# ステラの実力証明――そして、幸運すぎた男
## ヨークシャー将軍のオフィスにて
「うむ、分かった。全軍の前で一度、分かりやすく戦ってもらおう!」
ヨークシャー将軍は、机の上に置かれた報告書を閉じた。
向かいに座るジョン中将も、苦笑しながら頷く。
「宇宙軍との一件は、確かに凄まじかった。しかし、凄まじすぎたんだろうな。映像を見ても、あまりに現実離れしていて、実感が湧かない。あの姿の少女が、あれほどのことをしたと言われても、信じられない者が出るのは仕方がない」
「だからこそ、か」
「そういうことだ。あの姿でそんなことができるはずがない、と侮る者が後を絶たん。こちらが話を誇張している、あるいは何かを隠していると疑う者までいる」
ジョンはそこで言葉を切った。
「……もっとも、ステラのことだ。こちらの考えなど、とうに分かっているのだろうが」
ヨークシャーは額を押さえた。
「それが一番、冷や汗の出るところだ」
彼女がこちらの意図を理解していることと、こちらの望むとおりに行動してくれることは、まったく別の話である。
むしろ、理解したうえで何をするのか分からない。
それが彼女だった。
「エレナ・ヴァルター博士。何かね?」
「はい」
研究主任のエレナ・ヴァルター博士が一歩前に出た。
「最近、アメリヤから着任した研究者たちの中にも、ステラ大尉の能力について疑念を抱いている者がいると報告を受けています。あまりにも荒唐無稽で、こちらが何かを隠しているどころか、彼らを騙そうとしているのではないか、と」
「だろうな」
ヨークシャーはあっさりと答えた。
「我々も、何度もそう思った。そして、そのたびに現実を突きつけられてきた」
彼は窓の外に目を向けた。
「彼女は最近、『智』の分野で非凡さを示した。ならば、久しぶりに『武』の分野でも示してもらおうではないか」
「……本人が、素直に付き合ってくれればよいのですが」
「そこは心配していない」
ヨークシャーは断言した。
「頼み方さえ間違えなければ、な」
その言葉に、室内の誰もが微妙な顔をした。
頼み方を間違えた場合、どうなるのか。
それを知りたい者は、この部屋には一人もいなかった。
***
「ステラ!」
ヨークシャーは、いつものように室内へ声をかけた。
「今、学校か? 終わったら来てくれ!」
返事は、机上の通信端末からすぐに返ってきた。
『分かりましたわ! 後で行きます。お菓子を用意してくださいね♪』
「……毎度のことながら、驚くな」
ジョン中将が思わず呟いた。
ヨークシャーは肩をすくめる。
「我々はもう慣れたよ」
「本当に?」
「慣れたことと、理解できたことは違う」
その返答に、ジョン中将は黙った。
一度、彼女の情報処理能力を確かめるための実験が行われたことがある。
星系内の千か所に部下を派遣し、それぞれに通信端末を用意した。防諜設備の有無は問わず、端末を介した通信が成立することだけを条件に、千か所で同時に会話を始めたのである。
ステラは、そのすべてを盗聴した。
八百か所については、その場で遅延なく内容を把握。残りも最大二秒の遅れで処理し、千か所すべての音声を同時に記録した。映像が取得できる場所では、それも記録してみせた。
しかも、その間の彼女は、研究チームが提示した難解な計算問題を解きながら、美咲たちとゲームをしていたという。
どれか一つを集中して処理するのではない。
千か所の会話も、計算問題も、ゲームも、彼女にとっては同時に行える事柄だった。
「距離という物理法則さえ、我々の想定どおりには働かんらしい」
ヨークシャー将軍が言った。
「さて、そんな相手に何をあてがうかだ」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
彼らが相手にしようとしているのは、強力な兵器ではない。
強力な兵器という枠組みそのものが、彼女を説明するには小さすぎるのだ。
