よろず屋ステラ   作:かえるけろけろ

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ライアン警部の疑惑

# よろずやステラ

 

## ――ライアン警部、現場に立つ――

 

### 第一章 現場指揮官の仕事

 

ライアン警部は、現場が嫌いではない。

 

むしろ好きだった。

 

現場には、机の上の報告書には書かれていないものがある。

 

臭い。

 

音。

 

空気。

 

人間の顔。

 

そして――痕跡。

 

事件というものは、必ずどこかに痕跡を残す。

 

どれだけ巧妙に隠しても。

 

どれだけ綺麗に始末しても。

 

完全に消えることはない。

 

だからライアンは、現場に立つ。

 

今日もそうだった。

 

「正面、動きなし!」

 

「裏口班、確保完了!」

 

「一般市民の退避、あと三分!」

 

無線が飛び交う。

 

ライアンは向かいのビル、その三階の窓際から現場を見ていた。

 

通りの向こう。

 

無駄に頑丈そうな建物がある。

 

その正面玄関を塞いでいるのが――

 

機械化トーチカ。

 

大戦中に基地防衛用として使われていた旧式兵器。

 

ただし。

 

「旧式」という言葉に騙されてはいけない。

 

こいつは当時の基地防衛用に開発された、トーチカと言う名前に騙されそうになるが、こいつは動く!

 

必要とされる地点に自ら移動してそこで拠点として居座るのだ。

 

実際に自分が連絡を受け現場に到着した時には玄関から少し奥に引き込み、こちらからの攻撃を限定してやがった。

 

重装甲。

 

重武装。

 

対人。

 

対車両。

 

対機械。

 

何でもござれだ。

 

一般警察が相手をする代物ではない。

 

「警部!」

 

若い警官が駆けてくる。

 

「正面隊、これ以上の接近は危険です!」

 

「分かってる」

 

ライアンは双眼鏡を下ろした。

 

「裏口は?」

 

「突入成功。内部の制圧を進めています」

 

「よし」

 

つまり。

 

目的はほぼ達成している。

 

問題は。

 

「こいつをどうするか、だな」

 

目の前のトーチカは、正面玄関から一歩も動かない。

 

警察が近づけば撃つ。

 

離れても撃つ。

 

どうやら自動迎撃モードに入っているらしい。

 

ライアンは歯を食いしばった。

 

AD部隊がいれば話は早い。

 

だが――。

 

「ADは?」

 

「別件です」

 

またか。

 

最近、この言葉を聞くことが多くなった。

 

「……そうか」

 

ライアンは無線機を手に取った。

 

「全隊、そのまま待機。無理に仕掛けるな」

 

そして。

 

もう一台の端末を取り上げる。

 

「……仕方ない」

 

登録された名前を呼び出す。

 

よろずや。

 

ステラ。

 

### 第二章 よろずやのヨロちゃん

 

『けーいぶ?』

 

やけに明るい声。

 

この状況を知らないから当然だ。

 

「悪いな、ステラ。来てくれないか」

 

『内容は?』

 

「違法改造された機械化トーチカだ。かなりの重装甲、重装備。うちの所轄のADは別件で出ていて、こちらには対抗手段がない」

 

『なるほど』

 

妙に嬉しそうだ。

 

ライアンは嫌な予感がした。

 

『金は?』

 

「二割増しで払う」

 

『二つ返事で行くよ』

 

やっぱりだ。

 

「現場の位置を送る」

 

『よろしく♪』

 

通信終了。

 

ライアンは頭を掻いた。

 

「……あいつ、本当に金が好きだな」

 

だが。

 

それからしばらくして。

 

現場に、ステラが来た。

 

バイクで。

 

普通の服装。

 

銀髪。

 

赤い目。

 

十五歳ほどの少女。

 

少なくとも、見た目だけならそうだ。

 

ライアンは双眼鏡で確認する。

 

「来たか」

 

ステラは、いったん警官隊から見えない場所へ移動した。

 

「何をする気だ?」

  

しばらくするとステラから連絡が来る。

 

ステラは現場を確認し、こちらへ電話をかけてきた。

 

『ああ! こりゃあ駄目だ! ライアン警部が割増を出すわけだ』

 

「見ただけで分かるのか?」

 

『大戦中に基地防衛へ配置されていたやつ。それも最高級品だね』

 

「……何だと!」

 

『普通に倒すなら戦車がいるよ?』

 

「分かってる」

 

『軍に頼む?』

 

「時間がかかる。それに、この辺が更地になる」

 

『じゃあ、追加請求決定だね』

 

ライアンはため息をついた。

 

「いくらだ」

 

『S級の三倍』

 

「……」

 

『どうする?』

 

「……高すぎる」

 

『じゃあ、軍に頼む?』

 

「……」

 

ライアンは窓の外を見る。

 

機械化トーチカにはランクが有る、その中でも最高ランクの物は戦車でも手に余る、少なくとも3両以上で相手する奴だ、通常は余裕が有れば航空攻撃が最も犠牲が少ないとされる。

 

まして建物の中に居るなら建物ごと叩き潰すだろう。

 

更地決定だ!

