似たようなものを書いてもらっていましたが作り直しました
あらすじ
生まれ持った暗殺の才能を、誰に教わることもなく、観察と訓練だけで磨き上げた潮田渚。
人を殺した経験こそないものの、その心と技はすでに一人の暗殺者として完成していた。
月を破壊し、翌年には地球をも滅ぼすと宣言した超生物・殺せんせーが、三年E組の担任となった日。渚は初めて、自分のすべてを向けるに値する標的と出会う。
周囲には無害な少年として振る舞いながら、殺せんせーの動きと心を静かに観察する渚。そして彼は決意する。
この先生からすべてを学び、最後は自分の手で殺す、と。
完成された渚の存在によって、原作の事件と人間関係は少しずつ姿を変えていく。
これは、最初から完成していた暗殺者が、一人の教師から「殺すこと」以上のものを学ぶ物語。
第1話 暗殺教室の始まり
月が、永遠に三日月になった。
ある夜、月の七割が突如として消滅した。
爆発によって砕かれた破片は宇宙空間へ散り、残された部分だけが、不自然な弧を夜空に浮かべている。
事故ではない。
自然現象でもない。
たった一体の生物が引き起こした破壊だった。
そして、その生物は翌年の三月に地球をも破壊すると宣言した。
そんな事実を知っているのは、世界各国の首脳と、ごく一部の関係者だけ。
それから――椚ヶ丘中学校三年E組の生徒たちだった。
◇
山の上にある旧校舎。
始業前の教室には、普段なら聞こえるはずの話し声がなかった。
全員の視線が、教壇の前にいる異形へ向けられている。
丸い頭部。
何本もの触手。
黒い教師服と、胸元に下げられたネクタイ。
生物としてあまりにも奇妙な姿をしているにもかかわらず、その触手は慣れた手つきで出席簿を開いていた。
「それでは、朝のホームルームを始めます」
妙に明るい声が教室へ響く。
潮田渚は自分の席に座ったまま、その生物を静かに観察していた。
視線を向けるのは一秒。
窓際へ意識を移す。
もう一度、一秒。
今度は教壇の横に立つ烏間の靴へ目を落とす。
一か所を長く見つめない。熱心に観察していると思わせない。周囲と同じように戸惑っている生徒の一人として振る舞う。
それは渚にとって、呼吸と同じくらい自然なことだった。
「起立」
磯貝の号令で、全員が立ち上がる。
「気をつけ――」
その瞬間、生徒たちが一斉に銃を構えた。
無数の銃口が教壇へ向く。
「礼!」
発射音が重なった。
特殊な材質で作られた弾丸が、黄色い生物へ殺到する。
だが、一発も当たらない。
生物は教壇の周囲へ幾つもの残像を作りながら、すべての弾丸をかわしていた。
それどころか、飛び交う弾の間を縫い、生徒一人一人の出席を確認している。
「磯貝悠馬君」
「はい!」
銃撃。
「岡島大河君」
「はい!」
また銃撃。
出席を取る声は、少しも乱れなかった。
渚も周囲に合わせて引き金を引いた。
狙ったのは頭でも心臓でもない。
ほかの生徒が作る弾幕の隙間だった。
右上から三発。
正面から七発。
左側にわずかな空白。
そこを埋めるように二発撃つ。
黄色い生物の触手が、渚の弾丸を避ける。
回避方向は右。
渚はそれを見届けると、それ以上は追わなかった。
当てられるとは思っていない。
今は、当てるための時間ではなかった。
速さは、単なる移動能力ではない。
どちらへ逃げるか。
何を優先して守るか。
攻撃を受けた時、視線をどこへ向けるか。
教師として話している時と、暗殺対象として狙われている時で、反応にどの程度の違いが生まれるか。
知るべきことは、いくらでもある。
やがて弾倉が空になり、銃声が止んだ。
教壇の周囲に生じていた残像が、一つへ戻る。
黄色い生物は無傷だった。
そればかりか、生徒たちが撃ち終えるまでの間に、教室の後方に置かれていた鉢植えへ水まで与えていた。
「うーん。照準が少し甘いですねぇ」
教壇へ戻った生物が、触手で出席簿を閉じる。
