# アメリヤ国観光編――怪物、首都を訪れる
対ステラ戦闘テスト。
その結果、アメリヤ宇宙軍は壊滅した。
アマテラス宇宙軍が受けた損害とは、比較にもならない。
実に、アメリヤ宇宙軍全体の四割に相当する戦力が失われたのである。
第十六惑星の要塞に配備されていた戦力は、惑星要塞ごと消滅。艦隊も、防衛施設も、そこに駐留していた兵士たちも、まとめて失われた。
人的被害は二百万人近く。
これだけの損害を受けて、ステラに恨みを抱かない人間がいるほうがおかしかった。
当然、常識のある大人たちは反対した。
「観光だと?」
ヨークシャー将軍は、思わず聞き返した。
「うん♪ ジーミーと約束したからねぇ♪」
ステラは、何の問題もないとばかりに笑った。
「いや、しかしだな……」
「約束したんだよ?」
「……」
こうなると、ステラは譲らない。
結局、急遽アメリヤ政府との会談が持たれることになった。
これだけの被害を出した以上、アメリヤ軍全体を信用するわけにはいかない。
そこで、観光中の直接護衛はアマテラス軍が担当することになった。
アメリヤ側は、ジョン中将指揮下の情報軍と警察軍が、観光ルートの外周を含めた警備を担当する。
問題は、誰が同行するかだった。
ステラとジーミーは決定。
ヨークシャー将軍も、当然ながら同行する。
そして、もう一人。
最終的に選ばれたのは、ライアンだった。
ステラを止められる可能性がある人物として、彼以上の適任者はいなかったのである。
もっとも、護衛責任者としては、守るべき要人が一人増えただけだった。
それどころか、ステラが何をしでかすか考えるだけで、頭痛と胃痛の両方に悩まされることになった。
アマテラス側も、自国大使館の護衛担当官を総動員し、ジーミー、ライアン、ヨークシャー将軍の警護に回した。
では、ステラ本人はどうするのか。
その点について、アマテラス側の態度は明快だった。
――害せるものなら、害してみせろ。
むしろ、それで残る三人の安全が確保されるのなら、願ってもない。
その考えは、アメリヤ側にも伝えられた。
三人に危害を加えれば、星そのものが滅びると思え。
以前なら、そんな言葉は誇張か脅迫だと笑われただろう。
だが、今では違った。
誰も笑わなかった。
### 観光前から大騒ぎ
観光当日。
ステラのテンションは、出発前から斜め上に爆発していた。
何しろ、ジーミーとの観光である。
姉として格好いいところを見せたい。
その一心で、ステラはまたしても無理に大人びたファッションを選んでいた。
「……ステラ」
「なにさ?」
「その服は何だ?」
「ふふん♪ 大人のお姉さんって感じだろう?」
「いや、感じない。お前の学習データはどうなっているんだ。偏りすぎだろうが!」
「失礼だねぇ! ちゃんと研究したんだよぉ!」
「どこで何を研究したら、そうなるんだ!」
結局、探査船に乗り組んでいた女性陣が総動員されることになった。
あれこれと着替えさせられ、ようやく無難な服装に落ち着く。
ステラは最後まで不満そうだったが、ジーミーが「お姉ちゃん、こっちのほうが似合ってるよ」と言った途端、あっさり納得した。
「そうかい? じゃあ、これにしようかねぇ♪」
ライアンは頭を抱えた。
「……帰ったら、うちの奥さんに一度見てもらえ。お前の常識は、どこかでおかしくなっている」
「レディの秘密さ♪」
「秘密にするな!」
そんなやり取りを経て、一行はアメリヤ星系の主都星テキサスへ向かった。
### 首都ロッキード
首都ロッキードに到着した一行を待っていたのは、文字どおりの厳戒態勢だった。
市内の警備は最大級に引き上げられ、多くの住民は建物の内部に留まるよう指示されていた。
街路は閑散とし、商店のシャッターも閉じられている。