 

わかってやがる!

 

ステラが楽しそうに笑っている。

 

腹が立つ。

 

だが。

 

軍を呼べば、もっと酷い。

 

「……承認する」

 

『よしよし♪』

 

通信終了。

 

ライアンは承認処理を済ませた。

 

そして。

 

ステラが動き始める。

 

### 第三章 見えない少女

 

ライアンは双眼鏡を下ろした。

 

ステラに頼んだものの何をするのかさっぱりわからなかった。

 

誰かが答えられるはずもない。

 

しばらくすると。

 

轟音と共に。

 

終わったよ♪、とステラから気楽な声で連絡が来る。

 

トーチカが――

 

**沈黙した。**

 

「……は?」

 

何をした?

 

現場を見たライアン警部は、

 

トーチカを見た。

 

トーチカ周辺に散布されたマイクロ地雷やセンサー類。

 

見たところ散布されたままの様に見える?

 

正面装甲。

 

拳ほどの穴。

 

それだけ。

 

爆発なし。

 

大口径砲撃なし。

 

ミサイルなし。

 

なのに。

 

中枢だけが破壊されている。

 

「何が起きた?」

 

誰も答えない。

 

その後。

 

ステラが服を回収し。

 

何事もなかったようにこちらへ戻ってきた。

 

「けーいぶ、終わったよ♪」

 

ライアンは彼女を見る。

 

「……どうやった?」

 

「秘密」

 

「お前な」

 

「レディの秘密♪」

 

そのときのライアンには。

 

まだ。

 

ただの秘密の多い女だと思っていた。

 

いや。

 

秘密の多い女だという認識は、今でも変わっていない。

 

ただし。

 

あの日から。

 

もう一つ加わった。

 

**何をするのか分からない女。**

 

### 第四章 そして、人間戦車

 

翌日。

 

ライアンの端末が鳴った。

 

「またかよ……」

 

S級。

 

人型戦車。

 

機械化兵の中でも、特に重装甲化されたタイプ。

 

そして。

 

「ADは?」

 

「別件です」

 

ライアンは無言になった。

 

「……またか」

 

昨日。

 

そして今日。

 

二日連続。

 

一般警察では手に負えない事件。

 

そして。

 

AD部隊は別の場所。

 

ライアンは現場へ向かった。

 

今度は自分で指揮を執る。

 

警官隊を配置。

 

自分に与えられた権限を使い最大限武器を集めた。

 

ビルの屋上。

 

高速ミサイル一発。

 

高機動型ミサイル三発。

 

大口径対物ライフル二挺。

 

「これで止める」

 

作戦は単純。

 

高速ミサイルで注意を引く。

 

高機動型で追い込む。

 

最後に対物ライフルで仕留める。

 

ところが。

 

失敗した。

 

煙幕。

 

マイクロミサイル。

 

囮。

 

敵は一歩も動かず。

 

こちらの攻撃だけを潰していく。

 

「……化け物か」

 

ライアンは思った。

 

そのとき。

 

バイクの音が聞こえた。

 

「けーいぶ、来たよ♪」

 

「お前は嬉しそうに来るな」

 

「だってねぇ!」

 

ステラは笑っていた。

 

「賞金、上げて♪」

 

ライアンは睨む。

 

「頼みのAD部隊は居ない♪」

 

「うん」

 

「軍に頼む?♪」

 

「時間がかかるょ♪」

 

「分かってる」

 

「この辺、更地になっちゃう♪」

 

「分かってる」

 

ステラが笑う。

 

「私に頼むしかないねぇ♪」

 

「……S級。緊急性を考えて三割増し♪」

 

「高いわ!」

 

「二割!」

 

「……」

 

「これ以上なら俺自ら警官隊を率いて特攻してやる!」

 

ステラが笑った。

 

「犬死にだよ?」

 

「その時はお前の枕元に全員で押しかけて、パーティーして眠れなくしてやる」

 

「はっはっは。ウケる」

 

結局。

 

二割増し。

 

「受けてあげる♪」

 

そして。

 

ステラは服を脱いだ。

 

今度はライアンの目の前で。

 

「おい」

 

「これ、預かっといて」

 

「……分かった」

 

ライアンは服を受け取った。

 

下着姿になったステラが。

 

高周波ソードを持って立つ。

 

コイツは服が破けるのを嫌がったな?