## 一か月後――ステラシステム研究開発基地予定地
広大な演習場には、数多くの兵器が並べられていた。
退役予定の機動兵器、改修された無人戦闘車両、遠隔操作式の火器システム。そして、今回の試験に合わせて性能を引き上げられた各種兵器。
いずれも、無人機か遠隔操作機だった。
人間が搭乗していないのは、単なる安全対策ではない。
これから行われる試験において、人間の乗員を守る方法がないと判断されたためでもあった。
観測シェルターには、ステラの能力に懐疑的な研究者や軍人たちが集められていた。
ジョン中将は、並んだ顔を見渡した。
「諸君。君たちの疑念を解消するため、我々は相当な費用を捻出し、これだけの兵器を集めた。今日という日を、ぜひ有意義に使ってほしい」
「これからステラ大尉の戦闘を見る、ということですか?」
「そうだ。自分の目で見極めたまえ。必要なら、直接目視できる観測設備も用意してある。映像越しでは納得できないという者もいるだろうからな」
ジョン中将は、少しばかり意地の悪い笑みを浮かべた。
「今日はステラ君の素肌も見られるぞ。喜びたまえ」
『ジョン中将、セクハラだよ♪』
どこからともなく声がした。
ライアンは眉をひそめた。
「お前もな!」
『お父さん、聞こえてるよ!』
「……ライアン警部、君の娘さんは実に元気だな」
「誰が娘だ!」
ライアンは即座に言い返した。
もっとも、ステラが自分をどう呼ぼうと、今さら訂正に意味があるとは思っていなかった。
そのとき、演習場中央のスピーカーから、少女の声が響いた。
『さて、いまだに私のことが理解できないおバカさんたち。今からショータイムだよ』
楽しげな声だった。
『しっかり見ていてね♪』
その声が途切れると、演習場中央に立つ少女へ、すべての視線が集まった。
ステラは何も身につけていなかった。
銀色の髪が風に揺れ、赤い瞳が観測シェルターを見つめている。
その姿は、兵器の群れの中に置かれた人形のようだった。
誰かが小さく息を呑んだ。
やがて、試験開始の信号が送られた。
最初の一撃が、ステラを吹き飛ばした。
細い身体が地面を離れ、土煙を引きながら遠くへ転がる。
続けて砲撃。
衝撃波が演習場を走り、少女の姿が煙の向こうへ消えた。
「……直撃したぞ」
誰かが呟いた。
次の瞬間、ステラは煙の中から起き上がった。
身体には傷一つない。
彼女は、まるで転んだ子供が立ち上がるように、軽く膝の土を払った。
そして、また攻撃を受けた。
宇宙軍との戦闘映像とは違っていた。
あのときの彼女は、攻撃を受けてもほとんど動かなかった。まるで、兵器の側が彼女という存在に対して何の意味も持たないかのように。
しかし今回は違う。
砲撃を受けるたびに身体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。直撃すれば吹き飛び、連続攻撃を受ければ姿勢を崩した。
それでも、彼女は傷つかなかった。
五分が経過したころ、ステラは攻撃の合間に立ち止まった。
「もういいかね?」
通信端末を通じて、彼女の声がシェルターに届く。
「みんな見たかな? 納得したかな?」
返事はない。
「今回はヨークシャーおじ様にお願いされているからねぇ。ゆっくり時間をかけて壊していこうかねぇ♪」
その口調は、休日に頼まれごとをした少女のそれだった。
そして、彼女は歩き出した。
最初に破壊されたのは、接近してきた無人装甲車だった。
ステラが片手を振る。
ただ、それだけだった。
装甲車両の側面がひしゃげ、内部構造ごと潰れた。次の機体は蹴り飛ばされ、宙を舞った。地面に叩きつけられるより早く、別の兵器がその残骸に衝突し、まとめて破砕された。
彼女は走った。
一歩踏み込むたびに地面が砕ける。
腕を振れば兵器が吹き飛ぶ。
脚を振るえば装甲が裂ける。
時には残骸を拾い上げ、遠くの兵器へ投げつけた。
