# 3号機――ステラ、戦うためのロボットを作る
ステラも三年生に進級した。
高校への進学も、すでに決定事項である。ジーミーたちと一緒に、そのまま基地内の高校へ進む予定だった。
もっとも、ステラの場合は、それだけでは済まない。
高校進学と同時に、個別に士官学校の上級試験を受ける予定が組まれていた。
現在の階級は大尉。
最短で二年後には少佐への昇格資格を得ることになる。
ステラを知る者たちにとっては、実に無意味な話だった。
彼女に階級を与えたところで、指揮命令系統に従う保証などない。そもそも、彼女を通常の軍人と同じ尺度で評価すること自体が間違っている。
しかし、軍という組織には建前が必要だった。
ステラが軍の研究開発に関わり、その成果を軍が利用する以上、何らかの肩書きは必要になる。
そういうことになっていた。
そして、ようやく。
ステラシステム研究開発拠点に、三号機の専用工場が完成した。
工場の隣には巨大な倉庫が建ち、宿泊施設や保安部隊の宿舎も整備されている。
研究開発拠点というより、ちょっとした軍事基地である。
まあ、実際に軍事基地なのだから、間違ってはいない。
*
工場の前には、大勢の作業員が整列していた。
その前に立つステラは、見るからに浮かれていた。
以前、真二号機を組み上げたときと同じ光景だ。
ただし、今回は大きく違う点があった。
設計図が、あらかじめ詳細に用意されていたのである。
真二号機のときは、ステラが提示した構想をもとに、現場で確認や調整を繰り返しながら組み上げていった。
今回は違う。
作業に必要な図面は事前に配布され、各部品の形状や取り付け順序、組み立て後の動作まで、十分な検討時間が与えられていた。
作業員たちは図面を読み込み、映像資料を確認し、組み立て手順を頭の中で何度も再現している。
すでに準備されたフレームが、次々と工場内に運び込まれていった。
「おおお……!」
ステラの目が輝く。
「いいねぇ! やっぱり大きな工場はいいねぇ♪」
その声には、隠しきれない喜びがあった。
戦闘能力でも、軍の評価でも、予算の規模でもない。
自分の設計したロボットを、自分の計画どおりに組み上げられる。
それが何よりも嬉しいのだ。
作業員たちが一斉に動き始める。
フレームが組み上がり、各種機器が取り付けられ、内部配線が敷設されていく。
その一方で、廃材屋のお兄さんから購入した戦闘機も、別の作業区画で解体が進められていた。
こちらも三号機の計画に必要な部品を取り出すためだ。
ステラは両方の作業を確認しながら、実に幸せそうに笑っていた。
その様子を眺める関係者たちも、今回は順調に進みそうだと考えていた。
少なくとも、この時点では。
*
三か月後。
三号機は完成した。
完成したのだ。
技術的には。
機能的にも。
性能的にも。
何の問題もない。
ただし。
格好よくなかった。
もう一度言おう。
格好よくなかった。
関係者一同の胸中に、共通した思いが浮かんでいた。
――不細工すぎるだろ。
しかし、誰も口には出さなかった。
何しろ、設計者が目の前にいる。
しかも、本人は大変満足そうなのだ。
ここで「もう少し格好よくできなかったのか」などと言えば、どうなるか。
想像するだけで恐ろしい。
何より、技術的な完成度に文句のつけようがない以上、外見についての批判など、ただの個人的な感想でしかなかった。
そう。
個人的な感想なのだ。
決して、機体が不細工だと思っているわけではない。
いや、思っている。
全員が思っている。
だが、誰も言わない。
それが大人の知恵というものだった。
*
仕方がない面もあった。
航空機の設計思想は、ある時代を境に大きく変化していたのだ。
それ以前は、航空機といえば、まず形状が重要だった。
いかに空気抵抗を減らすか。
いかに効率よく揚力を得るか。
いかに大気の流れを利用するか。
