魔法少女リリカルなのは 星詠みのレゾナンス   作:物書きの成り損ない

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大変お待たせしました!

お仕事と配信活動との両立がかなりハードでした…特にお仕事の方は上期末なので大忙し(白目)

次話の準備も現段階で進めていますのでこちらを読みながらまったりお待ちいただければと思います~


声の導きと目覚める力

その日の夢は、いつもと少し違っていた。

 

何も見えない。

 

光も、色も、足元さえも分からない暗闇の中で、私は一人きりだった。

 

身体を動かそうとしても、指一本動かせない。

 

息を吸うたび、胸の奥へ冷たいものが入り込んでくる。

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 怖い。

 

けれど、それは私自身の感情ではなかった。

 

もっと遠い場所。

 

手を伸ばしても届かない場所から、誰かの痛みが流れ込んできている。

 

 

『聞こえますか……』

 

 

声が聞こえた。

 

年齢は分からないけど幼そうな、男の子の声だった。

 

 

『僕の声が、聞こえますか……』

 

 

聞こえてるよ……!

 

そう答えようとしても、声が出なかった。

 

君はどこにいるの。

 

どうすれば助けられるの。

 

頭の中では言葉が浮かぶのに、唇は少しも動かなかった。

 

 

『お願いです……』

 

 

声が遠ざかっていく。

 

待って!

 

まだ何も聞けていない。

 

あなたの名前も、居場所も、何が起きているのかも分からない。

 

 

『力を、貸してください……』

 

 

「待って!」

 

 

伸ばした手が、何もない空間をつかんだ。

 

その瞬間、目の前の暗闇が砕け散った。

 

 

     ~

 

 

「奏星ちゃーん!」

 

 

窓の外から聞こえた声に、私は目を開けた。

 

見慣れた天井が目に入った。

 

そして、そのすぐ前にはなのはちゃんの顔があった。

 

 

「奏星ちゃん! 朝だよ!!」

 

 

「……起きてるよー」

 

 

眠気の残る身体を起こし、大きく欠伸をした。

 

なのはちゃんは私が起きるのを見てから苦笑いを浮かべた。

 

 

「また夜更かししたの?」

 

 

「違うよ~寝つきが悪かっただけ」

 

 

「それを夜更かしって言うの!」

 

 

「言わないよ。今日は大丈夫」

 

 

「ほんとかなぁ……とりあえず先に降りて待ってるね」

 

 

ジト目なのはちゃんの視線から逃れるようにさっとベッドから降りて制服に着替えた。

 

時計は午前六時半を少し過ぎたところだった。

 

いつもより早い起床。

 

それなのに、胸の奥が落ち着かなかった。

 

 

「夢……だよね」

 

 

暗闇の中で助けを求めていた声。

 

内容は少しずつ霞み始めていたけれど、苦しさだけは胸の中に残っている。

 

夢にしては、あまりにも生々しかった。

 

誰かの感情が、自分の中へ流れ込んでくる感覚。

 

それは今までにも経験したことがある。

 

けれど、夢の中であれほど明確な言葉を聞いたのは初めてだった。

 

 

「誰だったんだろう……」

 

 

机の上へ視線を向ける。

 

姉さんからもらった、銀色のペンダントが置かれていた。

 

 

「あれ?」

 

 

昨夜、引き出しへしまったはずだった。

 

少なくとも、机の中央へ置いた記憶はない。

 

 

「寝ぼけて出したのかな」

 

 

ペンダントを手に取る。

 

中央に埋め込まれた紫色の石が、僅かに温かい。

 

夢の中で声を聞いたときも、手の中に同じ温かさがあったような気がした。

 

 

「……まさかね」

 

 

ペンダントが勝手に動くわけがない。

 

姉さんは特別なお守りだと言っていたけれど、具体的に何が特別なのかは最後まで教えてくれなかった。

 

 

「今日も一緒に行こうか」

 

 

首へ掛け、制服の内側へしまう。

 

姉さんのお守りを持っていると、少しだけ安心できた。

 

制服へ着替え、鞄の中身を確認する。

 

 

「おまたせ、それじゃあ行こっか」

 

 

 家へ声を残して、私は玄関を出た。

 

 

     ~

 

 

