# アイドル編――護衛対象は人類の敵?
基地の内外を問わず、ステラの人気は高まる一方だった。
彼女がどこへ行った。
誰と話した。
何を食べた。
どんな表情を見せた。
そんな些細なことまで話題になり、ネットワーク上ではステラの一挙手一投足に注目が集まっていた。
本人にとっては、実に面倒な話である。
能力を使えば、取材の動きを事前に把握できる。
接近する人間の意図も、ある程度なら推測できる。
危険な相手を遠ざけることも、情報の流れを変えることもできる。
だが、どこまでやっていいのか。
どこからが行き過ぎなのか。
以前のステラなら、そんなことを悩む必要はなかった。
邪魔なら排除する。
面倒なら遠ざける。
危険なら、処理する。
それで終わりだった。
しかし、今は違う。
自分が何かをすれば、家族が心配するかもしれない。
友人たちに迷惑がかかるかもしれない。
下手をすれば、せっかく築いた人間関係にひびが入るかもしれない。
だから、ステラは悩んでいた。
能力の使いどころに。
そして、その間も護衛部隊は別の意味で悩み続けていた。
護衛対象であるステラ本人の安全ではない。
彼女が大切にしている人々の安全である。
南原家に対する取材は、日に日に過熱していた。
善意の取材もあれば、無遠慮なものもある。
家族の生活を撮影しようとする者。
突然、自宅へ押しかける者。
本人たちの都合を考えず、ステラとの関係を聞き出そうとする者。
今のところ、大きな問題にはなっていない。
だが、護衛隊と研究班の見解は一致していた。
――南原家の誰かが傷つけられたら、ステラは止まらない。
それが、彼らの共通認識だった。
そして、彼らはその認識を、決して大げさなものだとは考えていなかった。
*
対策会議が開かれた。
参加者は、ステラ本人、南原家の両親、護衛隊長、研究班の関係者。
そして、ステラ対応の助言役として呼ばれたライアンだった。
会議の主題は、ただひとつ。
ステラと、その家族の安全をどう確保するか。
護衛隊長は、資料を手に真剣な表情で説明を始めた。
「まず、ステラさんには、できるだけ単独行動を控えていただきます。外出時は必ず二名以上の護衛を同行させてください」
「はーい♪」
「それから、護衛の前に出ないこと。危険を察知した場合も、まずは護衛に知らせていただきたい」
「はーい♪」
「取材対応についても、事前に許可されたもの以外は、こちらで窓口を一本化します。ご家族の皆さんにも、予定外の来訪者には対応しないようお願いしたい」
「はーい♪」
ステラは、実に楽しそうだった。
説明を聞きながら、にこにこと笑っている。
そして、一通り話が終わると、首を傾げた。
「いやぁ、信用ないねぇ♪」
護衛隊長は、思わず黙った。
……どの口が言う。
その場にいた全員が、同じことを考えていた。
護衛隊長は、隣に座るライアンへ視線を向けた。
自分の立場では、護衛対象に対して言えることにも限界がある。
しかし、ライアンなら違う。
彼なら、遠慮なく言ってくれるはずだ。
ライアンは、深々とうなずいた。
「どの口が!」
「ひどいねぇ!」
ステラが抗議する。
護衛隊長は、心の底から安堵した。
よかった。
この人は、こちら側の人間だ。
少なくとも、今のところは。
*
ライアンは、表情を引き締めた。
「いい機会だから、はっきり話しておこう」
ステラの笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
「……何を?」
「お前が大切にしている人間を傷つけようとした連中が、どうなったかだ」
「ライアン?」
「まずは、ジーミーを殺そうとした連中の話からだ」
空気が変わった。
ライアンは、感情を交えずに話し始めた。
ジーミーを狙った者たちが、どのような末路をたどったのか。
ステラがどれほど容赦なく、どれほど徹底的に報復したのか。
