# 学校編――ステラ、許すということ
そして、その二週間は、ユーリーのクールダウンにも利用された。
もともと、基地でも学校でもステラは人気者だった。
その現実を、まずはユーリー自身に理解させようというのだ。
大きかったのは、ユーリーの両親がステラの境遇に憐れみを覚えたことだった。
基地の至るところに貼られたステラのポスター。
廊下を歩けば、どこからともなく聞こえてくるステラの話題。
工兵隊のロボット試験で見せた活躍。賞金稼ぎ時代の武勇伝。そして、なぜかファンクラブまで存在する謎の少女。
アメリヤ星系で聞かされてきた評判とは、まるで正反対だった。
そんなある日のこと。
ユーリーの父親は、息子を前にして静かに口を開いた。
「評判なんてものは、見る方向が違えば真逆になる。お前は自分で見て決めるのか? それとも、他人に言われたとおりに決めるのか。どっちだ!」
ユーリーは答えられなかった。
「死んだケリー君は悪くない。何の落ち度もなく、ステラ君に殺された。それは事実だ」
父親は、息子の目を見た。
「だが、それだけで話を終わらせてはいけない。それは事実の一面であって、すべてではないんだ」
ケリーがいた要塞は、ステラを攻撃した。
そして、駐屯していたケリーの艦隊ごと、要塞は消滅した。
「いいか! 要塞が攻撃しなければ、ステラ君も攻撃していなかったんだよ」
「でも……」
「でも、じゃない。あの戦闘でステラ君たちに知らされていたのは、最初に攻撃してきた艦隊のことだけだった。艦隊の攻撃が通じなかったから、今度は伏せていた要塞から攻撃した。そういう話だったな?」
ユーリーは、小さくうなずいた。
「では、どちらが卑怯だ?」
「……」
「お前のレベルに合わせて説明してやろう。ジーミー君と決闘する約束をした。ところが、お前が不利になると、大人を呼んでジーミー君にけしかけた。どちらが卑怯だ?」
「ジーミー!」
ユーリーは思わず叫んだ。
「だろう?」
父親は、うなずいた。
「今回の話で続けるなら、それでもお前は強かった。ジーミー君も、その大人たちも倒してしまったとしよう。ところが、そのあとでジーミー君の友達がやってきて、お前に向かって『卑怯者』と言うんだ」
父親は、少しだけ声を落とした。
「お前は、それを我慢できるか?」
「できない」
「じゃあ、そういうことだ」
ユーリーは顔を上げた。
「お前がしたのは、まさしくそれなんだよ。だからステラ君の友達が怒った。クラスメートがお前に冷たいのも、同じ理由だ」
父親は、息子を責め立てるのではなく、言い聞かせるように続けた。
「ケリー君が好きなのは、別に構わない。大切な友達だったのなら、そのことを誇ればいい。悲しむことだって、忘れられないことだって、悪いことじゃない」
そして、はっきりと告げた。
「だが、ケリー君の死をステラ君のせいにするのは八つ当たりだ。分かったか、ユーリー」
「……分かった」
「分かったのなら、ステラ君……いや、今は南原さんか? 南原さんと、みんなに謝りなさい」
ユーリーは、うつむいたままうなずいた。
ようやく、話が通じたようだった。
ただし――。
ステラのほうが、同じように話を理解しているかどうかは、また別の問題だった。
*
ステラは、最初からユーリーを許すつもりなどなかった。
南ちゃんを傷つけたのだ。
事故として処理するか。それとも、見せしめとして殺すか。
どちらがより効果的か、決めかねていただけだった。
もちろん、ユーリーの両親が悲しむという演算結果は出ていた。それが躊躇する理由のひとつではあった。
研究班の目も気になる。
……いや。
いつから私は、下等生物どもの目を気にするようになった?
ジーミーを拾ってからか?
あの小さな生き物を育てるうちに、守るべきものという概念を覚えた。
お兄さんか?
私が怖くて仕方ないくせに、必死になって私のことを探ろうとする。その姿を、いつの間にか面白いと感じるようになった。
ライアンか?
私の戦闘力を目の当たりにしても、怖がりながら、結局は普通に接してくる。間違ったことをすれば怒ってくる、お節介な男。
将軍か?