「昨日の夜、ちゃんと早く寝たの?」

 

 

「少しだけ読書したけど、日付が変わる前には寝たよ」

 

 

「それは早く寝たことになるのかな?」

 

 

「昨日までの私と比べたら、十分早いよ」

 

 

なのはちゃんと二人で、いつもの通学路を歩いていく。

 

見慣れた街並み。

 

春の風。

 

行き交う人たちの話し声。

 

いつもと同じ朝だった。

 

それでも、頭の奥には夢の声が残っていた。

 

 

「奏星ちゃん?」

 

 

なのはちゃんが、私の顔を覗き込んでいた。

 

 

「なに?」

 

 

「また考え事?」

 

 

「……分かる?」

 

 

「奏星ちゃん、考え事をしてるときは少し歩くのが遅くなるから」

 

 

自分では気づいていなかった。

 

なのはちゃんは、私自身より私の癖に詳しいのかもしれない。

 

もしくは私が分かりやすいだけか。

 

 

「今朝、変な夢を見たの」

 

 

「夢……寝てる時に見るあの?」

 

 

「暗い場所で、誰かが助けを求めてた」

 

 

「怖い夢だった?」

 

 

「どうだろう。私は怖くなかったけど、声の人はすごく苦しそうだった」

 

 

なのはちゃんは笑わず聞いてくれた。

 

私が夢の話をしているだけだと決めつけることもなく、真剣な表情で聞いてくれる。

 

 

「男の子の声だったと思う。力を貸してほしいって言ってた」

 

 

「力を?」

 

 

「うん。でも、何をすればいいのか分からなくて。聞こうとしたところで目が覚めたんだ」

 

 

「そっか……」

 

 

 なのはちゃんが少し考え込む。

 

 

「実はね、私もなの」

 

 

「え、なのはちゃんも?」

 

 

「うん、でも奏星ちゃんほど鮮明には覚えてないんだけどね……」

 

 

にゃはは……と苦笑いするなのはを横目に姉さんが残した言葉を思い出す。

 

何かあったときは、一人で頑張らない。

 

ちゃんと、誰かに助けてもらう。

 

 

「ねぇ、なのはちゃん」

 

 

「いいよ。勿論手伝うの!」

 

 

なのはちゃんは満足そうに笑った。

 

その笑顔を見ていると、夢の中で感じた冷たさが少しだけ薄らいだ。

 

 

     ~

 

 

学校へ着けば、いつもと変わらない一日が始まった。

 

授業を受ける。

 

休み時間には、アリサちゃんやすずかちゃんと話す。

 

お昼休みには、昨日と同じ場所で四人一緒にお弁当を広げた。

 

 

「それで、今日は少し早く起きられたのね」

 

 

「私は成長する子だからね」

 

 

「誤差の範囲でしょうに……偉そうにしないの」

 

 

 アリサちゃんが呆れたように言った。

 

 

「奏星ちゃん、こういう少しの積み重ねが大事だから頑張ろう」

 

 

「すずかちゃんだけだよ。私の可能性を信じてくれるのは」

 

 

なのはちゃんがジト目で割って入る。

 

 

「それは私が毎日迎えに行ってるからじゃん」

 

 

「幼馴染の信頼に涙が止まらない……」

 

 

「にゃはは……」

 

 

「ま、妥当な扱いね」

 

 

「ふふっ」

 

 

四人で笑う。

 

いつもと同じ、穏やかな時間だった。

 

 

『聞こえますか……』

 

 

頭の奥に、声が響いた。

 

手から箸が滑り落ちる。

 

 

「奏星ちゃん?」

 

 

なのはちゃんが不安そうに私を見る。

 

 

「今の声……」

 

 

「声?」

 

 

夢の中で聞いたものと同じだった。

 

 

『僕の声が、聞こえますか……』

 

 

今度は夢ではない。

 

はっきりと聞こえる。

 

言葉だけではなかった。

 

 

痛い。

 

 

つらい。

 

自分の失敗で誰かが傷つくことを恐れている。

 

強い後悔と焦りが、一気に胸の中へ流れ込んできた。

 

 

「ちょっとなのはちゃん良いかな?」

 

 

周りを気にせずなのはちゃんを連れ出して教室を出る。

 