そして、ライアン自身が撃たれた事件について。
自分を撃った男だけではない。
その男への怒りが、どこへ向かったのか。
誰が巻き込まれ、何が失われたのか。
ステラは、最初こそ笑顔を保っていた。
しかし、話が進むにつれて、その表情は変わっていった。
「……もういいじゃないか」
「まだ終わっていない」
「ライアン、もういいよ」
「最近の話もある。ジーミーを泣かせたアメリヤ宇宙軍の件だ」
「待って、待っておくれよ!」
ステラが椅子から身を乗り出した。
「それは、その……事情があってね?」
「事情があれば何をしてもいいのか?」
「……」
「お前は、自分が何をしたのか分かっているのか?」
ステラは答えられなかった。
ライアンは、最後まで話しきった。
護衛隊長は、聞けば聞くほど顔色を失っていった。
事前に資料を読んでいたはずだった。
ヨークシャー将軍からも説明を受けている。
それでも、実際に彼女をよく知る人間の口から、具体的な事例を聞かされるのは別だった。
これは護衛対象の危険性という言葉で片づけていいものなのか。
自分たちは、いったい何を守ろうとしているのか。
いや、違う。
何から守ろうとしているのか。
そして、何を守らなければならないのか。
その答えを考えるほど、胃が痛くなった。
*
「……嫌われるじゃないか」
ステラが、小さな声でつぶやいた。
ライアンの袖をつかむ。
「もういいだろう? ねえ、ライアン。お願いだから、もうやめておくれよ」
「最後まで聞け」
「嫌だよ……」
ステラの声が震えた。
「みんな、私のことを怖いと思うじゃないか……」
ライアンは、答えなかった。
ステラは、彼の袖を握りしめたまま、うつむいた。
やがて、その身体が小さく震え始めた。
「……ごめん……」
それきり、言葉が続かなくなった。
ステラはその場にうずくまり、嗚咽を繰り返すばかりだった。
南原家の両親が、すぐに彼女を抱きしめた。
美咲も、ジーミーも、静香も、泣き崩れたステラを囲む。
「大丈夫よ、ソラちゃん」
「お姉ちゃん……」
「ソラ姉、こっちにおいで」
「お姉ちゃん、泣かないで……」
家族の声が重なる。
ステラは顔を上げられなかった。
自分が何をしたのか。
自分が何をしてきたのか。
それを知っている。
知らないはずがない。
それでも、今の自分を家族がどう見るのか、それだけは分からなかった。
怖がられるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
もう、今までのようには接してもらえないかもしれない。
そんな可能性が、彼女の中で際限なく増殖していた。
南原家の人々は、ステラを抱きしめ続けた。
彼らは、彼女を引き取ると決めたとき、ヨークシャー将軍から危険性について説明を受けていた。
自分たちでも、伝手を頼って調べていた。
覚悟はできていた。
少なくとも、そう思っていた。
しかし、実際に本人をよく知る人間から語られる話は、資料を読むのとは違った。
その生々しさに、危険性を改めて思い知らされる。
それでも。
彼らにとって、ステラとジーミーは、すでに保護すべき幼い子供だった。
見た目とは裏腹に、精神的には未熟なところが多い。
甘えることを知らず、愛されることにも慣れていない。
少しずつ家族との暮らしを覚え、ようやく安心して笑えるようになった子供たち。
その姿を知っているからこそ、南原家の人々には、彼女を見捨てるという選択肢などなかった。
ステラが何者であろうと。
彼女が何をしてきたのであろうと。
今、ここで泣いている子供を置き去りにすることなど、できるはずがなかった。
*
護衛隊長は、ライアンに非難の視線を向けた。
いくら事実とはいえ、ここまで追い詰める必要があったのか。
しかし、ライアンは厳しい表情を崩さなかった。
「南原さん。皆さんも、よく聞いてください」
