの前で得意げにポーズを決める姿。
操縦席から降りて、満足そうに胸を張る姿。
科学的な評価とはまったく関係のない部分で、研究者たちの心をつかんでしまったのだ。
特に、孫や娘のいる年代の研究者を中心に、ステラのファンが続出した。
やがてファンクラブまで結成された。
もちろん、科学者たちが本来の仕事を忘れたわけではない。
……忘れてはいないはずだ。
ただ、巨大ロボットの解析資料の横に、ステラのポスターが飾られるようになっただけである。
そして、状況は再び大きく変わることになる。
## 三 怪物の正体
他国の諜報員が、ステラの保護者と目されていた人物の誘拐を企てた。
対象は、基地の警察組織で副署長を務めるライアン。
後に集められた情報を基に報告書を作成してみると、その異常性は、嫌でも理解できた。
襲撃から二分後。
ライアンと襲撃者たちの間に、ステラが現れた。
空中から落下してきたかのように。
そして、三名の襲撃者を叩き潰した。
文字どおり、叩き潰したのである。
銃撃の中、彼女が軽く手を振ると、弾丸が命中したわけでもないのに、襲撃者の身体の一部が弾け飛んだ。
蹴りを一発放てば、盾代わりにしていた車両が吹き飛んだ。
それだけのことをしておきながら、彼女は何事もなかったかのように空へ飛び去っていった。
……頭がおかしくなりそうだった。
その後、我が国の情報部門が把握している限りでも、あの町に配置されていた諜報員の大半が死亡した。
生き残った者は、情報を持ち帰るために、意図的に見逃されたのだろう。
襲撃者たちのアジトに残されていた監視装置の記録も、ほぼそのまま回収された。
それらを集め、分析に回した結果、我々は一つの結論にたどり着いた。
ソラ・ステラは、機械化兵ではない。
断じて、機械化兵などではない。
あれは、そんな分類に収まる存在ではなかった。
アジトに設置されていた罠も、防衛装置も、彼女を止めることはできなかった。
内部にいた人員が銃を撃ち、抵抗し、ありったけの攻撃を加えても、彼女は意に介さなかった。
無造作に近づき、相手を爆殺していく。
爆殺。
ほかに適切な表現が見つからないほど、人体が粉砕されていった。
中には、機械化度六十を誇るエース級の人材もいた。
しかし、彼でさえ、何一つ有効な抵抗をできなかった。
そして、さらなる衝撃が走った。
この一件を境に、我々の調査の軸足は、巨大ロボットから、その開発者であるソラ・ステラへと移ったのである。
調べれば調べるほど、おかしな事実が浮かび上がった。
彼女は、十年前に突然この町に現れた。
それ以来、外見がほとんど変わっていない。
アマテラス星系軍が、彼女の活動に深く関与しているらしい。
だが、その関係を示す情報はあまりにも不自然で、通常の軍事研究の枠組みでは説明できなかった。
そして、決定的な情報がもたらされた。
情報提供者は、我々と交遊のあったアマテラス宇宙軍の将軍だった。
彼は、我が国の情報機関に対して、こう切り出したという。
「今となっては、我が軍では秘密でも何でもない。一般に流れている断片的な情報だけでも、かなり正確な全体像を構築できるはずだ。
だから、君たちの手間を少し省いてあげよう。
そして、できることなら……奴を倒す手段を見つけてほしい」
情報を受け取った側は、すぐには意味を理解できなかった。
将軍は、さらに続けた。
「我が国は諦めた。心が折れてしまったのだ」
そして、手元のデータチップを差し出した。
「このデータは、貴国だけで独占しなくてもいい。必要なら、ほかの国にも拡散してほしい」
そう言い残し、彼は帰っていった。
後になって、我々はその意味を知ることになる。
かつて、巨大ロボットのテストだと思われていた宇宙での戦闘は、実戦だった。
そして、文字どおりの全滅だった。
その将軍の息子は、戦艦の乗組員だったのである。
彼を含む乗組員たちを死に至らしめたのも、ソラ・ステラだった。
データチップには、ソラ・ステラについて、アマテラス星系軍が把握している情報のほぼすべてが収められていた。
それは、半世紀に及ぶ記録だった。
