### 一 貢ぎ物の催促
翌日の夕方。
アマテラス星系軍の複合軍事基地にある、ステラ研究班の作業場。
そこには、研究班の職員だけでなく、話を聞きつけた軍関係者や技術者たちまで集まっていた。
彼らの視線は、入口から現れた小柄な女性士官に集中している。
銀色の長い髪。
赤い瞳。
きっちりと着こなした女性士官の制服。
そして、その両腕に抱えられているのは――本人の背丈を超える、巨大な鉄製の金庫だった。
いったい、どれほどの重量があるのだろう。
普通なら、台車を使って運ぶような代物である。
それをステラは、まるで買い物袋でも抱えているかのように運んできた。
「来たよぉ♪ 中将、昨日ぶり♪」
金庫を作業場の中央に置くと、ステラは満面の笑みでジョン中将に手を振った。
「さて、中将。昨日の続きといこうか♪」
「待て、ステラ君!」
ジョンは、思わず両手を上げた。
「私は別に、何も言っていないぞ?」
「そうかい♪」
ステラは、金庫の扉を開けた。
中には、握りこぶしほどもある巨大なナットが、ぎっしりと詰まっていた。
彼女はその一つを無造作につかみ取る。
そして。
グチャリ。
金属が、粘土のように潰れた。
「……本当かな?」
ステラは笑顔のまま、次のナットを取り出した。
グチャリ。
「よく思い出してごらんよぉ♪」
三つ目。
グチャリ。
「わ、私は、何もしていない! そもそも、他国の軍人を脅迫するなど、国際問題に――」
「そうなのかい?」
グチャリ。
「帰ったら、星が残っているといいねぇ♪」
グチャリ。
ジョンは口を閉じた。
目の前で、巨大な金属部品が次々と握り潰されていく。
しかも、彼女の表情は楽しそうだった。
怒っているわけでも、興奮しているわけでもない。
ただ、昨日の会話を思い出してもらうために、親切にも実演してくれているらしい。
……どこが親切なのだ。
それから三十分。
作業場の中央には、金属部品の山ができあがっていた。
そして、その前には、すっかり心の折れたジョン中将が座り込んでいた。
「よかったよぉ♪」
ステラは、ようやく手を止めた。
「そのまま認めてくれなかったら、こうするしかないかと思ってたからねぇ♪」
「……何を、認めろというのだ」
「えっ? 昨日のこと、忘れちゃったの?」
ステラは小首を傾げた。
「私の悪口を言ったでしょ♪」
「……それだけで、これか」
「それだけ?」
ステラの笑顔が、ほんの少し深くなった。
「中将。私、結構傷ついたんだよぉ?」
ジョンは、目を閉じた。
この少女にとっての「傷ついた」が、どの程度の意味を持つのか。
それを考えること自体、すでに危険な気がした。
ステラは、おもむろに金庫の天井部分へ手を置いた。
そして、ゆっくりと押しつける。
バキッ。
ベキベキベキッ。
まるで巨大なプレス機に挟まれたかのように、金庫が潰れていく。
分厚い鉄板が折れ曲がり、内部の仕切りが押し潰される。
床にはみるみるうちに亀裂が走り、金庫の底が沈み込んでいった。
周囲の見物人たちは、声も出せずに見守っていた。
ステラは、床がどうなろうと構わず、金庫を押し潰し続ける。
やがて、元の形が分からないほど小さくなったところで、ようやく手を離した。
「よし、こんなもんか♪」
彼女は満足そうに頷いた。
「私が見上げなきゃならなかった金庫も、小さくなって頭を下げたねぇ♪」
それから、ジョンへ視線を向ける。
「あんたは、どうなのかな?」
ステラの手が伸びた。
ジョンは、恐怖のあまり後ろ手に床を押し、じりじりと後退した。
その瞬間。
スパーン!
乾いた音が作業場に響き渡った。
「この馬鹿! やりすぎだ!」
ステラの頭を、ライアンが平手で叩いていた。
「おおっ!」
見物人たちから、どよめきが上がる。
あのステラを。
あの、金庫を素手で潰し、星が消えるなどと笑って脅す怪物を。
ライアンは、平然と叩いたのだ。
「お父さん♪ 何するのさぁ♪」
ステラは頭を押さえ、不満そうに振り返った。
「やりすぎだ!」
「いいじゃないのさ♪ 傷一つ負わせてないし、ちょっと脅しただけさ♪」
「どこがちょっとだ、この馬鹿垂れが!」
パースン!