投げられた物体が命中するたび、標的は原形を失った。
彼女は怒っていなかった。
興奮しているようにも見えなかった。
ただ、壊していた。
それも、決して急いではいなかった。
一つ壊すたびに次の標的へ向かい、壊れ方を確かめるように手を伸ばすことさえあった。
ある兵器の装甲を引き剥がしたあと、彼女はその破片を手の中でくるりと回し、首を傾げた。
それから、何事もなかったかのように次へ向かった。
観測シェルターでは、誰も口を開かなくなっていた。
彼らが見ているのは、圧倒的な力を持つ兵士の戦いではない。
人間の戦闘に見られる焦りも、恐怖も、怒りも、勝利への執着もなかった。
彼女は、そこにあるものを順番に壊している。
その理由を尋ねれば、きっと彼女は答えるだろう。
頼まれたから、と。
あるいは、趣味ではないけれど、せっかくだから、と。
そして、その答えを聞いたところで、何も理解できないのだろう。
一時間後。
演習場で動くものは、もう何もなかった。
立っているのは、ステラただ一人だった。
「終わったよ♪」
彼女は満足そうに手を叩いた。
その直後、地面を蹴った。
五キロ離れた観測シェルターへ、脚力だけで跳躍したのである。
遠方の地面が爆ぜ、彼女の姿が空を横切った。
次の瞬間、シェルターの近くで轟音が響く。
土煙が壁のように立ち上がり、観測窓を覆った。
数秒後。
何事もなかったように、ステラが入口から入ってきた。
「どうするね?」
赤い瞳が、研究者たちを順番に眺めた。
「今なら好きなだけ撃たれてあげるから、撃ってみるかね? 殴らせてあげようか? 刺させてあげようか?」
彼女は両手を広げた。
「さあ、好きにするとよいよ?」
笑顔だった。
だからこそ、誰もすぐには動けなかった。
彼女は本当に、好きにさせるつもりなのだろう。
その結果、相手がどうなるかなど、最初から考慮に入れていないかのように。
「俺は騙されんぞ!」
一人の男が拳銃を抜いた。
「口を開けろ! そこまでは装甲もあるまい!」
男はステラへ詰め寄った。
周囲が止めるより早く、彼は銃口を彼女の顔に向けた。
ステラは素直に口を開けた。
男は引き金を引いた。
一発。
二発。
三発。
弾倉が空になるまで、彼は撃ち続けた。
乾いた銃声がシェルターに響き、空薬莢が床を跳ねた。
最後の一発が撃ち尽くされる。
男の手が止まった。
ステラは、口を閉じた。
もぐ、もぐ。
彼女の頬が動いた。
まるで、口の中に入ったものを味わっているかのようだった。
そして、口を開ける。
砕けた弾丸が一塊になって、床へ落ちた。
金属の塊が、乾いた音を立てた。
「気が済んだかい?」
ステラは尋ねた。
男は答えられなかった。
「ほかに何かないかい? さあ、今だけだよ?」
その声には、苛立ちも怒りもなかった。
彼女は本当に、次の希望を待っているようだった。
「俺が!」
別の男が前へ出た。
周囲の人間が止める間もなかった。
男はステラの前まで歩み寄り――突然、彼女を抱き締めた。
観測シェルターから、息を呑む音がいくつも重なった。
ステラの身体が、止まった。
それまで彼女を吹き飛ばしていた衝撃も、彼女が歩くたびに響いていた足音も、すべて遠くへ消えたような気がした。
彼女は動かなかった。
銀色の髪の一本さえ、揺れを止めていた。
目は開いている。
赤い瞳は、男の肩の向こうを見ていた。
怒っているわけではない。
嫌がっているようにも見えない。
驚いているのかどうかすら、分からなかった。
男はしばらく彼女を抱き締めていた。
そして、ゆっくりと腕をほどいた。
彼はステラの顔を覗き込んだ。
至近距離から、表情の消えた顔をじっと見つめる。
まるで、自分が抱き締めた相手が本当に生きているのか、確かめるように。
「……悔いなし」
男は満足げに呟き、何事もなかったように列へ戻っていった。
ステラは動かなかった。
一秒。
二秒。
三秒。