「ですが、昨日より弾幕の密度は上がっています。皆さん、着実に上達していますよ」
褒められた生徒たちは、何ともいえない表情で銃を下ろした。
教師を殺そうとして失敗し、その教師から上達を褒められる。
そんな異常な授業風景にも、いずれ慣れるのだろうか。
「……やっぱり無理じゃない?」
茅野カエデが、隣の席から小声で話しかけてきた。
「全然当たらないよ。あれ、本当に生き物なのかな」
「少なくとも、撃たれることは嫌みたいだよ」
「分かるの?」
「当たりそうな弾は、ほかより少し早く避けてるから」
渚はそれだけ答えた。
茅野が教壇を見る。
「私には全部同じ速さにしか見えなかったけどなあ」
「僕も、たまたまそう見えただけかもしれない」
穏やかに笑って、話を終わらせる。
嘘ではない。
渚にも、あの生物の動きを完全に目で追うことはできなかった。
見えない部分を、見えている情報から補っているだけだ。
弾丸の軌道。
空気の揺れ。
床に落ちた薬莢。
カーテンが動く順番。
そして、生物が再び姿を現した位置。
断片をつなげれば、おおよその移動経路は分かる。
ただし、それを説明する必要はなかった。
教壇の横で一部始終を見ていた烏間が、渚たちの前へ進み出た。
防衛省の人間と名乗った、鍛え上げられた体格の男。
その立ち方には無駄がない。
両足へ均等に体重を乗せながら、わずかに右手を前へ出している。教室にいる全員へ注意を向けているように見えて、いつでも黄色い生物へ攻撃できる位置を保っていた。
「昨日も説明したが、改めて確認する」
烏間の低い声によって、教室の空気が引き締まる。
「この生物は月を破壊した犯人であり、来年三月には地球を破壊すると宣言している。各国は総力を挙げて暗殺を試みたが、いまだ成功していない」
烏間が特殊なナイフを抜き、黄色い生物へ斬りかかった。
踏み込みは速い。
教室という狭い空間で、最短距離を通る鋭い一撃。
普通の人間なら、反応することさえできない。
だが、刃は何も捉えなかった。
黄色い生物は烏間の背後へ回り、触手に小さな櫛を持っていた。
一瞬のうちに、烏間の髪が丁寧に整えられている。
「これがマッハ二十だ」
烏間は額に青筋を浮かべながらも、説明を続けた。
「本気で逃げるこいつを、現在の人類が追跡することはできない。ただし、こいつ自身が椚ヶ丘中学校三年E組の担任を希望した。政府は監視の条件として、それを認めている」
「はい。卒業までの一年間、誠心誠意、皆さんを指導させていただきます」
黄色い生物が触手を広げる。
「もちろん、皆さんが私を殺そうとすることも認めます。むしろ大歓迎です」
「どうして、俺たちなんだよ」
前方の席から声が上がる。
「軍隊でも殺せない相手を、中学生に殺せって?」
「君たちには毎日、こいつへ接近する機会がある」
烏間は教室を見回した。
「教師と生徒という立場なら、武器を持った軍人よりも近づける。こいつを殺した者には、政府から百億円が支払われる」
一瞬の沈黙。
直後、教室中がざわめいた。
「百億……」
「一人で?」
「山分けでも、とんでもない額じゃん」
恐怖より、困惑より、その数字が現実味を奪っていく。
渚は騒ぎに加わらず、黄色い生物を見ていた。
百億円という言葉が出た瞬間、生物の注意は教室全体へ向いた。
誰が強く反応したかを確かめている。
生徒を観察しているのだ。
自分が暗殺される立場でありながら、教師として生徒を知ろうとしている。
その矛盾が、渚には興味深かった。
「武器について説明する」
烏間が、先ほど使用したナイフを机の上へ置く。
「こいつの細胞だけを破壊する特殊素材で作られている。人間へ当たっても大きな怪我にはならない。銃弾も同じだ。今後、暗殺に必要な武器は政府から支給する」
渚はナイフを見つめた。
軽い。
柔らかい。
通常の刃物と同じ使い方をすれば、速度を出した時に軌道がぶれる。
刺突なら問題は少ないが、横からの斬撃には向かない。