再び、ステラの頭に平手が飛んだ。
「国際問題になるだろうが!」
「大丈夫だよぉ♪ 国がなくなれば、国際問題にならないよ♪」
ニコリ。
「ひぃっ!」
ジョンの口から、情けない声が漏れた。
ライアンは、ステラの襟首をつかむようにして引っ張った。
「とりあえず、お前は説教だ! こっちに来い!」
「ええーっ! なんでさぁ!」
「なんでも何もあるか!」
ステラは不満そうに頬を膨らませながらも、ライアンに連れられていった。
抵抗はしなかった。
いや、できなかったというべきか。
少なくとも、周囲の人間にはそう見えた。
その光景を見届けてから、ヨークシャー将軍がジョンの隣にやってきた。
「……分かっただろう?」
「何がだ」
「ステラは、誰にも制御できん」
ヨークシャーは、遠ざかっていく二人を見つめた。
「ライアンも命懸けだ。あいつだから止められた。我々が止めようとすれば、お前より先に……分かるな?」
ジョンは、無言で頷いた。
「まあ、私のオフィスで落ち着け。少し話をしよう」
彼は、ジョンの肩に手を置いた。
「……あれが、昨日まで学校に通っていた少女なのか?」
「そうだ」
「そして、あれが普通に友達の家で夕食を食べる?」
「そうだ」
「……この星は、どうなっているんだ」
「私にも分からん」
ヨークシャーは、疲れた顔で答えた。
「十年調べても、まだ分からんのだ」
### 二 お父さんの特権
その頃。
ライアンに連れられたステラは、基地内の通路を歩いていた。
「なあ、ステラ。お前から連絡があって、一芝居打ったが……あれでよかったのか?」
「バッチリさ♪」
ステラは、満面の笑みで答えた。
「タイミングも最高だったよ!」
「そうか。それならいいが……」
ライアンは、少しだけ眉を寄せた。
「さすがに、あれはやりすぎだぞ。ジョン中将は客人だ。国際交渉に来ている人間を、あんなふうに脅す必要があったのか?」
「だって、私を叩いて説教できるのは、お父さんくらいしかいないからねぇ♪」
「……何だって?」
「うふふ♪」
ステラは、楽しそうに笑った。
「流石に土下座まではさせられないからね。あれで、上手く落としどころを作れたと思うよ」
「落としどころ?」
「今頃、ヨークシャー将軍が説明しているはずさ。お父さんが命懸けで私を止めた、ってね♪」
ライアンは、ようやく彼女の意図を理解したらしい。
「……なるほど。ジョン中将に、私がステラを制御できる人間だと思わせるのか」
「そういうこと♪」
ステラは、得意げに胸を張った。
「ジョン中将は、そう簡単には信じないと思うけどねぇ。あの人は狸だからさ。必要なら、どんな醜態でも演じられる人だよ」
「お前が言うか、それを」
「だって、データチップやヨークシャー将軍の説明だけなら、私は制御不可能な化物だろう?」
ステラは、指を一本立てた。
「それなのに、お父さんに頭を叩かれて、『お前は説教だ!』って連れていかれるんだよ?」
そして、悪戯っぽく笑った。
「信じないよねぇ♪ アマテラス側が、私を上手く制御していると思うはずさ」
「それで、何を狙っている?」
「より高性能な慣性中和装置と反重力装置♪」
即答だった。
「……お前なあ」
「だって、欲しいんだもの♪」
ステラは悪びれもせずに言った。
「各国の装備を比較していたら、アメリヤ製の装置が目に留まったのさ。私のロボットに使えそうなものがあったんだよねぇ」
「だから、こんな芝居を?」
「そうさ♪」
「お前は、ロボット作りに対しては、本当に努力を惜しまんなぁ……」
ライアンは、呆れたように笑った。
「私の趣味だからね♪ 趣味人は努力を惜しまないのさ!」
ステラは、いつもの調子で胸を張った。
二人は顔を見合わせ、笑った。
そのとき、ライアンはふと気づいた。
「ん? どうした? 耳が赤いぞ」
ステラの耳が、ほんのりと赤くなっていた。
「……お父さん♪」
次の瞬間、ステラがライアンに抱きついた。
「お、おい?」
ライアンは、突然のことに戸惑った。
ステラは、彼の胸元に顔を埋めたまま、ぎゅっと抱きしめている。
「……何だ、急に」
意味が分からないまま、ライアンは彼女の頭を撫でてやった。
すると、ステラの顔がますます赤くなった。
彼女はそれを隠すように、いっそう深くライアンの胸元へ顔を埋めた。
誰も気づかなかった。
その口元に、邪悪な笑みが浮かんでいることには。
