よろず屋ステラ   作:かえるけろけろ

9 / 14
餌を用意するもの

 

 

「――緊急事態です!」

 

 警察本部の指令室に、張り詰めた声が響いた。

 

「軍の最新型大型無人機動兵器が、制御不能!」

 

 室内の空気が一変する。

 

「現在位置は?」

 

「市街地北東部へ向かって移動中! 軍部隊が追跡していますが――」

 

「軍の到着予定は?」

 

「最短でも三十分!」

 

「市街地侵入まで?」

 

「二十分を切っています!」

 

「……最悪だな」

 

 ライアン警部は立ち上がった。

 

 大型無人機動兵器。

 

 しかも、軍の最新型。

 

 単純な暴走機械なら、まだ対応のしようはある。

 

 だが最新型ともなれば、装甲、火力、機動力、そのどれを取っても通常の警察装備とは比較にならない。

 

 ましてや、無人兵器だ。

 

 操縦者の命を考慮する必要がない。

 

 機械が機械として動き続ける限り、止めるまで進み続ける。

 

「軍には?」

 

「追跡部隊が向かっています。ただし――」

 

「間に合わない、か」

 

「はい」

 

 ライアンは短く息を吐いた。

 

「上に繋げろ」

 

 すぐに上層部へ連絡が入った。

 

 そして返ってきた指示は、ライアンにとって予想外のものだった。

 

『今回の事案について、AD部隊の指揮権を一時的にライアン警部へ移管する』

 

「……俺に?」

 

『そうだ』

 

 通常ならあり得ない。

 

 AD――対機械化戦闘用の特殊部隊は本部の管轄だ。

 

 一警部が直接指揮するものではない。

 

 だが、軍の到着が間に合わない以上、今回ばかりは緊急措置として認められたらしい。

 

「了解しました」

 

 ライアンはすぐに指示を出した。

 

「第一AD部隊、北東ルートへ」

 

『了解』

 

「第二AD部隊は西側へ回り込め。市街地への侵入を阻止する」

 

『了解』

 

「第三部隊は市街地外縁部で待機。住民の避難誘導を優先しろ」

 

『了解』

 

 各部隊が動き始める。

 

 これで最低限の迎撃態勢は整った。

 

 だが。

 

 ライアンは、まだ何かが足りないような感覚を覚えていた。

 

 最新型大型無人機動兵器。

 

 それをADだけで確実に止められる保証はない。

 

 ならば、軍が到着するまでどうするか。

 

 そう考えていたところへ、再び通信が入った。

 

『AD部隊は、対象へ接近するまで待機させろ』

 

「……は?」

 

『先に、賞金稼ぎを向かわせる』

 

 ライアンの眉が動いた。

 

「賞金稼ぎ?」

 

『時間を稼がせる』

 

「誰に?」

 

 ほんの一瞬の沈黙。

 

『ステラだ』

 

「…………」

 

 ライアンは無言になった。

 

 意味は分かる。

 

 だが、意図が分からない。

 

「AD部隊を後から入れるんですね?」

 

『そうだ』

 

「ステラには?」

 

『できるだけ時間を稼がせろ』

 

「……撃破ではなく?」

 

『そうだ』

 

 そこで通信は切れた。

 

 ライアンは端末を見つめた。

 

「……おかしい」

 

 軍の大型無人機動兵器が暴走している。

 

 市街地へ向かっている。

 

 軍は間に合わない。

 

 警察にはAD部隊が回された。

 

 そこまではいい。

 

 だが――。

 

 なぜ、ステラを先に出す?

 

 しかも「撃破しろ」ではない。

 

 **時間を稼げ。**

 

 まるで。

 

 まるで、何かを待っているようだった。

 

「……ステラがどこまでやれるか、見たいみたいじゃないか」

 

 ライアンは呟いた。

 

 そしてすぐに首を振る。

 

「いや……まさかな」

 

 警察には何も知らされていない。

 

 軍が何を考えているのかなど、知る由もない。

 

 ただ最近、妙なことが多すぎる。

 

 軍のADが必要以上に別の場所へ回される。

 

 そこへステラが現れる。

 

 そして、いつもあり得ない結果を出す。

 

 今回もまた――。

 

「……偶然にしては、出来すぎてる」

 

 しかし、推測だけで動くわけにはいかない。

 

 ライアンは端末を取った。

 

「本人に聞くか」

 

     ◇

 

『――はいはーい♪』

 