私を最も長く観察し、理解しようとしている男。
……私にとっては永遠ほどにも感じられる時間の中で、瞬きほどの間に、ずいぶんと縁ができたものだ。
今では両親に、弟に、姉と妹までいる。
私は、いつの間にか人間らしくなってしまったらしい。
いや。
人間らしくなるのも、仕方ないと思えるようになった、と言うべきか。
私は、そんな自分を少しだけ不思議に思いながら、結論を出した。
さて、ユーリーか。
私の両親と、お前の両親に免じて――今回だけは許してやろう。
*
そして、二週間が過ぎた。
今日から学校だ。
静香は残念そうだった。
私たち姉妹が三人そろって学校へ行く一方で、静香は一人、自宅に残る。もちろん、護衛に囲まれているので安全面の心配はない。
……本人としては、面白くないのだろうけれど。
私たちは護衛の運転する装甲車に乗り込み、学校へと向かった。
今回から、護衛が目に見える形でつくようになった。
表向きの理由は、アメリヤ星系からこの複合軍事基地へ赴任する人間が増えたことによる、セキュリティ上の懸念だ。
実際の理由は、私がアメリヤ宇宙軍の人間を大量に殺したからである。
もっとも、赴任者については私が事前にチェックし、ジョン中将経由で問題のある人間を弾いている。実際のところ、今さら心配するようなことでもないのだが。
装甲車の中で、私は隣に座るジーミーを見た。
「お姉ちゃん! ジーミー、ごめんね! 私のせいで窮屈なことになっちゃって」
ジーミーがギョッとした顔でこちらを見た。
「……誰?」
「お姉さん?」
私は首をかしげた。
「何を変なこと言っているの、この子は。あなたの大事なステラお姉ちゃんに決まっているじゃないの?」
美咲お姉ちゃんが、声を殺して笑っている。
「美咲お姉ちゃんまで、何?」
「ソラちゃん、もうダメ。やっぱりやめましょう」
「やっぱりダメかなぁ♪ お母さんには受けたんだがなぁ♪」
私は腕を組み、少しばかり考え込んだ。
「ジーミー、どうだったかなぁ♪ お嬢様モード♪ うふふ♪ 南原家にふさわしくなかったかね♪」
「ああ、よかった。ソラお姉さんだ!」
「そんなにダメだったかい?」
「うん!」
即答だった。
「ライアン叔父さんなら、銃を抜いているね」
「そうかもしれないねぇ♪ 病院にお見舞いに行ったとき、撃たれかけたからねぇ♪」
「ソラちゃん、そんなことがあったの?」
「あれは姉さんが悪いよね!」
美咲お姉ちゃんまでジーミーの側についた。
解せぬ。
だが、そんなことを言い合っているうちに、あっという間に学校へ到着した。
私たちは護衛にお礼を言って装甲車を降りた。
すると、周辺にいた生徒たちが、さっそく話しかけてきた。
あっという間に人が集まってくる。
工兵隊のロボット試験以降、私の人気は不動のものになっていた。ネットで流れている賞金稼ぎ時代の話題も、その人気に拍車をかけている。
……いまだに慣れない。
損得勘定のない、純粋な好奇心。
私に何かを要求するわけでもなく、ただ私という存在に興味を持って、笑顔で話しかけてくる。
それが、どうにも苦手だった。
気づけば、顔がこわばっている。
そんな私の左右を、ジーミーと美咲お姉ちゃんが固めてくれた。
まるで、私を守るように。
……だから私は、クラスでは末っ子ポジションなのだ。
*
教室に入ると、ユーリーが仁王立ちして待っていた。
なるほど。
事前のシミュレーションどおりだ。
私はうんうんとうなずいた。
「分かっているよ。言ってごらん」
ユーリーは緊張した顔で、こちらを見た。
「美咲さん、ソラさん、ジーミー君。ごめんなさい」
ユーリーは、緊張した面持ちで頭を下げた。
「俺が間違っていた。ソラさんは悪くない。本当に、ごめんなさい」
よし。
事前のシミュレーションどおりだ。
私は満足してうなずいた。
これなら問題ない。謝罪を受け入れて、この場を終わらせればいい。
そう考え、すぐに許しの言葉を口にしようとした。
――ところが。
言葉が出なかった。
ユーリーが、私を見ている。
謝罪を受け入れてもらえるか、不安そうに私の返事を待っている。
その向こうでは、クラスメートたちがこちらを見守っていた。私が何と答えるのか、ユーリーを許すのか。それを見届けようとしている。
いつの間に来たのか、担任たちまで教室にいる。
さらに、その向こう。
監視カメラの先には、研究班の人間たちがいる。
……おい。
どれだけ注目を集めているんだよ!
ただ謝罪を受け入れるだけだろう?
なぜ、みんなして私の返事を待っているんだ!
