「――緊急事態です!」
警察本部の指令室に、張り詰めた声が響いた。
「軍の最新型大型無人機動兵器が、制御不能!」
室内の空気が一変する。
「現在位置は?」
「市街地北東部へ向かって移動中! 軍部隊が追跡していますが――」
「軍の到着予定は?」
「最短でも三十分!」
「市街地侵入まで?」
「二十分を切っています!」
「……最悪だな」
ライアン警部は立ち上がった。
大型無人機動兵器。
しかも、軍の最新型。
単純な暴走機械なら、まだ対応のしようはある。
だが最新型ともなれば、装甲、火力、機動力、そのどれを取っても通常の警察装備とは比較にならない。
ましてや、無人兵器だ。
操縦者の命を考慮する必要がない。
機械が機械として動き続ける限り、止めるまで進み続ける。
「軍には?」
「追跡部隊が向かっています。ただし――」
「間に合わない、か」
「はい」
ライアンは短く息を吐いた。
「上に繋げろ」
すぐに上層部へ連絡が入った。
そして返ってきた指示は、ライアンにとって予想外のものだった。
『今回の事案について、AD部隊の指揮権を一時的にライアン警部へ移管する』
「……俺に?」
『そうだ』
通常ならあり得ない。
AD――対機械化戦闘用の特殊部隊は本部の管轄だ。
一警部が直接指揮するものではない。
だが、軍の到着が間に合わない以上、今回ばかりは緊急措置として認められたらしい。
「了解しました」
ライアンはすぐに指示を出した。
「第一AD部隊、北東ルートへ」
『了解』
「第二AD部隊は西側へ回り込め。市街地への侵入を阻止する」
『了解』
「第三部隊は市街地外縁部で待機。住民の避難誘導を優先しろ」
『了解』
各部隊が動き始める。
これで最低限の迎撃態勢は整った。
だが。
ライアンは、まだ何かが足りないような感覚を覚えていた。
最新型大型無人機動兵器。
それをADだけで確実に止められる保証はない。
ならば、軍が到着するまでどうするか。
そう考えていたところへ、再び通信が入った。
『AD部隊は、対象へ接近するまで待機させろ』
「……は?」
『先に、賞金稼ぎを向かわせる』
ライアンの眉が動いた。
「賞金稼ぎ?」
『時間を稼がせる』
「誰に?」
ほんの一瞬の沈黙。
『ステラだ』
「…………」
ライアンは無言になった。
意味は分かる。
だが、意図が分からない。
「AD部隊を後から入れるんですね?」
『そうだ』
「ステラには?」
『できるだけ時間を稼がせろ』
「……撃破ではなく?」
『そうだ』
そこで通信は切れた。
ライアンは端末を見つめた。
「……おかしい」
軍の大型無人機動兵器が暴走している。
市街地へ向かっている。
軍は間に合わない。
警察にはAD部隊が回された。
そこまではいい。
だが――。
なぜ、ステラを先に出す?
しかも「撃破しろ」ではない。
**時間を稼げ。**
まるで。
まるで、何かを待っているようだった。
「……ステラがどこまでやれるか、見たいみたいじゃないか」
ライアンは呟いた。
そしてすぐに首を振る。
「いや……まさかな」
警察には何も知らされていない。
軍が何を考えているのかなど、知る由もない。
ただ最近、妙なことが多すぎる。
軍のADが必要以上に別の場所へ回される。
そこへステラが現れる。
そして、いつもあり得ない結果を出す。
今回もまた――。
「……偶然にしては、出来すぎてる」
しかし、推測だけで動くわけにはいかない。
ライアンは端末を取った。
「本人に聞くか」
◇
『――はいはーい♪』
通信が繋がった瞬間、聞き慣れた声が返ってきた。
「ステラか」
『ライアン警部じゃん。どうしたの?』
「仕事だ」
『お金になる?』
「……なる」
『やる♪』
即答だった。
「まだ内容を説明してないぞ」
『でも仕事なんでしょ?』
「そうだ」
『じゃあ、お金になるよね?』
「……なる」
『じゃあ、やる♪』
「お前な……」
ライアンは小さく息を吐いた。
いつも通り。
あまりにもいつも通りだった。
「軍の最新型大型無人機動兵器が、制御を失った」
『へぇ』
「現在、町へ向かっている」
『ほうほう』
「軍が追跡しているが、到着が間に合わない」
『ふむふむ』
「そこで、お前に先行してもらう」
『私が?』
「ああ」
「AD部隊も後から入る。ただし、先にお前に時間を稼いでもらいたい」
『時間を?』