握り方も変える必要がある。
「潮田君」
突然、名前を呼ばれた。
渚は顔を上げる。
黄色い生物が教壇からこちらを見ていた。
「先ほどから、随分と熱心に観察していますねぇ」
クラスメイトの視線が渚へ集まる。
それでも心拍は変わらなかった。
「殺さないと地球がなくなるんですよね。だったら、見ておいた方がいいと思って」
渚は手元のノートを見せた。
そこには、誰が見ても理解できる簡単な記録だけが書かれている。
『最高速度はマッハ二十』
『特殊な弾とナイフだけが有効』
『攻撃されても生徒には反撃しない』
「真面目だね、渚」
茅野が感心したように言う。
ほかの生徒たちも興味を失い、再び烏間の説明へ意識を戻した。
黄色い生物だけは、もうしばらく渚を見ていた。
やがて触手を動かし、黒板へ自分の名前を書くための空白を作る。
「ところで、いつまでも『この生物』や『怪物』では呼びにくいでしょう。先生の呼び名を考えていただけませんか?」
教室から幾つかの案が飛び出す。
どれも定着しそうにはなかった。
その中で、茅野が小さく手を挙げる。
「殺せない先生だから……殺せんせー、なんてどうかな」
教室が静かになる。
黄色い生物は、しばらくその名前を確かめるように触手を揺らした。
「なるほど。殺せんせー、ですか」
黒板へ、丁寧な字で名前が記される。
『殺せんせー』
こうして、椚ヶ丘中学校三年E組の暗殺教室が始まった。
◇
放課後。
渚は一人で山道を下っていた。
足を止め、木々の隙間から空を見る。
欠けた月が、昼の薄い空に残っている。
今日一日だけで、殺せんせーについて多くのことが分かった。
すべての攻撃を避けられる速度。
複数の作業を同時にこなす触手。
教室全体へ絶えず向けられている注意。
生徒に危害を加えないという制約。
そして――教師として質問されれば、必ず相手へ意識を向ける習慣。
まだ足りない。
今のままでは、刃を届かせる前に避けられる。
けれど、不可能だとは思わなかった。
どれほど速い相手にも、動き始める瞬間はある。
どれほど注意深い相手にも、意識を向ける順番がある。
速さで追いつく必要はない。
動く前に、逃げる方向をなくせばいい。
渚は再び歩き出した。
人を殺したことは、一度もない。
誰かに暗殺術を教えられた経験もない。
ただ人を見て、動きを覚え、呼吸を読み、気配を消す方法を考え続けてきた。
気づいた時には、できるようになっていた。
自分の才能が普通ではないことも理解している。
それでも、これまで試す理由がなかった。
殺せんせーは、初めて出会った。
自分のすべてを使っても、届くかどうか分からない相手だった。
同時に、一年間、自分たちを教える教師でもある。
渚は足を止めず、心の中で静かに決めた。
この先生から、すべてを学ぶ。
教師として何を教えるのか。
なぜ地球を破壊するのか。
なぜ三年E組を選んだのか。
そのすべてを知ったうえで――最後は、自分の手で殺す。
まだ殺意は向けない。
焦る必要もない。
最初の一撃を放つのは、殺せんせーが自分を一人の生徒として受け入れた後でいい。
山道を下る渚の背中を、旧校舎の屋根から一本の触手が見送っていた。
殺せんせーは、いつもの調子で教材を抱えている。
だが、その場を離れようとはしなかった。
銃を撃った生徒は二十七人。
恐怖を見せた者。
賞金へ目を輝かせた者。
無理だと諦めかけた者。
反応はそれぞれ違っていた。
その中で潮田渚だけは、最初から最後まで変わらなかった。
恐怖もない。
興奮もない。
百億円への欲もない。
ただ、殺せんせーの動きを見ていた。
まるで、答えのある問題を解くように。
「……興味深い生徒ですねぇ」
独り言が、山の風へ溶ける。
その時の殺せんせーは、まだ知らなかった。
自分が抱いた小さな違和感が、正しかったことを。
そして数日後。
あの穏やかな少年の刃が、自分の急所へ届く寸前まで迫ることを。