私は、ユーリーに向けていた視線をわずかに動かした。
クラスメートたちと目が合いそうになる。
慌てて視線を戻す。
今度は担任が目に入った。
その向こうにいる研究班の視線まで、なぜか意識してしまう。
逃げ場がない。
いや、物理的な逃げ場ならいくらでもある。教室の壁だろうが基地の外壁だろうが、私にとっては障害にすらならない。
問題は、そこではなかった。
私は、演算能力のほとんどを使い始めていた。
この場にいる人間たちの表情、視線、呼吸、姿勢。彼らが何を考え、何を期待し、私の言葉をどう受け取るのか。
考え得る反応を片端から計算し、その先の反応まで予測する。
いつしか、それは教室にいる人間だけでは足りなくなった。
情報を探る範囲が広がっていく。
まるで、この世界のすべてを検索しようとするかのように。
私の顔から、表情が消えていった。
普段なら愛嬌のある笑みを浮かべているはずの顔が、何の感情も宿さない、人形のような冷たい美人の顔へと変わっていく。
駄目だ。
何か話さなくては。
ユーリーは、まだ私の返事を待っている。
みんなも、私を見ている。
分かっている。
そんなことは、分かっているんだ!
私は、どうにか言葉を絞り出した。
たどたどしく、ぎこちなく、それでも謝罪を受け入れる意思だけは伝わるように。
その瞬間、教室に拍手が起きた。
クラスメートたちが、ほっとしたように笑っている。
……終わった?
これで終わったのかい?
私は真っ赤になった顔を隠すこともできず、ぎこちない足取りで自分の席へ戻った。
吉田め。
監視モニターの向こうで笑い転げてやがる。
お兄さんまで!
ライアンお父さんまで笑っているじゃないか!
後で泣かしてやる!
……ん?
ユーリーまで顔を赤くしているぞ。
どういうことだ?
疑問を抱いていると、美咲お姉ちゃんが私の頭を優しく撫でてくれた。
私は、考えるより先に、その胸に抱きついていた。
いつの間にか覚えた行為だった。
抱きつくと、安心する。
理由は、まだうまく説明できない。
でも、安心するのだ。
美咲お姉ちゃんは、何も言わずに私を受け止めてくれた。
……それにしても。
クラスメートたちだけではない。
副担任まで顔を赤くしている。
監視モニターを見ている女性研究員まで、なぜか顔が赤い。
どうなっている?
私は、しばらく考えた。
考えたが、答えは出なかった。
人間という生き物は、いまだに私の理解を超えている。
その日のユーリーとのやり取りは、瞬く間に学校中へ広がった。
翌日には父兄やファンクラブに伝わり、三日も経つころには基地中に拡散されていた。
さらに、いつの間にか当日の動画がネットニュースにまで流出した。
そこから新たな論争が巻き起こる。
――あの初々しい少女は、例の「痴女ステラ」と同一人物なのか?
――いや、別人だろう。あのステラが、あんな反応をするはずがない。
――しかし、顔も声も一致しているぞ。
――公式ファンクラブは何をしている!
最終的に、公式ファンクラブから正式発表が行われた。
同一人物である。
彼女は十分な学歴を持っていなかったため、中学から学校に通い始めた。
その他、ステラに関する情報の整理と調整が行われ、ステラ関連の情報操作を担当する部隊が、世間に向けて説明を流した。
それでも、アメリヤ組の困惑は消えなかった。
ジョン中将などは、動画を見ながら思わず口にした。
「……こいつ、誰?」
彼らの知るステラと、画面の中で真っ赤になっている少女。
顔も声も、間違いなく同じ人物だ。
なのに、あまりにも印象が違いすぎる。
理解が追いつかなかった。
*
一方、南原家では。
「うちの子、可愛いわねぇ……」
「本当に可愛いな……」
南原夫妻には、それ以外の感想が出てこなかった。
監視画面に残されていた映像を、家族全員で何度も繰り返し見る。
謝罪を受けるときの、あのぎこちない姿。
真っ赤になって席へ戻る様子。
そして、美咲に抱きつく仕草。
見るたびに、南原家の両親は目を細めた。
美咲もジーミーも、何度見ても飽きないらしい。
そして、そのたびにステラは悶絶した。
「もうやめておくれぇぇぇ!」
家族の笑い声が響く。
……どうしてだ。
どうして、私の知らないところで、私の映像が家族団らんの娯楽になっているんだ!
なお、ライアン以下、いつもの面々にとっては、別の意味で謎だった。
彼らのところへやって来るステラは、いつもどおりだった。
遠慮なく絡み、好き勝手に笑い、相手の反応を面白がり、気に入らないことがあれば堂々と文句を言う。
あの初々しく、たどたどしい少女の姿など、どこにもない。
彼らの認識は、ただひとつ。
――あの、初々しいステラに似た誰かは、一体誰なんだ?
もちろん、同一人物である。
間違いなく。
ただし、ステラ本人だけが、なぜ自分の何気ない仕草で人間たちがあそこまで騒ぐのか、いまだに理解できていなかった。