「そうだ」
『倒しちゃダメ?』
「できればな」
『そっかぁ』
ステラの声が少しだけ嬉しそうになる。
だがライアンは、その変化を深く考えなかった。
「それで、報酬は――」
『Sクラス十二体分』
「……は?」
『Sクラス十二体分♪』
「高すぎる」
『だって大型の最新型なんでしょ?』
「ああ」
『軍の兵器なんでしょ?』
「そうだ」
『しかも制御不能で町に突っ込んでくる』
「そうだ」
『それを私に先に相手しろっていうんだよね?』
「……そうだ」
『じゃあ十二体分♪』
「十体」
『えー』
「十二体分なんて出せるか」
『じゃあ十一体』
「十体」
『いきなり二体も値切るの?』
「最初に二体分吹っ掛けたのはお前だ」
『むぅ……』
通信の向こうでステラが唸る。
「十体だ」
『十一体』
「十体」
『十体半』
「そんな単位はない」
『じゃあ十一体分の半分を――』
「十体」
『……ケチ』
「お前に言われたくない」
沈黙。
やがて。
『……十体でいいよ』
「よし」
『……ほんとはもっと出せるんじゃない?』
「出せない」
『ほんとに?』
「本当だ」
『ふーん……』
そして、いつもの明るい声。
『まあ、いいや♪』
少し間を置いて。
『ちゃんと見ててね?』
「……ああ」
通信が切れた。
ライアンは端末を見つめたまま、眉をひそめた。
「……見てて、ね」
妙な言い方だった。
だが、その意味を考える暇はなかった。
◇
ステラは走っていた。
時速で50㌔ぐらいか、いつものバイクは使わない、自分の移動速度をこんなもんだと見せるため。
大型無人機動兵器が向かっている方向へ。
「ふふん♪」
仕事が入った。
しかもSクラス十体分。
それだけで、少しだけ気分がいい。
最近は仕事が少ない。
部品代も足りない。
ジーミーまでアルバイトを始めてしまった。
姉として、あまり格好のいい状態ではない。
だからこそ、今回の仕事はありがたい。
帰ったら何を買おう。
新しい腕もいい。
フレームもいい。
動力系も捨てがたい。
考えているうちに、ステラは戦闘予定区域へ到着した。
遠くに巨大な影が見える。
大型無人機動兵器。
その姿を確認すると、ステラは足を止めた。
「……おっきいねぇ」
そして、周囲を見渡す。
人はいない。
警察。
軍。
監視衛星。
無人観測機。
電子センサー。
彼女には、その全てが見えている。
いや。
正確には。
**見ていることを知っている。**
ステラはいつものように、戦闘の準備を始めた。
普通の衣類は外す。
彼女の動きに普通の衣類が耐えられないからだ。
音速を超える。
急停止する。
急加速する。
地面を蹴る。
拳を振る。
そんな動きを、人間用の衣類が想定しているはずもない。
だから、戦闘時には必要なものだけにする。
高周波ソードを手に取る。
「よし♪」
それだけだった。
そして――。
ステラは、いつもなら行うはずのことをしなかった。
電子的な妨害。
センサー撹乱。
監視網への侵入。
通信妨害。
データの偽装。
何もしない。
全てを、そのままにした。
監視される。
測定される。
記録される。
解析される。
それを許した。
「今日はサービスだからねぇ♪」
誰に向けた言葉なのか。
その場には誰もいない。
だが。
ステラには、見ている者がいることが分かっていた。
◇
「……おかしい」
指令車の中。
モニターを見ていたライアンが呟いた。
「何がです?」
隣の女性警官が尋ねる。
「ステラだ」
「ステラが?」
「何もしていない」
「……何も?」
「ああ」
ライアンは監視データを確認する。
ステラの位置情報。
熱源。
周辺の電磁波。
通信。
映像。
全てが綺麗に取れている。
「こんなに素直に取れるのか?」
女性警官が画面を見る。
「……いつもと違うんですか?」
「ああ」
ライアンは即答した。
「今までのステラは、見せる必要がないものは隠していた」
彼女は監視されることを嫌っているわけではない。
そこが、普通の人間とは違う。
必要なら堂々と姿を晒す。
必要なければ、電子的に消える。
その判断を自分でしている。
だが今回は――。
「何も隠していない」
ライアンは呟いた。
むしろ。
「……見せている」
そうとしか思えなかった。
「誰に?」
女性警官の問い。
ライアンはしばらく答えなかった。