 

それよりも羞恥心を養え!

 

こちとら警官だぞ!

 

そして。

 

歩き出す。

 

### 第五章 ライアンが見たもの

 

敵が。

 

震えた。

 

ライアンは見逃さなかった。

 

「……知ってるのか?」

 

ステラを見た瞬間。

 

人型戦車の動きが変わった。

 

ほんの僅か。

 

だが。

 

確かに。

 

怯えた。

 

ライアンは双眼鏡を下ろした。

 

「何者なんだ、お前は」

 

ステラは歩いていく。

 

一歩。

 

また一歩。

 

敵の許容距離ぎりぎりまで。

 

そして。

 

止まる。

 

何かを話しているようには見えない。

 

だが。

 

敵の視線が微妙に動いた。

 

ステラは何もしていない。

 

少なくとも。

 

ライアンにはそう見えた。

 

そして。

 

突然。

 

戦いが始まった。

 

踏み込みで地面が砕ける音を合図に。

 

正確には。

 

「戦っているふり」が始まった。

 

ステラが動く。

 

敵も動く。

 

だが。

 

おかしい。

 

妙に噛み合っている。

 

敵が攻撃する。

 

ステラが避ける。

 

ステラが攻撃する。

 

敵が防ぐ。

 

どちらも。

 

決定的な一撃を入れない。

 

いや!

 

機械化兵は本気だ!

 

ステラが当てようとしていない!

 

上手く誤魔化しているつもりだろうが?

 

何度もチャンスはあった。

 

ライアンは無線を握りしめた。

 

「……何をしてる?」

 

分からない。

 

だが。

 

何かがある。

 

五分後。

 

ステラが敵の背後へ回った。

 

そして。

 

肩へ飛び乗る。

 

首筋へ足を回す。

 

腕を振り上げる。

 

その瞬間。

 

無線から。

 

『助けてくれ』

 

そして。

 

ステラの声。

 

「いやぁ、そんな本気で怯えないでよ。心外だなぁ!」

 

ライアンは目を閉じた。

 

「……やっぱり」

 

こいつは。

 

最初から。

 

殺す気などなかった。

 

それどころか。

 

敵と何かを打ち合わせていた。

 

しかも。

 

それを。

 

自分たちには一切悟らせず。

 

ライアンはステラを見た。

 

そのとき。

 

一つの疑問が浮かんだ。

 

**こいつは、どこまで周囲を見ている?**

 

敵の装備。

 

警官隊の配置。

 

ミサイルの軌道。

 

逃走経路。

 

人的被害。

 

全部。

 

見ている。

 

考えている。

 

そして。

 

一瞬で答えを出している。

 

まるで。

 

人間が考えている速度ではない。

 

いや。

 

それ以前に。

 

「こいつ、戦場そのものを遊んでないか?」

 

そう思った。

 

到着から十五分。

 

人型戦車は無力化。

 

死者なし。

 

ライアンはため息をついた。

 

「……また、こいつか」

 

### 第六章 現場に残ったもの

 

事件が終わったあと。

 

ライアンは必ず現場を調べる。

 

今回も同じだ。

 

弾痕。

 

ミサイルの破片。

 

煙幕の残留物。

 

建物の損傷。

 

負傷者。

 

そして。

 

ステラが動いた場所。

 

「……ない」

 

何もない。

 

正確には。

 

痕跡が少なすぎる。

 

あれだけ動いた。

 

あれだけの速度で。

 

あれだけの攻防をした。

 

それなのに。

 

彼女がどこから来て。

 

どこを通り。

 

どこへ移動したのか。

 

通常の監視記録では追えない。

 

光学カメラ。

 

熱源センサー。

 

音響センサー。

 

すべて。

 

肝心なところだけ抜け落ちている。

 

ライアンは腕を組んだ。

 

「隠密モード……か」

 

光学迷彩?。  

 

見えなかった?