 通信が繋がった瞬間、聞き慣れた声が返ってきた。

 

「ステラか」

 

『ライアン警部じゃん。どうしたの?』

 

「仕事だ」

 

『お金になる?』

 

「……なる」

 

『やる♪』

 

 即答だった。

 

「まだ内容を説明してないぞ」

 

『でも仕事なんでしょ?』

 

「そうだ」

 

『じゃあ、お金になるよね?』

 

「……なる」

 

『じゃあ、やる♪』

 

「お前な……」

 

 ライアンは小さく息を吐いた。

 

 いつも通り。

 

 あまりにもいつも通りだった。

 

「軍の最新型大型無人機動兵器が、制御を失った」

 

『へぇ』

 

「現在、町へ向かっている」

 

『ほうほう』

 

「軍が追跡しているが、到着が間に合わない」

 

『ふむふむ』

 

「そこで、お前に先行してもらう」

 

『私が?』

 

「ああ」

 

「AD部隊も後から入る。ただし、先にお前に時間を稼いでもらいたい」

 

『時間を?』

 

「そうだ」

 

『倒しちゃダメ?』

 

「できればな」

 

『そっかぁ』

 

 ステラの声が少しだけ嬉しそうになる。

 

 だがライアンは、その変化を深く考えなかった。

 

「それで、報酬は――」

 

『Sクラス十二体分』

 

「……は?」

 

『Sクラス十二体分♪』

 

「高すぎる」

 

『だって大型の最新型なんでしょ?』

 

「ああ」

 

『軍の兵器なんでしょ?』

 

「そうだ」

 

『しかも制御不能で町に突っ込んでくる』

 

「そうだ」

 

『それを私に先に相手しろっていうんだよね?』

 

「……そうだ」

 

『じゃあ十二体分♪』

 

「十体」

 

『えー』

 

「十二体分なんて出せるか」

 

『じゃあ十一体』

 

「十体」

 

『いきなり二体も値切るの?』

 

「最初に二体分吹っ掛けたのはお前だ」

 

『むぅ……』

 

 通信の向こうでステラが唸る。

 

「十体だ」

 

『十一体』

 

「十体」

 

『十体半』

 

「そんな単位はない」

 

『じゃあ十一体分の半分を――』

 

「十体」

 

『……ケチ』

 

「お前に言われたくない」

 

 沈黙。

 

 やがて。

 

『……十体でいいよ』

 

「よし」

 

『……ほんとはもっと出せるんじゃない?』

 

「出せない」

 

『ほんとに?』

 

「本当だ」

 

『ふーん……』

 

 そして、いつもの明るい声。

 

『まあ、いいや♪』

 

 少し間を置いて。

 

『ちゃんと見ててね?』

 

「……ああ」

 

 通信が切れた。

 

 ライアンは端末を見つめたまま、眉をひそめた。

 

「……見てて、ね」

 

 妙な言い方だった。

 

 だが、その意味を考える暇はなかった。

 

     ◇

 

 ステラは走っていた。 

 

時速で50㌔ぐらいか、いつものバイクは使わない、自分の移動速度をこんなもんだと見せるため。

 

 大型無人機動兵器が向かっている方向へ。

 

「ふふん♪」

 

 仕事が入った。

 

 しかもSクラス十体分。

 

 それだけで、少しだけ気分がいい。

 

 最近は仕事が少ない。

 

 部品代も足りない。

 

 ジーミーまでアルバイトを始めてしまった。

 

 姉として、あまり格好のいい状態ではない。

 

 だからこそ、今回の仕事はありがたい。

 

 帰ったら何を買おう。

 

 新しい腕もいい。

 

 フレームもいい。

 

 動力系も捨てがたい。

 

 考えているうちに、ステラは戦闘予定区域へ到着した。

 

 遠くに巨大な影が見える。

 

 大型無人機動兵器。

 

 その姿を確認すると、ステラは足を止めた。

 

「……おっきいねぇ」

 

 そして、周囲を見渡す。

 

 人はいない。

 

 警察。

 

 軍。

 

 監視衛星。

 

 無人観測機。

 

 電子センサー。

 

 彼女には、その全てが見えている。

 

 いや。

 

 正確には。

 

 **見ていることを知っている。**

 

 ステラはいつものように、戦闘の準備を始めた。

 

 普通の衣類は外す。

 

 彼女の動きに普通の衣類が耐えられないからだ。

 

 音速を超える。

 

 急停止する。

 

 急加速する。

 