 

「朝に話してた声?」

 

 

なのはちゃんの問いに、私は頷いた。

 

 

「今も聞こえてる。誰かが助けを求めてる」

 

 

どこから聞こえているのかは分からない。

 

それでも、校舎の外。

 

街のどこかにいる。

 

 

『お願いです……』

 

 

「どこにいるの?」

 

 

小さく問いかける。

 

返事はない。

 

胸元のお守りが、僅かに熱を持った。

 

窓の向こう。

 

海鳴市のどこかで、青い光が一瞬だけ輝いたような気がした。

 

 

「奏星ちゃん」

 

 

なのはちゃんの声で我に返る。

 

 

「まさか、今すぐ探しに行くつもりじゃないよね?まだ授業が残ってるよ」

 

 

「うん、授業が残ってるからさすがに行かないよ」

 

 

「でも授業に集中はできなさそうだよね」

 

 

「だって……誰かが困ってるかもしれないから」

 

 

「まずは授業が全部終わるまで待とう!」

 

 

なのはちゃんは、はっきりと言った。

 

 

「名前も場所も分からない。私も手伝うから終わってから一緒に探そう?」

 

 

 胸の奥が温かくなる。

 

 

「ありがとう。放課後に、少しだけ探してみてもいい?」

 

 

「勿論なの!」

 

 

なのはちゃんは満足そうに頷いた。

 

その後急に出て行った私たちを心配したアリサに2人して怒られた。

 

 

    ~

 

 

 放課後。

 

声が聞こえた方角を頼りに、学校の周辺をなのはちゃんと探した。

 

けれど、手掛かりは見つからなかった。

 

午後の授業中にも何度か感じていた声は、下校時間になる頃には完全に途切れていた。

 

 

「うーん、全然手掛かりがないね……」

 

 

なのはちゃんが疲れたのか近くの椅子に座り込んだ。

 

 

「警察に相談する?」

 

 

「夢で聞いた声の人を探してくださいって?」

 

 

「さすがにそれは無理があるね……」

 

 

私も少し疲れているのか、思考がうまくまとまらない。

 

どうすればいいのか分からない。

 

助けを求める声は聞こえた。

 

それなのに、何もできない。

 

 

「奏星ちゃん」

 

 

なのはちゃんが私の袖を引いた。

 

 

「また聞こえたら、そのとき考えよう」

 

 

「次に聞こえたときには、手遅れかもしれない」

 

 

「それでも、今できないことで自分を責めたら駄目だよ」

 

 

「なのはちゃん……」

 

 

「私にも同じ声が聞こえたらいいんだけど」

 

 

なのはちゃんは、悔しそうに呟いた。

 

 

「そうしたら、二人で探せるでしょう?」

 

 

「うん」

 

 

なぜ私にだけ聞こえるのだろう。

 

答えは分からない。

 

結局、私たちは日が暮れる前に捜索を切り上げることになった。

 

アリサちゃんとすずかちゃんに別れを告げ、なのはちゃんと二人で帰路につく。

 

林の近くを通りかかったとき、茂みの向こうから何かが動く音がした。

 

 

「今、聞こえた?」

 

 

「奏星ちゃんが言ってた声?」

 

 

「ううん。普通の音だと思う」

 

 

林へ近づく。

 

茂みの奥から、弱々しい鳴き声が聞こえた。

 

 

「……動物かな?」

 

 

なのはちゃんと一緒に枝を掻き分ける。

 

大きな木の根元に、小さな動物が倒れていた。

 

茶色い毛に包まれた、フェレットによく似た生き物。

 

身体にはいくつもの傷があり、毛は泥で汚れている。

 

 

「この子!」

 

 

なのはちゃんが駆け寄り、小さな身体を抱き上げた。

 

動物は僅かに目を開き、すぐに意識を失う。

 

姿を見た瞬間、分かった。

 

 

「この子だ」

 

 

「え?」

 

 

「ずっと私を呼んでたのは、この子だよ」

 

 

「朝の夢も?」

 

 

「うん。たぶん」

 

 

確証はなかった。

 

それでも、この子から流れ込んでくる痛みは、夢の中で感じたものと同じだった。

 

 

「まずは病院へ連れていこう!」

 

 