そのため、航空機の外形には一定の共通性があった。
もちろん機種による違いはあるが、基本的な考え方は似通っていたのである。
ところが、シールド技術の発達が、その常識を根本から変えてしまった。
機体の周囲にシールドを展開すると、機体そのものの形状に関係なく、外側に形成されるシールド面を空力的に最適な形へ調整できるようになったのだ。
シールドが大気との境界面を作り、速度や飛行状態に応じて、その形を変える。
揚力の確保も、空気抵抗の低減も、ある程度はシールド側で補える。
高速飛行時には邪魔になる翼も、必要なときだけ効果的な形状に調整できる。
極端な話、本体が真四角であっても、飛ぶこと自体には大きな問題がなくなった。
もちろん、限界はある。
シールドの形状をどこまで自由に変えられるかは、シールド発生器の出力に左右される。
出力を高めようとすれば、発生器は大型化し、重量も増える。
必要な電力を供給する発電機も大きくなる。
結局のところ、シールドに頼りきるのも効率が悪い。
そのため、機体の形状に沿ってシールドを展開し、必要な部分だけを変形させる方式が主流となった。
そして、航空機は大きく二つの方向へ分かれていった。
ひとつは、速度を最優先するミサイルや迎撃機。
こちらは、昔ながらの空力設計を重視している。
もうひとつは、汎用性や搭載能力を優先する一般的な戦闘機だった。
こちらは、もはや従来の航空機とは別物に近い。
大きく平らな機首は、瓶の底を正面に向けたような形状になっていた。
その正面には、高効率レーダー、複数波長に対応するカメラ、照準レーザー、レーザー砲などが、これでもかと取り付けられている。
胴体にはX字型の翼。
その周囲には大量のミサイル。
機体表面は、各種装備の取り付け部やシールド発生器の配置によって、でこぼことした複雑な形状になっていた。
外見だけを見れば、どこかスチームパンク的ですらある。
未来の戦闘機と聞いて想像する、滑らかで美しい流線形とは程遠い。
そして、ステラの三号機もまた、その技術体系の上に存在していた。
ただし。
こちらは、別の意味で常識から外れていた。
*
三号機は、真二号機より一回り大きくなっていた。
全身をシールドで覆うための発生器に、ステラ特製の制御装置。
そして、最大の特徴は下脚部にあった。
そこには、発電機を備えた熱核エンジンが搭載されていたのである。
人型の脚部に、発電機付きの熱核エンジン。
普通なら、設計段階で疑問が出てもおかしくない構成だった。
しかし、ステラの設計図には、当然のように収まっていた。
機体の外皮も、従来のステラ製ロボットとは異なっていた。
全身を滑らかな装甲で覆うのではなく、各部の構造がむき出しになっている。
頭部には、大きさの違う二枚の板状レーダーが背中合わせに配置されていた。
大きなほうは正面を向き、胸元にかかるほどの長さがある。
背中側の小さなほうは、後頭部から背中にかかるかどうかという程度だった。
頭頂部には、ドーム状の突起。
その内部には複合単眼カメラが収められている。
両腕は四角く、ごつい。
肩は大きく突き出しており、そこにはX線レーザー砲塔が取り付けられていた。
前腕部にも、同じくX線レーザー。
背中にはオプションパックが装着され、マイクロミサイル発射機が並んでいる。
人型ではある。
だが、これまでのステラのロボットとは明らかに違った。
あれは、ロボットを作ることそのものを楽しむための機体だった。
しかし、三号機は違う。
最初から、戦うために作られている。
そのことが、外見からも嫌というほど伝わってきた。
関係者の一人が、思わずつぶやいた。
「……某伝説の巨人に似ているな」
別の者が、小さくうなずく。
歌で異星人を負かすタイプのロボットではない。
もっと無骨で、もっと危険なもの。
形だけでも、十分にヤバい。
――ステラよ、お前はいったい何を目指しているんだ?