誰も、彼女に声をかけられなかった。
彼女が停止している理由を、知っている者はいなかった。
やがて。
「……もういいのかい?」
ステラの口が動いた。
先ほどと同じ声だった。
先ほどと同じ、楽しげな響きだった。
何事もなかったように、彼女はジョン中将へ顔を向ける。
「ジョン中将。もうよいかい?」
ジョンは、わずかに間を置いた。
「あ、ああ。十分だ」
「ヨークシャー将軍。では、契約は完了ということでよろしいでしょうか?」
「よろしい。ありがとう、ステラ」
「はぁい♪」
彼女は嬉しそうに返事をした。
そして、もう抱き締められたことなど忘れたかのように、軽い足取りでその場を離れた。
ジョンは、彼女の背中を見送った。
あの数秒間、ステラの中で何が起きていたのか。
誰も知らない。
本人に尋ねたところで、答えが返ってくる保証もない。
仮に答えてくれたとして、その言葉が自分たちの理解できる意味を持っているとも限らなかった。
「……あれは、何だったんだ?」
誰かが呟いた。
誰も答えなかった。
## 幸運すぎた男
ステラが立ち去ると、ほとんどの者は演習場の検証へ向かった。
破壊された兵器の状態を確認し、記録を取り、映像を解析する。
彼らには、そうしなければならない理由があった。
見たものを理解できないまま、報告書にまとめるわけにはいかない。
ただ一人、背広姿の男だけが、その場に残っていた。
彼は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
「くっ……くくく……」
笑いを堪えきれない。
「俺は……俺は、やった……!」
憧れのステラちゃんと抱き合った。
しかも、素肌のステラちゃんと。
長年の夢が叶ったのだ。
彼は感動に打ち震え、何度もその瞬間を思い返していた。
だから、首筋に冷たいものが触れたときも、それが何を意味するのか理解できなかった。
次の瞬間、彼の意識は途切れた。
***
「お父さん♪」
ライアンの耳元で、聞き慣れた声がした。
「この人、借りていくね♪」
振り返ると、ステラが男を担いでいた。
「……ステラ」
ライアンは、嫌な予感しかしなかった。
「頼むから返してくれよ」
「うん♪」
「生きてだぞ。五体満足でだぞ! 腕とかもいだら駄目だからな!」
「お父さん♪」
ステラは不思議そうに首を傾げた。
「私をなんだと思っているのかな?」
「その台詞を、今のお前から聞きたくない!」
「うふふ♪」
彼女は楽しそうに笑った。
「じゃ、ちょっと行ってくるね」
「おい、ステラ! 待て! 何をするつもりだ!」
「お話しするだけだよ♪」
「本当だな!?」
「さあ、どうでしょう?」
「ステラ!」
返事の代わりに、彼女は手を振った。
そして、ふと思い出したように足を止める。
「あっ、車借りるね♪」
「……車?」
「このままだと、殺しちゃうところだったから」
「待て! 今、何と言った!?」
しかし、ステラはもう軍用車両へ向かっていた。
男を後部座席へ放り込み、運転席へ乗り込む。
エンジン音が響き、車両はあっという間に遠ざかっていった。
残されたライアンは、額を押さえた。
ヨークシャー将軍が、ゆっくりと息を吐く。
「……我々では、何もできんな」
「仮に戻ってこなかったら、せめて公務災害で弔ってやろう」
「戦死では?」
「戦死だろうな」
二人は、遠ざかる車の砂煙を見つめていた。
どちらも、追いかけようとは言わなかった。
追いかけたところで何ができるのか。
それを考えるだけの勇気は、二人とも持ち合わせていなかった。
***
男が目を覚ましたとき、周囲には何もなかった。
一本の道路。
その脇に停められた軍用車両。
そして、少し離れた場所にある石の上に、一人の少女が座っていた。
少女は、こちらを見ていた。
「……あれ?」
男は身を起こした。
頭がぼんやりしている。