そして画面の端に表示されているデータを見た。
軍用観測系統からの情報が、警察側にも一部共有されている。
最新兵器。
軍の追跡。
軍の観測。
ステラ。
今回の異様な指示。
点と点が、少しずつ繋がっていく。
「……軍」
ライアンは低く呟いた。
「軍に見せてるんじゃないか?」
◇
ステラは、巨大兵器の正面に立った。
距離、およそ三百メートル。
大型無人機動兵器のセンサーが彼女を捉える。
照準。
ロック。
火器管制システムが作動。
ステラは動かない。
その瞬間。
大型兵器の主砲が火を噴いた。
轟音。
爆炎。
衝撃波。
地面が大きくえぐれる。
しかし。
その中心からステラが歩いて出てきた。
「ふふん♪」
無傷。
ライアンは息を呑んだ。
「……受けた」
ステラなら避けられたはずだ。
それは、これまでの戦闘を見ていれば分かる。
なのに、避けなかった。
もう一度、砲撃。
また直撃。
ステラは立っている。
そして笑っている。
「……わざとか」
ライアンが呟いた。
その言葉に、自分で気づく。
これは単なる戦闘ではない。
ステラは何かを見せている。
自分の耐久力を。
自分の速度を。
自分の力を。
まるで――。
「……軍へのデモンストレーションか」
◇
ステラが走り出した。
だが、全力ではない。
速度を抑えている。
彼女が自分で決めた上限。
音速三十倍。
それ以上は使わない。
巨大兵器のセンサーには、彼女の動きが記録されていく。
加速度。
速度。
方向転換。
地面への衝撃。
そして――。
拳。
巨大な装甲に拳が叩き込まれる。
轟音。
装甲が弾け飛ぶ。
二発。
三発。
次は蹴り。
脚部装甲が歪む。
巨大な腕が振り下ろされる。
ステラは避ける。
次の瞬間には背後。
高周波ソードが走る。
装甲が切断される。
使用している武器は、特殊な軍事兵器ではない。
一般でも入手可能な高周波ソード。
それと、怪力。
そして、音速三十倍までに制限した身体能力。
さらに――。
攻撃を受けても壊れない身体。
それだけ。
それ以上は使わない。
ステラは知っている。
今、見ている者がいる。
だから見せる。
しかし。
見せるものは、自分で決める。
「これなら、分かりやすいよね♪」
ステラは笑った。
人間なら、誰かに自分の能力を見せるとき、どこまで見せるか悩むだろう。
警戒するだろう。
隠すだろう。
恐れるだろう。
だがステラには、その感覚がない。
彼女にとって「見られる」という行為そのものは、人間ほど重大な意味を持たない。
だから。
見せる。
必要なら。
見せない。
必要がなければ。
ただ、それだけ。
◇
「また受けた!」
指令車内に声が響く。
大型兵器の攻撃がステラを直撃する。
爆炎。
土煙。
そして、その中からステラが歩いて出てくる。
歩く姿は乱れない。
見た目も変わらない、裸に高周波ソード一本片手に持つだけだ。
というより、そもそも激しい戦闘に耐えることを前提にした最低限の状態だ。
普通の人間なら、その光景そのものに戸惑うかもしれない。
だがライアンが見ていたのは、そこではなかった。
ステラの電子的な沈黙。
そこだった。
「……全部取らせてる」
「データを、ですか?」
「ああ」
ライアンはモニターを見つめる。
警察の観測機器が、ステラの戦闘を詳細に記録している。
それを、ステラは妨害しない。
「まるで……」
ライアンは言葉を探した。
「……見せてやってるみたいだ」
◇
その頃。
軍の観測担当者たちも、より繊細に同じデータを見ていた。
速度。
衝撃。
耐久力。
高周波ソード。
攻撃パターン。
そして、ステラの異常な身体能力。
だが、データには妙な特徴があった。
過去の戦闘で観測し推測されたものと、ほとんど変わらない。
新しい能力が出てこない。
未知の電子戦能力も使わない。
より高速な移動もしない。
より強力な攻撃もしない。
まるで――。
**「ここまでは見せてあげる」**
と線を引いているようだった。
◇
ステラは大型兵器の腕を掴んだ。
「よいしょ♪」
巨大な機体が傾く。
人間なら到底動かせない重量。
それをステラは、まるで少し重い荷物でも持つように扱った。
地面が震える。
巨大兵器が倒れ込む。
ステラはその上を走る。
高周波ソード。
装甲を切る。
拳。
装甲を弾けさせ、へこませる。
蹴り。
関節部を破壊する。
