## アメリヤ宇宙軍、痛恨の極み
しかし、どこにでも納得しない者はいる。
ステラの能力を記録したデータチップも、巧妙に作られた欺瞞情報にすぎないのではないか。
軍部にはステラの力を信用できない者がいた。科学者たちの中にも、記録された現象は科学的にあり得ないとして、データそのものの信憑性を疑う者が少なくなかった。
そんな彼らの不満を利用したのが、ジョン中将だった。
軍部のガス抜きも兼ねて、アメリヤ宇宙軍とステラの戦闘テストを実施する。
後にアメリヤ宇宙軍が、痛恨の極みとして語ることになる計画。その条件が、ここに整ったのである。
戦闘テストの実施が決まると、アメリヤ軍関係者を前に、ステラはいつもの調子で言い放った。
「宇宙での戦いでは、手加減できないよ?」
集まった軍人たちを見回し、にっこりと笑う。
「人死にが嫌なら、無人機でやりな。アマテラス宇宙軍は、それを承知で戦って、みんな死んだよ! 貴方たちはどうなのさ?」
挑発だった。
それも、相手が引き下がれなくなると分かったうえでの挑発である。
そこまで言われては、アメリヤ軍としても退くわけにはいかなかった。
ステラの記録を欺瞞と断じる科学者たちを立会人に加え、彼女の能力を検証するという名目で、戦闘テストが正式に決定された。
テスト日は、アメリヤ本星系とアマテラス側との距離や移動日程も考慮し、ステラの学校の夏休み期間に設定された。
実施まで、五か月。
アメリヤ宇宙軍はシミュレーションを繰り返し、実戦演習を重ねた。
参考資料となったのは、アマテラス宇宙軍が残した戦闘データである。
欺瞞情報と疑われていた資料だが、そのすべてが嘘とは限らない。
万が一にも真実が含まれているのなら、それを無視するわけにはいかなかった。
特に重X線レーザーについては、諜報活動によっておおよその性能が推定されていた。その情報をもとに、対応策が検討された。
結果、アメリヤ宇宙軍は一切の油断を捨てた。
ステラを重防御型の超弩級戦艦と想定し、それを圧倒するための戦力を集結させる。さらに、演習宙域の地の利を最大限に利用し、切り札となる兵器まで用意した。
実のところ、アメリヤ宇宙軍には慢心も油断もなかった。
万全の態勢を整え、正面からステラに挑もうとしていたのだ。
その戦力は、アメリヤ宇宙軍全体の一割にも相当した。
第三者から見れば、あまりにも大人げない編成だっただろう。
しかし、彼らにとっては当然だった。
相手は、戦艦も戦車も航空機も、そして惑星規模の軍事力さえも無意味にしかねない存在なのだから。
一方、当のステラはというと――。
アマテラス科学技術庁の大型探査船に、ジーミーと一緒に乗り込んでいた。
その様子は、どう見ても観光旅行だった。
「これが終わったら、アメリヤ国で観光しようね♪」
「お姉ちゃん、本当に観光するつもりなの?」
「もちろんさ! せっかく行くんだから、楽しまなくっちゃねぇ♪」
「……戦闘テストなんだけど」
「お姉ちゃんが、すぐに終わらせるからねぇ♪ ジーミーは待ってるんだよぉ♪」
ステラは上機嫌だった。
ジーミーの事件以来、彼女の甘やかしはますます酷くなっていた。
もっとも、当のジーミーもまんざらではない様子だったため、周囲も強く止められなかった。
原因の一端は、クラスメートの女子たちにあった。
彼女たちは、ステラをいつの間にか末っ子のような立場に置いていた。何かと世話を焼き、甘やかし、褒めては可愛がる。
そしてステラは、学習した。
**甘え方を。**
人間社会で生きるため、彼女はさまざまな振る舞いを身につけてきた。
その一つとして、他人に甘えるという行為を覚えたのである。
問題は、ステラが何事も徹底することだった。
加減が分からない。
止める者もいない。
研究班の心理学者たちは、ここに来て保護者の必要性を改めて痛感していた。
だが、誰に頼めばよいのか。
その肝心な部分が、どうしても解決できなかった。
何しろ、相手はステラなのだ。
### 戦闘テスト開始
演習宙域は、アメリヤ星系の最外周に位置する第十六惑星の近傍に設定された。
この惑星には軍の基地しかなく、民間人への被害を考慮する必要がない。それが選定の大きな理由だった。
そして、もう一つ。
第十六惑星は、アメリヤ軍の一大要塞でもあった。
アメリヤ本星の軍勢が敗れた場合に備え、敵の侵攻を食い止めるための強大な要塞砲が複数設置されている。防御設備も桁外れであり、軍港には反撃の主力となる防衛艦隊まで駐留していた。
文字どおり、アメリヤ軍の切り札である。
今回、ステラに対する戦力として投入されたのは、戦艦と重巡洋艦のみで構成された三十八隻の艦隊だった。
対艦戦の基本とされる距離、八千キロ。
アマテラス側の観測機器も調整を終え、両国の観測班が最終確認に入る。