アマテラス星系軍が、彼女を理解しようと観察し、試験し、ときには戦いを挑み、敗北してきた記録。
そして、彼女を制御することを諦めた後、せめて利益を得る方向へと方針を転換していった記録でもあった。
我が国の科学界に、再び激震が走った。
分析の結果、データチップの内容は、ほぼすべて本物と判定された。
未知の存在。
未知の科学。
そして、現在の我が国には、有効な対抗手段が存在しない。
アマテラス政府が敗北を認めるのも、当然のことだった。
もはや、他国の問題ではない。
我が国を含む、すべての国の政治と安全保障に関わる問題だった。
我が政府は、極秘裏にアマテラス政府と交渉することを決定した。
使節団は、ごく少数の人員で構成されることになった。
私はヨークシャー将軍と個人的な交友があったため、政府間交渉とは別に、彼と会い、当事者としての話を聞く役目を担うことになった。
そのときの私は、まだ知らなかった。
データチップに書かれていた情報を理解することと、実際にソラ・ステラと対面することは、まったく別の体験なのだということを。
## 四 アマテラス星系軍中将との対面
データチップの譲渡から三か月後。
私は、アマテラス星系の主星、ななつ星にある大阪空港へ到着した。
ここから超音速軍用機に乗り換え、ヨークシャー将軍のいる辺境の複合軍事基地まで、さらに四時間の移動となる。
空から基地を見下ろしたとき、私は思わず息を呑んだ。
広さだけで、縦横五十キロ。
その広大な土地に、軍事施設、工場、飛行場、さらには町まで整備されている。
総人口は三十万人を少し超えるという。
いやはや。
これらすべてが『パンドラ』のために造られたというのだから、アマテラス政府が抱いた恐怖と、その本気度がよく分かる。
さて、噂どおりなら、パンドラ――いや、ソラ・ステラ、ステラ本人も、ヨークシャー将軍と一緒にいるはずだが。
タラップを降りると、出迎えの一団が見えた。
その中央にヨークシャー将軍。
そして、その隣には、ひどく小柄な女性将校が立っていた。
ははん。
この子か。
私は、ほんの少しいたずら心を起こした。
「ヨークシャー、久しぶりだな! 隣のレディはお孫さんかな? いやあ、可愛いね!」
あっ。
ものすごく不本意そうな顔をした。
ヤバい。
……と思った次の瞬間には、表情が戻っていた。
彼女は姿勢を正し、きびきびと敬礼した。
「初めまして。ソラ・ステラ大尉と申します。ヨークシャー将軍の副官を拝命しております」
うんうん。
面白い。
もう少し突いてみるか。
「そうかそうか。偉いねぇ。よくできたねぇ」
……笑顔が消えた。
完全に消えた。
心なしか、隣に立つヨークシャー将軍の顔色まで悪くなっている。
なるほど。
そろそろ限界らしい。
私は、これ以上は命に関わると判断し、真面目な態度に切り替えた。
「さて、お嬢様。改めて初めまして。最近、いろいろと話題の中心になっている人物であり、奇跡のロボットの開発者、ソラ・ステラさんとお見受けします。
私はジョン・ジョナサン。アメリヤ国軍、情報軍中将を拝命しております。以後はジョンと呼んでください」
奇跡のロボット、という言葉がよかったのだろうか。
ステラの顔に笑みが戻った。
そして、もう一度、丁寧に名乗ってくれた。
「ふふん♪ オジサン、食えないタイプだねぇ♪ よろしくねぇ、ジョン!」
なるほど。
事前に渡された資料には、こう書かれていた。
――機嫌を取るなら、ロボットか弟の話題を振ること。
どうやら、正しかったらしい。
「ジョン! 頼むから、心臓に悪いことはやめてくれ! 私を心臓麻痺で殺す気か?」
ヨークシャーが、心底疲れた声を出す。
私は笑った。
「はっはっは! ステラ嬢が、どこまで情報どおりの存在なのか確かめたかったんだよ」
「確かめるのはいいが、私を巻き込むな!」
「まあまあ。では将軍、こちらの車でオフィスまで案内しよう」
私が促すと、ステラがすかさず付け加えた。
「あと、私の大尉の階級は正式なものですわ。決してコスプレではございませんから」
……おや?