彼は、ステラを抱きしめる家族に向かって話し始めた。
「現在、ステラにとって、皆さんは間違いなく特別な存在です。優先順位という言い方をするなら、今はダントツで一番上にいる」
南原夫妻は、黙って聞いていた。
「そして、今のステラの姿が、その何よりの証拠です」
ライアンは、うずくまって泣き続ける少女を見た。
「こいつが、自分のしたことを知られたくなかったのは、罰を受けるのが怖かったからじゃない。皆さんに嫌われるのが怖かったからです」
ステラの肩が、小さく震えた。
「研究班で、ある思考実験をしたことがあるそうです」
ライアンは続けた。
「もし、あのとき俺が撃たれて死んでいたらどうなったか」
誰も口を挟まなかった。
「研究班の推測では、俺が撃たれた町は消滅し、俺を撃った男のいた星もなくなっていた可能性が高い。少なくとも、そう考えざるを得ないほどの危険性があった」
彼は、一度言葉を切った。
「これは、俺が勝手に想像している話じゃありません。ステラ自身から聞いたことです」
南原夫妻の表情が変わった。
ライアンは、さらに続けた。
「では、ジーミーはどうだったのか。かつて、ステラにとって唯一無二の存在だったあいつが、もし命を落としていたら?」
答えを知る者は、その場にいなかった。
いや、知っている者がいたとしても、確かなことは言えなかっただろう。
「幸い、今は違います。ステラにとって大切な人間が増えた。だから、ジーミーを失っただけで即座に人類滅亡、という事態にはならないかもしれない」
ライアンは、家族一人ひとりを見た。
「ですが、それは安全になったという意味じゃありません。大切な人が増えた分、守ろうとする対象も増えたんです」
護衛隊長は、黙って聞いていた。
「皆さんには、ステラを見捨てないでほしい。ですが、同時に、自分たちがどれほど大切な存在になっているのかも理解してほしいんです」
ライアンは、頭を下げた。
「ステラ、済まなかった」
その言葉に、ステラがわずかに顔を上げた。
「こんな話をすれば、お前が傷つくことは分かっていた。それでも、今の状態を皆に知っておいてほしかった」
ライアンは、いつもの軽口を挟まなかった。
「だがな、ステラ。お前たちは、もう家族なんだ」
彼は、泣いている少女をまっすぐに見つめた。
「家族なら、見捨てないさ」
ステラの顔が、くしゃりと歪んだ。
「だから、前を向いて、皆と向き合え。何かあったら俺を頼れ。俺も、お前のお父さんの一人だからな」
そう言い残すと、ライアンは踵を返した。
無駄に格好よかった。
あまりにも格好よく、そして、あまりにも自然に去っていったため、誰も引き止められなかった。
ただ一人、護衛隊長を除いて。
彼は、心の中で叫んでいた。
……待ってくれ。
今の話を聞かされた俺たちの胃痛は、誰が引き受けてくれるんだ。
*
南原家の人々は、ステラを抱きしめながら、改めて思い知らされていた。
ヨークシャー将軍から危険性を聞かされていた。
自分たちの伝手を使って調査もしていた。
それでも、当事者から聞かされる話には、別の重みがあった。
ステラを怒らせた人間がどうなったのか。
彼女の大切な人を傷つけた人間がどうなったのか。
その報復が、どこまで広がり得るのか。
知れば知るほど、恐ろしい。
だが、彼らはステラを手放そうとは思わなかった。
一緒に暮らし始めて、まだ一年ほど。
それでも、彼らにとってステラとジーミーは、かけがえのない家族になっていた。
精神的には幼く、甘え方も知らず、時には大人よりも危うい判断をする子供たち。
だからこそ、守らなければならない。
危険だから遠ざけるのではなく、危険だからこそ、きちんと向き合う。
それが、南原家の選択だった。
そして、この善良な人々との出会いこそが、後にステラを人類の守護者へと変えていく要因のひとつとなる。
もっとも。
その未来を知る者は、まだ誰もいなかった。