「うん!」

 

 

なのはちゃんが小さな身体を抱き、私たちは近くの槙原動物病院へ走った。

 

 

     ~

 

 

「命に別状はありません。ただ、かなり衰弱していますね」

 

 

獣医師の言葉を聞き、私たちは揃って息を吐いた。

 

 

「よかった……」

 

 

「今夜はこちらで預かります。明日になれば、もう少し詳しく状態を確認できるでしょう」

 

 

「お願いします」

 

 

病院の窓越しに、眠っている小さな動物を見る。

 

呼吸は安定している。

 

流れ込んでくる痛みも、先ほどより弱くなっていた。

 

 

「もう声は聞こえない?」

 

 

「うん。今は眠ってるみたい」

 

 

「夢の中から、奏星ちゃんを呼んでたのかな」

 

 

「分からない。この子がどうして傷ついてたのかも、どうして言葉が聞こえたのかも」

 

 

私は胸元のお守りへ触れる。

 

声を聞くたび、紫色の石が熱を持っていた。

 

もしかすると、姉さんが残したこのペンダントが関係しているのかもしれない。

 

けれど、今はまだ何も分からなかった。

 

 

「奏星ちゃん」

 

 

「なーに?」

 

 

「見つけられて、よかったね」

 

 

なのはちゃんが笑う。

 

 

「うん。なのはちゃんが一緒に探してくれたから」

 

 

「私は何もしてないよ。声を聞いたのは奏星ちゃんだもん」

 

 

「でも、一人だったら途中で諦めてたかもしれない」

 

 

「じゃあ、お互いさま?」

 

 

「その言葉、便利に使ってない?」

 

 

「にゃはは……そうかも」

 

 

顔を見合わせて笑う。

 

それから私たちは、眠っている小さな動物に別れを告げて、それぞれの家へ帰った。

 

 

     ~

 

 

その夜。

 

いつものように一人で夕食を済ませ、入浴を終えて自室へ戻った。

 

ベッドの上で本を開く。

 

何度か同じ行を読み返したものの、内容が少しも頭に入ってこない。

 

昼間に助けた動物のことが気になっていた。

 

 

「無事だよね」

 

 

誰に尋ねるでもなく呟く。

 

そろそろ寝よう。

 

本を閉じた瞬間、胸元のお守りが熱を持った。

 

 

『聞こえますか……』

 

 

 あの声だった。

 

 

「聞こえるよ。病院にいる子だよね?」

 

 

『はい……』

 

 

「よかった。目が覚めたんだね」

 

 

『お願いです。来てください』

 

 

声には強い焦りが混ざっていた。

 

 

「何があったの?」

 

 

『ジュエルシードが発動します』

 

 

「ジュエルシード?」

 

 

『このままでは、周囲の人たちが……』

 

 

声が途切れる。

 

 

紫色の石が激しく明滅した。

 

 

「待って!」

 

 

応答はない。

 

けれど、今度は居場所が分かった。

 

動物病院の方角から、強い恐怖と焦りが流れ込んできている。

 

私は上着をつかみ、部屋を飛び出そうとする。

 

ドアへ手を掛けたところで、朝の約束を思い出した。

 

また聞こえたら教えて。

 

一人で悩むより、二人で考えた方がいい。

 

机の上の電話へ駆け寄り、高町家の番号を押す。

 

数回の呼び出し音のあと、なのはちゃんの声が聞こえた。

 

 

『もしもし、高町です』

 

 

「なのはちゃん」

 

 

『奏星ちゃん? どうしたの?』

 

 

「あの子の声が聞こえた」

 

 

『フェレットさん?』

 

 

「うん。ジュエルシードが発動するって。このままだと周りの人たちが危ないって言ってた」

 

 

『分かった。すぐ行くね』

 

 

「え?」

 

 

『動物病院でしょう?』

 

 

「そうだけど……怖くないの?」

 

 

『それは勿論、怖いよ』

 

 

なのはちゃんは、迷わず答えた。

 

 

『でも、奏星ちゃんを一人で行かせる方が怖いから』

 

 

 胸の奥が温かくなる。

 

 

「病院の近くで待ち合わせしよう」

 

 

『一人で先に入ったら駄目だよ?』

 

 