私は、隣にいるヨークシャー将軍を見た。
奴は、笑いをこらえている。
なるほど。
後で、じっくり聞かせてもらおう。
案内された車の前まで来て、私は首を傾げた。
「これは……タイヤがありませんが?」
「当基地で使われている標準的な移動手段の一つです。エアーカと呼ばれています」
ステラが説明してくれた。
次の瞬間、車体が滑らかに浮き上がった。
「おお!」
思わず声が出た。
エアーカは地面から少し浮いた状態で、驚くほど滑らかに移動を始めた。
「これもステラ嬢の功績の一つだね」
私は、すかさず褒めておく。
おや。
心なしか、耳が赤くなったように見えた。
よくできている。
本当に、人間そっくりではないか。
……いや、そもそも、どこまでが演技なのだろう。
私は、浮遊する車両から周囲の景色を眺めた。
エアーカは地上の地形をほとんど無視して移動している。道路の状態に左右されず、段差や多少の障害物も問題にならないらしい。
基地内には、ほかにもさまざまな車両が走っていた。
形状も大きさも違う。
どうやら、用途に応じて複数の種類があるようだ。
「エアーカが増えてきたので、空中交通のルール作りが急務になっているんですの。最近は、無茶な運転をする人も増えていますし」
ステラは、女性士官らしい落ち着いた口調で説明してくれた。
しかし、どうにも微笑ましさが先に立つ。
私は、どうしても顔が緩んでしまった。
……いかん。
私は仕事をしに来たのだ。
それから間もなく、エアーカはヨークシャー将軍のオフィスがある建物の前に到着した。
入口には、男性士官が一人立っていた。
ははん。
こちらが本当の副官か。
案の定、ステラはそのまま一緒に建物へ入っていくつもりらしい。
初対面から、なかなか飛ばしてくれる。
私は、内心で苦笑した。
## 五 腹芸は不要
全員が席に着き、改めて会話が始まった。
そこで、ヨークシャー将軍が口を開いた。
「ジョン。ここからは腹芸は不要だ。すべて正直に話せ。それが一番早い」
「……いきなりだな」
「理由も、お前なら分かっているはずだ。お前のもとにデータチップが渡ったことも、アメリヤ政府が何を考えているかも、ステラにはお見通しだからな」
将軍は、疲れたように息を吐いた。
「ステラの前では、人類が持つ科学など無力だ。我々は十年かけて、それを思い知らされた」
私は、すぐには返答できなかった。
そのとき、ステラが口を開いた。
そして、我が国がアマテラス政府に求めようとしている交渉内容を、政府内部で検討していた会議の段階から、他国に対する外交方針に至るまで、次々と語ってみせた。
秘密も何もあったものではなかった。
私たちが、まだ正式な交渉の場にすら持ち込んでいない情報まで、彼女は把握していた。
しかも、その内容は正確だった。
私は、背筋が冷たくなるのを感じた。
この星から、我が星系まで何千光年あると思っているのだ。
通常の情報収集能力で、こんなことができるはずがない。
アマテラス政府が折れるのも当然だ。
交渉の余地がないという意味ではない。
こちらが秘密裏に準備を進め、相手の出方を探り、条件を整えるという外交の基本そのものが、彼女の前では成立しないのである。
ステラは、私が考えを整理するのを待っていたかのように、単刀直入に尋ねてきた。
「ねえ、ジョン。君たちが私に望んでいるのは、戦い? それとも共存?」
彼女は、にこりと笑った。
「望むなら、アマテラス宇宙軍と同じように、私の力を見せてあげてもいいわよぉ♪」
軽い口調だった。
まるで、面白い遊びを提案するかのように。
「アメリヤ軍なら、もしかしたらアマテラス軍よりも私の力を引き出せるかもしれないねぇ♪」
そして、続けた。
「その代わり、生還は期待しないでね。約束だよぉ♪」
……私は、初めて目の前の存在を恐ろしいと思った。
この少女は、我が軍が実施した対ステラ戦のシミュレーション結果まで把握しているのではないか。
いや。
知っているのだろう。
何度も思う。
彼女について知れば知るほど、恐ろしくなる。
それでも、軍人として、一つだけ確かめておきたいことがあった。
「ステラ。君は、もしアマテラス政府が望めば、その力を他国に向けるのか?」
ステラは、にこりと笑った。
「それは、しないかな?」
あまりにもあっさりとした返答だった。