*
――後世の視点から振り返れば、この時期のステラは、最も邪悪な状態にあったといえる。
アイドル活動の裏側で、直接的に、あるいは間接的に、彼女の手によって命を奪われた人間は、人類領域全体で二百万人を超えていた。
その中には、明確な悪意を持つ者もいた。
ステラやその家族に危害を加えようとした者もいた。
しかし、すべてがそうだったわけではない。
彼女の定めた基準に抵触した者。
将来的な危険性が高いと判断された者。
あるいは、彼女の計算の中で、排除したほうが都合がよいと結論づけられた者。
そうした人間たちも、容赦なく処理されていた。
ステラに、罪悪感はなかった。
少なくとも、彼女自身が人間のいう罪悪感を覚えていると認識できるものは、何もなかった。
彼女にとって重要なのは、自分の大切な人たちだった。
それ以外のものは、優先順位が低かった。
低いものは、切り捨てられた。
それだけの話だった。
南原家の人々も、そこまでの事実をすべて知っていたわけではない。
それでも彼らは、ステラに「もう二度とやるな」とは言わなかった。
それが彼女には通じないと、理解していたからだ。
代わりに、彼らが願ったのは、もっと限定的なことだった。
八つ当たりは、やめてあげて。
悪意のない人まで、巻き込まないで。
あなたが大切にしている人たちと同じように、誰かにも大切な人がいるのだから。
その言葉は、ステラの行動を根本から変えるほど強いものではなかった。
だが、彼女は耳を傾けた。
南原家の人々が、自分を恐れながらも、なお家族でいようとしてくれることを知っていたからだ。
彼らの言葉は、ステラにとって絶対的な命令ではない。
しかし、無視することもできない。
彼女は彼らを大切に思っていた。
だからこそ、彼らの願いを、どこまで聞き入れるべきか考えるようになった。
それが、人間のいう善意に近づく一歩だったのかどうか。
この時点では、誰にも分からなかった。
*
護衛隊長は、会議室を出たあと、深く息を吐いた。
胃が痛い。
とにかく、胃が痛い。
このままの人数では、絶対に足りない。
いや、人数の問題だけではない。
護衛対象本人の危険性。
その家族の重要性。
取材に押しかける人間たち。
そして、ステラ本人が、家族に危害を加えようとする者をどう扱うのか。
考えれば考えるほど、現在の警備計画が心許なく思えた。
彼は、帰ったら増員を要請しようと決意した。
最低でも、現在の三倍。
できれば、それ以上。
申請書には、できる限り具体的な理由を書き連ねた。
護衛対象の能力。
周辺人物への危害が発生した場合の予測被害。
過去の事例。
必要な警備範囲。
そして、万一に備えた即応戦力の確保。
これだけ書けば、さすがに審査にも時間がかかるだろう。
そう思っていた。
ところが。
申請は、あっさりと許可された。
しかも、追加されたのは護衛要員だけではなかった。
機械化兵の中隊までついてきた。
護衛隊長は、しばらく辞令を見つめていた。
……中隊?
護衛とは何だろう。
自分たちは、いったい誰から誰を守るために配置されているのだろう。
南原家の安全を守る。
それは分かる。
だが、機械化兵の中隊を常時運用できる護衛部隊とは、いったい何なのか。
普通に戦える。
というか、正規軍と戦争ができそうな規模になっている。
さらに上層部へ相談すれば、宇宙軍の戦艦まで降りてきそうな勢いだった。
送り迎えだけなら、機械化大隊でも余裕で出せる。
……何と戦うのだ!
護衛隊長は、辞表を書きたくなった。
しかし、提出したところで受理される保証はない。
むしろ、今辞められても困る、と言われる可能性のほうが高かった。
何しろ、護衛対象はステラなのだ。
彼女の家族を守るための部隊を、誰が指揮するというのか。
護衛隊長は、天井を仰いだ。
胃薬を増やそう。
それだけは、確実に必要だった。