自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか、すぐには分からなかった。
少女が微笑んだ。
「田中君、久しぶりだね♪」
「ス、ステラさん!?」
男――田中は、飛び上がりそうになった。
なぜステラがここにいるのか。
なぜ自分は道路脇に寝かされているのか。
そもそも、つい先ほどまで何をしていたのか。
疑問が次々に浮かぶ。
ステラは、そんな彼を眺めていた。
「いやぁ、びっくりしたよぉ♪ まさか、いきなり抱きつかれるとは思わなかったねぇ」
「す、すみません! でも、あの……!」
「ねえ、田中君」
彼女は楽しげな声で尋ねた。
「死にたかったのかな?」
田中の思考が止まった。
「えっ?」
「さっき、好きにするとよいよ、って言ったでしょう?」
ステラは小首を傾げた。
「だから、好きにしたんだよねぇ?」
田中は、ようやく自分の置かれた状況を理解しかけた。
だが、理解したくなかった。
「そ、それは……!」
「うふふ♪」
ステラは笑った。
「私に欲情しちゃったか? 私って魅力的かな?」
「えっ、ええ! もちろんです!」
田中は慌てて頷いた。
「ステラさんが、よろず屋をしていた頃からのファンなんです! こ、これ!」
彼は震える手で財布を取り出し、会員証を差し出した。
「公式ファンクラブの会員番号です! 見てください、二十八番なんです!」
ステラは会員証を受け取った。
「へぇ?」
「一般公募では六番目のはずなんです! ずっと応援していて……今日の公式テストも、ステラさんを身近で見たくて来たんです!」
彼女は会員証を裏返し、表に戻し、もう一度眺めた。
その仕草は、ファンから贈り物を受け取ったアイドルそのものだった。
「そうかい♪」
ステラは、満面の笑みを浮かべた。
「よしよし。なら、許してあげよう♪」
田中の顔が明るくなった。
「私は慈悲深いからねぇ♪」
彼女は会員証を返した。
「じゃあね♪」
「は、はい! ありがとうございました!」
ステラは石から立ち上がった。
そして、地面を蹴るでもなく、助走をつけるでもなく、ふわりと宙へ浮かんだ。
次の瞬間には、空の彼方へ飛び去っていた。
田中は、しばらくその姿を見送っていた。
助かった。
憧れのステラに会えた。
会話もできた。
しかも、ファンだと分かって許してもらえた。
彼の胸は幸福感でいっぱいだった。
自分がどれほど危険な目に遭ったのか。
ステラが何を考え、どこまで本気で自分を殺そうとしていたのか。
田中は、まだ何も知らなかった。
***
その日の夜遅く。
田中が職場へ戻ると、同僚たちが彼の姿を見て、そろって立ち上がった。
「田中!?」
「お前、帰ってきたのか!」
「よかった……本当によかった!」
「えっ? な、何ですか、皆さん?」
同僚たちは田中の肩を掴み、顔を覗き込み、無事であることを何度も確かめた。
やがて、彼らは田中が何をしたのかを聞き出した。
ステラを抱き締めた。
そのあと、彼女に連れ去られた。
そして、何事もなかったように帰ってきた。
話を聞き終えた同僚たちは、そろって頭を抱えた。
「……お前、本当に生きて帰ってきたんだな」
「え? だから、そう言っているじゃないですか」
「田中。よく聞け」
一人が、ひどく真剣な顔で言った。
「ステラちゃんはな、昔からああいう子だったわけじゃない」
彼らは、よろず屋を営んでいた頃のステラを知っていた。
金さえもらえば何でも引き受ける、奇妙な少女。
人懐っこく、気まぐれで、時には恐ろしく有能な賞金稼ぎ。
そして、ジーミーに関わる事件が起きてから、彼女の行動がどう変わったのかも知っていた。
彼女を傷つけた者。
彼女の大切な人を傷つけた者。
彼女の前で、取り返しのつかない一線を越えた者。
そうした人間たちが、どんな末路を辿ったのか。
田中は、同僚たちの話を聞きながら、先ほどの会話を思い返していた。
――死にたかったのかな?