 地面を蹴る。

 

 拳を振る。

 

 そんな動きを、人間用の衣類が想定しているはずもない。

 

 だから、戦闘時には必要なものだけにする。

 

 高周波ソードを手に取る。

 

「よし♪」

 

 それだけだった。

 

 そして――。

 

 ステラは、いつもなら行うはずのことをしなかった。

 

 電子的な妨害。

 

 センサー撹乱。

 

 監視網への侵入。

 

 通信妨害。

 

 データの偽装。

 

 何もしない。

 

 全てを、そのままにした。

 

 監視される。

 

 測定される。

 

 記録される。

 

 解析される。

 

 それを許した。

 

「今日はサービスだからねぇ♪」

 

 誰に向けた言葉なのか。

 

 その場には誰もいない。

 

 だが。

 

 ステラには、見ている者がいることが分かっていた。

 

     ◇

 

「……おかしい」

 

 指令車の中。

 

 モニターを見ていたライアンが呟いた。

 

「何がです?」

 

 隣の女性警官が尋ねる。

 

「ステラだ」

 

「ステラが?」

 

「何もしていない」

 

「……何も?」

 

「ああ」

 

 ライアンは監視データを確認する。

 

 ステラの位置情報。

 

 熱源。

 

 周辺の電磁波。

 

 通信。

 

 映像。

 

 全てが綺麗に取れている。

 

「こんなに素直に取れるのか?」

 

 女性警官が画面を見る。

 

「……いつもと違うんですか?」

 

「ああ」

 

 ライアンは即答した。

 

「今までのステラは、見せる必要がないものは隠していた」

 

 彼女は監視されることを嫌っているわけではない。

 

 そこが、普通の人間とは違う。

 

 必要なら堂々と姿を晒す。

 

 必要なければ、電子的に消える。

 

 その判断を自分でしている。

 

 だが今回は――。

 

「何も隠していない」

 

 ライアンは呟いた。

 

 むしろ。

 

「……見せている」

 

 そうとしか思えなかった。

 

「誰に?」

 

 女性警官の問い。

 

 ライアンはしばらく答えなかった。

 

 そして画面の端に表示されているデータを見た。

 

 軍用観測系統からの情報が、警察側にも一部共有されている。

 

 最新兵器。

 

 軍の追跡。

 

 軍の観測。

 

 ステラ。

 

 今回の異様な指示。

 

 点と点が、少しずつ繋がっていく。

 

「……軍」

 

 ライアンは低く呟いた。

 

「軍に見せてるんじゃないか?」

 

     ◇

 

 ステラは、巨大兵器の正面に立った。

 

 距離、およそ三百メートル。

 

 大型無人機動兵器のセンサーが彼女を捉える。

 

 照準。

 

 ロック。

 

 火器管制システムが作動。

 

 ステラは動かない。

 

 その瞬間。

 

 大型兵器の主砲が火を噴いた。

 

 轟音。

 

 爆炎。

 

 衝撃波。

 

 地面が大きくえぐれる。

 

 しかし。

 

 その中心からステラが歩いて出てきた。

 

「ふふん♪」

 

 無傷。

 

 ライアンは息を呑んだ。

 

「……受けた」

 

 ステラなら避けられたはずだ。

 

 それは、これまでの戦闘を見ていれば分かる。

 

 なのに、避けなかった。

 

 もう一度、砲撃。

 

 また直撃。

 

 ステラは立っている。

 

 そして笑っている。

 

「……わざとか」

 

 ライアンが呟いた。

 

 その言葉に、自分で気づく。

 

 これは単なる戦闘ではない。

 

 ステラは何かを見せている。

 

 自分の耐久力を。

 

 自分の速度を。

 

 自分の力を。

 

 まるで――。

 

「……軍へのデモンストレーションか」

 

     ◇

 

 ステラが走り出した。

 

 だが、全力ではない。

 

 速度を抑えている。

 

 彼女が自分で決めた上限。

 

 音速三十倍。

 

 それ以上は使わない。

 

 巨大兵器のセンサーには、彼女の動きが記録されていく。

 

 加速度。

 

 速度。

 

 方向転換。

 

 地面への衝撃。

 

 そして――。

 

 拳。

 

 巨大な装甲に拳が叩き込まれる。

 

 轟音。

 

 装甲が弾け飛ぶ。

 

 二発。

 

 三発。

 

 次は蹴り。

 

 脚部装甲が歪む。

 

 巨大な腕が振り下ろされる。

 