いよいよ、戦闘テストが始まった。
アメリヤ側は、ステラを一隻の戦艦として扱った。
開始と同時に、三十八隻すべての主砲が一斉に火を噴く。
狙いは一点。
艦隊の全火力を集中させた、レーザー攻撃だった。
かつてアマテラス宇宙軍が行った攻撃の再現。
光の奔流が、ステラを飲み込んだ。
探査船の観測室では、ジーミーが声にならない悲鳴を上げていた。
「……っ!」
その隣で、ライアンは険しい表情でモニターを見つめている。
だが、この時点では、アマテラス側にもまだ余裕があった。
「アメリヤ側も、ああ言っていたわりには油断していませんね」
観測班の一人が、感心したように言う。
「まあ、当然だろう。連中も軍人だ。あれだけの情報を渡されて、何も対策をしないはずがない」
そんな会話が交わされる程度には、落ち着いていた。
そして、攻撃の光が収まった直後。
通信回線に、聞き慣れた少女の声が響いた。
「服は焼けたけど、お肌は焼けないねぇ♪」
ステラだった。
その声を聞いたライアンは、額を押さえた。
――あいつめ。
また、わざわざ敵を煽っている。
それでも、この段階では誰もアメリヤ軍の敗北を確信してはいなかった。
ステラが常識外れの存在であることは、アマテラス側が誰よりもよく知っている。
それでも、あの程度の攻撃でどうにかできる相手なら、自分たちもここまで苦労してはいない。
そんな、奇妙な連帯感すらあった。
対するアメリヤ艦隊の司令官は、別のことを考えていた。
――まさか、本当に主砲が通用しないとは。
最悪の想定が、現実になった。
司令官は即座に作戦を切り替えた。
主砲が効かない場合の対応。
事前に用意していた、切り札を使う。
それが悲劇の引き金になるとは、この時点では誰も思っていなかった。
### アメリヤ軍の切り札
第十六惑星の要塞砲に、次々と光がともった。
その砲は、艦船に搭載された兵器とは根本的に規模が違う。
惑星規模の防衛拠点に固定された、超大型の収束エネルギー兵器。
艦載兵器では到底実現できない出力を、複数の砲門から一点に集中させることができる。
九門すべてが同時に稼働すれば、惑星クラスの目標でさえ粉砕できると評価されていた。
それこそが、アメリヤ軍が誇る究極の切り札だった。
使用にあたっては、事前の取り決めどおり、出力を一切制限しない。
全力投入。
照準が定まり、九門の砲口が一斉にステラを捉えた。
そして――発射。
艦隊の主砲とは比較にならない、圧倒的なエネルギーがステラに命中した。
「お姉ちゃんっ!」
ジーミーの悲鳴が観測室に響く。
さすがのアマテラス側も、予想を超えた兵器の出現に息を呑んだ。
光の奔流は途切れない。
一秒。
二秒。
三秒。
九門のエネルギーが、ステラのいた宙域を焼き続ける。
五秒。
七秒。
十秒。
ようやく光が途絶えた。
その場には、強烈な熱を帯びた光だけが残っていた。
ステラの姿は見えない。
観測室の空気が凍りついた。
「……お姉ちゃん……?」
ジーミーの足から力が抜けた。
その場に崩れ落ちかけた彼を、ライアンが慌てて支える。
ライアン自身にも焦りがあった。
だが、ここでジーミーまで崩れてしまうわけにはいかない。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、彼は告げた。
「お前のお姉ちゃんが、負けるはずがない」
「……でも……」
「お父さんと一緒に応援しよう」
「お父さん……?」
吉田チーフが、思わず突っ込んだ。
「お前は! 完全に父親になっとるぞ!」
しかし、ライアンには反論する余裕がなかった。
吉田も、ステラがこの程度でどうにかなるとは思っていなかった。
思っていなかったが――その根拠を、彼は説明できなかった。
ただ、これまで見てきたステラの姿が、彼女の生存を疑わせなかったのである。
そして、その時だった。
通信回線から、底冷えするような声が響いた。
『……ジーミーを、泣かしたな』
観測室にいた全員が、息を止めた。
その声は、特定の通信回線だけではない。
軍用通信、観測用の回線、あらゆる周波数帯に、ステラの声が送信されていた。
『もう少し遊んでやろうと思ったけど……遊びは終わりだよ』
声に、いつもの軽さはなかった。
『ジーミーを泣かしたことを、後悔して死ねばいい』
次の瞬間。
前方の艦隊が、光に包まれた。
いや、光に包まれたのではない。
艦隊そのものが、文字どおり消えていった。
戦艦も、重巡洋艦も。
その背後にある第十六惑星の要塞も。
要塞砲も、防衛艦隊も、惑星を覆う防御施設も。
すべてが、同時に光の中へと呑み込まれた。
そして、消失した。
アメリヤ、アマテラス両星系の観測班が、ほぼ同時にパニックに陥った。
観測機器が記録したエネルギー量は、既存の兵器の尺度では評価できなかった。