――好きにするとよいよ、って言ったでしょう?
――私は慈悲深いからねぇ♪
笑顔。
楽しげな声。
そして、あの赤い瞳。
田中の背筋を、冷たいものが走った。
彼女は、許してくれたのだろうか。
ファンだったから。
会員番号が二十八番だったから。
それとも、ただ、そうすることにしただけなのだろうか。
田中には分からなかった。
そして、彼女が自分を殺さなかった理由を確かめる勇気も、もうなかった。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
自分は生きている。
憧れのステラに抱きついたという夢のような経験をした。
そして、その夢が、ほんの少し違う結末を迎えていたら。
今ごろ自分は、どこにもいなかったかもしれない。
田中は震える手で、会員証を握り締めた。
二十八番。
それは、彼が憧れの少女を長く応援してきた証だった。
同時に、彼が生きて帰れた理由について、何の説明にもなっていなかった。
## 家に帰れば
そのころ、ステラは自宅へ戻っていた。
もちろん、素っ裸のままである。
玄関を開けた瞬間、母親の美佐江が固まった。
続いて、美咲が振り返った。
最後に、ジーミーが顔を上げた。
数秒間、誰も何も言わなかった。
「……ステラ?」
美佐江の声が、低くなった。
「はい、お母さん♪」
「あなた、その格好は何?」
「素肌だよ?」
「そんなことは見れば分かります!」
美佐江の叱責が家中に響いた。
「どうして服を着ていないの! 外に出るときは服を着なさいと、何度言えば分かるの!」
「えー? だって、試験だったんだよ?」
「試験なら服を着なくていいの!?」
「うーん……動きやすいから?」
「そういう問題ではありません!」
美咲も頭を抱えた。
「ソラちゃん、お願いだから、もう少し普通にして……」
「普通って難しいねぇ♪」
「笑ってごまかさない!」
ジーミーは姉を見つめ、深々とため息をついた。
「姉さん……」
「なぁに、ジーミー♪」
「服、着て」
「はぁい♪」
ステラは、実に素直に返事をした。
その顔は、嬉しそうだった。
母親に叱られた。
美咲に心配された。
ジーミーにも注意された。
家族が自分を見て、怒って、心配して、声をかけてくれた。
彼女はそれを、とても嬉しいことだと思っていた。
なぜ嬉しいのか。
何が、どのように嬉しいのか。
彼女自身が、どこまで理解しているのか。
それは、誰にも分からなかった。
ただ、ステラは笑っていた。
家族に叱られながら、心底幸せそうに。
その笑顔を見て、美佐江はもう一度、深いため息をついた。
「……本当に、もう」
そして、娘を抱き締めた。
ステラは抵抗しなかった。
今度は、フリーズもしなかった。
ただ、母親の背中へ腕を回し、そっと抱き返した。
「えへへ♪」
彼女は嬉しそうに笑った。
その腕に込められた力は、ひどく優しかった。
だからこそ、もし彼女が本気で抱き締めたらどうなるのかなど、考えたくもなかった。
美佐江はそんなことを考えず、娘の髪を撫で続けた。
ステラは、目を閉じた。
幸せそうな顔だった。
少なくとも、人間にはそう見えた。