現実には、見た目の問題だけではなかった。
お前のほうが、人類を滅ぼしそうなんだが。
そんな思いが、関係者たちの胸中をよぎった。
*
そのとき、ステラが姿を現した。
真っ赤なパイロットスーツ姿である。
そして、その手には。
リスのぬいぐるみが握られていた。
……何だ、それは。
戦闘用ロボットの前で、赤いパイロットスーツを着た美少女が、リスのぬいぐるみを抱えている。
絵面だけなら、微笑ましい。
しかし、三号機の外見と合わせて考えると、どうにも不穏だった。
吉田チーフは、思わずステラを見つめた。
「……吉田君。何か失礼なことを考えていないかい?」
ステラが、にっこりと笑った。
「身を滅ぼすかもしれないよ♪」
「……」
「うふふ♪ あっはははは♪」
「やめろ!」
吉田は即座に叫んだ。
「どう聞いても悪役の笑い方だ、それは!」
「そうかい?」
ステラは、首を傾げた。
「なんとなく、この場にふさわしい気がしたのさ♪」
「どこがだ!」
「うふふ♪」
彼女は楽しそうに笑い、リスのぬいぐるみを抱き直した。
「さて、試運転しようかね♪」
その場にいた全員が、なんともいえない表情になった。
やっぱり、ヤバい奴なのではないだろうか。
*
三号機の試運転が始まった。
今回の機体には、アメリヤ製の、より高性能な反重力装置が搭載されている。
さらに、設定の段階で出力が少し強められていた。
そのため、三号機はほとんどジェットを噴かすことなく、地面から浮かび上がった。
巨大な人型兵器が、静かに宙へと浮かぶ。
その姿は、どこか現実感に乏しかった。
ステラが操縦桿を動かす。
三号機は、その場で向きを変え、前進し、急停止する。
次の瞬間、横へ滑るように移動したかと思えば、急角度で上昇した。
機体の向きと進行方向が一致しない。
人型の姿勢を保ったまま、あり得ない軌道で動いていく。
ステラシステムによるシールド機能の強化。
高性能な反重力装置。
そして、機体の各部を統合制御する、ステラ独自の制御システム。
それらが組み合わさることで、三号機は既存の戦闘機を上回る運動性を発揮していた。
最高速度も、迎撃機に匹敵する。
いや、条件によっては、それすら上回る。
大気圏突入能力まで備えていた。
しかも、恐ろしいことに。
現時点では、まだ歩行試験の延長でしかないにもかかわらず、水中でも活動できることが確認されていた。
大気中だけではない。
水中でも動く。
宇宙でも使える。
そして、地上では人型の手足を使って作業できる。
もはや、何のための機体なのか分からなくなってきた。
いや、分かっている。
何でもできるように作ったのだ。
ステラにとっては、それが当然なのだろう。
*
衛星軌道からの突入試験は、さらに問題だった。
ステラは、三号機を自分で衛星軌道まで持ち上げた。
そして、そのまま大気圏突入試験を実施したのである。
当然ながら、関係者たちは事前に十分な安全確認を要求していた。
しかし、実際に試験が始まってみれば、要求された安全確認の範囲を、ステラ本人が軽々と飛び越えていく。
彼女にとっては、試験項目をひとつずつ消化しているだけなのだろう。
周囲からすれば、たまったものではない。
吉田は、モニターに映る三号機を見つめながら、つぶやいた。
「……あいつ、隠す気がないだろう」
誰も反論しなかった。
ステラは、自分に何ができるのかを、これまで以上に公然と示していた。
それから一か月。
ステラ自身による試験が終わると、今度は地表軍と宇宙軍のパイロットたちが試験を引き継いだ。
機体の操縦性。
急加速時の負荷。
空中での姿勢制御。
大気圏突入からの復帰。
そして、水中での運動性能。
ステラが一人で実行できることと、一般の人間が実行できることは違う。
その差を確かめるための試験だった。
結果は、良好。
ステラほど自由自在とはいかないものの、訓練を受けた人間でも十分に扱えることが確認された。
これによって、計画には本格的なゴーサインが出された。
そして、関係者たちは、もうひとつの事実に気づいた。
ステラは、女性士官の制服姿で、偉い人たちを前に堂々と説明をしていた。
しかも、宇宙軍大将が、彼女を当然のようにこう呼んだのである。
「ソラ大尉」
……大尉?
あれ?
いつの間に?