その全てを、あえて記録させる。
だが、それだけ。
未知の能力は使わない。
切り札も見せない。
電子的な力も使わない。
ステラは、軍に対して明確な情報を渡している。
**私はこれくらいできる。**
そして同時に。
**これ以上は、まだ見せていない。**
それだけで十分だった。
◇
ライアンはモニターから目を離さなかった。
「……なるほどな」
「何か分かりましたか?」
「分かったわけじゃない」
ライアンは苦笑した。
「ただ、少しだけ見えてきた」
「何がです?」
「今回の戦闘は、ステラにとって単なる仕事じゃない」
女性警官が首を傾げる。
「では?」
「……誰かに見せてるんだ」
「軍に?」
「おそらくな」
だが、その先は分からない。
軍が何を考えているのか。
ステラが何を考えているのか。
そこまでは、ライアンには届かない。
ただ。
ステラが自分から情報を公開している。
その事実だけは分かった。
「……お前、何を考えてるんだ?」
モニターの中で、ステラが笑う。
◇
ステラは大型兵器の最後の攻撃を受け止めた。
巨大な爆発。
衝撃。
地面が崩れる。
それでも彼女は立っている。
そして。
ゆっくりと笑った。
「これでいいかな?」
誰もいない場所へ向かって言う。
「いっぱい見せてあげたよ?」
ステラにとっては、それだけだった。
軍が見ている。
だから、見せる。
自分が使ったことのある能力。
一般にも手に入る武器。
分かりやすい怪力。
分かりやすい速度。
分かりやすい耐久力。
そして、それ以上は使わない。
これはサービスだ。
同時に牽制でもある。
――これだけできる。
――それでも、まだ本気じゃない。
言葉にすれば、そんな意味になる。
だがステラ自身は、そんな人間らしい感情で整理しているわけではない。
ただ。
相手が欲しがっている情報を与える。
自分に不利益がない範囲で。
そして、相手が次にどう動くかを見る。
それだけだった。
◇
「AD部隊、待機」
ライアンが命じる。
『了解』
まだ出さない。
ステラが戦っている。
ならば、今は任せる。
そしてライアンは思う。
この少女を見ていると、ときどき妙な感覚になる。
笑っている。
怒る。
文句を言う。
金を欲しがる。
ジーミーのことを気にかける。
警察に仕事を持ち込む。
そういうところだけを見れば、普通の人間にしか見えない。
だが。
ふとした瞬間。
その「普通」が、どこか薄い。
人間なら当然あるはずの迷い。
恐怖。
羞恥。
警戒。
そういったものが、彼女には時々感じられない。
代わりにあるのは――。
何かを計算しているような静けさ。
だが、その計算が何なのかは分からない。
「……やっぱり、お前は分からないな」
ライアンは呟いた。
ステラは笑っている。
いつもの笑顔。
人間らしい笑顔。
それなのに。
なぜか、それを見ていると――。
**人間のふりをしている何かを見ている。**
そんな錯覚を覚える。
◇
大型無人機動兵器が最後の攻撃態勢に入った。
主砲が展開する。
ステラは立ち止まった。
その赤い瞳が、巨大な兵器を見据える。
そして。
「そろそろ終わりにしよっか♪」
主砲が火を噴く。
同時に、ステラの姿が消えた。
音速三十倍。
それでも、彼女にとっては制限された速度。
次の瞬間。
轟音。
巨大な機体が揺れる。
ステラが高周波ソードを振り抜く。
装甲が裂ける。
さらに拳。
さらに蹴り。
最後の一撃が、巨大兵器の中枢を破壊した。
機体が停止する。
静寂。
やがて、砂煙の向こうからステラが姿を現した。
「終わったよー♪」
通信を開く。
「ライアン警部、終わったよ♪」
『……ああ』
「じゃあ、Sクラス十体分ね♪」
『忘れてない』
「よかった♪」
ステラは笑った。
ライアンはその笑顔を見ながら、再びモニターを見る。
大量の戦闘データ。
軍にも送られているはずだ。
ステラは、それを知っている。
知った上で、何も妨害しなかった。
まるで。
**「これで満足?」**
とでも言うように。
そしてライアンは、まだ知らない。
この戦いを仕掛けた側も。
それを利用したステラも。
互いに相手を観測していたことを。
軍はステラを観測した。
ステラは軍を観測した。
警察だけが、その間に立っている。
そして。
誰が誰を利用しているのか。
それは、まだ誰にも分からなかった。