「……分かってる」

 

 

『ほんとに分かってるのかなぁ、絶対だよ?』

 

 

「なのはちゃんこそ、一人で入らないでね」

 

 

『うん、約束なの』

 

 

電話を切り、外へ向かう。

 

怖くないわけではない。

 

それでも、なのはちゃんが一緒なら進める気がした。

 

 

     ~

 

 

動物病院の近くで、なのはちゃんと合流した。

 

夜の街は静まり返っている。

 

病院の窓は暗く、先生たちはすでに帰宅しているようだった。

 

 

「奏星ちゃん!」

 

 

「なのはちゃん」

 

 

「声は聞こえる?」

 

 

「うん、中にいる。すごく怖がってる」

 

 

病院の入口へ近づく。

 

当たり前だが鍵が掛かっていた。

 

 

「うーん鍵がかかってるみたい、どうしようか」

 

 

その瞬間、建物の奥から鈍い音が響いた。

 

窓ガラスが大きく震える。

 

 

「な、なに?」

 

 

「なのはちゃん、離れて!」

 

 

手を引き、入口から遠ざかる。

 

直後、病院の窓が内側から砕け散った。

 

黒い影が、割れた窓から飛び出してくる。

 

犬とも狼ともつかない姿。

 

全身が不自然に膨張し、身体の各所から黒い蔦が伸びていた。

 

中心には、青い結晶が埋め込まれている。

 

 

『ジュエルシード……』

 

 

あの声が響いた。

 

 

「どこにいるの?」

 

 

『こちらです』

 

 

病院の入口近くに、小さな影が現れる。

 

昼間に助けたフェレットだった。

 

身体は傷だらけで、まともに立つことすらできていない。

 

 

「まだ動いちゃ駄目だよ!」

 

 

駆け寄ろうとした私たちの前へ、黒い蔦が叩きつけられた。

 

 

地面が大きく抉れる。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

「なのはちゃん!」

 

 

なのはちゃんを抱き寄せ、後ろへ下がる。

 

 

『逃げてください!』

 

 

「でも、あなたは!」

 

 

『僕は大丈夫です。それより早く!』

 

 

「そんな見た目で大丈夫じゃないでしょ!」

 

 

フェレットから伝わる感情は、痛みで埋め尽くされていた。

 

それでも、自分より先に私たちを逃がそうとしている。

 

怪物が低く唸った。

 

青い結晶が輝き、身体がさらに大きく膨張していく。

 

 

『あれは、僕が探していた危険な遺失物です』

 

 

「遺失物?」

 

 

『ジュエルシード。願いをかなえる力を秘めた、危険な結晶です』

 

 

「願いをかなえるってどういうこと?」

 

 

『正しく制御されなければ、周囲の思念を取り込み、暴走します』

 

 

怪物から伸びた黒い蔦が周囲の木々へ絡みつき、次々と引き倒していく。

 

 

このままでは、近くの住宅まで巻き込まれる。

 

 

「止める方法は?」

 

 

なのはちゃんが尋ねる。

 

 

『封印するしかありません』

 

 

「どうすればいいの?」

 

 

『本来なら僕が行います。ですが、今の身体では……』

 

 

フェレットが前脚を押さえ、地面へ崩れ落ちる。

 

 

「私たちにできることはないの?」

 

 

『危険すぎます』

 

 

「このまま逃げても、ほかの人が危ないんでしょ?」

 

 

なのはちゃんの声が震えている。

 

怖いのだ。

 

それでも、その瞳は怪物から逸れなかった。

 

 

『あなたには、高い魔法資質があります』

 

 

「魔法?」

 

 

『はい』

 

 

フェレットの首元が赤く輝く。

 

小さな宝石が外れ、なのはちゃんのもとへ飛んでいった。

 

なのはちゃんは両手でそれを受け止める。

 

 

『それを手に、目を閉じて心を澄ませて!』

 

 

「温かい……これは?」

 

 

『魔法の行使を補助する道具です。あなたほどの資質があれば、ジュエルシードを封印できる可能性があります』

 

 

「私が……」

 

 

なのはちゃんは、手の中の赤い宝石を見つめる。

 

表情を見れば分かるほど、強い戸惑いが浮かんでいた。

 