*
その夜。
ライアンたちは、居酒屋でステラの階級について話していた。
「いや、俺も驚いたよ」
ライアンが、酒を片手に首を振る。
「まさか、本当に大尉になっているとはな」
「コスプレじゃなかったのか?」
吉田が言った。
「本人は前から本物だと言っていただろう」
「いや、あの格好で堂々と説明されると、どうしてもコスプレにしか見えんだろ」
「それは分かる」
周囲から笑いが起こった。
そこで、ライアンが思い出したように言った。
「そういえば、来年の試験に合格すれば、少佐になる予定らしいぞ」
「……は?」
「大尉から少佐って、そんなに早いのか?」
「上級試験を受けるらしい。制度上は問題ないそうだ」
吉田は、しばらく考え込んだ。
そして、真顔で言った。
「決定事項じゃないか、それ」
「まあ、本人が試験を受けて合格すれば、という話だがな」
「合格しないわけがないだろう」
誰も否定しなかった。
ステラの学力は、すでに公表されている。
中学の定期試験は満点。
大学編入も可能と判断されるほどの成績。
あの能力で、士官学校の試験に落ちる姿を想像するほうが難しかった。
「じゃあ、研究施設が完成したら大佐か?」
誰かが言った。
沈黙。
そして。
「……コスプレ大佐かぁ」
「ははは!」
「あっははは!」
「頭おかしいんじゃないか?」
「世も末だな」
酒の席は、笑いに包まれた。
全員、すっかり油断していた。
*
すっ。
誰かの手が、ライアンの首に添えられた。
同時に、吉田の首にも。
「……言い残したいことは、それだけでいいのかな?」
聞き慣れた声だった。
全員が、凍りついた。
「痛みを感じることなく、あの世に送ってあげよう♪」
ステラだった。
いつの間に来たのか。
誰も気づいていなかった。
「なあに、私は専門家だからねぇ♪」
にこにこと笑っている。
「この場所を汚して迷惑はかけないから、安心してね♪ お父さん♪ 吉田君♪」
「……」
「あっ、大丈夫だよ♪」
ステラは、周囲の客たちにも目を向けた。
「そこの君たちも、ちゃんと送ってあげるね。私は優しいから♪」
はい。
全員、即座に降伏しましたとも。
誰一人として、異議を唱えなかった。
そもそも、唱えられるはずがなかった。
しばらくして、ステラは満足そうに手を離した。
「うふふ♪ 冗談だよぉ♪」
誰も笑わなかった。
「……冗談だよね?」
吉田が、恐る恐る確認する。
「もちろん♪」
ステラは、満面の笑みで答えた。
その笑顔が、かえって怖かった。
*
その後、ステラは南原家の面々を呼び寄せた。
そして、居酒屋の客たちは、見事に飲み食いされることになった。
もちろん、会計は彼ら持ちである。
ステラは、実に楽しそうだった。
後日
「お父さん、優しいからねぇ♪ みんな来ないと悲しむよぉ♪」
ライアンは、嫌な予感しかしなかった。
「もちろん、私も悲しむからね♪」
ステラが、にっこりと笑う。
「お父さんを悲しませたら、私、悲しくて何をするか分かんないからねぇ♪ よろしくね!」
……脅迫ではない。
本人は、家族と仲間を集めて、楽しい食事会を開こうとしているだけだ。
少なくとも、ステラの認識では。
ライアンも吉田も、逃げようと考えた。
しかし、ライアンの家は近い。
吉田の家も、そう遠くない。
そして、南原家からの招待を断る理由も、表向きにはなかった。
結局、全員が参加することになった。
後日。
その場にいたメンバー全員が、南原家に招待されたという話は、研究班の間でもしばらく語り草になった。
誰もが、ステラの階級がどうなるのかを気にしていた。
だが、その前にひとつだけ、全員が理解したことがある。
大尉でも、少佐でも、大佐でも。
ステラはステラなのだ。
そして、彼女をからかうときには、必ず周囲を確認する必要がある。
特に、首の後ろには気をつけたほうがいい。
……いや。
気をつけたところで、意味があるのかどうかは、誰にも分からなかった。