 ステラは避ける。

 

 次の瞬間には背後。

 

 高周波ソードが走る。

 

 装甲が切断される。

 

 使用している武器は、特殊な軍事兵器ではない。

 

 一般でも入手可能な高周波ソード。

 

 それと、怪力。

 

 そして、音速三十倍までに制限した身体能力。

 

 さらに――。

 

 攻撃を受けても壊れない身体。

 

 それだけ。

 

 それ以上は使わない。

 

 ステラは知っている。

 

 今、見ている者がいる。

 

 だから見せる。

 

 しかし。

 

 見せるものは、自分で決める。

 

「これなら、分かりやすいよね♪」

 

 ステラは笑った。

 

 人間なら、誰かに自分の能力を見せるとき、どこまで見せるか悩むだろう。

 

 警戒するだろう。

 

 隠すだろう。

 

 恐れるだろう。

 

 だがステラには、その感覚がない。

 

 彼女にとって「見られる」という行為そのものは、人間ほど重大な意味を持たない。

 

 だから。

 

 見せる。

 

 必要なら。

 

 見せない。

 

 必要がなければ。

 

 ただ、それだけ。

 

     ◇

 

「また受けた!」

 

 指令車内に声が響く。

 

 大型兵器の攻撃がステラを直撃する。

 

 爆炎。

 

 土煙。

 

 そして、その中からステラが歩いて出てくる。

 

 歩く姿は乱れない。  

 

見た目も変わらない、裸に高周波ソード一本片手に持つだけだ。

 

 というより、そもそも激しい戦闘に耐えることを前提にした最低限の状態だ。

 

 普通の人間なら、その光景そのものに戸惑うかもしれない。

 

 だがライアンが見ていたのは、そこではなかった。

 

 ステラの電子的な沈黙。

 

 そこだった。

 

「……全部取らせてる」

 

「データを、ですか?」

 

「ああ」

 

 ライアンはモニターを見つめる。

 

 警察の観測機器が、ステラの戦闘を詳細に記録している。

 

 それを、ステラは妨害しない。

 

「まるで……」

 

 ライアンは言葉を探した。

 

「……見せてやってるみたいだ」

 

     ◇

 

 その頃。

 

 軍の観測担当者たちも、より繊細に同じデータを見ていた。

 

 速度。

 

 衝撃。

 

 耐久力。

 

 高周波ソード。

 

 攻撃パターン。

 

 そして、ステラの異常な身体能力。

 

 だが、データには妙な特徴があった。

 

 過去の戦闘で観測し推測されたものと、ほとんど変わらない。

 

 新しい能力が出てこない。

 

 未知の電子戦能力も使わない。

 

 より高速な移動もしない。

 

 より強力な攻撃もしない。

 

 まるで――。

 

 **「ここまでは見せてあげる」**

 

 と線を引いているようだった。

 

     ◇

 

 ステラは大型兵器の腕を掴んだ。

 

「よいしょ♪」

 

 巨大な機体が傾く。

 

 人間なら到底動かせない重量。

 

 それをステラは、まるで少し重い荷物でも持つように扱った。

 

 地面が震える。

 

 巨大兵器が倒れ込む。

 

 ステラはその上を走る。

 

 高周波ソード。

 

 装甲を切る。

 

 拳。

 

 装甲を弾けさせ、へこませる。

 

 蹴り。

 

 関節部を破壊する。

 

 その全てを、あえて記録させる。

 

 だが、それだけ。

 

 未知の能力は使わない。

 

 切り札も見せない。

 

 電子的な力も使わない。

 

 ステラは、軍に対して明確な情報を渡している。

 

 **私はこれくらいできる。**

 

 そして同時に。

 

 **これ以上は、まだ見せていない。**

 

 それだけで十分だった。

 

     ◇

 

 ライアンはモニターから目を離さなかった。

 

「……なるほどな」

 

「何か分かりましたか?」

 

「分かったわけじゃない」

 

 ライアンは苦笑した。

 

「ただ、少しだけ見えてきた」

 

「何がです?」

 

「今回の戦闘は、ステラにとって単なる仕事じゃない」

 

 女性警官が首を傾げる。

 

「では?」

 

「……誰かに見せてるんだ」

 

「軍に?」

 

「おそらくな」

 

 だが、その先は分からない。

 

 軍が何を考えているのか。

 

 ステラが何を考えているのか。

 

 そこまでは、ライアンには届かない。

 

 ただ。

 