 

それだけなら。

 

まだ理解できる。

 

問題は。

 

その他の観測機材も軒並み肝心な所がなく記録されていないところだ。

 

ハッキング?

 

閉鎖モードで動いている物まで軒並み同じ状態だ。

 

**全て目えている?**

 

周囲の状況を正確に把握していること。

 

さらに。

 

「服を脱ぐ判断まで含めて、全部が迷いなく行われている」

 

ライアンは思った。

 

ステラは。

 

あの動きを。

 

一切の迷いが無い。まるで何度も練習したかのように。

 

何度も。

 

何度も。

 

使っている。

 

それこそ。

 

日常のように。

 

### 第七章 記録を並べる

 

その夜。

 

ライアンは署へ戻った。

 

そして。

 

最近の事件を全部並べた。

 

最初の事件。

 

トーチカ。

 

AD部隊――別件。

 

ステラ出動。

 

二件目。

 

人型戦車。

 

AD部隊――別件。

 

ステラ出動。

 

その前。

 

違法武装機械化兵。

 

AD部隊――別件。

 

ステラ出動。

 

さらにその前。

 

重武装車両。

 

AD部隊――別件。

 

ステラ出動。

 

ライアンは資料を見つめた。

 

「……多すぎる」

 

一件なら。

 

偶然。

 

二件でも。

 

偶然かもしれない。

 

三件なら。

 

調べる。

 

しかし。

 

これだけ続けば。

 

「偶然」という言葉だけでは片付けられない。

 

ライアンはAD部隊の出動記録を横に並べた。

 

すると。

 

妙なことが分かった。

 

事件が起きる。

 

その直前。

 

AD部隊が別件で動いている。

 

あるいは。

 

別地域へ転進している。

 

あるいは。

 

訓練に入っている。

 

そして。

 

一般警察が対応不能になる。

 

最後に。

 

ステラへ依頼が行く。

 

ライアンはペンを置いた。

 

「……出来すぎている」

 

だが。

 

まだ証拠はない。

 

事件同士の犯人も違う。

 

装備も違う。

 

目的も違う。

 

共通しているのは。

 

ただ一つ。

 

**AD部隊がいない。**

 

そして。

 

そのとき必ず。

 

ステラが現れる。

 

### 第八章 虎の子を簡単に動かす

 

もう一つ。

 

ライアンには気になることがあった。

 

AD部隊の運用だ。

 

あの部隊は。

 

警察にとって虎の子だ。

 

人数も少ない。

 

装備も高価。

 

訓練にも金がかかる。

 

だから。

 

本来なら。

 

出動命令は慎重になる。

 

ところが。

 

最近。

 

上層部は妙に簡単に動かしている。

 

「ADを出せ」

 

決定が早すぎる。

 

ライアンは過去の記録を調べた。

 

通常。

 

承認。

 

確認。

 

出動。

 

何段階もある。

 

それが。

 

最近の事件では。

 

「……早い」

 

あまりにも。

 

早い。

 

しかも。

 

妙なことに。

 

AD部隊が出動したあと。

 

別の地域で。

 

一般警察では対応不能な事件が起きる。

 

ライアンは椅子に深く座った。

 

「……まさか」

 

頭の中で。

 

一つの仮説が浮かぶ。

 

誰かが。

 

AD部隊を動かしている。

 

目的は。

 

別の事件に対応させるためではない。

 

**どこかを空けるため。**

 

そして。

 

空いたところで。

 

事件を起こす。

 

一般警察では処理できない。

 

だから。

 

「ステラを呼ぶ。」

 

ライアンはそこで考えを止めた。

 

「……違う」

 

誰かがステラを殺したいなら。

 

もっと簡単な方法がある。

 

あれだけ強い人間を。

 

わざわざ正面から戦わせる必要はない。

 

なら。

 

殺すのではない。

 

**見たいのか?**

 

ステラの能力を。

 

戦闘力を。

 

反応を。

 

あるいは。

 

何か別のものを。

 

ライアンは背筋に冷たいものを感じた。

 

### 第九章 電話

 

ライアンは上層部へ電話をかけた。

 

『どうした、ライアン』

 

「最近のAD部隊の運用について確認したいことがあります」

 

『何だ』

 

「出動承認が早すぎます」

 

『緊急事態だからだ』

 

「それだけですか?」

 

『どういう意味だ?』

 

「最近、AD部隊が出動した直後に、別地域でS級事件が起きています」

 

沈黙。

 

「しかも、一般警察では対応できない事件です」

 

『偶然だろう』

 

