「そりゃあ、あなた方の話は先代から聞いてましたよ? でもまさか、うちの神社の賽銭箱に付喪神がいて、休みをほしがってるなんて詐欺かなんかかって疑いますよね、普通は」
私は今、窓口Bではなく、局長室に来ている。突然の上司からの呼び出しに何事かと思えば、先日の賽銭箱の持ち主が物申したいとのことだった。
「仰ることは理解できますが、実際に付喪神の声を聞いた者がおりましてね。こう見えてうちの佐藤は当局きっての力がある人間でして」
「このお嬢さんがねぇ……」
詰まるところ、賽銭箱改修に納得がいかないようだ。そりゃそうだろうなぁと思いながら、隣に座る上司を横目で見た。こののほほんと何も考えていなさそうな、大黒様のような見た目のおじちゃんが、付喪神対策局局長だなんて、世間の誰も思いもしないと思う。どう見ても弱そう。……なんて、この人に会った時のことがなければ、きっと私もそう思っていたことだろう。
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あれは大学二年生の夏。元々見える体質だった私は、学生あるあるな肝試しとかはなるべく避けていたわけだけど。その年はまんまと騙され、気がついたら地元でもわりと有名な心霊スポットに連行されていた。この時まだ幸いだったのが、私がひたすらゴネたため、夜ではなく、完全に日が沈む前の夕方現地に到着したことだ。
「……私、車で待ってようかな」
到着したのは、某山奥のトンネル前。そのトンネルを抜けた先にある廃墟で、出るという噂があった。……はずだけど、どう見てもそのトンネルからすでにヤバい感じがする。私は人より目が良い。恐らくみんなが見えていないだろうものが見えている。だからだろうか。トンネル手前の草木が明らかに萎れていってるのがわかる。萎れているのではなく、目がそこを写すことで、徐々に萎れていっている。
これはヤバい。本能が告げている。絶対ここから先には行かない方がいい。でもそれをこのメンバーに言ったところで誰も信じないだろう。
「恵って案外ビビリ?」
「わざわざ夕方にしたんだから、行こうって!」
私の腕を掴む友人AとB。脇を固められた私は、足を動かさないことで逆らっていたわけだけど。
「もーお! 往生際が悪いよ!」
ズルズルとトンネルの方へ引きづられる。絶対まずい。どうしよう、どうしようと思っていたその時。
カーーーン…………
トンネルの中で、鐘を叩いたような音が反響した。直後、私の目の端に映っていた萎れていたはずの草木が、息を吹き返したかのように瑞々しさを取り戻していた。
「おや? こんなところに若いお嬢さん方がどうしたんです?」
何が起こっているのか、周囲をキョロキョロと見渡していたら、トンネルの中から人が近づいてきた。
「私たちは観光、的な?」
「あー、近頃心霊スポットとして有名ですからね、ここ」
「おじさんも知ってるんですか? てゆーか、そっちから来たってことは、おじさんも、もしかして心霊スポットに興味あったり?」
「ほっほっほ。私はそういうものには興味ないですよ。ただ昔からある建物や物を写真に収めて回ってるんです」
そう言うおじさんの首には、たっかそうなカメラがぶら下がっていた。
「あー! 廃墟カメラマン!」
「まぁそういう感じですかね。……この先にあるのは心霊スポットじゃなく、ただの廃墟だから、そんな格好だと危ないですよ」
おじさんは穏やかに諭す。撮りたてという、トンネルの向こう側の写真を見せながら言うものだから、
「うわっ……。確かにサンダルだと怪我しそう」
「ここまで来て残念だけど、怪我するより良くない? 恵も嫌がってるし、今日は行くの止めようって」
友人AとBには効いたようだ。友人の一言に、ホッと息を吐いた。その時、おじさんが私の顔を見ていたのがわかった。何事かと口を開きかけた時。
「あなたはもう少し、自分の勘を信じた方がいいでしょう」
穏やかにおじさんはそう言った。……勘? ここヤバい、って思ったこと? てゆーか、このおじさんが現れてから、草木はすっかり元に戻ったし、空気もなんだか美味しい気がする。
「あの……。意味わからないならそのままでいいんですが、……おじさん、何かしました?」
その言葉におじさんは目を見開いた。その表情に、さっきの鐘の音のような音はこのおじさんが関係していて、そのことでここがいわゆる心霊スポットではなくなったのではないかと、直感的にそう思った。
「……あなたは大学生くらいですか?」
「え? ……大学二年生ですが?」
「ふむ」
おじさんは徐にポケットに手を伸ばし、一枚の紙切れを私に差し出してきた。
「困ったことがあったらいつでも連絡ください。もちろん、就職相談でもいい。そういう選択肢もあると、覚えておいてくれたら嬉しいです」
にこやかに差し出された名刺には、付喪神対策局局長
「……え? 付喪神?」
「ああ、やっぱり見えるんですね」
「見える、って、名刺のことですよね?」
もらった名刺を裏表ひっくり返して見ても、ただの名刺だった。……の、だけど。
「それはインクの付喪神の力で書いたものなので、彼らの存在が見えるものにしか見えません。普通はただのカメラマンの名刺です」
「……えっ!?」
久世さんの言葉に、頭の中が「?」でいっぱいになった私。付喪神って、付喪神のことだよ、ね? と、混乱をしている私をよそに、久世さんは話を進める。
「あなたが見えているものについても、詳しく知りたくなったらいつでも連絡ください。あなたのような鋭い方は、いつでも歓迎です」
そう言い残して、久世さんは去って行った……。
「恵ー、どしたの? おじさんとなんの話?」
「……や、私の人生の心配された?」
「なんで」
笑う友人の声が耳を掠める。あの人は、私が見えているものが何で、どうしたらいいのかとか、教えてくれるということだろうか?
それが私が付喪神対策局について知った最初の出来事だ。
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「でも今は防犯の観点からも、少し頑丈に作ってみるのもいい機会かと思いますよ」
うっかり昔を思い出していたら、久世局長がうまく話をまとめようとしていた。
「まぁ確かに、木箱だけでは今は物騒ですからね」
「中にこう…鍵付きの頑丈なものを入れるとかして、」
「防犯カメラもつけようかと思って」
「いいですね。できる対策を予め打つというのは私も賛成です」
局長と話していてすっかり丸め込まれるのは、この人だけじゃなく、恐らく人類の大半がそうなんじゃないかと思う。あの敵意なし、悪意なし、な見た目が油断させて、気がつけば局長の思う壺だ。
「では、ご理解いただけたということで」
「はい。こちらもお時間取らせてしまい申し訳ありません」
「いえいえ。お役に立てたのなら良かったです。ほっほっほっ」
結局この場に私が呼ばれた意味があったのか? と思いつつも、これも仕事の一環だと、局長と共に神主を見送った。
「ごめんね、仕事中に。もう戻っていいよ」
にこやかに局長にお払い箱と言われ、窓口に戻ろうとした。ところで、不意に思い出し局長に尋ねることにした。
「先日の西の方の荒御魂になりーー」
言いかけたところで、局長の目線に気づいて口を噤んでしまった。睨まれたわけではない。ただ静かな圧を感じる視線だった。
「また進展があれば、全員に通知します」
「かしこまりました」
大学のあの夏以来、自分の勘を信じるようにしていた。それは他ならぬ、目の前にいるこの人の言葉の影響だ。そして今、これ以上は聞いてはいけない。そう思った私は、一度頭を下げて窓口に戻った。