 ステラが自分から情報を公開している。

 

 その事実だけは分かった。

 

「……お前、何を考えてるんだ?」

 

 モニターの中で、ステラが笑う。

 

     ◇

 

 ステラは大型兵器の最後の攻撃を受け止めた。

 

 巨大な爆発。

 

 衝撃。

 

 地面が崩れる。

 

 それでも彼女は立っている。

 

 そして。

 

 ゆっくりと笑った。

 

「これでいいかな?」

 

 誰もいない場所へ向かって言う。

 

「いっぱい見せてあげたよ?」

 

 ステラにとっては、それだけだった。

 

 軍が見ている。

 

 だから、見せる。

 

 自分が使ったことのある能力。

 

 一般にも手に入る武器。

 

 分かりやすい怪力。

 

 分かりやすい速度。

 

 分かりやすい耐久力。

 

 そして、それ以上は使わない。

 

 これはサービスだ。

 

 同時に牽制でもある。

 

 ――これだけできる。

 

 ――それでも、まだ本気じゃない。

 

 言葉にすれば、そんな意味になる。

 

 だがステラ自身は、そんな人間らしい感情で整理しているわけではない。

 

 ただ。

 

 相手が欲しがっている情報を与える。

 

 自分に不利益がない範囲で。

 

 そして、相手が次にどう動くかを見る。

 

 それだけだった。

 

     ◇

 

「AD部隊、待機」

 

 ライアンが命じる。

 

『了解』

 

 まだ出さない。

 

 ステラが戦っている。

 

 ならば、今は任せる。

 

 そしてライアンは思う。

 

 この少女を見ていると、ときどき妙な感覚になる。

 

 笑っている。

 

 怒る。

 

 文句を言う。

 

 金を欲しがる。

 

 ジーミーのことを気にかける。

 

 警察に仕事を持ち込む。

 

 そういうところだけを見れば、普通の人間にしか見えない。

 

 だが。

 

 ふとした瞬間。

 

 その「普通」が、どこか薄い。

 

 人間なら当然あるはずの迷い。

 

 恐怖。

 

 羞恥。

 

 警戒。

 

 そういったものが、彼女には時々感じられない。

 

 代わりにあるのは――。

 

 何かを計算しているような静けさ。

 

 だが、その計算が何なのかは分からない。

 

「……やっぱり、お前は分からないな」

 

 ライアンは呟いた。

 

 ステラは笑っている。

 

 いつもの笑顔。

 

 人間らしい笑顔。

 

 それなのに。

 

 なぜか、それを見ていると――。

 

 **人間のふりをしている何かを見ている。**

 

 そんな錯覚を覚える。

 

     ◇

 

 大型無人機動兵器が最後の攻撃態勢に入った。

 

 主砲が展開する。

 

 ステラは立ち止まった。

 

 その赤い瞳が、巨大な兵器を見据える。

 

 そして。

 

「そろそろ終わりにしよっか♪」

 

 主砲が火を噴く。

 

 同時に、ステラの姿が消えた。

 

 音速三十倍。

 

 それでも、彼女にとっては制限された速度。

 

 次の瞬間。

 

 轟音。

 

 巨大な機体が揺れる。

 

 ステラが高周波ソードを振り抜く。

 

 装甲が裂ける。

 

 さらに拳。

 

 さらに蹴り。

 

 最後の一撃が、巨大兵器の中枢を破壊した。

 

 機体が停止する。

 

 静寂。

 

 やがて、砂煙の向こうからステラが姿を現した。

 

「終わったよー♪」

 

 通信を開く。

 

「ライアン警部、終わったよ♪」

 

『……ああ』

 

「じゃあ、Sクラス十体分ね♪」

 

『忘れてない』

 

「よかった♪」

 

 ステラは笑った。

 

 ライアンはその笑顔を見ながら、再びモニターを見る。

 

 大量の戦闘データ。

 

 軍にも送られているはずだ。

 

 ステラは、それを知っている。

 

 知った上で、何も妨害しなかった。

 

 まるで。

 

 **「これで満足?」**

 

 とでも言うように。

 

 そしてライアンは、まだ知らない。

 

 この戦いを仕掛けた側も。

 

 それを利用したステラも。

 

 互いに相手を観測していたことを。

 

 軍はステラを観測した。

 

 ステラは軍を観測した。

 

 警察だけが、その間に立っている。

 

 そして。

 

 誰が誰を利用しているのか。

 

 それは、まだ誰にも分からなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。