突然、魔法を使えると言われたところで、すぐ理解できるはずがない。

 

 

「なのはちゃん、無理しなくても」

 

 

「だけど……放っておけないよ」

 

 

「……っ」

 

 

「奏星ちゃんだって、この子を放っておけなくてここまで来たんでしょう?」

 

 

「それは、そうだけど」

 

 

「私も同じ、お礼とかそういうのじゃなくて私が助けたくてやるの」

 

 

なのはちゃんは赤い宝石を握り締めた。

 

 

「教えて。どうすればいいの?」

 

 

『目を閉じ、自分自身の魔法を思い描いてください』

 

 

「自分の魔法?」

 

 

『あなたを守る衣服。力を導く杖。そして、飛翔のための翼を』

 

 

なのはちゃんが目を閉じる。

 

赤い宝石が桜色の光を放ち始めた。

 

 

『起動呪文を』

 

 

「起動呪文?」

 

 

『僕の言葉に続いて、風は空に……』

 

 

「風は空に……」

 

 

桜色の光が揺れる。

 

何かに気づいたのか、怪物がこちらへ身体を向ける。

 

なのはちゃんは起動に集中していて、それに気づいていない。

 

――気づいているのは、私だけだった。

 

 

「星は天に、輝く光は……えっと」

 

 

淡い光がなのはちゃんを包み始める。

 

けれど、何やらうまくいっていないのか赤い宝石の光は点滅していた。

 

 

「駄目、うまくできない……」

 

 

『落ち着いてください。あなた自身の姿を、明確に思い描くのです』

 

 

「急に言われても分からないよ!」

 

 

なのはちゃんの声に焦りが混ざる。

 

魔法を使った経験などない。

 

何を着て、何を持ち、どのように力を使うのか。

 

想像できなくて当然だった。

 

怪物が咆哮する。

 

黒い蔦が一斉になのはちゃんへ向けられた。

 

 

「なのはちゃん、危ない!」

 

 

一歩踏み出そうとした私の前へ、フェレットが飛び出す。

 

 

『駄目です! 今近づけば、あなたまで巻き込まれます!』

 

 

「でも!」

 

 

『レイジングハート、障壁を!』

 

 

〈Protection〉

 

 

レイジングハートと呼ばれた宝石から桜色の障壁が展開され、黒い蔦を受け止める。

 

激しい衝撃が周囲へ広がった。

 

なのはちゃんが地面へ膝をつく。

 

 

「なのはちゃん!」

 

 

「だ、大丈夫……」

 

 強がっている。

 

 

声が震えていた。

 

障壁の表面に亀裂が走り始める。

 

 

『Barrier durability rate, Decrease(障壁耐久率、低下)』

 

 

「どうすればいいの!?」

 

 

『魔力を安定させてください!』

 

 

「それができないの!」

 

 

黒い蔦が再び障壁へ叩きつけられる。

 

桜色の光が大きく揺れた。

 

怪物の爪が持ち上げられる。

 

蔦とは比較にならないほど大きな一撃。

 

このままでは、障壁が耐えきれない。

 

 

「奏星ちゃん、逃げて!」

 

 

なのはちゃんが叫ぶ。

 

 

「なのはちゃんを置いていけないよ!」

 

 

「わ、私は大丈夫だから!」

 

 

「嘘!」

 

 

なのはちゃんから伝わってくる恐怖は、隠し切れるものではなかった。

 

 怖い。

 

 逃げたい。

 

それでも、自分が逃げたら、なのはちゃんや周囲の人たちが危険になる。

 

その思いだけで、なのはちゃんは立ち続けている。

 

怪物の爪が振り下ろされた。

 

桜色の障壁が砕ける。

 

 

「なのはちゃん!」

 

 

考えるより先に、身体が動いた。

 

なのはちゃんへ体当たりするように飛びつき、その身体を突き飛ばす。

 

代わりに、私が怪物の前へ投げ出された。

 

視界いっぱいに、黒い爪が迫ってくる。

 

これは、避けられない。

 

怖い。

 

姉さんに会いたい。

 

アリサちゃんやすずかちゃんと、また明日も学校で話したい。

 

なのはちゃんと、朝の通学路を歩きたい。

 

 それでも。

 

