プリザーブドフラワー   作:寿太郎

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4.戦闘

勇者が聖剣を横薙ぎに振った。

刀身から放たれた光が、刃の軌跡をなぞるように夜気へ滑り出す。地面すれすれを走った光刃が乾いた土を照らし、舞い上がった砂粒が白く瞬いた。

ネフィロスは動かなかった。

光刃が胸元へ届く、その寸前になって初めて、身体をわずかに傾ける。

光が頬の横を通り過ぎ、背後の木の幹を削り取った。

「オイオイ、セイケンってのはそんなモノなのか? そんなコウゲキじゃ、いつまでたってもオレはタオせないゼ」

ネフィロスの声は、顔のない皮膚から響いているはずなのに、妙に表情を帯びて聞こえた。

勇者は答えない。

十歩ほど離れていた二人の距離が、一瞬で縮まる。

勇者の踏み込みで砂が弾け、右足が地面を蹴るたびに乾いた音が響いた。

二度、三度と聖剣が振られる。

光刃が横から、斜めから、正面から飛んでいく。

ネフィロスは後ろへ下がらない。

身体を半歩だけずらし、首を傾け、時には足を滑らせるようにして光刃の軌道から外れていく。

まるで、最初からどこを光が通るのか分かっているようだった。

僕はその隙を狙って走った。

正面から勇者が攻めているなら、側面が空く。

砂を蹴り、ネフィロスの右側へ回り込む。

光刃の一つがネフィロスの肩口を狙って飛んだ。

ネフィロスが身体を傾ける。

その瞬間、僕は踏み込んだ。

剣を振り抜く。

「――ッ!」

金属の軋むような音が夜に響いた。

僕の剣が、何かに受け止められていた。

いつ現れたのか分からない。

さっきまでネフィロスの手には何もなかったはずなのに、そこには一本の剣が握られていた。

僕の剣を受け止めた魔剣は、まるで闇そのものを凝縮したような刃だった。

金属の光沢は一切ない。

刀身は黒い影をそのまま固めたように見える。

輪郭だけははっきりしているのに、視界の端で見ると形が揺らいでいた。

剣先まで見ているはずなのに、見る角度によって長さが変わっているような錯覚さえ覚える。

刃を押し込む。

だが、動かない。

ネフィロスが魔剣をわずかに傾けた。

力の向きがずらされる。

僕の剣が横へ流れ、その隙間へ黒い刃が滑り込んできた。

咄嗟に身体を反らす。

魔剣が胸元を掠め、服の布が裂けた。

僕は距離を取った。

魔剣。

それは聖剣と対を成す存在であり、世界に十振りずつしか存在しない。

聖剣と魔剣は、解号を叫ぶことで本来の姿を解放し、その能力を刀身に宿す。

さらに、使用者の身体能力そのものを底上げする。

その魔剣が、今ネフィロスの手にある。

夜風が刀身を撫でるたび、黒い光が淡く揺らめいていた。

勇者が再び踏み込む。

僕も続く。

二人で挟み込むように攻める。

光刃が走り、僕の剣が魔剣とぶつかる。

火花が散った。

一度。

二度。

三度。

それでもネフィロスは崩れない。光刃が肩を狙えば身体を捻り、僕の剣が脇腹を狙えば魔剣で受け流す。攻撃のたびに、地面へ落ちた影が揺れた。

「ソウイウコトカ」

ネフィロスが呟いた。

「舐められたモノダネ」

ネフィロスは突然、魔剣を地面へ突き刺した。刃の先端が土に触れる。その瞬間、足元の影が震えた。風が吹いているわけではない。それなのに、地面に落ちた木々の影が一斉に波打った。

「シズメ。ナも、カタチも、コエも。我がカゲに溶けよ。ヒラけ――《黙殺の刃(サイレンス)》」

声が響いた瞬間、周囲の影が濃くなった。

月明かりに照らされていた地面から、色だけが抜け落ちていく。

木の影。

僕の影。

勇者の影。

ネフィロスの影。

それらが境界を失い、地面の上で一つの黒い領域へ変わっていく。勇者が光刃を放った。

白い刃が黒い影へ触れる。その瞬間だった。

光が消えた。斬撃そのものが、影の中へ沈んでいく。

「……何だ?」

僕が呟いた。影の中で何かが動いた。

次の瞬間――

「ウシロだよ」

背後から光が飛び出した。

「――ッ!」

僕は身体を捻った。

光刃が耳元を掠め、背後の木を真っ二つに切り裂いた。遅れて、乾いた木が地面へ倒れる音が響く。勇者も横へ飛び退いていた。さっきまで勇者が放った光刃だった。僕は地面を見る。ネフィロスの足元にある影と、僕たちの背後にある木の影。繋がっている。いや、正確には――影そのものが道になっている。