いや。
笑みのすべてが、演技だったわけではないのかもしれない。
ライアンの手が頭を撫でるたび、ステラの耳はさらに赤くなっていた。
彼女が何を考えているのか。
そのとき、ライアンには分からなかった。
そして、たぶん、誰にも分からなかった。
### 三 研究班の記録
ステラ研究班の施設では、監視システムの大部分が、すでに対ステラ用の設備へと交換されていた。
従来のステラの電子戦能力では、突破が難しいと考えられているシステムである。
その監視カメラが、ライアンに甘えるステラの姿を、しっかりと記録していた。
当然、その映像は研究班の面々にも回された。
映像を見た者たちは、しばらく黙り込んだ。
やがて、常識のある者たちは、そっと画面を閉じた。
……何も見なかったことにしよう。
そう判断したのである。
ステラがライアンに甘えている。
それ自体は微笑ましい光景だった。
だが、彼女がどのような存在であるかを知っている者にとって、余計なことをするのは危険すぎた。
報復が怖いというのも、もちろんある。
しかし、それ以上に、二人の関係に第三者が口を挟むべきではないと思われたのだ。
ところが。
ここに一人、そうした常識とは無縁の男がいた。
彼は映像を何度も確認した後、最も出来がいいと思える一枚を選び出した。
そして、自分の研究室に貼ってあるステラのポスターへ、何食わぬ顔で追加したのである。
誰にも何も言わず。
まるで、最初からそこにあったかのように。
……後日、彼がしっかりと報復を受けたことは、言うまでもない。
なお、その報復の詳細について、研究班の記録には、なぜか一切残されていなかった。
### 四 三か月後――秘密協力
それから三か月後。
アマテラス政府とアメリヤ政府は、秘密裏に協力関係を結ぶことになった。
発端は、ステラが各国の優れた装備を比較していた際、アメリヤ製の反重力装置と慣性中和装置に目をつけたことだった。
彼女は、どうしてもそれらが欲しかった。
単に性能が優れていたから、というだけではない。
自分のロボットに組み込めば、さらなる性能向上が期待できる。今後の開発にも、大きな意味がある。
しかし、装置は軍事機密であり、簡単に手に入るものではなかった。
そこでステラは、一計を案じた。
ヨークシャー将軍に相談し、さらに三号機の開発計画に関わる将軍たちや政府まで巻き込んだのである。
結果として、個人の趣味から始まった話は、両国の利害が一致する大規模な交渉へと発展した。
アマテラス政府は、ステラ関連予算の多くについて、アメリヤ国から援助を受ける。
さらに、アマテラス側は、ステラが欲しがっていたアメリヤ製の高性能反重力装置と慣性中和装置について、製造権を取得する。
アメリヤ側には、ステラシステムを搭載したロボットの購入権が与えられた。
さらに、アメリヤ国からステラ研究班へ人材を派遣し、共同でステラの研究を進めることも決定された。
表向きには、両国の科学技術協力。
実態としては、アメリヤがアマテラスの持つ未知の技術に接近するための機会であり、アマテラスがステラの開発環境を拡充するための資金と装置を得る仕組みでもあった。
そして、その交渉の出発点は、たった一つ。
ステラが、アメリヤ製の装置を欲しがったことだった。
アマテラス政府は、必要な資金と技術を手に入れた。
アメリヤ政府は、巨大ロボットの購入権と研究参加の機会を得た。
両国とも、得るものは大きかった。
だが、交渉を始めた張本人は、そんな外交上の成果など、さほど気にしていなかった。
彼女にとって重要なのは、ただ一つ。
欲しかった装置が、手に入るということだった。
「ふふん♪ やっぱり、欲しいものは自分で取りに行くに限るねぇ♪」
その日もステラは、次に作るロボットの設計図を広げ、楽しそうに笑っていた。
国家間の交渉も、軍事機密も、未知の存在をめぐる研究も。
彼女にとっては、ロボット作りを続けるための手段にすぎなかった。
そして、アマテラス政府は、また一つ学んだ。
ステラに何かを与えれば、彼女は喜ぶ。
しかし、それは彼女を制御できるようになったという意味ではない。
ただ、彼女が望んでいたものを、彼女自身の計画どおりに手に入れただけなのだ。
……結局のところ。
彼女を動かしているのは、国家でも、軍でも、研究班でもない。
趣味人の、尽きることのない探究心だった。