「私の願いは、些細なものさ♪」
彼女は、指を折りながら数え始めた。
「私は、自分が何者なのか知りたい」
一本。
「ジーミー――弟には、幸せに暮らしてほしい」
二本。
「私の知り合いたちには、笑っていてほしい」
三本。
「そして、ロボットを作っていたい」
四本。
ステラは、満足そうに笑った。
「ねっ! 私の願いなんて、些細なものさ♪ そのために私は働いているのさ♪」
……些細。
なるほど。
この存在にとっては、そうなのだろう。
自分が何者なのか知りたい。
弟に幸せに暮らしてほしい。
友人たちに笑っていてほしい。
ロボットを作りたい。
どれも、聞くだけなら、ごく普通の願いだ。
そのために働いているというのも、理屈としては理解できる。
だが、その願いを叶えるために彼女がどれほどの力を使い、どれほどの被害を生み出し得るのか。
そして、その力を振るう基準が、どこにあるのか。
我々には、判断できない。
ステラは、椅子から立ち上がった。
「さて、もう十分だろうさ。私は行くよ!」
「もう行くのか?」
「うん。南原さんの家に、ジーミーと一緒に夕食へ招待されているからねぇ♪」
彼女は、楽しそうに笑った。
「ジョンも、ヨークシャーおじ様と積もる話があるだろうしね♪」
おじ様。
私は、思わずヨークシャーを見た。
将軍は、何とも言えない顔をしていた。
「じゃ、明日は学校だから、会いたかったら夕方からだよぉ♪」
そう言って、ステラは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
その瞬間、私は身体から一気に力が抜けるのを感じた。
どうやら、無意識のうちに全身に力が入っていたらしい。
私は深く息を吐き、ヨークシャーを見た。
「……お前、あれと十年以上付き合っていたのか? 凄いな」
「慣れたわけじゃない。諦めたんだ」
「ところで、最後のおじ様とは何だ?」
「ああ。あれは、ステラに友達認定された証拠だな」
「友達認定?」
「おじ様以外にも、お兄さん、お父さん、吉田君……いろいろある」
「ずいぶんと呼び方に幅があるな」
「その名で呼ばれている連中に手を出すと、ステラの報復対象になる」
ヨークシャーは、真顔で言った。
「最近なら、ライアンが撃たれた件で、お前の国にも報復があったはずだ。ライアンはステラから『お父さん』と呼ばれて慕われている」
「……マジかよ」
「大マジだ」
将軍は、ため息をついた。
「一番危険なのは、ステラの弟だ。ジーミーだけは、この基地から出さない。常時、機械化歩兵の精鋭が護衛についている。今や、わが星で一番のVIPだ」
「そこまでなのか?」
「そうだ」
ヨークシャーは、窓の外に目を向けた。
「ステラが、この星を滅ぼすと決めたら、二十四時間以内に、この星の生命が消えるそうだ」
私は、言葉を失った。
「もちろん、これは現在、我々が把握している能力を前提とした推測だ。それ以上のことは分からん」
「……弟が殺されたら、どうなる?」
「分からん、というのが研究班の結論だ」
将軍は、声を低くした。
「ただし、何が起きても不思議ではない」
私は、思わず唾を呑んだ。
「ライアンのときも、実際には危なかった。後になって、親しい連中がステラに尋ねたそうだ。もしライアンが死んでいたら、どうしていたのか、と」
「それで?」
「ライアンが撃たれた町は、多分、消えていた。そう答えたらしい」
「町が……消える?」
「さらに、ライアンを撃った諜報員の母星へ行き、報いを受けさせるとも言ったそうだ」
ヨークシャーは、私を見た。
「我々が知っている彼女の力は、氷山の一角にすぎん。お前の国も、対応を誤らないことを祈っている」
「なんだよ、それ……」
私は頭を抱えた。
「お前の星は、一体何を見つけたんだ? 伝説の巨人か何かか? 理不尽すぎるだろう」
「まあ、ギリギリ会話ができるだけ、あれよりはましかもしれんな」
「……それは、そうかもしれないが」
「少なくとも、無理やり戦わされることはない」
将軍は、少し考えてから付け加えた。
「ステラが直接殺した人数も、千人には届かないだろう」
「……えっ?」
私は、思わず聞き返した。
「そんなに殺しているのか?」
「ああ。最近なら、宇宙軍の件と諜報員の件だ。その二つだけで四百人を超える」
「待て。四百人?」