あの魔剣は、影と影を繋いでいる。

影の中へ入った攻撃が、別の影から飛び出してくる。

「厄介だな」

今まで魔剣持ちと戦ったことはない。この魔剣は攻撃するほど、自分たちの背後へ刃が戻ってくる。僕は周囲を見渡した。

木々の影が地面へ複雑に落ちている。

一歩間違えれば、どこから攻撃が飛び出してくるか分からない。

「コレデ向こうにコウゲキはデキナイネ」

ネフィロスが言った。

「どういうことだ?」

「ソコの勇者は、ソコにいるザコのナカマがいる方向にヒカリの斬撃をとばして、オレがヨケても向こうの援護になるようにしたんだよ」

ネフィロスの指が、僕の背後を指した。

そこには、天使がいた。ネフィロスは天使を指さしながら言った。

「ちょうどオレと勇者、ソイツのナカマが一直線になるようにイチドリをしてネ」

勇者を見る。

勇者は軽く首肯した。勇者は第三の目でそこまで見て攻撃していたんだ。

光刃をかわされても、その先にいる天使の仲間への援護になるように。

「でも、これデデキナイネ」

ネフィロスの影が揺れた。

顔はない。

それでも、笑ったように見えた。勇者は険しい顔でネフィロスを見つめていた。

そして、腰に手を伸ばす。

鞘から、もう一本の剣を抜いた。

「揺らぐことはない」

勇者の声が夜気を震わせる。

「天を満たす風は、我が歩む道を示す。その理、今この手に――応えろ」

二本目の聖剣が光を帯びた。

「《天を穿つ聖風刃(テンペスト)》」

空気が震えた。風が勇者を中心に渦を巻き、地面に落ちていた砂を円状に巻き上げる。僕は思わず目を細めた。

これが、ジークの真骨頂。

聖剣の二刀流。

過去、この境地に到達した者はいない。

右手にエクスカリバー。

左手にテンペスト。

二本の聖剣を握った勇者は、さっきまでとは別人に見えた。

「一瞬で終わらせる」

勇者が一歩踏み出した。

砂が跳ねる。

二歩目。

風が遅れて追いつく。

三歩目には、もうネフィロスの間合いだった。

エクスカリバーが振り上げられる。

白い光がネフィロスの首元を照らした。

届く。

そう思った瞬間、ネフィロスの足元の影が沈んだ。

身体が消える。

「イヤー、危ないネ」

次に声がしたとき、ネフィロスは数十歩先にいた。

木々の影から身体を引き抜くようにして、ゆっくりと立ち上がる。

「まずい!!」

勇者が叫んだ。僕には理由が分からなかった。勇者だけが、何かに気づいている。その視線の先には森がある。天使の仲間だろうか?

「行かせナイヨ」

ネフィロスが魔剣を傾けた。

勇者が駆け出す。

だが、その足が影へ入った瞬間――

「――ッ!」

影が歪んだ。

勇者の身体が横へ弾き飛ばされる。

地面を転がり、砂埃が大きく舞った。

「守らないと……」

勇者が立ち上がる。

「守らないと、全員を……全員を……」

呼吸が荒い。

握った聖剣が震えている。

「そっちには――俺の仲間が――勇者――」

言葉が繋がっていない。

勇者の視線は僕を見ていなかった。

ネフィロスも見ていない。

ただ、天使の仲間がいるであろう方向だけを見ている。

「マモラナイト……」

ネフィロスが呟く。

「マモラナイト、マモル、マモル、マモル……」

勇者の声が震える。

「みんな、まも、る……」

僕の背筋に冷たいものが走った。

目の前にいるのは、いつもの勇者ではない。

その姿には、目の前の敵と同じような異様さがあった。

守るという言葉だけに縋りつき、それ以外のものを失っている。

その瞬間だった。

エクスカリバーが光った。

眩い光が勇者を包む。

周囲の影が一斉に後退した。

地面に張り付いていた黒が、光に押し潰されるように薄くなっていく。

風が止まった。

音が消えたように感じた。

勇者が顔を上げる。

「みんなを守るってのは……」

声は静かだった。

「随分、力が必要らしい」

勇者はエクスカリバーを握り直した。

「揺らぐことはない」

刃が震える。

「守るべきものがある限り、我は折れぬ」

光が刀身へ集まっていく。

「その力、今この手に――応えろ」

勇者の目が、真っ直ぐネフィロスを捉えた。

「《正義と勝利の剣(エクスカリバー)》」

光が弾けた。

影が消える。

ネフィロスの足元にあった黒い領域さえ、光に押し返されていく。

「解号が……変わった?」

そんなものは聞いたことがない。

聖剣は、本来決められた言葉でしか力を解放できない。

なのに、今のエクスカリバーは違った。

「正義と勝利の剣の本質は、使用者と共に成長すること」

勇者が剣を構える。

「今、この剣は俺と共に、新たな境地に成った!!」

ネフィロスが魔剣を構えた。足元の影が広がる。僕は息を呑んだ。

また影へ逃げるつもりだ。そう思った瞬間、勇者が剣を振った。空気が裂けた。風が逆流する。

「一にして全――《ワン・フォー・オール》」

光が走った。

ネフィロスの首が飛んだ。

刃が通った軌跡に光だけが残り、地面に広がっていた影が一斉に断ち切られていく。

ネフィロスの首が地面へ落ちた。

その音が響くより先に、勇者は剣を鞘へ収めていた。

 

 

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