「そうでしょうか」

 

『何が言いたい』

 

ライアンは資料を見た。

 

「ステラです」

 

また。

 

沈黙。

 

今度は。

 

少し長かった。

 

「ステラを呼ぶために、事件が起きているように見える」

 

『考えすぎだ』

 

「そうですか」

 

『彼女は民間の賞金稼ぎだ』

 

「ハイブリッドですよね?」

 

『そう聞いている』

 

「機械化度は?」

 

『知らん』

 

「十年前から姿が変わっていない件は?」

 

沈黙。

 

ライアンは確信した。

 

何かを知っている。

 

だが。

 

聞かない。

 

今は。

 

まだ早い。

 

「分かりました」

 

電話を切る。

 

ライアンは椅子に座った。

 

そして。

 

机の上に並んだ資料を見る。

 

### 第十章 偶然を信じない

 

トーチカ。

 

人型戦車。

 

その他のS級事件。

 

そのたびに。

 

AD部隊がいない。

 

そのたびに。

 

ステラが呼ばれる。

 

そして。

 

ステラは。

 

毎回。

 

異常な能力を見せる。

 

だが。

 

本人は。

 

「趣味だから」

 

と笑う。

 

「ロボットはカッコいいから」

 

そう言って。

 

今日も町はずれで巨大ロボットを作っている。

 

ライアンは写真を見る。

 

銀髪。

 

赤い目。

 

少女のような顔。

 

十年前と同じ。

 

「……ヨロちゃん」

 

呟く。

 

あの女は。

 

自分が何者なのか。

 

本当に知らないのかもしれない。

 

あるいは。

 

知っていて隠しているのか。

 

どちらにせよ。

 

ライアンには。

 

まだ分からない。

 

だが。

 

一つだけ。

 

刑事として確信できることがある。

 

事件は。

 

偶然に起きているようには見えない。

 

AD部隊がいない。

 

一般警察が対応できない。

 

そして。

 

ステラが呼ばれる。

 

まるで。

 

誰かが。

 

その状況を作っているかのように。

 

ライアンは窓の外を見る。

 

夜の町。

 

静かな町。

 

何も起きていないように見える。

 

だが。

 

その裏側で。

 

誰かが糸を引いているとしたら。

 

「……誰だ?」

 

ライアンは呟いた。

 

そして。

 

もう一つの疑問。

 

「何のために?」

 

答えはない。

 

ただ。

 

机の上には。

 

ステラの写真。

 

AD部隊の出動記録。

 

そして。

 

最近起きたS級事件の一覧。

 

三つを並べると。

 

どうしても。

 

一つの形に見えてしまう。

 

**誰かが、ステラを必要としている。**

 

ライアンは椅子から立ち上がった。

 

「……なら、俺は俺で調べる」

 

誰にも言わない。

 

上層部にも。

 

部下にも。

 

もちろん。

 

ステラにも。

 

まだ。

 

何も分かっていない。

 

だから。

 

今は疑うだけだ。

 

だが。

 

刑事にとって。

 

疑問というものは。

 

捨てるものではない。

 

追いかけるものだ。

 

ライアンは最後に。

 

トーチカ事件の写真を見た。

 

拳ほどの穴。

 

異常なほど綺麗な貫通痕。

 

そして。

 

人間戦車の事件。

 

ステラが。

 

敵の首筋に足を回している写真。

 

その二枚を交互に見る。

 

「……あの化け物を」

 

ライアンは小さく呟いた。

 

「一体、誰が何のために戦場へ送り込んでいる?」

 

答えは。

 

まだ。

 

どこにもなかった。

 

 

###  乙女の秘密

 

戦いが終わった。

 

少なくとも、俺たち警察にとっては。

 

人型戦車は、もう動かない。

 

正確には、動かないようにしている。

 

武装は解除され、周囲には警察の封鎖線が張られている。

 

負傷者の確認。

 

現場の確保。

 

残骸の回収。

 

事情聴取。

 

いつもの仕事だ。

 

戦場になった街を、街に戻す。

 

それが、現場指揮官の仕事だった。

 

だが。

 

俺には、ひとつだけ。

 

どうしても、片付けられないものがあった。

 

「ステラ」

 

呼ぶ。

 

銀髪の少女が、振り返った。

 

「ん?」

 

いつもの顔。

 

赤い目。

 

にこにこしている。

 

さっきまでS級人型戦車と戦っていた人間には見えない。

 

いや。

 

そもそも。

 