「それ以前にも、ステラが起動した研究所の件がある。あそこには五百人以上が所属していた」
私は、しばらく口を開けなかった。
将軍は淡々と続ける。
「研究所の件と宇宙軍の件について、我々は一種の防衛本能のようなものだったと考えている。特に宇宙軍の一件は、恐ろしく効果的だった」
「効果的……?」
「いや、今のは忘れてくれ」
ヨークシャーは、額を押さえた。
「問題は、彼女の感情が爆発したときだ」
## 六 感情が爆発するとき
「ジーミーの件と、ライアンの件だ」
ヨークシャーの声が、さらに低くなった。
「どちらも、彼女の反応は過剰なほどだった」
「ジーミーの件というのは?」
「ジーミーが暴漢に襲われた事件だ。詳細はデータチップに入っていたはずだが……」
「ああ、読んだ。だが、あれは報告書の表現が曖昧だった。現場の記録が改竄されていたのか?」
「そうだ。ステラの周辺では、電子妨害や記録の改竄が常態化している。だが、ジーミーが殴られた瞬間、それらが一斉に止まった」
「……止まった?」
「それまで彼女の周辺に張られていた妨害が、すべて消えた。記録は一気に鮮明になり、我々はようやく現場で何が起きたのかを把握できた」
私は、眉をひそめた。
「それで、何が分かった?」
「まず、取り付けようとしていたロボットの装甲板が、彼女の手の中で弾け飛んだ」
「装甲板が?」
「推定握力は、一万トン」
「……は?」
「その直後、彼女は脚力だけで垂直跳躍した」
「ちょっと待て」
「その衝撃波で、彼女の工場とロボットは半壊した。現場からは、彼女が着ていた衣類の一部も回収されている」
「待てと言っているだろう!」
私は、思わず声を荒らげた。
ヨークシャーは、まったく気にした様子もなく続けた。
「計算上は、百トン以上の物体を千メートルの高さまで打ち上げた場合に相当する衝撃だったらしい」
「……それで?」
「その後、彼女は、ならず者たちの隠れ家近くの道路に降下した。足から着地したらしく、地面にはすり鉢状の窪みができていた。こちらは、一トンの物体が百メートルの高さから落下した場合の衝撃として計算されている」
私は、ゆっくりと椅子の背にもたれた。
「……それは、ステラの秘密の一端なのではないか?」
「我々も、そう考えている」
ヨークシャーは頷いた。
「我々が見ているのは、身長百四十センチ、体重三十八キロの少女ではない。少なくとも、百トン級の物体が存在していると考えれば、まだ理不尽が理不尽でなくなる」
「いや、十分に理不尽だが……」
「話がそれたな」
将軍は、咳払いをした。
「ライアンの件では、まだ理性が残っていたのかもしれない」
「どういう意味だ?」
「ライアンが撃たれたとき、ステラは学校で授業を受けていた。銃撃戦が始まってすぐに早退し、学校のグラウンドから空へ上がっていったらしい」
「早退……?」
「電子妨害がかけられていたため、直接的な記録はない。だが、目撃者の話では、彼女は静かに、すっと上昇していったそうだ」
私は、思わず額を押さえた。
学校のグラウンドから、空へ。
まるで、放課後に寄り道でもするかのように。
「そして、現場に到着したときも、道路を壊してはいなかった。襲撃者たちに対しても、過度な肉体破壊は行っていない」
「……あれで?」
「まあ、破城槌で殴られたようなものではあったがな」
「それを過度な破壊ではないと言うのか?」
「本来、警告として考えるなら、それで十分だったはずだ」
ヨークシャーは、そこで言葉を切った。
「問題は、その後だ」
ライアンを襲った者たちを無力化した後、ステラは当日その町にいた他国の諜報員を殺して回った。
「……警告の名を借りた八つ当たり、ということか」
「私も、そう考えている」
ヨークシャーは、苦い顔をした。
「ライアンの件は、そういうことなのだろう」
「では、町が消えるという話は?」
「あくまで推測だが……」
将軍は、慎重に言葉を選んだ。
「ジーミーの件で工場から跳び上がったとき、あれが彼女の全力だったとは思えない。もし本気で、怒りに任せて相手の母星へ向かったらどうなる?」
「……まさか」
「飛び上がった際の衝撃波だけで、町が消えてしまった。そんな話なのではないか、という説がある」
私は、呆然とした。
「いやいやいや……」