なのはちゃんが傷つくよりはいい。

 

 

「奏星ちゃん!」

 

 

なのはちゃんの悲鳴が聞こえる。

 

 ごめん。

 

一緒に逃げられなくて。

 

約束を守れなくて。

 

胸元のお守りを握り締める。

 

紫色の石が、焼けるように熱かった。

 

姉さんは言った。

 

何かあったときは、一人で頑張らないこと。

 

ちゃんと、誰かに助けてもらうこと。

 

けれど、なのはちゃんは動けない。

 

フェレットも傷ついている。

 

助けを呼べる大人も、ここにはいない。

 

 だったら、せめて。

 

 

「お願い……!」

 

 

ペンダントを強く握り締める。

 

 

「なのはちゃんを、守って!」

 

 

 紫色の光が弾けた。

 

黒い爪が私へ届く直前、目の前に紫色の魔法陣が展開される。

 

爪と魔法陣が衝突し、耳をつんざく轟音が夜の街へ響いた。

 

 

「っ!」

 

 

衝撃で身体が後ろへ押される。

 

靴底が地面を削り、両腕へ激しい痛みが走った。

 

それでも、爪は私へ届かなかった。

 

 

「なに、これ……」

 

 

私が握っているのは、姉さんからもらった名もないお守り。

 

そのはずだった。

 

けれど今、紫色の石には見たことのない文字と紋様が浮かび上がっている。

 

魔法陣から生まれた障壁が、怪物の爪を押し返していた。

 

 

〈所有者の生命危機を確認。先行デバイスの防御術式を参照します〉

 

 

知らない声が聞こえた。

 

冷静で、どこか無機質な声。

 

それなのに、不思議と怖くはなかった。

 

長い間ずっと私のそばにいてくれた誰かが、ようやく目を覚ましたように感じられた。

 

 

「今の声……あなたなの?」

 

 

〈肯定します〉

 

 

「あなたは、何なの?」

 

 

 紫色の魔法陣が私の足元へ広がる。

 

 

〈共鳴適合者を確認〉

 

 

怪物の爪が、さらに強く障壁へ押しつけられる。

 

表面に小さな亀裂が走った。

 

 

〈個体名、時宮奏星〉

 

 

「どうして、私の名前を……」

 

 

〈所有者情報との照合を完了〉

 

 

なのはちゃんが、地面へ倒れたまま私を見ていた。

 

 

「奏星……ちゃん?」

 

 

手の中の赤い宝石が、紫色のお守りへ呼応するように桜色の光を放つ。

 

 

〈緊急防御術式、維持限界まで残り十二秒〉

 

 

「十二秒!?」

 

 

〈適合者による正式起動を要求します〉

 

 

「正式起動って、どうすればいいの!?」

 

 

〈私の名を呼んでください〉

 

 

「あなたの……名前?」

 

 

私は、このペンダントに名前があることさえ知らなかった。

 

姉さんは、ただ特別なお守りだとしか教えてくれなかった。

 

 

「名前なんて知らないよ!あなたは誰なの!?」

 

 

 障壁の亀裂が広がっていく。

 

 

「私は、あなたの名前を知らない!」

 

 

 一瞬の沈黙。

 

 

 紫色の光が、私の手を優しく包んだ。

 

 

〈私の識別名称は〉

 

 

その声は、自分自身を示すように静かに告げた。

 

 

〈カデンツァ、そう登録されているようです〉

 

 

「カデンツァ……」

 

 

初めて聞いたはずの名前だった。

 

それなのに、ずっと前から知っていたような懐かしさが胸へ広がる。

 

きっと、姉さんもこの名前を呼んでいた。

 

 

〈デバイス名「カデンツァ」を認証〉

 

 

黒い爪が紫色の障壁へ食い込む。

 

亀裂が足元まで走った。

 

 

〈緊急起動を実行します〉

 

 

ペンダントから放たれた光が、私となのはちゃんの間をつなぐ。

 

 紫色。

 

 桜色。

 

二つの光が夜の中で重なった。

 

 

〈未知の共鳴経路を確認〉

 

 

〈高町なのはの魔力波長と同調が可能です〉

 

 

「同調……なのはちゃんに危険はないの?」

 

 