解析班が算出した値は、超新星爆発に匹敵する規模。
数字を見た科学者たちは、計算ミスを疑った。
再計算しても、結果は変わらない。
別系統の観測機器でも、同じ数値が出ていた。
パニックにならないほうが、おかしかった。
### お姉ちゃんは大丈夫
当のステラは、いつものように素っ裸で帰ってきた。
戦闘の余波で服が消失したらしい。
だが、彼女にとって服を着ることは、今すぐ必要なことではなかった。
ステラは一目散にジーミーのもとへ駆け寄った。
「ジーミー!」
「お姉ちゃん……!」
彼女は弟を抱きしめた。
「私は大丈夫だよ。ほら、どこも何ともないからねぇ♪」
いつもの、甘やかすような声。
先ほどまでの冷たい声とは、まるで別人だった。
ジーミーはステラの服がないことも気にせず、必死に彼女へしがみついた。
「……よかった……本当に、よかった……!」
「うんうん。心配かけちゃったねぇ。ごめんねぇ♪」
ステラはジーミーの頭を撫で、背中をさすり、何度も大丈夫だと繰り返した。
観測室では、いまだに科学者たちが大騒ぎしていた。
しかし、科学的な話に詳しくないライアンには、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
彼にできたのは、ステラとジーミーの頭を両方とも撫でてやることくらいだった。
「……まったく。心配をかけさせやがって」
そう言いながら、ライアンは二人を撫で続けた。
少し離れた場所では、ヨークシャー将軍がモニターを見つめていた。
――こいつ、本当は伝説の巨人なんじゃないだろうな。
以前から抱いていた疑念が、再び頭をもたげる。
小さな少女の姿をした、理解不能な存在。
その力は、知るたびに常識の外へと広がっていく。
ヨークシャーは、新たに確認されたステラの力を前に、心が折れていくのを感じていた。
もう、何を基準に考えればよいのか分からない。
### アメリヤ軍、全面降伏
かくして、アメリヤ軍は莫大な損害と引き換えに、ステラに全面降伏した。
もはや、データチップの信憑性がどうこうという話ではなかった。
圧倒的な力を、目の前で見せつけられたのだ。
対抗できると思う者など、誰もいなかった。
軍部はなりふり構わずステラに平伏し、科学界もまた、彼女の能力を疑うことをやめた。
ステラ研究班への参加希望者が殺到し、研究施設は急速に拡張されることになった。
その余波は、両国の予算にも及んだ。
ステラ関連の研究予算は、もはや青天井。
人員も設備も、以前とは比較にならない規模で投入されることになった。
ただし、この一連の出来事について、後日、ステラはヨークシャー将軍とライアンに、思いもよらない告白をした。
「あれねぇ、計画どおりだったんだよぉ♪」
二人は、しばらく黙っていた。
「……何だと?」
「だから、計画どおり♪ アメリヤ軍には本気で来てもらわなくっちゃ、意味がなかったんだよねぇ♪」
ステラは、悪びれる様子もなく笑った。
「おかげで、アメリヤの技術も予算も、いっぱい手に入りそうだねぇ♪」
ヨークシャー将軍は、深々とため息をついた。
納得はできる。
できるのだが、納得したくない。
ライアンは、ステラの頭を叩いた。
「お前な! ジーミーを利用するな!」
「えー? なんでぇ?」
「なんでじゃない!」
「でも、ジーミーは無事だったよぉ?」
「そういう問題じゃない!」
ライアンが叱りつけると、ステラは不思議そうに首を傾げた。
そして――なぜか、輝くような笑顔を見せた。
その笑顔を見た心理学者は、すぐさま児童心理学の専門家を研究班に加えるよう進言した。
提案は、即座に了承された。
ただし、それでステラの何が理解できるようになるのかは、誰にも分からなかった。
### 増え続けるステラ研究班
ステラ研究班の大幅な人員拡充に伴い、新たな研究施設の増改築も進められた。
さらに、アメリヤ軍の駐屯も決定した。
結果として、基地全体の人口は一気に膨れ上がり、五十万人規模の巨大拠点へと変貌していく。
かつては、ステラという一人の少女を研究するための施設だった。
今では、二つの星系の軍事、科学、外交を巻き込む一大拠点である。
もっとも、当のステラは、そんなことを大して気にしていなかった。
彼女にとって重要なのは、ジーミーが無事であること。
そして、これから作るロボットに、どんな技術を組み込めるかということだった。
世界が彼女を恐れ、崇め、理解しようと躍起になっている。
その一方で、彼女は相変わらず、次のロボットの設計を楽しんでいた。
人類の常識を超える力を持ちながら、人間の子供のように甘え方を覚え、弟を抱きしめる少女。
その姿を見て、周囲は彼女を理解したつもりになる。
だが、彼女の笑顔の奥にあるものを、本当に理解できた者は――まだ、一人もいなかった。