「もちろん、確証はない。理論物理学者の一人は、別の仮説を立てている」
ヨークシャーは、さらに声を落とした。
「彼女の本体は、我々の次元とは別の次元に存在しているのではないか、というものだ」
「別の次元?」
「実際の彼女は、何百メートルもの身長と、何十万トンもの質量を持つ巨人で、我々が見ているのは、この次元に投影された姿にすぎない。そう考えれば、彼女の異常性を説明できるのではないか、と」
「……」
「彼女が巨大ロボットを作り続けるのも、無意識のうちに本来の自分へ近づこうとしているからではないか。そんな考察をしている者もいる」
私は、しばらく何も言えなかった。
「なんともまあ……凄い話だな」
「そうだな」
「ところで、ステラ本人は、今の話を知っているのか?」
「当然、知っている」
ヨークシャーは、即答した。
「今この瞬間の会話も、見て、聞いているよ」
「……は?」
「ステラと関わって、最初に学ぶことの一つだ。あれの前では、秘密など作れない」
将軍は、私を見て、気の毒そうに笑った。
「お前も今日、あいつと出会って印象づけられた。もうロックオンされているぞ」
「うわぁ……。嫌なことを聞いたな」
私は、深くため息をついた。
「これからは、清廉潔白に生きることだ。そうしないと弱みを握られて、ロボット作りに協力させられるぞ」
「やっぱり呪いじゃねえか!」
思わず叫んでしまった。
「しかし……あいつ、あんなに綺麗な顔をしているが、本当の顔は違うんじゃないか?」
私は、つい余計なことを口にした。
「実は、ものすごい不細工だったりしてな!」
やめろ!
聞かれていると忠告したはずだ、責任は取れないぞ。
その瞬間だった。
『それ以上は駄目だよぉ♪』
突然、オフィスのスピーカーから、少女の声が響いた。
私は、文字どおり飛び上がった。
『聞かれていると忠告したはずだよねぇ? 責任、取れないぞぉ♪』
「……ステラ?」
『ジョン中将、ダウトだね♪』
声が弾んだ。
『君は、呪われたよ♪』
「な……」
『この呪いは解けることはない。永遠さ♪ これから永遠に、私に貢ぎ物を続ける運命が決まったのさ♪』
「おい、待て!」
『うふふ♪ うふふふ♪ あっはははは♪』
楽しそうな笑い声が、オフィス中に響き渡る。
『明日、学校が終わったら会いに行くからねぇ♪』
そして、通信は切れた。
私は、しばらく固まっていた。
やがて、恐る恐るヨークシャーを振り返る。
「……今のは、何だ?」
「ステラだよ」
「そんなことは分かっている! なぜ、将軍のオフィスのスピーカーから、あいつの声が聞こえてくるんだ!」
「お前が、ステラの悪口を言ったからだろう」
「仮にも将軍のオフィスだぞ! セキュリティはどうなっているんだ!」
「無駄なんだよ」
ヨークシャーは、疲れた顔で答えた。
「ステラの前では、セキュリティなど、ないに等しい」
「……嘘だろ?」
「嘘だと思うなら、データチップの中身をもう一度読み直せ」
「嘘だろ……?」
私は、天井を見上げた。
先ほどまで、目の前にいたのは、小柄で愛らしい少女だった。
冗談を言い、ロボットの話題で機嫌を良くし、学校へ通い、友人の家で夕食を食べる。
そんな、どこにでもいそうな少女。
もちろん、どこにでもいるはずがないことは分かっている。
だが、理解できないのは、そこではなかった。
あれほどの力を持ち、我々の国家機密を何の苦もなく見通し、人間を一瞬で粉砕できる存在が、明日の学校の予定を気にしているのだ。
そして、私の悪口を聞きつけ、明日会いに来ると宣言した。
……何をされるのだろう。
ロボット作りに協力させられるだけなら、まだいい。
いや、よくはないが。
「……なあ、ヨークシャー」
「何だ?」
「俺は、今日ここへ来たことを後悔している」
「奇遇だな。私も、初めてステラに会った日から、似たようなことを何度も思っている」
「お前、よく生きていられたな……」
「だから、慣れたわけではないと言っただろう」
将軍は、窓の外を眺めた。
広大な基地。
そのどこかで、ステラは明日の学校のことでも考えているのだろうか。
それとも、すでに私に何をさせるか、計画を立てているのだろうか。
……考えるだけ無駄だ。
私は、もう一度深くため息をついた。
理不尽にもほどがある。
そして、どうやら私も、その理不尽から逃げられそうになかった。