本来なら観光客で賑わうはずの首都が、まるで戒厳令下の都市のようになっていた。
同行する大人たちは、申し訳なさでいっぱいだった。
だが、当のステラは気にしていなかった。
持ち込んだエアカーの座席から身を乗り出し、目に入るものを次々とジーミーに説明している。
「あれが首都の中央広場だよぉ♪ あっちは古い議事堂! こっちの建物は、なかなか格好いいねぇ♪」
「お姉ちゃん、あれは何の建物?」
「さあ? 後で調べようねぇ♪」
「知らないの?」
「観光は、知らないものを見つけるのが楽しいんじゃないか♪」
「……それはそうだけど」
姉弟は、すっかり観光気分だった。
ただし、ステラは同時に、アメリヤ星全体の精密スキャンを進めていた。
地形、施設、通信網、軍事拠点。
観光案内をしながら、星全体の情報を収集しているのである。
ステラ研究班の人間たちは、当然のようにそれを疑っていた。
――まあ、やっているだろうな。
誰も驚かなかった。
もはや、驚く段階を通り過ぎていた。
### 大統領府にて
大統領府に到着すると、ヨークシャー将軍が代表して挨拶を行った。
外交儀礼に則り、必要な言葉を交わす。
そして、残る三人も簡単に紹介して、そのまま穏便に済ませる予定だった。
少なくとも、ライアンはそう考えていた。
しかし。
「ねえ、大統領は私が怖いのかな?」
ステラが、にこりと笑った。
その場の空気が凍りつく。
「……ステラ?」
ライアンが低い声で呼びかける。
だが、ステラは止まらなかった。
「貴方は大統領じゃないねぇ♪」
にこり。
「化け物には近づきたくなかったかな?」
にこり。
「本物はオリンポス山の地下シェルターから、この光景を見ているのかい?」
にこり。
「……」
大統領府の関係者たちの顔色が変わった。
ステラは、楽しそうに首を傾げる。
「あらあら。奥さんもお子さんも、隣にいらっしゃるねぇ♪」
そして、とびきりの笑顔を浮かべた。
「私も馬鹿にされたねぇ♪ あの程度の山の地下に隠れれば助かると思われるなんて♪」
その瞬間。
スパーン!
小気味よい音が響いた。
ステラの頭を、ライアンが思い切り叩いていた。
「何するのさ!」
「やりすぎだ!」
「どこの世界に、大統領を脅す奴がいるんだ!」
「ここにいるよ♪」
スパーン!
再び、いい音が鳴った。
「やめてよ! 頭が悪くなる!」
「これ以上悪くなってたまるか!」
「失礼だねぇ!」
「帰るぞ!」
「えーっ!」
ライアンは、ステラの腕をつかんだ。
「後は土産だけだ! さっさと済ませて帰る!」
「待ってよぉ♪ お父さん、せっかちすぎだよぉ♪」
ステラは不満そうに頬を膨らませた。
「ジーミーがびっくりしてるじゃん♪」
「びっくりしたのは、お前の行動だよ!」
「えっ! 何で?」
ステラは、本気で不思議そうな顔をした。
「常識を知らない大統領に、常識を教えてあげようとしたのに♪」
「常識外れはお前だ!」
「えー?」
「帰ったら南原さんに話して、説教してもらうからな!」
「それだけはやめておくれ!」
その場にいた者たちは、二人のやり取りを呆然と見つめていた。
つい先ほどまで、大統領を脅していた少女が、今では一人の警察官に叱られている。
しかも、本人は本気で不満そうだった。
大統領府の関係者たちは、誰一人として口を挟めなかった。
ステラが何を考えているのか分からない。
ライアンが何を考えているのかも、ある意味では分からない。
ただ一つ確かなのは、この場で彼女を止められる人間がいるという事実が、彼らにとって信じがたい光景だったということだ。
### 計算どおり?
今回の一件で、直接的な脅威にさらされた大統領から、個人的に大量のお詫びが届けられることになった。
ステラは帰りのエアカーで、実に得意げな顔をしていた。
「ふふん♪ 計算どおりだったねぇ♪」
スパーン!