〈危険はありません。ですが、完全接続には双方の同意が必要です〉

 

 

 私は倒れているなのはちゃんを見る。

 

 

「なのはちゃん!」

 

 

なのはちゃんは、まだレイジングハートを起動させられていないみたいだった。

 

それでもレイジングハートを握り、必死に身体を起こそうとしていた。

 

 

「私は、大丈夫だから」

 

 

「大丈夫じゃないよ。怖いんでしょう?」

 

 

「怖いよ」

 

 

なのはちゃんは、震える声で認めた。

 

 

「でも、奏星ちゃんを助けたい」

 

 

「なのはちゃん……」

 

 

「あの子も助けたい。近くにいる人たちも、みんな守りたい」

 

 

 桜色の光が強くなる。

 

 

「私にもできることがあるなら、やりたい!」

 

 

〈高町なのはの同意を確認〉

 

 

紫色の光が、なのはちゃんの不安定な魔力へ流れ込んだ。

 

崩れかけていた桜色の術式が、少しずつ形を取り戻していく。

 

私には魔法の知識なんてない。

 

どうすれば魔力を制御できるのかも分からない。

 

それでも、なのはちゃんの力が迷っているのは感じられた。

 

進みたい方向を見失い、出口を探している。

 

 それなら。

 

 

「なのはちゃん」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「私が、道をつくる」

 

 

具体的に何をすればいいのかは分からない。

 

けれど、声を聞くことならできる。

 

なのはちゃんが何を願っているのか。

 

その力がどこへ向かいたがっているのか。

 

それを感じ取り、カデンツァへ伝える。

 

 

「なのはちゃんの力を、この子を助けるためにつないで!」

 

 

〈所有者時宮奏星の願いを確認。以降マスターと呼びます〉

 

 

足元の魔法陣が回転を始める。

 

 

〈共鳴型インテリジェントデバイス、カデンツァ〉

 

 

〈緊急起動を開始します〉

 

 

紫色の障壁が弾け、怪物の爪を大きく押し返した。

 

なのはちゃんが私の隣へ立つ。

 

ふらつくその身体を、私は空いている手で支えた。

 

 

「一緒にやろう、なのはちゃん」

 

 

「うん!」

 

 

なのはちゃんがレイジングハートを握り直す。

 

桜色の光が、今度こそ揺らぐことなく彼女を包み込んだ。

 

 

「不屈の心はこの胸に!」

 

 

なのはちゃんの声が夜空へ響く。

 

 

〈Stand by, ready〉

 

 

カデンツァの紫色の光とレイジングハートの桜色の光が夜の市街地を照らす。

 

なのはちゃんが目を閉じ、自分の姿を思い描いていく。

 

先ほどまで曖昧だった輪郭が、一つずつ形を得る。

 

 白い衣装。

 

 力を導く杖。

 

 空へ向かう翼。

 

 なのはちゃん自身が望んだ、誰かを守るための姿。

 

 

「レイジングハート、セットアップ!」

 

 

〈Set up. welcome, new user.〉

 

 

 桜色の光が、夜空を埋め尽くした。

 

その中心で、高町なのはは初めて魔法少女みたいな恰好へと姿を変える。

 

そして私は。

 

姉さんからもらった名もないお守りが、ただのペンダントではなかったことを知った。

 

その名は、カデンツァ。

 

届かない声を拾い上げ。

 

迷う力へ道を示し。

 

誰かの願いと、誰かの心をつなぐもの。

 

 

「カデンツァ、セットアップ!」

 

 

〈認証、バリアジャケット展開〉

 

 

 黒と薄紫の衣装。

 

 旋律を束ねる指揮棒。

 

 星と繋ぐ共鳴。

 

 

この夜。

 

私となのはちゃん。

 

二人の魔法が、初めて同じ場所で目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




奏星ちゃんの衣装イメージは某名探偵のシャドウちゃんと言えば…分かるかな?(露骨)

因みに触れてはいませんでしたが奏星ちゃんは銀髪セミロング美少女です。
銀髪って良いよね…(性癖展開)

かなり久々の執筆になるんですがこんな感じの文章量で大丈夫かな?

  • もっと、いけるよね?(ニッコリ)
  • これがベスト!
  • ちょっと多いかな?
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