会議で意見を述べて、撤回しました。五年目の納期、小学生の作文。思い出すのはいつも自分の言葉ばかりです。

1 / 1
かいな

 

 先週、顧客の前で、私は「後者の案が良いと思います。御社が本当に求めているのは、こちらではないでしょうか」と言いました。言い終えてからノートパソコンが排熱する音の大きさに気が付きました。顧客は自分たちで書いた要求事項を読み返して、青いボールペンで下線を引いていました。誰も怒りも笑いもしませんでした。

 十三秒経つと課長が話を引き取りました。顧客に選ばせるような言い方だったと思います。顧客が一瞬、こちらを見ました。私は目を逸らすと、課長が手を二回握りしめたのが見えました。同じ動作をしてみました。私は「あ、いえ、失礼しました。前者でも、進みはします」と言いました。顧客は要求事項の資料を閉じました。私は右腕がかゆくなって、爪を立てていました。

 

 入社五年目のとき、納期まであと三日という日に会議がありました。私は「問題ありません。やれます」と言いました。皆、黙って赤線だらけの工程表に目を落としたままでした。私は時計に目をやって「時間はまだ、少なくとも四千分ありますから」と言ったのですが、笑ったのは私だけでした。

 納期当日、定時を少し過ぎた頃に最後のデータを送りました。課長が私の肩を軽く叩いて、デスクの上にチョコレートを置き、ひと言残して帰っていきました。保管していたら、白いまだら模様のカビができたので捨てました。

 

 小学生のとき、国語の時間に書いた作文を読むことになりました。前に出て、原稿を広げると、手が震えて文字が読めませんでした。仕方ないので原稿を床に置きました。今度は手をどこに置けばいいのか分からなくなりました。腕を組みました。「原稿はなくなってしまいましたが、書いたのは私なので、発表はできると思います。きっと、良いことが書いてあったはずです」と言ってから話し始めました。話し終えて席に戻ろうとしたとき、先生が「発表は上手だけど、腕組みはどうかな」と言いました。教室のみんなが笑いました。

 原稿は、あとで先生が拾って返してくれました。実家の学習机の上から二番目の引き出しにあります。何が書いてあったのか、確かめたことはありません。

 

 今夜も布団に入るとあの日のことが思い浮かんできます。「前者でも、進みはします」と呟きます。傷のむず痒さを感じて、腕を布団の外に出します。課長が何と言ってかばってくれたのか、いくら思い出そうとしても、出てくるのは自分の言葉だけです。

 夜の空気に腕を晒すと、しだいに痒みが引いていきます。腕を布団の中へ戻します。また、じわじわと腕が痒くなってきます。

 

 明日は、恥をかきますように。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。