「痛い!」
「何が計算どおりだ!」
「だって、ちゃんとお土産も増えたじゃん♪」
「そういう問題じゃない!」
「お父さんは細かいねぇ♪」
「誰のせいだと思っている!」
こうして、また一つ、ステラの頭を叩くという恒例行事が増えた。
もっとも、ライアンもそろそろ気づき始めていた。
ステラは叱られると、いつも反発する。
しかし、本当に嫌がっているのかどうかは、よく分からない。
むしろ、叱られている間、妙に機嫌がよいことすらある。
――こいつ、まさか……。
考えるのをやめた。
考えても、ろくな答えにならない気がしたからだ。
### 南原家の説教
アマテラスへ帰国した後、ステラたちは南原家に夕食へ招かれた。
そこで、アメリヤ観光の一件が話題になった。
最初は、南原さんも楽しそうに話を聞いていた。
だが、大統領府での一部始終を聞き終えた途端、その笑顔が消えた。
「……ソラさん?」
「はい!」
「正座」
「えっ?」
「正座!」
「はい!」
ステラは、反射的に正座した。
その場にいた者たちは、思わず目を見張った。
星を消滅させる力を持った存在が、少女の一言で床に座っている。
しかも、明らかに動揺していた。
南原さんは、ステラをまっすぐに見つめた。
「ジーミー君が怒るのは当然です」
「……はい」
「ソラさんは、ジーミー君が怒った意味が分かりまして?」
「えっ……いや、その……」
ステラの視線が泳いだ。
「分かっていらっしゃらないみたいですわね?」
「いえ、大統領を脅したことです」
「違いますわ!」
南原さんの声が、ぴしゃりと響いた。
「……はい?」
「大統領を脅したことだけが問題なのではありません。ソラさんは、ご自分の力がどれほど恐ろしいものなのか、分かっていらっしゃいますか?」
「……」
「ソラさんが冗談のつもりで口にした言葉でも、相手にとっては冗談では済まないのです。相手が何を恐れ、何を失うと思っているのか、考えましたか?」
ステラは、答えられなかった。
「ジーミー君は、ソラさんが誰かを傷つけることも、ソラさん自身が傷つくことも、心配しているのです。ソラさんが強いからといって、何をしてもよいわけではありません」
「……はい」
「それから」
南原さんは、少しだけ声を和らげた。
「ジーミー君との約束を大切にすることと、周りの人を怖がらせてよいことは、別ですわ」
ステラは俯いた。
普段なら、いくらでも言い返せる。
軍人相手でも、大統領相手でも、彼女は平然と笑ってみせる。
けれど、南原さんの前では、それができなかった。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
その姿を見て、南原家の両親は顔を見合わせた。
「……ねえ、あなた」
「うん?」
「私たち、二人とも引き取ることを考えてもいいんじゃないかしら」
「……そうだな」
両親は、真剣な顔で相談を始めた。
星を消せる少女と、その弟。
この二人に、安心して帰れる家庭があることは、きっと大切なことだ。
一方、ヨークシャー将軍は別の意味で胃が痛くなっていた。
ステラを止められる人間がいる。
それは非常にありがたい。
しかし、その人間が軍人でも科学者でもなく、友達の家の娘さんなのだ。
――この先、いったいどうなるのだ……。
廃材屋のお兄さんは、別のことを考えていた。
「……これで、ウチへのウザ絡みも減るかな?」
そんな期待を抱いていた。
そして、ライアンは静かに頷いていた。
ステラに家庭ができることは、悪いことではない。
むしろ、彼女が人間社会の中で生きていくためには、必要なことなのかもしれない。
ただし。
「……南原さん、頼みます」
ライアンは、心からそう願った。
その頃、正座中のステラは、まだ説教を受けていた。
「ソラさん、聞いていますか?」
「はい!」
「本当に分かりましたか?」
「……はい」
「では、もう一度、最初から説明しますわね」
「えっ!」
ステラの悲鳴が、南原家の夕食前の居間に響いた。
星を消す怪物も、家庭の常識には勝てない。
少なくとも、この家では。
……今のところは。