あれを「人間」と呼んでいいのか。

 

俺は、もう一度、彼女を見る。

 

細い腕。

 

華奢な身体。

 

腰まで伸びた銀髪。

 

どう見ても十五歳程度の少女。

 

なのに。

 

さっき見たものは。

 

そんな言葉では説明できない。

 

「……お前」

 

「うん?」

 

「何か知っているのか?」

 

ステラは、首を傾げた。

 

「何を?」

 

「今回の事件だ」

 

「人型戦車が暴れたこと?」

 

「ああ」

 

俺は一歩近づいた。

 

「それだけじゃない」

 

「……」

 

「最近、こういう事件が多すぎる」

 

ステラは黙っている。

 

「普通の警察じゃ対応できない事件が起きる」

 

「うん」

 

「なのに、そういう時に限ってADが別件で出払っている」

 

「そうだね」

 

「そして、俺たちはお前を呼ぶ」

 

「うん」

 

「お前は来る」

 

「お仕事だからね」

 

さらりと言った。

 

俺は眉を寄せた。

 

「……おかしいと思わないか?」

 

「何が?」

 

「全部だ」

 

ステラは少しだけ目を細めた。

 

「全部?」

 

「ああ」

 

俺は指を折る。

 

「機械化トーチカ」

 

一本。

 

「今回の人型戦車」

 

二本。

 

「どちらも普通の警察では手に負えない」

 

三本。

 

「そして、そのたびにADはいない」

 

四本。

 

「結果として、お前が現場に出る」

 

五本。

 

俺は指を下ろした。

 

「出来すぎている」

 

ステラは黙って俺を見る。

 

その赤い目が、妙に静かだった。

 

俺は続ける。

 

「誰かが、お前を現場に出そうとしているんじゃないのか?」

 

風が吹いた。

 

銀色の髪が揺れる。

 

「……誰かが?」

 

「ああ」

 

「誰だと思う?」

 

「それを聞いている」

 

ステラが、ふっと笑った。

 

「ライアン警部」

 

「なんだ」

 

「警部って、意外と疑り深いんだね」

 

「現場指揮官だからな」

 

「ふふ」

 

「笑い事じゃない」

 

「だって」

 

ステラは肩をすくめた。

 

「本当に、何も知らないよ?」

 

「嘘だ」

 

即答した。

 

ステラが瞬きをする。

 

「……即答?」

 

「お前は何かを知っている」

 

「どうして?」

 

「勘だ」

 

「警察の勘?」

 

「ああ」

 

「当たるの?」

 

「外れることもある」

 

「じゃあ、今回は?」

 

「当たっている」

 

ステラは、しばらく俺の顔を見ていた。

 

やがて。

 

「ふふふ」

 

笑った。

 

「ライアン警部って、面白いね」

 

「誤魔化すな」

 

「誤魔化してないよ」

 

「じゃあ答えろ」

 

俺は真正面から聞いた。

 

「お前は、何を知っている?」

 

ステラは答えなかった。

 

赤い目が、俺を見る。

 

まるで。

 

こちらの奥まで見透かすような目だった。

 

「……ステラ」

 

「うーん」

 

少女は少し考えるような仕草をした。

 

そして。

 

にっこり笑った。

 

「乙女の秘密♪」

 

「…………」

 

俺は絶句した。

 

「お前な……」

 

「じゃあね、ライアン警部」

 

「待て!」

 

ステラはくるりと背を向ける。

 

「今日は疲れたから、帰って寝るよ」

 

「話は終わってない!」

 

「私は終わったよ?」

 

「俺は終わってない!」

 

「じゃあ、また今度ね」

 

「ステラ!」

 

銀髪が遠ざかっていく。

 

少女は振り返らない。

 

ただ、右手だけを軽く振った。

 

「ばいばーい♪」

 

俺は、その背中を睨みつけた。

 

……絶対に何か知っている。

 

だが。

 

証拠がない。

 

問い詰めても、笑って逃げる。

 

それ以上、俺には何もできなかった。

 

「……乙女の秘密、ねぇ」

 

思わず呟く。

 

俺はため息をついた。

 

そして。

 

現場に残された巨大な人型戦車を見る。

 

その向こうには。

 

小さな銀髪の少女。

 

ステラ。

 

俺には、まだ分からない。

 

彼女が何者なのか。

 

誰が、何のために彼女を戦わせようとしているのか。

 

ただ一つだけ。

 

分かっていることがある。

 

この事件は。

 

まだ終わっていない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

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